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番外編
しおりを挟む見上げたお屋敷は、とっても立派で。私は、あんぐりと口を開いた。
今まで住んでいた家と比べると、正にお城だ。旦那様のお屋敷を今まで一番大きいと思っていた私には、目の前の豪邸は衝撃的過ぎた。
「……今日からここで、お世話になるんだ」
纏めた荷物の入った鞄を両手で持ち、私は呆然と呟いた。
「……そうだよ」
後ろには、憮然とした面もちのクリフ様。とっても、不機嫌そうです。
その理由が理由なだけに、自然と私の頬は熱くなる。
「……本当は、僕の家に、来て欲しかったのに」
ふてくされてそう言うクリフ様は、七年前とは身長も違うのに、昔のクリフ様が重なって見えた。
「クリフ様……」
「様付けは、止めてって言った」
無茶な事を言う、クリフ様。今更、呼び名を変更出来ません。
「まあ、いいけど」
私の困り切った顔に、クリフ様は諦めてくれた。すみません! あの、今は兄妹にしか見えない年齢差でも、一人暮らしのクリフ様のお家で二人きりなのは、気恥ずかしいと言いますか。色々、困っちゃうんです。私、まだ思春期なので……。
私は、再び豪邸を見上げた。見れば見るほどに立派だ。
「ここに、お嬢様が……」
そうこの豪邸は、ジャスティ様のご実家なのだ。
つまり侯爵家のお屋敷。
ジャスティ様のご実家という事は、ジャスティ様と結婚なされたお嬢様が現在暮らしている場所でもある。
「そう、今日から君はここで、お世話になるんだ」
クリフ様の言葉に、ごくりと喉を鳴らす。
今更ながら、緊張してきたのだ。
そんな私をよそに、クリフ様は立派な扉の呼び鈴を、あっさりと鳴らしてしまう。
「ク、クリフ様……」
「なに?」
クリフ様は、きょとんと瞬きを一つする。
「あ、あのっ、心の準備が……っ」
「大丈夫だよ」
私の戸惑いを気にした風もなく、クリフ様は言う。
な、何だか。クリフ様はずいぶんと積極的になられましたね。これが、大人の余裕というものでしょうか。
今更ながら、クリフ様の七年という歳月を実感し、私はどぎまぎしてしまう。
「……来たよ」
「え……?」
クリフ様の呟きに、私は誰が来たのだろうと思った。こんな立派なお屋敷だ。家令という存在が居る筈。その人が、来たのだろうか。
扉の向こうから、ドタバタという大きな音が響く。ずいぶん慌てているようだ。
緊張から、私は鞄の持ち手を握り締める。
バタンと、勢い良く扉は開かれた。
そして──。
「会いたかった……っ」
私は、暖かな腕の中にいた。
何が起きたのか分からず、私は目を丸くする。
でも理解が遅れたのは一瞬で、私は先ほどの声から、誰に抱きしめられているのか悟った。どさりと、手から鞄が落ちる。
「お、嬢様……」
そう、お嬢様だ。記憶の中より、少しだけ背が伸びた気がする。む、胸の豊さも。こ、こほん。
私は、胸が熱くなるのを感じた。
お嬢様だ。お嬢様だ!
