幸せな脇役

文月ゆうり

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第二話 騎士たち

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 村は、朝から大にぎわいだった。
 私が、朝食用に卵を貰いに言った養鶏場の奥さんも、興奮ぎみで卵を何度も落としそうになっていた。
「都の騎士様だなんて、うちの小さい村なんかにねぇ」
 頬を染めて、そんなことを言う。
 実は、私も多少は浮かれている。いや、本当に多少だけど。
 お嬢様の事を考えると、騎士達は来ない方がいい。だけど、『予言の乙女』の騎士達を一目見られるかもという、僅かながらミーハーな思いもある訳で。
 どうしようもないやつだ、私。と、自己嫌悪にもなる。複雑なのだ。
「騎士様は、昼頃到着なさるそうです」
「そうなの! あー、仕事の手休めて見に行ってみようかね!」
 うきうきと声を弾ます奥さんに、私は苦笑で答える。
 宿屋の無い小さな村だ。特務騎士達は村長の家……私達が暮らすお屋敷に一か月間宿泊することになる。
 名目上は、村の周辺の探索だ。最近、辺境で度々魔物が目撃されているらしい。国王様が、治安維持の為に騎士を派遣しているのは本当だ。有難いことです。
 だけど、私達の村に来るのは特務騎士だ。彼等の本当の目的は、お嬢様が神託を受けるのを待つためであり、精霊の森に住まうという大精霊様に会う事だ。
 ゲームだと、この一か月間が序盤となり、各騎士達との好感度を上げていく期間になる。そして、精霊の森へ旅立つ時に個別ルートに入るのだ。
 そう考えると、これから来る騎士達は、お嬢様の恋のお相手だとも言える。
 ……何だか、緊張してきた。
「あら、顔が強ばっているけど大丈夫?」
「騎士様に会うのかと思うと、緊張してしまって……」
 それは本当の事なので、すんなりと言葉に出来た。
 奥さんは当然だと、頷く。
 そこで、私は養鶏場を後にした。
 都の、しかも特務を帯びたエリート騎士様達と、これから一つ屋根の下なのだ。
 粗相の無いようにせねば。

 お屋敷に帰ると、お嬢様がお手伝いに来てくれた村の人達とお掃除に勤しんでいた。
 我らが旦那様は、質素倹約を心掛けているので、お屋敷には使用人というものが居ない。私が、真似事をするぐらいだ。だから、旦那様もお嬢様も、家事が得意だったりする。
 時々、村の人がお世話してくれたりするけども。基本は、自分の事は自分で、だ。
「ただいま、帰りました」
「お帰りなさい。こっちは、もう終わりそうよ」
 ほっかむりに、はたきという出で立ちのお嬢様。そんな姿でさえ、愛らしい。
「では、私は干しているシーツを取ってきます」
「ええ、お願い」
 それだけ言うと、お嬢様はぱたぱたと走り去っていく。忙しそうだ。
 これから来る騎士達の世話には、私達だけでは人手が足りない。おそらくは、村の人達が交代で手伝いに来てくれるのだろう。
「……私も、頑張らないと」
 ぐっと拳を握り、私は庭へと向かった。
 庭では、洗濯されたシーツが風にそよいでいる。お客様用のシーツだ。
 私は、乾いたシーツに手を掛ける。
 空には、小鳥達が、仲良く並んで飛んでいる。
 平和な光景だ。
 だけど。村の外では、確実に異変は起きている。村の長閑な風景を見ていると、信じられないけれど。でも、恐ろしい事は、起きようとしているのだ。
 だからこそ、神託は下されようとしており、王国の特務騎士がやって来るのだ。
「……お嬢様」
 ふいに、口にするのは大切な人。
 お嬢様。
 どうか、お嬢様の未来が幸福で満たされますように。
 私は、女神様に祈りを捧げた。

