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10 お腹の中で虫がうじゃうじゃ
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「これ、もうクリアしちゃったからあんまり面白くないんだよね」
おこづかいが足りなくて、キラキラモンスターのソフトは買えなかったから、古いゲームソフトで遊ぶしかない。
里奈が自分の部屋でゲームをやっていると、掃除機の音が近づいてきた。
掃除機の音が止まり、部屋のドアがノックされる。
「なに?」
返事をすると、掃除機を片手にお母さんが部屋に入ってきた。
「もう、宿題終わったの?」
「終わった」
「明日の支度は?」
「終わったってば」
答えながら里奈は、携帯ゲームに視線を戻す。
「掃除機かけちゃうわね」
お母さんが、掃除機のスイッチを入れる。
しばらくすると、キャッと鋭い悲鳴をあげて、お母さんが掃除機のスイッチを止めた。
「もう、床にランドセル置きっぱなしだから、つまづいちゃったじゃない」
お母さんが蹴った拍子に、ランドセルの中身が床に散らばった。
お母さんはブツブツ言いながら、ランドセルの中身を集めている。
教科書、ノート、筆箱。お母さんの手が、茶封筒に触れる。
ドクン、と里奈の胸がなった。
「わたし、やるからいい」
里奈はあわてて携帯ゲームを机に置いた。
急いでお母さんの手から封筒を奪おうとしたが、遅かった。
「なに、これ」
封筒に、封はしていない。
お母さんが、封筒を開けて中をのぞいた。
「えっ、なにか、学校に支払いしなくちゃいけないもの、あったっけ?」
お母さんが、不思議そうに首をかしげた。
「それは、学校じゃなくて友だちに払うお金だよ」
言ってしまってから、里奈は手で口を押さえた。
「なんのお金なの?」
「だから、友だちに」
「なんで友達に1,500円を払う必要があるかって聞いているの。それに、学校に必要のないお金を持って行ったらだめでしょう?」
里奈はため息をつきながら、わけを話した。
「お母さん、わからないわ。だって、アリサちゃんは自分が買いたくてその福袋を買ったんでしょう? 無理に里奈が買わせたわけじゃないんでしょう?」
「それはそうだけど……」
里奈は口ごもった。
「中身が気に入らなかったからって、里奈が弁償する必要なんかないと思うわ」
お母さんはきっぱりと言った。
「だけど、わたしが福袋の話なんかしなかったら、アリサちゃんは買わなかったかもしれないんだよ。そしたらいらないものに1,500円も使う必要なんかなかったんだよ」
里奈は、お母さんの手から封筒を奪い返した。
「当たりはずれがあるのが福袋でしょう? アリサちゃんの福袋がはずれだったのは、里奈のせいじゃないわ」
「だけどアリサちゃん、わたしのせいで損したって!」
思わず口調がきつくなって、里奈ははっとした。
これでは、アリサのことをお母さんに告げ口しているみたいだ。そんなつもりじゃなかったのに、お腹の底がムカムカする。
「里奈もしかして……」
お母さんが悲しそうな顔をする。
「もしかして里奈、アリサちゃんにいじめられているの?」
お母さんが遠慮がちに言った。
里奈は力強く首を横に振った。
「違うよ、違う。そんなんじゃない。絶対にない」
「だって、お金を持ってくるようにって、アリサちゃんに言われたんでしょう?」
(そう……だった、かな?)
