幸せな脇役

文月ゆうり

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番外編(ジーン視点)

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 ジーン達が神託の乙女を連れて、精霊の森へと旅立ったのは僅か六日前の事だ。
 大精霊に会い、世界に起こっている異変──女神により封印されているという邪神の復活を聞かされ、ジーン達は己の使命を再確認した。
 神託の乙女が、実は十六年前に女神より予言を託されていたと知り、一行は一先ず予言を管理している王都の大聖堂を目指す事にした。予言の内容を知らねば、世界の異変にも立ち向かえない。そう判断した為だ。
 神託の乙女改め、予言の乙女は大精霊より魔を祓う浄化の力を授けられ、一行は深き森に囲まれた村に帰る事にした。
 予言の乙女の今後を乙女の祖父である村長に伝えねばならない。
 一行は、村へと急いだ。
 ──そこで待っていたのは……。

「ジーン」
 名を呼ばれ、ジーンの意識は浮上する。
 声の方を見れば、外から帰ってきたところらしいジャスティの姿があった。
 屋根に開いた穴から降り注ぐ夜の月光が、ジャスティの銀色の髪を淡く光らせている。
 ジーン達が寝泊まりに使っているのは、一ヶ月の間世話になった村長の屋敷だ。ここが、一番まともな形を保っていた。他の家々は……。
 村の惨状を思い出し、ジーンは瞳を閉じる。記憶の中でならば、いくらでも美しかった頃の村を思い出せるというのに。
 ジーン達が村へと帰還して二日が経とうとしていた。
 瞳を開ければ、ぼろぼろになった壁や床が見える。
 ここは、居間だった場所だ。ジーンはソファーに座り、クウリィは向かいのソファーで仮眠を取っている。彼にしては珍しく眉間に深く皺が寄っている。
 ジャスティとクリフは、外へと出ていた。ジーンは、疲れた様子のジャスティに声を掛ける。
「……村の様子は?」
 ジャスティは、首を振る。
「何も。俺達が帰ってきた時と何も変わった様子はない。原型を留めた家は、ここ以外無かった。人の姿も……」
「そうですか……」
 沈痛な面持ちで、ジーンは呟く。
「クリフはどうしました?」
 見当たらない姿を問えば、ジャスティの眉間に力を入れた。
「……まだ、探し回っている」
「……」
 誰を、とは聞かない。分かりきった事だからだ。
 廃墟と化した村で、生きている人間は自分たちしか居ない。それも分かりきった事だが、クリフは諦めがつかないのだろう。
「……彼女は?」
「まだ、眠っていますよ」
 ジャスティの問い掛けに、ジーンは静かに答える。
 ジャスティの言う彼女とは、予言の乙女に他ならない。
「初めて浄化の力を使ったのですから、体が慣れていないのでしょう」
「そうか……」
 ジャスティは、居間から見える階段を見る。階段の先にある部屋で、乙女は眠りについているのだ。
 ── 村は、魔に侵されていた。ジーン達が到着した時には魔物は去った後だったが、闇の気配は色濃く残っていた。
 それを乙女が浄化の力を使い、消し去ったのだ。今は、清涼な空気が流れている。
 ジーンは、息を吐く。
 乙女の身は心配だ。しかし、特務騎士としての懸念もあった。
 今回、乙女が浄化したのは規模の小さい村だ。女神の加護を受けているのならば、国一つ浄化する事も可能な筈だった。女神の加護とは、それほど強大なのだ。だが、乙女は村一つで疲弊してしまっている。
 ──乙女の心に、楔を打ち込まれたか。
 ジーンは思う。
 壊滅した村。大事な故郷を奪われてしまった乙女の心は深く傷付き、女神の加護を受けとるには傷はあまりにも深いのではないのかと。
「……クウリィを、起こしましょうか」
 ジーンは話題を変える為に、向かいのソファーで身動ぎ一つせずに眠る赤毛の騎士を見た。眉間には、皺が刻まれたままだ。
「クウリィ」
 呼べば、クウリィの瞼がピクリと動く。眉間に皺を寄せたまま、うっすらと目を開ける。
 クウリィはそのまま、月光の差す天井の大穴を見る。
「あー……」
 掠れた声で呻く。
「夢じゃ、無かった……」
 クウリィの寝起きの言葉に、ジーンは息を呑む。
 全ては悪い夢であって欲しい。それは、ジーンも思っていた事だった。
「……いつまで寝惚けているつもりだ。さっさと、目を覚ませ」
 殊更冷たくいい放つジャスティだが、声に動揺が出ている。彼にとっても、今の状況は悪夢なのかもしれない。
「うん、もう起きた」
 クウリィは、のそりと体を起こす。
「ジャスティ、貴方も仮眠を取ってください」
「ああ……」
 ジーンの言葉に、ジャスティは頷く。顔には、疲弊の色が濃い。
 ジーンは立ち上がると、ジャスティにソファーに座るように勧めた。ジャスティは、深く腰掛けると深々と息を吐く。
「村人は、やはり……」
──魔に、侵されたのか。
 ポツリと呟かれたジャスティの言葉は、静かな部屋に思いの外響いた。
「ジャスティ……」
「……」
 ジーンは何も言えなくなる。クウリィは眉を寄せ、口を引き結んでいる。
 魔に侵される。それは、人間にとって死を意味する。
 魔物は、人を喰らう。人を、体内に取り込んで、己の力とするのだ。だから、魔に襲われた町や村では人の亡骸は見つからない。全て、魔に吸収されるからだ。
 現に、村には人の影が無い。無惨な瓦礫があるのみだ。
 ジーンは、ぎゅっと拳を握る。何と、惨い現実なのか。
「……クリフを、探して来ます」
 どこまでも沈んでいく思考から逃げたくなり、ジーンは扉に向かう。実際に、クリフの体が心配なのもある。クリフは、村に到着してから一向に休む気配がない。
 扉を開けると、浄化の力により清涼なものとなった風が、頬を撫でる。
 ジーンは、歩を進める。暫くすると瓦礫と化した村が見えてくる。
 沸き上がる感情を抑えて、ジーンは歩き続けた。
 月夜の中、小柄な姿が照らされている。
 クリフだ。
 瓦礫を退けては立ち上がり、他の瓦礫を手に掛けるという動作を繰り返している。……探しているのだ。たった一人を。
「クリフ。夜も更けます。休みなさい」
 ジーンが声を掛けても、クリフの動きは止まらない。
「クリフ」
「嫌、です」
 クリフは、振り向きもせずに答える。手は傷だらけだ。
「まだ、全部、探してません」
 クリフの目は、前しか見ていない。
 痛々しい少年の姿に、ジーンは何も言葉を失う。
 村を出る前、クリフの隣にはいつも一人の少女が居た。初めは、ジーンが同じ年頃だというので仲良くするよう伝えたが。それが、こんな事になるとは思いもしなかった。クリフは、少女に執着を見せている。その執着が、少年をここまで駆り立たせるのだろう。
 ジーンは、目を閉じ祈る。
 ──女神よ、どうか。我らにご加護を……。

 月の光は、ただ、全てを照らすのみ。
 運命は、動き出したばかりだった。
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