これは余が余の為に頑張る物語である番外編

文月ゆうり

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番外編【ルルの受難】

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 余の名前は、アルルウェルだ。年は十九。家名は持たない。神子である余には、必要の無いものだからな。余を生み出した親という存在はあるが、余が家名を名乗ったところで争いしか生まぬ。だから、余はアルルウェルなのだ。
 さて、余はな。先ほども申したが、神子である。各国に信仰されている精霊教会の教主でもある。
 各国だけではなく、教会が拠点を置くディーン王国の国王ですら、時として余に頭を垂れる事がある。
 何が言いたいかというとな、余とっても偉いという事だ。とってもだ。大事な事だからな、繰り返したぞ。
 しかし、だ。至高なる余であっても、苦手な存在はあるのだ。
 そやつは、余の幼少の頃から側に居り余を守ってきたのだが、無表情で何を考えておるのか分からんし、直ぐ睨んでくるし、笑わないし、仕事に手を抜かんしで、余は苦手なのだ。
 少しぐらい手を抜いてくれれば、教会を抜け出し余だって市井の者と交流が持てたかもしれぬのに。
 いや、愚痴はよそう。悟られたら、後が怖い。
 なにせ今、目の前に件の人物がおるのだから。
「……以上が、次の会議での我が騎士団の守備編成です」
「う、うむ。分かった」
 淡々と、無表情で報告するそやつの名は、ジーナヴァルス。余を守る、神護騎士団の団長である。齢四十を超えたというのに、服の上からも分かるぐらいに引き締まった体をしておる。まだまだ現役だな。
 ジーナヴァルスの話を、余は真剣に聞く振りをする。
 実は、あまり頭に入ってないのだ。
 余、どうしてもジーナヴァルスの後ろが気になって、気になって。執務どころではないのだよ。
 なんせ、ジーナヴァルスが神子の間に入って来てから、ずっと気になっておったのだ。
 ジーナヴァルスが連れてきた人物は、尋常じゃない殺気を余に放って、おる。ごくり。
 ジーナヴァルスよ。何故、彼を連れてきた。そして、彼は何故、余に殺気を放っておるのだ。解せぬ。
 余、何かしたのか?
「アルルウェル様、聞いておられますか」
「う、うむ。勿論だ」
 聞いてはいなかったがな!
 なに、バレなければ構うまい。余は、ビクつきながらも机の上の書類を見ている振りをする。殺気が怖くて、集中などできん。
 ジーナヴァルスよ、何故そなたは気付かんのだ。余でも、分かるぞ! 分かっちゃったぞ!
 なのに、何故そなたは分からぬのだ!
 いや、分からぬ筈がない。ジーナヴァルスは、有能な騎士団長だ。気付いている筈だ。
 つまり、そなた。気付きながらも、後ろに居る人物を放っておるのか。そうなのか。事と次第によっては、余と全面戦争だぞ。勝てる気はせんがな!
 ジーナヴァルスの後ろに居る人物は、金色の髪以外は、驚くほどに面差しがジーナヴァルスに似ておる。彼は、ジーナヴァルスの長男に違いない。名は確か、アルトディアスだったか。年は、二十四歳だったか。ジェイドから話は、聞いておる。
 大精霊シルヴァーンと、シルディ・ナーラしておる未来の騎士団長様だ。
 そんな彼に、何故余は、射殺さんばかりに睨まれておるのだ! 分からぬ、分からぬよ!
 余は、アルトディアスの睨みが恐ろしい。何故か、ジーナヴァルスに睨まれている気になるのだ。体が、震える。
「アルルウェル様、どうかなさいましたか」
「い、いや! 何でもないぞ! そ、それより、ジーナヴァルス。後ろに控えておるのは、その……」
 余は、恐る恐る尋ねた。
「……ああ、紹介がまだでしたね」
 ジーナヴァルスが、後ろを振り返る。途端に、殺気が霧散する。
 ちっとばかし、露骨過ぎやせんか。
「もうご存知かとは思いますが、この者は、私の息子です。名は、アルトディアス。私が退いた後の後任になります」
「そ、そうか……」
 その息子は、余に何か恨みがあるのか。
 改めて紹介されたアルトディアスは、にこりともせずに一歩踏み出し騎士の敬礼を余に見せる。
「騎士団長よりご紹介に預かりました、アルトディアスです。以後、よろしくお願いいたします」
「う、うむ。余はアルルウェルだ。よろしく頼む」
「はっ!」
 な、なんだ。思ったよりも普通だ。
 余、警戒し過ぎたか。
「アルルウェル様、一つよろしいでしょうか」
 余が胸を撫で下ろした時、アルトディアスが発言の許可を求めてきた。
「な、なんだ」
 何を言われるのだ。さっきの、恐ろしい視線を思い出し、余は身震いする。
「……妹は、巫女様は幸せですか」
 真剣な眼差し、声音に余は息を呑む。
 アルトディアスの妹──巫女は、余の大事な存在だ。
 それは、アルトディアスにとってもそうなのだろう。
 余は、姿勢を正した。アルトディアスの問い掛けに、真摯に答えたいと思ったからだ。
