踊るねこ

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2 ダンスキャット

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 壁一面、鏡張りのダンススタジオ。

 マイ先生のガールズヒップホップクラスには、すでに二十人ほどの女の子たちが集まっていた。

 はるかは、息を切らしながらスタジオを見渡した。

 ゴールドのラインが入った、黒のセットアップの上下。ビビットなピンクのキャップの下には、サラサラのロングストレートの髪。すらっと背が高く、人ごみにいても目立つのは、川瀬美加だ。

 隣にいるポニーテールの女の子は、相田結衣。ハート柄のキュートな白のトップス。シャーベットグリーンのフリルミニのスカートの下には、レギンスをはいている。

「よかった、間に合ったー!」

 ストレッチを始めた美加の隣に、はるかも座った。

「おそいよ、はるかー」

 美加と結衣が、声をそろえる。

 美加と結衣の二人は、学校でも一緒のクラスだ。

 はるかは、二人とはクラスは違うけど同じ小学校だ。3年生の時から、一緒にダンススクールに通っている。三人でチームを組んで、ダンスイベントに出たことも何度かある。

 小学校は制服だから、みんな家で着替えてからスタジオに来る。

「美加、今日の練習着もめっちゃクールでかっこいいじゃん」

「はるかもねっ」

 美加が返すと、
「あっ、なんか今の感じ、わたしだけ仲間はずれー? 二人と趣味が違うだけで、わたしのお洋服だって可愛いもん」
と、結衣がほおをふくらませた。

「わかってるって」

 美加が適当に流す。

「こういうお洋服はぁ、お人形みたいに可愛い女の子にしか似合わないのよねー」

 結衣が小首をかしげて、にっこりほほ笑む。

 アイドルを目指している結衣は、大きな黒目と長いまつげが魅力的で、確かに可愛い。

「自分で言っちゃったよ。お人形みたいに可愛いだって」

 はるかが言うと、
「言わせとけって」
と、美加があきれ顔でストレッチを続ける。

 ざわついていたスタジオが、一瞬で静かになった。

 マイ先生だ。

 体のラインが出る黒のタンクトップから、美しく筋肉のついた両腕が伸びる。ゼブラ柄のダボッとしたシルエットのパンツで、颯爽と歩くショートカットのマイ先生は、25歳。セクシーでワイルド。

 若くてダンスにパワーがあって、振り付けもイマドキ。有名アーティストの、バックダンサーもやっている。みんなの憧れの存在だ。

 女性らしい動きを取り入れた、マイ先生のガールズヒップホップクラスは、小中学生の女の子たちに大人気だ。

「はい、はじめるよー」

 マイ先生がスタジオに入ってくると、空気がひきしまる。

 全員が立ち上がると同時に、スタジオが大音量の音楽につつまれた。

 まずは、ウォーミングアップと呼ばれるストレッチから。

「ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セーブンエイトッ」

 大音量に負けない迫力で、マイ先生の声がカウントをきざむ。

 重低音のきいたリズムが、お腹から全身をつきあげてくる。

 リズムには、教室中の空気を、そこにいる人のたましいを震わせるパワーがある。

 男性ボーカリストのラップに全身をゆだねるように、縮こまった筋肉を伸ばしていく。体をていねいに、ほぐしていく。

 曲が、女性ボーカルに変わる。

 次はアイソレーション。首だけ、肩だけ、胸だけ、腰だけを順番に動かしていく。他の部位は動かないように、意識してコントロールする。

「ワン、ツー、膝をもっとゆるめてっ」

 もっと、かっこよく。マイ先生のようにかっこよく。

 はるかは、にらみつけるように、鏡に映った自分の動きを確認する。

「はい、アップダウンいくよー」

 テンポの速いリズムが、体中をつきぬけていく。音楽が生きているみたいに、はるかの鼓動を、熱く突き動かす。

「アップ、アップ、アップ、アップ」

 マイ先生の合図を意識しながら、体を上に持ち上げリズムを取る。

 誰よりもかっこよく、誰よりもクールに。

(わたし、ダンサーになるんだ。絶対、夢を叶えるんだ)

 意志のこもった目で、はるかは鏡をにらみつける。

 ダウンのリズムが終わると、マイ先生がはるかの方にやってきた。

「はるかちゃん、もっと楽しんで。リラックスして」

「え?」

 楽しんでいるつもりだった。

(マイ先生には、そう見えなかったのかな)

「緊張していると、体の筋肉が固くなって動けなくなっちゃうの。ダンスがうまくなるにはね、筋肉をやわらかくしてあげなくちゃ。それには楽しむのが一番だからね」

「はい。ありがとうございます」

 はるかは素直に、お辞儀をした。

 レッスンの後半は、コンビネーション。マイ先生の振り付けを覚えて、曲にあわせて踊るのだ。

 振り付けを短時間で体に叩きこむには、ものすごい集中力がいる。

 すべてのエネルギーを、今、この時間に注ぎ込む。

 今日習う振り付けまでが、明日のオーディションの課題となる。

 ガールズヒップホップクラスの顔として、ダンスコンテストに出る選抜メンバーを決めるのだ。

 飲料メーカー主催。15歳以下が対象のダンスコンテスト。優勝すれば、飲料メーカーのCMに出演できる。

 レッスンは金曜日の週1回だけだが、土曜日の明日は、オーディションのための特別レッスンだ。

 マイ先生がゆっくりとカウントを取りながらステップを踏むのを、完全にコピーしていく。

 必死なのは、はるかだけではない。美加と結衣も他の生徒たちも、真剣なまなざしで鏡の中のマイ先生を追う。

 はるかの斜め前の子の体で、マイ先生の動きがよく見えない。

 一瞬、集中力を欠いた時だ。

 青い毛糸玉のようなものが、スタジオを横切るのが鏡に映った。

 スタジオの後ろの方。

 はるかは、思わず振り返ってしまった。

(青い……うさぎ?)

「スリー、フォー、はるかちゃん、集中して!」

 マイ先生の鋭い声に、心臓がドクンと飛び上がる。

 他のみんなの視線が、一瞬、鏡の中のはるかに集中する。

「すみません」

 はるかの小さな声は、マイ先生のカウントにかき消されてしまう。

 マイ先生は、すでに次の振りに全神経を集中しているし、他誰一人としてはるかのことは気にしていない。

 すぐに気持ちを切り替えなければ、はるかはみんなに取り残されてしまう。

 それなのにはるかの視線は、鏡越しに見える、廊下の一点に釘付けになってしまった。スタジオと廊下は、ガラス張りになっている。

 廊下からこっちをのぞいているのは、青いうさぎではなく、桃色のこねこ。

 モモだった。

(踊ってるし!)

 二本足で立って踊るねこなんて、見たことがない。

 しかもねこのくせに、ものすごくキレのいいダンス!

 ショーゲキ!

(なにげにうまいじゃん)

 なんだか、目の前がクラクラしてきた。

「先週のところから、通しで曲かけるよー」

 マイ先生の合図で、全員が最初のポーズをとった。

 はるかも、あわててポーズを決める。

 廊下のダンスキャットには、誰も気がついていないようだ。

(いったいどうなっているの? なんか、熱が出そう)

 激しいビートに合わせて踊りきった時には、廊下にモモの姿はなかった。
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