 昼頃に、彼らはやって来た。ゲームと同じく、四名の騎士達。いや、一人は確か騎士ではなかったような。いや、今は関係ないか。
 騎士達を出迎えたのは、旦那様とお嬢様だ。ついでに、少し離れた場所に私も居る。お嬢様が、私も家族だからと言ってくださったのだ。お嬢様……。
「遠路はるばる、ようお出でくださりました。私が、この村の村長を勤めております」
 旦那様が恭しく頭を下げる。すると、一団の先頭に立つ騎士がそれを制した。
「我らは、客となるべく来たわけではない。そのような振る舞いは不要だ」
「はあ」
 旦那様は、少しだけ困ったように笑うと、頭を上げた。
「……俺の名は、ジャスティだ」
 ジャスティと名乗った騎士は、ゲームの中ではメインヒーロー役である。
 白銀の髪を持つことから、ファンの間では『若白髪さん』と呼ばれている。
 対人的に、非常に厳しい態度を取り、主人公にも辛辣な物言いを度々する、ツンデレキャラだ。
 将来が心配になるほど、眉間の皺が深い。それが実際の年齢よりも、彼を大人びさせているが、まだ十代である。十八才なのだ。ビックリです。
 そんなジャスティ、いや身分を考えてジャスティ様か。ジャスティ様の後ろでは、鮮やかな赤毛の青年が苦笑を浮かべている。
「ジャスは堅苦しいんだよ。すみません、村長さん。あ、俺はクウリィ。えっと……」
 取りなすように言ったクウリィ様は、旦那様の隣に立つお嬢様と私を交互に見つめる。
 クウリィ様は、ジャスティ様とは正反対に非常に社交的な人である。その親しみやすさは女性に多大な効果をもたらすのである。お嬢様、要注意ですぞ。
「ああ、これは私の孫娘達です」
 旦那様は、迷うことなく私を孫娘と言ってくださった。
 私は、感激のあまり息が詰まってしまう。
 しかし、こちらの事情を知らないクウリィ様は、目を輝かせる。
「そうなんだ! ね、君の名前は?」
「え、あの……」
 クウリィ様は、お嬢様の手を握るとふわりと笑い掛ける。世の女性を虜にする、甘い笑みだ。
 しかし笑いかけられた本人であるお嬢様は、頬を染めるどころか、眉を寄せて困惑を露にしている。
 流石、お嬢様! ヒロインの中のヒロイン! そう簡単には靡きません!
「綺麗な瞳をしているね。吸い込まれそうだよ」
 だが、クウリィ様も引かない! なかなかの根性で畳み掛ける! きっと、相手がお嬢様じゃなかったら、惚れられてますよ。私も、ちょっと頬が赤くなっているのは自覚済みだ。
「クウリィ、止めなさい。迷惑ですよ」
 穏やかな声が、クウリィ様とお嬢様の間に入る。
「なんだよ、ジーン」
 むくれたクウリィ様が振り返った先には、柔らかな微笑みを浮かべる騎士が居る。腰まである黒髪を、緩くみつあみにして肩から流しているのが、凄く様になっているのはジーン様だ。
 癖のある特務騎士の中で、唯一最初からヒロインに優しくしてくれる人だ。因みに、お腹は黒くない。これ大事。
「すみません、お嬢さん。仲間が迷惑をお掛けしました」
「い、いえ! 気になさらないでください!」
 お嬢様は、慌てて手を振る。その際、少々強引にクウリィ様の手を振りほどいてしまったが、まあ仕方ない。うん。
「酷いなぁ」
 とクウリィ様は眉を下げる。でも、言葉ほど気にした様子は無さそうだ。
 クウリィ様に呆れたような視線を向けた後、ジーン様は後ろを振り向く。そこには、一団の最後の一人が佇んでいた。真っ黒なローブ姿で深くフードを被っている小柄な人物だ。
「ほら、クリフ。君も挨拶をしなさい」
「……はい、ジーン様」
 クリフと呼ばれた人物は、フードを脱ぐ。ふわりと、綿毛のようにふわふわとした水色の髪が溢れる。フードの下から現れたのは、私と年齢のそう変わらない少年だった。
「……僕は、クリフ、です」
「は、はあ。クリフ様ですな」
 俯いて、目も合わせようとしないクリフ様に、旦那様も戸惑い気味だ。
「彼は、魔法院から私達の補助役として同行してくれている魔術師なのですよ」
 ジーン様が、補足説明をしてくれる。
 そう最後の一人、クリフは騎士ではなく魔法使いなのだ。因みに、『予言の乙女』では攻略キャラではない。ただ、人気が高かったのでファンディスクである『予言の乙女~聖なる夜に~』においてルートが追加されたキャラでもある。
