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番外編【会いに行く】
しおりを挟む夏が終わる頃、私はある決意をした。
そう、まりあ叔母さんに会いに行こうと。
だって、まりあ叔母さんとは長いこと会えていない。手紙のやり取りはしているけど、王都は遠い。手紙が戻ってくるまでが、長いのだ。
私は限界だった。
まりあ叔母さんの手紙の一文に、会いたいという一言を見つけてしまってからは、なおさらだ。
私は自分の限界をお父さんに訴えた。
「ねー、お父さんー」
「嫌です」
「そう言わないでくださいー」
床をごろごろしながら、ソファーに座るお父さんに訴える。
床を転がる私をお母さんは洗濯篭をもったまま、器用に飛び越えていく。お母さん、酷い。
「お父さんんんん……!」
「な、何も泣かなくてもいいでしょう!」
子供部屋から、絵本を持ったお兄ちゃんが出てくる。
泣き崩れる私を、呆れたように見ている。
「サキ、わがままは駄目だよ」
「お兄ちゃんんんん!」
「わっ、号泣した!」
庭にいたお母さんが、窓から顔を出す。
「こら、ユーキ。妹を泣かさないの!」
「ぼ、僕のせいじゃないよ!」
お兄ちゃんが慌てて弁明する。
私は床を転がって、お母さんのいる窓際まで行く。
「お母さんんんん!」
「あらあら、サキは泣き虫ね。でも、嘘泣きは駄目よ」
「はい」
なんだ。お母さんにはバレバレだったか。
お父さんとお兄ちゃんは、信じられないものを見るような目で見てくる。
「父さん、女の子って怖いね……」
「しっ。そんなことを言ったら、つけあがりますよ」
失礼なことを言ってくる。
私はすくっと、立ち上がった。
「お父さん! まりあ叔母さんに会いに行きたいです!」
「だから、嫌です。誰が好き好んで、あんな場所になど」
「お父さんの王都嫌いは知ってますけどー。でも、まりあ叔母さんがー……」
私はスカートを弄って、しょぼしょぼとぐずる。
すると、お母さんが窓から身を乗り出した。
「あら、だったら私が連れて行くわ」
「サラ!」
「お母さん!」
お父さんは非難の声を、私は期待に満ちた声を上げる。
「サラ、ここから王都まで、比較的安全な道とはいえ、道中山賊が出ないとも限らないんですよ」
「もう、大丈夫よ。私が精霊だと忘れたの? 山賊ぐらいなら、私の力でなんとかなるわ。私は契約した精霊。力は跳ね上がってるのよ」
「し、しかし。戦争の影響で山賊崩れになった、元兵士がいないとも言い切れません。そのなかに、精霊使いがいないとも……」
「確かに、ジャクルトとの国境付近はそうかもしれない。でも、このリコット村の流通は滞ってはいないわ。それは、流通経路が平和を保っている証拠よ」
「……」
お父さんは黙り込んでしまう。
そして、援軍は別のところからも出てきた。
「父さん、僕も叔母さんに会ってみたい」
「ユーキ……」
お父さんが言葉に詰まる。普段わがままを言わないお兄ちゃんが、まりあ叔母さんに会いたいと言ったのだ。
お父さんは、お兄ちゃんのお願いには弱くなるのも仕方ないと思える。
「……仕方ありませんね」
お父さんは深々と息を吐いた。
私は顔を輝かせる。
「じゃあ!」
「行ってもいいですよ」
お父さんは苦笑を浮かべた。妥協してくれたのだと、よく分かる顔だ。
「ありがとう! お父さん!」
だけど、私は飛び跳ねて喜んだ。まりあ叔母さんに会える。そのことが、私に大きな喜びを与えていた。
「……まったく、まだまだ子供ですね」
お父さんが呆れているけれど、気にしないのだ。
「サラ、二人のこと。頼みましたよ」
「ええ、任せて!」
お母さんは満面の笑みで、請け負うのだった。
私はまず、まりあ叔母さんに会いに行けるという旨の手紙を書いた。そして、同行者はお兄ちゃんとお母さんであるとも。
お母さんが精霊になって、私と契約したことにより肉体を得たことは、まりあ叔母さんには既に知らせてある。
手紙の返事には一週間がかかった。やはり王都は遠いと思う。でも、会いたい。
返事の内容は、自分も早く私たちに会いたいというものだった。歓迎するとも書いてあり、私を喜ばせた。