「お嬢様!」
「ええ、そうよ。私よ」
私から体を離し、お嬢様は涙声で肯定する。
七年振りに見るお嬢様は、すっかり大人の女性だった。
とても、美しくおなりだ。
「ずっと、本当に長い間、会いたかったの。私、本当に……」
お嬢様は、泣き出してしまわれた。ど、どうしよう。
「お、お嬢様……っ」
オロオロとする私に、声が掛かる。
「俺の妻を泣かせるとは、罪作りなやつだな」
現れたのは、七年分の年を重ねて、更に美丈夫になられたジャスティ様だった。銀髪が、輝いている。
「あ、あのっ、これは」
わたわたと、お嬢様とジャスティ様を交互に見る。
焦りは更に増す。
すると、ジャスティ様の後ろから懐かしい顔が覗いた。
「ちょっと、ジャス。あんまり苛めたら、可哀想でしょ」
「そうですよ、ジャスティ」
現れたお二人に、私は声が詰まる。なんて、懐かしい。
「クウリィ様、ジーン様……」
「やっほー! 元気にしてたー?」
クウリィ様は、ひらひらと手を振った。
「お久しぶりですね」
ジーン様は、ゆったりと微笑んだ。
七年経って、お二人とも雰囲気が変わられているけれど、内面に変化はないようだった。その事が、私を安心させた。
「お久しぶりです、皆様もお元気そうで良かったです」
まだ泣き止みそうにないお嬢様の肩に手を起き、私は笑みを浮かべる。
七年経っても、お嬢様の旅の仲間達には付き合いがあるのだ。それが、嬉しい。
「お嬢様」
懐かしい面々にお会いできたからか、今度は落ち着いて声を掛けられた。
お嬢様は、取り出したハンカチで涙を拭うと、赤い目で微笑んだ。
「ごめんなさい、泣いたりなんかして。貴女との再会は、もっと落ち着いたものにしたかったのに……」
「いえ、いいんです。私の為に、流してくださった涙ですから」
「ありがとう」
微笑んだお嬢様の肩から手を離すと、ジャスティ様が代わりにお嬢様の肩を抱いた。そう言えば、お二人はご夫婦でしたね。お熱いようで、何よりです。
「……ジャスティ様、荷物運んでもいいですか?」
それまで黙っていたクリフ様が、鞄を持って尋ねた。あっ、私の鞄! そういえば、落としたままでした。すみません、クリフ様!
「ああ、部屋は用意してある」
「分かりました。案内をお願いします」
「ああ」
二十一歳になったクリフ様は、十四歳のクリフ様とは違い、はきはきと喋る。
旅に出ていた間に、ジャスティ様達との絆が深まったのだと思います。昔のような遠慮が、今のクリフ様にはありませんから。
「そうだ、今夜は久しぶりの再会を祝って、皆で食事をしよう」
「おっ、良いねぇ!」
「そうですね、せっかく皆が集まったのですから。お嬢さんも、聞きたい話などあるでしょうし」
「あっ、俺もある!」
それはきっと、永久の楽園に居る旦那様や、村の皆の事だろう。
一カ月という短い間とはいえ、皆様は村で過ごしたのですから。村の皆のその後が、気になるんだと思います。
「はい! お任せください!」
私は笑顔で承諾した。
そして、お嬢様とジャスティ様に頭を下げる。
「今日から、よろしくお願いします」
私の言葉に、お二人は笑顔で応えてくれた。
私がクリフ様と、永久の楽園で再会してから、二週間が経っていた。
最初の一週間を、クリフ様は私の家で過ごされた。
お父さんもお母さんも、妖精さん新聞でクリフ様の訪れを知っていたのか、慌てた様子は無かった。それどころか、どこか悟ったような顔をして、クリフ様を受け入れた。
一週間の間、クリフ様は特に何も仰らなかった。ただ、お父さんと穏やかに会話したり、農作業を手伝ったりしていた。
「彼女を、外に連れ出す事を許してください」
クリフ様が、そう仰られたのは八日目の朝だった。
お母さんは、台所で朝ご飯の用意をしていて。
お父さんは、妖精さん新聞を読んでいた。
「……それは、娘も承知している事ですかな」
お父さんは、私を見てそう言った。
私は、少し震えながら頷いた。大きな決断だと、分かっていたから。