 クリフ様は、内向的な性格であった筈だ。
 ……私も、それほど積極的な方ではないから、ちょっと親近感を持ってしまう。
 粗方の自己紹介が終わり、さてお屋敷へと入ろうかとなった時だった。空気が不穏なものになったのは。
 始まりは、お嬢様がお屋敷を案内しようと、ジャスティ様に声を掛けた事だった。
「あの、ジャスティ様。ご使用頂く部屋へ案内しますわ」
「……ああ」
 笑顔のお嬢様に対し、ジャスティ様の対応は非常に冷たいものだった。
 実は、お嬢様はそんな態度を取られるのは初めての事であった。
 別に、お嬢様が美しくお優しいから周りがちやほやしてきた、という訳ではなく。誰に対しても優しくいようというのが、我が村の気質である。皆、優しく穏やかなのだ。そんな村人に囲まれて育ったお嬢様であるから、ジャスティ様の態度に思うところがあるだろう。
 しかし、お嬢様は耐えた。笑顔を保ち、お屋敷へと皆様を案内しようとした。
 突然だが、お屋敷には玄関まで石の階段が数段ある。私も毎朝、そこを登っている。その階段だが、ドジな私は時々踏み外してしまう事がある。いや、ドジとは関係なく踏み外す時はあるものだ。
 何が言いたいかと言うと、お嬢様がたった今踏み外されたのだ。
 そして、すぐ後ろを歩いていたジャスティ様に、勢い余って抱き付いてしまったのだ。故意ではない。私のお嬢様は、そんな方ではない。
 しかし、ジャスティ様にはそんなこと通用はしなかった。しかも、クウリィ様が口笛を吹き、場の雰囲気を悪くしてしまう。
「も、申し訳ありません、ジャスティ様!」
 お嬢様は、慌てて体を離し謝罪を口にしたけれど。
 ジャスティ様は、お嬢様を皮肉げな表情を浮かべ、お嬢様を見下ろし。
「ふん。媚びでも売ったつもりか」
 と、嘲笑った。
 ここで、ゲームのジャスティについて説明しよう。
 彼は、侯爵家に生まれた正真正銘の貴族である。そんな由緒正しい血筋の彼には、色んな女性が群がった。
 社交の場に出れば、年頃の令嬢が互いを牽制しあい、ジャスティを囲む。
 所用があり、どこそこの家に泊まればその家に縁のある娘に寝込みを襲われかける。恐ろしい事だ。
 そんな経験を、社交界に出てから体験してきた彼は、女性を忌避していた。
 女嫌いと言っても過言ではないだろう。
 だからか、若く美しいお嬢様に対し、酷い態度を取り続けるのかもしれない。お嬢様は、本当にお優しい方なのに……。
「わ、私は、そんなつもりなどありません!」
「ふん、どうだかな」
 侮蔑も露に言われ、お嬢様の頬が朱に染まる。
 ジャスティ様の女性への疑いも分かるが、流石に度が越えてきている。酷い。
「…………そう。そこまで言いますの」
 あ、あれ。お嬢様の声が今まで聞いたことないぐらい低い。
「言葉使いも直したらどうだ。慣れない言葉だとよく分かるがな」
 ジャスティ様の辛辣さは変わらない!
「ジャスティ、貴方いい加減に……」
 ジーン様が諌めようと、声を掛けるが時すでに遅し。
 お嬢様は、怒れるお嬢様と化していた。
「そう、なら、いつも通りでいかせてもらうわ」
「初めから、そうしていれば良かっただろう」
「ふ、ふふ」
 お嬢様から、暗い笑い声がもれる。
 お嬢様を、恐ろしく感じるなど。そんな馬鹿な。
 お嬢様は、旦那様へと振り向く。
「お祖父様」
「な、なんだい孫娘よ」
 旦那様が、及び腰になっているのは気のせいだろうか。
「彼らのおもてなしは、私に任されていましたわよね?」
「あ、ああ。お前の方が歳も近いし、適任かと、思ってたよ」
 旦那様、過去形になってます。
 お嬢様は、にやりと口角を上げる。普段のお嬢様らしからぬ笑いに、私の背筋が凍る。お、お嬢様?
「では、ジャスティ様。私は、私なりのやり方で、もてなすわ。文句はないわよね?」
「あ、ああ」
 ジャスティ様、頷いちゃった!
「あーあ、なんか不味いんじゃないの?」
 クウリィ様が、呆れ顔でジャスティ様を見ている。
「……仕方ないですよ。ジャスティが、我々のリーダーですから」
「……」
 ジーン様は苦笑を浮かべ、クリフ様は無言だ。
 ……あの、お嬢様。
 ジャスティ様以外の方達は、とばっちりですよね?

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