旅の準備には、三日ほどかかった。馬車の手配や、荷物の準備。やることはいっぱいだ。
「サキ、ユーキ。準備はいい?」
「バッチリです、お母さん」
「できたよ、母さん」
出立の日の朝。私たちの家の前には、一台の馬車が止まっていた。お父さんが手配してくれた馬車だ。
「サキ、ユーキ。道中は、サラの言うことをよく聞くんですよ」
「はい! お父さん!」
「分かった」
見送りにきたお父さんに、私とお兄ちゃんは頷く。
お父さんはお母さんを見た。
「サラ。貴女も気をつけて」
「ええ、分かってる」
二人は軽く抱き合った。私とお兄ちゃんは思わず目を塞ぐ。
「……なにやっているんですか、あなたたちは」
「両親の熱愛を邪魔してはいけないと思いまして」
「子供には刺激が強いよ」
「……本当に、愉快な子たちになりましたね」
「ふふ、可愛いじゃない」
そんなやり取りがありつつ、ちょっとの間の別れの挨拶を済ませて、私とお兄ちゃんは先に馬車に乗り込んだ。
「それじゃあ、行ってくるわ」
「ええ、気をつけて」
次いでお母さんが乗り込む。
馬車が動き出した。
「お父さん、行ってきまーす」
私は馬車のなかから、お父さんに手を振った。お父さんも手を振り返している。私は、お父さんが見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。
馬車の旅の一週間はあっという間だった。お母さんとお兄ちゃんと一緒だと、会話が途切れない。
途中途中に立ち寄った街の宿屋でも、私ははしゃいでいた。
お兄ちゃんも旅のテンションが高かった気がする。お母さんには何回も注意されたけれど。
そうしてやってきた王都は、凄く大きな都だった。立派な城壁に、遠くに見える白亜の王宮。人も多い。
馬車のなか、私は緊張してきていた。
「に、賑やかですね」
「そうね。ガルシアは復興の時だけど、戦勝国だから、物流も盛んになってきたみたいね」
「ほえー」
人々の顔には、笑顔がある。未だ戦勝ムードが漂っているということか。
「ねえ、サキ。マリアは、ユージーンさんとの新居で暮らしているのよね」
「あ、はい。ユージーンさんはご実家から離れて、まりあ叔母さんとの為に家を用意したと。ちゃんと御者さんにも、手紙にあった地図を渡しました」
「そう、偉いわ」
「えへへー」
お母さんに撫でられ、私はご満悦だ。
「あ、母さん。馬車が止まったよ」
「どうやら、着いたみたいね」
御者さんが、扉を開く。
「お客さま、着きましたよ」
「ありがとう」
お母さんはそう言うと、今までの旅の料金を入れた袋を御者さんに渡した。
「毎度ありがとうございます。また、ご贔屓に」
私たちは荷物を持つと、馬車から降りた。
目の前には、大きなお屋敷がある。
まさか、ここがまりあ叔母さんたちの新居?
想像より、ずっと大きい。
「お母さん、本当にここで合ってますか?」
「ええ、地図を見るかぎり、合ってるわ」
「さすが、近衛の騎士の館だね」
お兄ちゃんが感心したように言う。その間に、お母さんはお屋敷の門番さんに、話に行っている。
暫くして、門は開かれた。
門から続く長い道を歩き、私たちはお屋敷に辿り着いた。
お母さんは臆した様子もなく、扉のノッカーを叩く。さすが、元貴族のお嬢さま。手慣れていらっしゃる!
ほどなくして、初老の男性が扉を開けてくれた。服装からして、家令という人かもしれない。
男性はにこやかに応対してくれた。
「フォーゲルトさまですね。奥さまがお待ちでございます。こちらへどうぞ」
男性は私たちを丁寧に案内してくれた。お屋敷の使用人さんも、お辞儀をしてくれる。な、なんだか照れくさい。
案内された先はとある部屋の前で、男性はノックする。
「奥さま、フォーゲルトさまをご案内しました」
「入ってください」
応じた声に、胸が高鳴る。まりあ叔母さんの声だ。
「失礼します」
男性が扉を開けて、私たちに入室を促す。
私はちょっと緊張しながら、前を行くお母さんの後ろについて行く。
そして、部屋にあるソファーから立ち上がった人物を見て、私は反射的に走り出した。
「沙樹!」
「まりあ叔母さん!」
まりあ叔母さんは貴婦人のようなドレスを着ていたけれど、私を見る表情は変わらない。まりあ叔母さんだ!