「巫女……リリアンナは、余が全身全霊をもって幸せにする」
 リリアンナとは、幼い頃に出会った。魂の状態ならば、生まれる前からの付き合いだといえる。
 リリアンナの前世であるナナオの頃から、余は慈しみの思いを持っていた。淡い恋だったのかもしれぬ。
 しかし、余の世界で生まれたリリアンナと出会い、余の思いは強くなっていった。大事にしたい。守りたい。側に居て欲しい。欲深い思いも、持つようになった。
 余の母は、他人の夫を奪った。愛する男さえ不幸にした。余の母は、魂が幼すぎたのやもしれぬ。
 だが、そんな一言で済ますには、やり過ぎた。業の深き魂だ。
 余は、そんな母を見て恋をする事が恐ろしくなった。母の血を継ぐ余も、愛する人を不幸にするのではと思ったのだ。
 そんな弱い余を、リリアンナは救ってくれた。余に、愛する素晴らしさを教えてくれた。
 余は、リリアンナが好きだ。愛している。誰よりも。守らねばならぬ世界よりも、思いは強いかもしれぬ。
 そんなリリアンナが、余の巫女となってくれた。
 巫女は狭き門だ。リリアンナが、どれだけ頑張ってくれたか。それが、とても嬉しい。愛おしい。
「余は、リリアンナを大事にする」
 真剣に、余は答えた。
 アルトディアスは、俯いている。余の言葉は、伝わっただろうか。
 じっと、余はアルトディアスを見つめた。
 すると、アルトディアスは顔を上げた。その顔は、笑顔だった。なのに、背筋に嫌な汗が流れる。何故だ。
「アルルウェル様」
「な、なんだ?」
 おかしい。余は、物凄く偉い筈なのに。この神子の間に居る中で、一番偉い筈なのに。目の前に居る、アルトディアスが恐ろしくて仕方ないのだが。何故だ。分からぬ。
「リリアンナは、幸せなのですね?」
「う、うむ」
 幸せの筈だ。余と共に居る時のリリアンナは、いつも笑顔を浮かべているからな!
「……ちっ」
 舌打ちしたぞ!
 アルトディアス、笑顔のまま、舌打ちしたぞ!
「幸せ、なんですか……」
 何だ、その至極残念そうな顔は!
 リリアンナの兄として、妹の幸せを喜べぬとは何事か! 余、怒るぞ!
 ……と、言えたら良かったのだがな。アルトディアスを見ていると、どうしても体が震えるのだ。
 ジーナヴァルスと顔が似過ぎているのが、原因かもしれぬな。アルトディアスを見ていると、ジーナヴァルスに睨まれている気になるのだ。
 当のジーナヴァルスは、無表情のまま、息子を諫めることなく、我らの会話を聞いている。いや、注意せぬのか! 何度も言うが、余は一番偉いのだぞ!
「その、なんだ。アルトディアスよ。リリアンナが幸せな事に、何か不都合でもあるのか?」
 余、勇気を出した! 勇気を出して、聞いてみたよ!
「いえ。巫女様がもしも不遇な境遇にありましたら、問答無用で連れ帰ろうと思っただけですよ」
 余の問い掛けに、アルトディアスは笑顔を崩さぬまま、言ってのけた。
 連れ帰るって、言ったか?
「そ、それは、駄目だ!」
 余は叫んだ。リリアンナを連れ帰る? そんな事、認められるか!
 余が叫んだ事に驚いたのか、アルトディアスは目を軽く見張っている。驚いたのだろう。
 そして、アルトディアスはまた笑みを浮かべた。今度のは、先ほどのとは違い、温かみのある笑みだった。
「そうですか。アルルウェル様は、そこまで妹の事を思って下さっているのですね」
「当たり前だ」
 リリアンナは余にとって、かけがえのない存在だ。誰にも、渡せない。
 アルトディアスは、ジーナヴァルスを見た。息子の視線を受け、ジーナヴァルスは頷き返している。何だ? 何を目配せしておるのだ。
「アルルウェル様」
 今度は、ジーナヴァルスが余の名を呼んだ。
「……なんだ」
 恐る恐る、余は返事する。
 ジーナヴァルスは、淡々と言葉を発した。
「リリアンナを、よろしくお願いします」
 驚いた。余、心底驚いた。
 ジーナヴァルスが、余にリリアンナを託したのだ。
 アルトディアスは、少し寂しそうな顔をしていた。
「妹は、斜め上をいく子ですが、本当に大事にしてください」
 あれほど、余に殺気を放っていたアルトディアスまでもが、余を認めたのだ。驚きだ。
「う、うむ。余に、任せよ」
 余は、リリアンナの家族に認められたのか。そう思うと、嬉しくて涙が出そうだった。
「では、我らはこれで」
「うむ、ご苦労であった」
 話は終わったのか、二人は退室していこうとする。うむ、仕事もリリアンナも余に任せておくがいいぞ。
 そう思っていると、アルトディアスが立ち止まって振り向いた。
「……妹が、少しでも不幸になったら、その時は覚えておいてくださいね」
 低い声でそう言われ、余の胃はキュッとなった。

 その後、余は瞬く間に執務を終えて、リリアンナに会いに行った。
 リリアンナ。そなたの兄は、恐ろしい奴だ。
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