里奈はアリサとの会話をよく思い出そうとした。
でも、記憶があいまいで、よくわからなくなってしまった。
「そうなんでしょう?」
お母さんに言われて、里奈は思わずうなずいてしまった。
「お母さん、学校に電話してくるわ」
お母さんが、そう言って立ち上がる。
「やめてっ」
里奈の喉から金切り声が出る。
お母さんの袖を強く引っ張る。
「そんなことしないで、お願い。アリサちゃんが悪いんじゃないんだから」
「だけど、里奈。こういうことは、早いうちにはっきり言っておいた方がいいの。いじめがエスカレートしてからじゃ遅いのよ」
「だから、いじめなんかじゃないって」
里奈は必死でうったえた。
「お母さん、信じて」
里奈はお母さんの顔を真剣に見上げた。
「わかったわ」
お母さんがうなずいた。
「里奈がそういうのなら、学校には電話をしない。けど、もしなにかあったら、必ずお母さんに相談するのよ。それから、これは学校には持っていかないこと」
お母さんが、封筒を取り上げた。
「しばらくこれは、預かっておくわ。いいわね?」
里奈は静かにうなずいた。
「お母さんはいつだって里奈の味方なんだからね」
お母さんが里奈の頭を胸に包みこむように抱きしめる。
お母さんの優しい声が、里奈の胸を苦しくさせる。心を空っぽにしないと、小さな子どものように大声で泣き出してしまいそうだった。
そんなことをして、お母さんを心配させたくない。
里奈はいつだって笑って、お母さんの元気のもとでいたかった。
「お母さん、夕飯の買い物に行ってくるから」
そう言ってお母さんは部屋を出て行った。
机の上に広げたままのゲーム機から、軽快な音楽が流れている。
里奈はなんだか力がぬけてしまって、ゲームの続きをやる気になれなかった。
里奈は机の上に顔をふせた。
「里奈ちゃん、どうしたの? 大丈夫?」
モモちゃんが、里奈の頭の上を飛びかっているようだ。心配そうな声が、雨のように降ってくる。
こっちは楽しいよ。誘うように、ゲーム機から音楽が流れてくる。
テンポの速い曲に、里奈の気持ちは追いついていけない。
「里奈ちゃん、このクマのぬいぐるみ、おしゃべりできるんだって」
里奈の後頭部に柔らかい物があたる。
モモちゃんが、机の本棚にあったクマのぬいぐるみをひっぱり出したのだろう。
「ちょっとやってみようよ。ねぇ里奈ちゃん、遊ぼうよ」
モモちゃんは、里奈を元気づけているつもりなのだろうか。一生懸命話しかけてくる。
だが、里奈のおでこはどんどん鉛のように重くなって机に張り付いていく。
(わたし、どうしちゃったんだろう?)
どんなに頑張っても、元気が出ない。体がだるい。すごく、疲れている。
頭を起こそうとしてもできなくて、まるで自分の体じゃないみたいだった。
お腹の中を、得体の知れない虫がうじゃうじゃとはいまわっている気がする。
突然込み上げてきた吐き気を、里奈は飲みこんだ。喉の奥がすっぱい。胸の奥が焼けるように熱かった。
「ねぇ、このクマちゃん……」
モモちゃんの声がだんだんと遠くなっていく。
◇
「里奈、ご飯よ」
お母さんの声で目が覚めた。
里奈は机にふせたまま寝てしまったようだ。
少し寝たせいか、お腹の気持ちの悪さは消えていた。
だが、まだ眠い。体を起こすのが面倒だ。
頭を机に乗せたまま顔を横に向けると、エプロンをしたお母さんが立っていた。
「あら、こんなところで寝てたの?」
里奈の意識は半分夢の中をさまよっていて、お母さんの声が遠い。
「いつものスーパーに買い物に行ったらね、たまたまアリサちゃんのお母さんに会ったの。それとなく話しておいたから」
もやっとしていた視界が、急にクリアになる。
里奈は跳ね起きた。
「えっ、話したの? アリサちゃんのお母さんに?」
寝起きで声がかすれている。
「そんな顔しなくても大丈夫よ。アリサちゃんのお母さんが、うまく言ってくれるだろうから」
「言わないって約束したじゃん!」