私とまりあ叔母さんは、抱き合った。
「奥さま、後ほどお茶をご用意させますので」
「ええ、ありがとう」
まりあ叔母さんは、私を抱きしめたまま答える。
そして、部屋には私たち四人だけになった。
「義姉さんも久しぶり。あなたが、ユーキくんね」
「ええ、マリア。綺麗になったわね」
「あ、あの。初めまして」
私とまりあ叔母さんは、体を離した。
「ふふ、本当に義姉さんなのね。また会えるなんて奇跡だわ!」
お母さんとまりあ叔母さんは、抱き合う。
「ユーキくん。ようこそ」
「はい、ありがとうございます」
「ふふ、髪と目の色は兄さん譲りね。でも顔立ちは義姉さんそっくり」
「そうですか」
お兄ちゃんは照れたようにもじもじしている。
「さあ、座って。沙樹は私の隣ね」
「はい!」
私はうきうきとまりあ叔母さんの隣に座る。うわっ、ソファーふかふか。
お母さんとお兄ちゃんが向かいのソファーに座る頃、お茶とお菓子が運ばれてきた。
テーブルに置かれたクッキーを見て、私はまりあ叔母さんを見た。
「このクッキー……」
「ふふ、分かった? 今日の為に、私が焼いたの。沙樹、これ好きだったでしょう?」
「はい!」
使用人さんが出て行くのを見てから、私はクッキーを頬張った。
「美味しいです!」
「本当。マリア、これの作り方教えてくれる?」
「美味しい、です」
まりあ叔母さんはにっこりと笑った。
「ええ、義姉さん。もちろんよ。ユーキくんも誉めてくれて、ありがとう」
そして、私は頭を撫でられた。幸せだ。
「今日は、ユージーンは午後からお休みなの。もう直ぐ帰ってくると思うわ」
「ユージーンさん、元気ですか?」
「それはもう。毎日、張り切って仕事しているわ」
ユージーンさん、元気そうで良かった。
それからひとしきり話していると、私たちを案内してくれた男性が、ユージーンさんの帰宅を教えてくれた。
しばらくすると、ラフな格好をしたユージーンさんがやってきた。
「やあ、サキちゃん。久しぶりだね」
「はい。お久しぶりです」
「マリア、話には聞いていたけど、本当に帰ってきたんだね」
「ええ。ユージーンさん、お久しぶり」
「君がユーキくんかな。僕はユージーン。よろしく」
「はい、よろしくお願いします」
ユージーンさんは一通り挨拶をすると、私とは反対側のまりあ叔母さんの隣に腰掛けた。
「これは、マリアのクッキーだね。これを食べられるなんて、君たちの来訪には感謝しかないよ」
「まあ、ユージーンったら」
相変わらず、二人はラブラブのようだ。良いことだ、うん。
それから、私たちは色んな話をした。
お兄ちゃんを泥棒野郎から奪い返した話や、邪神ジャグに襲われた話。お母さんとの契約の話。色々だ。
「そう、沙樹頑張ったのね」
「はい!」
まりあ叔母さんに優しく言われ、私は満面の笑みを浮かべた。本当に頑張ったもんね。
「沙樹が幸せそうで、本当に良かったわ」
「お父さんやお兄ちゃん、それにお母さんが一緒ですから」
「そう」
まりあ叔母さんは穏やかな笑みを浮かべている。
「マリア、貴女も幸せに見えるわ」
「ふふ、幸せよ。ねえ、ユージーン」
「ああ。毎日が輝いているよ」
本当にラブラブだ。
……まりあ叔母さんが幸せで良かった。それが分かっただけでも、会いに来たかいがあったというものだ。
その日は、遅くまで皆で話した。
まりあ叔母さんとユージーンさんの家に滞在するのは、二日だ。
三日目の朝に、帰ることになっている。
二日目は、五人でショッピングに出かけた。この日は、ユージーンさんは丸々休みだったので付き合ってもらえた。
王都のお店は品揃えが豊富だった。
特に本の種類が凄い。私とお兄ちゃんは目を輝かせて、本を二冊ずつ買ってもらった。ユージーンさん、太っ腹! あ、ちゃんとお礼は言ったよ!
そうして、二日目もあっという間に過ぎていった。
今は夜だ。
私はまりあ叔母さんと二人で、お屋敷のテラスにいた。
「まりあ叔母さん、幸せそうで良かったです」
「沙樹。貴女もよ。義姉さんやユーキくんといる貴女は輝いているもの。兄さんは良い家庭を持ったのね」
「まりあ叔母さんも、持てますよ」
「そうね、そうだといいわ」
まりあ叔母さんは、微かに笑った。
「大丈夫ですよ! まりあ叔母さんは、七年も私を育てた強者なんですから!」
「沙樹……」
私はにっと、口の端を上げた。
「お互い、幸せになりましょう!」
「ええ、そうね」
まりあ叔母さんは微笑んで、私の頭を撫でた。その顔は幸せになるという強い意思が見えた。
三日目の朝。私はまりあ叔母さんやユージーンさんに見送られ、馬車で出発した。
ユージーンさんと並び立つまりあ叔母さんには、翳りのない笑みが浮かんでいて、私は安心した。
帰りの旅も順調だ。お父さんが心配した山賊が出ることもなく、私たちはリコット村に着くことができた。
家の前には、お父さんが立っていた。心配で見にきたのが、丸わかりだ。本当にツンデレなんだから。
馬車から降りると、私とお兄ちゃんはお父さんに駆け寄った。
「お父さん、ただいま!」
「ただいま、父さん」
「お帰りなさい」
お父さんは笑顔で、私たちを出迎えてくれた。
御者さんに代金を払ったお母さんがやってくる。
「ただいま、ユリシス」
「お帰り、サラ」
そして、行きと同じく抱き合う二人。きゃー!
「……さあ、長旅で疲れたでしょう。夕食は出来ていますから、皆で食べましょう」
「はーい!」
私たちは温かな我が家に、皆で入って行ったのだった。
後日。
まりあ叔母さんが懐妊したという報せが入り、皆で喜んだのは二週間後のことだ。
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