お父さんとお母さんと過ごした七年は、私にとってかけがえのないもので。その生活を捨てるのは、勇気と痛みのいる事だった。でも、私は選んだ。
クリフ様と過ごす、これからの未来を。
「そうか」
お母さんが台所仕事を止めて、私を見つめた。その目は、とても穏やかだった。
「幸せに、おなりなさい」
そう言われ、私は何度も頷いた。涙が溢れて止まらなかった。
そうして、八日目の朝。クリフ様は一旦、外に戻られた。
永久の楽園から、人を連れ出すには色んな魔術の準備が居るのだとか。どういう手順を踏むのか説明されたけれど、私には理解の出来ない難しい内容だった。クリフ様、凄いなぁ。
クリフ様が迎えに来るまでの間、私はお父さんとお母さんと共に過ごした。
旦那様にも、お別れを言いに行った。
「そうか、寂しくなるな」
と、旦那様は別れを惜しんでくださった。
私は、本当に恵まれている。
「迎えにきたよ」
そう言って、クリフ様が現れたのが今日の事。
私の外界行きは、妖精さん新聞にも取り上げられ、村中に知れ渡っていた。村の人たちも、外界に行きたいと思うのではないかと思ったけれど。皆は、私を送り出す為に集まっただけで、誰も外界に行こうとは言わなかった。
皆も、自分の生きる場所を選んだのだ。
「元気でなぁ!」
「お姉ちゃん、ばいばい!」
「達者でお過ごしよ!」
皆に見守られ、最後にお父さんとお母さんに抱きしめられて、私は永久の楽園から外界へと降り立った。
皆様との楽しい晩餐を終え、私は与えられた自室のテラスに居た。部屋には、クリフ様もいらっしゃる。
世界を救ってから、ジャスティ様たちの騎士としての地位は跳ね上がり、毎日が忙しいと愚痴っていらしたクウリィ様。ジーン様は、国王の信任も篤く光栄だと仰っていた。
ジャスティ様は、終始お嬢様に熱い視線を送ってらした。本当に熱々ですね。
皆様、私が永久の楽園の事を話す度に驚いてくださった。木にお肉が成るのだから、普通にビックリですよね! そんな感じで、晩餐は笑顔に満ちていた。
そして、今。私は夜風に当たりながら、今までを回想していた。
テラスから見える景色に見とれていると、クリフ様に後ろからそっと抱きしめられた。く、クリフ様。不意打ちですよ!
「後悔、してる?」
慌てる私の耳にクリフ様の不安そうな声が飛び込む。クリフ様のそんな声、久しぶりに聞いた気がする。
再会してからのクリフ様は、堂々としていて。あ! クリフ様、今宮廷魔術師長をなさっているそうです。つまり、魔術師のトップなのですよ! 凄いです!
「聞いてる?」
「き、聞いてます」
ちょっと、現実逃避しちゃっただけで。
後ろから顔を覗き込んでくるクリフ様に、私は恥ずかしさを押し込めて、言葉を紡ぐ。
「後悔はしてないです。ちゃんと、覚悟を持ってここに来たので」
「そう。良かった……」
クリフ様が、笑顔を浮かべた。
「七年、僕は待った。だから、まだ待てるよ」
「え……?」
クリフ様の言葉に、私は首を傾げる。
そんな私に苦笑を浮かべて、クリフ様は私から手を離す。
「君が大人になるまで、これで我慢する」
と言うと、私の髪を一房取り、そこに口付けた。
ク、クリフ様!?
真っ赤になる私に、クリフ様は微笑んだ。
「うん。だから、待つよ」
そういう事に疎い私でも、クリフ様が何を指して言ってるのか理解できた。できてしまった。
「あ、あの、あの……」
もはや言葉にならない。
「……今夜はもう帰るよ。お休み」
クリフ様はそう言うと、テラスからひらりと飛び降りた。
て、え、ここ三階ですよ!
慌てて下を見れば、ふわりと体を浮かせたクリフ様が地面に着地しているところだった。
な、なんだ。魔法があったんでした。
クリフ様は、私に手を振ると歩き出した。
「……お、お休みなさい、クリフ様」
私は消え入りそうな声で、そう呟いた。
何だか、大人になるのが怖いような、楽しみなような。そんな複雑な思いを胸に、私はベッドへと向かうのだった。
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