里奈は叫んだ。
「学校には言ってないわよ。アリサちゃんのお母さんには、たまたまスーパーで会ったんだもの。大丈夫よ。お母さん、冗談ぽく上手に言ったから。アリサちゃんのお母さんも、ごめんねって言いながら笑ってたわ」
お母さんは、早くご飯食べてね、と言い残して一階に下りて行ってしまった。
◇
里奈は全く食欲がわかなかったが、無理矢理おかずを口につめこんだ。
ハンバーグにグリーンサラダ、コーンスープ。食べることが義務であるかのように、次々と食べ物を口に運ぶ。
大好きなはずのハンバーグを残したら、余計にお母さんが心配する。そしたら、もっと話が大げさになりそうだ。
大きな口を開けてハンバーグをつめこんだら、お母さんと目が合った。
お母さんがにこっと笑う。
「このハンバーグ、いつも以上においしいね」
里奈は口をもぐもぐさせながら言った。
「里奈がそう言ってくれると嬉しいわ」
お母さんがほっとしたような顔で言う。
里奈はなぜか涙が出そうになって、大きな肉のかたまりをゴクンと飲みこんだ。
「うん、おいしい~」
里奈は目をつむり、幸せそうな顔をした。
涙がひっこむのを待って、目を開ける。
「コーンスープもおいしい」
里奈はスプーンを口に運んだ。
「はぁ~、あんまりおいしくないよー」
モモちゃんが、食卓の上をフラフラしながら飛び回っていた。
◇
翌朝。
「里奈、早く起きないと遅刻するわよ」
これでお母さんが起こしに来きたのは三度目だ。
「早くしなさいね」
一声かけると、お母さんは部屋を出て行く。
里奈はもそもそとベッドから体を起こした。
「眠くって」
大きなあくびをしながら、里奈はモモちゃんに言った。
だが、本当はとっくに目は覚めていた。
お腹が痛くて目が覚めた時にはまだ、目覚まし時計のベルが鳴る15分前だった。
ベッドの中で体をくの字に曲げてこらえたが、痛みはなかなかひかなかった。
お腹が痛いと言えば、お母さんにもモモちゃんに心配されると思った。だから、里奈はずっと寝たふりをしていたのだ。
目覚ましが鳴ってから10分がすぎて、やっとお腹の痛みが和らいだ。
「里奈ちゃん、調子悪そうだけど大丈夫?」
モモちゃんが、里奈の顔をのぞきこむ。
「大丈夫だよ、ふふ」
目が合って、思わず里奈は笑ってしまった。
「人の顔見て笑うなんて、失礼ね」
モモちゃんがプイと横を向く。
今のモモちゃんは、里奈のこぶしより一回り大きい。だが、横にビヨーンと引っ張られたような形になっていて、愛嬌のある顔をしている。
「言っとくけどモモちゃんは、里奈ちゃんが吐き出した気持ちで、こういう体型になったんだからね」
「わかってるって」
里奈はモモちゃんを抱きしめた。
「ふかふかで気持ちいい~」
モモちゃんは小さかった時も、大きくなった今もかわいい。
「ずっと一緒にいてね」
里奈はモモちゃんに頬ずりした。
「モモちゃん、ぬいぐるみみたい」
ふわふわのモモちゃんを抱っこしていると、なんだかほっとする。
ふと、不安が胸をよぎった。
(もしもモモちゃんがいなくなったら、嫌だな)
里奈は不安を打ち消すように、モモちゃんをギュッと強く抱きしめた。
「そういえば里奈ちゃん、昨日お腹が痛いって言ってたけど、治ったの?」
モモちゃんが、里奈の腕から飛び出す。
「うん。もうすっかり治ったよ」
里奈はガッツポーズをしてみせた。
(さっきまで痛かったけどね)
里奈は心の中だけでつぶやいた。
「ならモモちゃんのかん違いかな」
「なにが?」
「治ったならいい。早くしないと遅刻だよ」
モモちゃんが時計を指さす。
「いっけない」
里奈は大あわてで顔を洗って着替えた。
3分で朝食を済ませ「行ってきま~す」と元気よく玄関を飛び出した。
おこづかいが足りなくて、キラキラモンスターのソフトは買えなかったから、古いゲームソフトで遊ぶしかない。
里奈が自分の部屋でゲームをやっていると、掃除機の音が近づいてきた。
掃除機の音が止まり、部屋のドアがノックされる。
「なに?」
返事をすると、掃除機を片手にお母さんが部屋に入ってきた。
「もう、宿題終わったの?」
「終わった」
「明日の支度は?」
「終わったってば」
答えながら里奈は、携帯ゲームに視線を戻す。
「掃除機かけちゃうわね」
お母さんが、掃除機のスイッチを入れる。
しばらくすると、キャッと鋭い悲鳴をあげて、お母さんが掃除機のスイッチを止めた。
「もう、床にランドセル置きっぱなしだから、つまづいちゃったじゃない」
お母さんが蹴った拍子に、ランドセルの中身が床に散らばった。
お母さんはブツブツ言いながら、ランドセルの中身を集めている。
教科書、ノート、筆箱。お母さんの手が、茶封筒に触れる。
ドクン、と里奈の胸がなった。
「わたし、やるからいい」
里奈はあわてて携帯ゲームを机に置いた。
急いでお母さんの手から封筒を奪おうとしたが、遅かった。
「なに、これ」
封筒に、封はしていない。
お母さんが、封筒を開けて中をのぞいた。
「えっ、なにか、学校に支払いしなくちゃいけないもの、あったっけ?」
お母さんが、不思議そうに首をかしげた。
「それは、学校じゃなくて友だちに払うお金だよ」
言ってしまってから、里奈は手で口を押さえた。
「なんのお金なの?」
「だから、友だちに」
「なんで友達に1,500円を払う必要があるかって聞いているの。それに、学校に必要のないお金を持って行ったらだめでしょう?」
里奈はため息をつきながら、わけを話した。
「お母さん、わからないわ。だって、アリサちゃんは自分が買いたくてその福袋を買ったんでしょう? 無理に里奈が買わせたわけじゃないんでしょう?」
「それはそうだけど……」
里奈は口ごもった。
「中身が気に入らなかったからって、里奈が弁償する必要なんかないと思うわ」
お母さんはきっぱりと言った。
「だけど、わたしが福袋の話なんかしなかったら、アリサちゃんは買わなかったかもしれないんだよ。そしたらいらないものに1,500円も使う必要なんかなかったんだよ」
里奈は、お母さんの手から封筒を奪い返した。
「当たりはずれがあるのが福袋でしょう? アリサちゃんの福袋がはずれだったのは、里奈のせいじゃないわ」
「だけどアリサちゃん、わたしのせいで損したって!」
思わず口調がきつくなって、里奈ははっとした。
これでは、アリサのことをお母さんに告げ口しているみたいだ。そんなつもりじゃなかったのに、お腹の底がムカムカする。
「里奈もしかして……」
お母さんが悲しそうな顔をする。
「もしかして里奈、アリサちゃんにいじめられているの?」
お母さんが遠慮がちに言った。
里奈は力強く首を横に振った。
「違うよ、違う。そんなんじゃない。絶対にない」
「だって、お金を持ってくるようにって、アリサちゃんに言われたんでしょう?」
(そう……だった、かな?)
里奈はアリサとの会話をよく思い出そうとした。
でも、記憶があいまいで、よくわからなくなってしまった。
「そうなんでしょう?」
お母さんに言われて、里奈は思わずうなずいてしまった。
「お母さん、学校に電話してくるわ」
お母さんが、そう言って立ち上がる。
「やめてっ」
里奈の喉から金切り声が出る。
お母さんの袖を強く引っ張る。
「そんなことしないで、お願い。アリサちゃんが悪いんじゃないんだから」
「だけど、里奈。こういうことは、早いうちにはっきり言っておいた方がいいの。いじめがエスカレートしてからじゃ遅いのよ」
「だから、いじめなんかじゃないって」
里奈は必死でうったえた。
「お母さん、信じて」
里奈はお母さんの顔を真剣に見上げた。
「わかったわ」
お母さんがうなずいた。
「里奈がそういうのなら、学校には電話をしない。けど、もしなにかあったら、必ずお母さんに相談するのよ。それから、これは学校には持っていかないこと」
お母さんが、封筒を取り上げた。
「しばらくこれは、預かっておくわ。いいわね?」
里奈は静かにうなずいた。
「お母さんはいつだって里奈の味方なんだからね」
お母さんが里奈の頭を胸に包みこむように抱きしめる。
お母さんの優しい声が、里奈の胸を苦しくさせる。心を空っぽにしないと、小さな子どものように大声で泣き出してしまいそうだった。
そんなことをして、お母さんを心配させたくない。
里奈はいつだって笑って、お母さんの元気のもとでいたかった。
「お母さん、夕飯の買い物に行ってくるから」
そう言ってお母さんは部屋を出て行った。
机の上に広げたままのゲーム機から、軽快な音楽が流れている。
里奈はなんだか力がぬけてしまって、ゲームの続きをやる気になれなかった。
里奈は机の上に顔をふせた。
「里奈ちゃん、どうしたの? 大丈夫?」
モモちゃんが、里奈の頭の上を飛びかっているようだ。心配そうな声が、雨のように降ってくる。
こっちは楽しいよ。誘うように、ゲーム機から音楽が流れてくる。
テンポの速い曲に、里奈の気持ちは追いついていけない。
「里奈ちゃん、このクマのぬいぐるみ、おしゃべりできるんだって」
里奈の後頭部に柔らかい物があたる。
モモちゃんが、机の本棚にあったクマのぬいぐるみをひっぱり出したのだろう。
「ちょっとやってみようよ。ねぇ里奈ちゃん、遊ぼうよ」
モモちゃんは、里奈を元気づけているつもりなのだろうか。一生懸命話しかけてくる。
だが、里奈のおでこはどんどん鉛のように重くなって机に張り付いていく。
(わたし、どうしちゃったんだろう?)
どんなに頑張っても、元気が出ない。体がだるい。すごく、疲れている。
頭を起こそうとしてもできなくて、まるで自分の体じゃないみたいだった。
お腹の中を、得体の知れない虫がうじゃうじゃとはいまわっている気がする。
突然込み上げてきた吐き気を、里奈は飲みこんだ。喉の奥がすっぱい。胸の奥が焼けるように熱かった。
「ねぇ、このクマちゃん……」
モモちゃんの声がだんだんと遠くなっていく。
◇
「里奈、ご飯よ」
お母さんの声で目が覚めた。
里奈は机にふせたまま寝てしまったようだ。
少し寝たせいか、お腹の気持ちの悪さは消えていた。
だが、まだ眠い。体を起こすのが面倒だ。
頭を机に乗せたまま顔を横に向けると、エプロンをしたお母さんが立っていた。
「あら、こんなところで寝てたの?」
里奈の意識は半分夢の中をさまよっていて、お母さんの声が遠い。
「いつものスーパーに買い物に行ったらね、たまたまアリサちゃんのお母さんに会ったの。それとなく話しておいたから」
もやっとしていた視界が、急にクリアになる。
里奈は跳ね起きた。
「えっ、話したの? アリサちゃんのお母さんに?」
寝起きで声がかすれている。
「そんな顔しなくても大丈夫よ。アリサちゃんのお母さんが、うまく言ってくれるだろうから」
「言わないって約束したじゃん!」
里奈は叫んだ。
「学校には言ってないわよ。アリサちゃんのお母さんには、たまたまスーパーで会ったんだもの。大丈夫よ。お母さん、冗談ぽく上手に言ったから。アリサちゃんのお母さんも、ごめんねって言いながら笑ってたわ」
お母さんは、早くご飯食べてね、と言い残して一階に下りて行ってしまった。
◇
里奈は全く食欲がわかなかったが、無理矢理おかずを口につめこんだ。
ハンバーグにグリーンサラダ、コーンスープ。食べることが義務であるかのように、次々と食べ物を口に運ぶ。
大好きなはずのハンバーグを残したら、余計にお母さんが心配する。そしたら、もっと話が大げさになりそうだ。
大きな口を開けてハンバーグをつめこんだら、お母さんと目が合った。
お母さんがにこっと笑う。
「このハンバーグ、いつも以上においしいね」
里奈は口をもぐもぐさせながら言った。
「里奈がそう言ってくれると嬉しいわ」
お母さんがほっとしたような顔で言う。
里奈はなぜか涙が出そうになって、大きな肉のかたまりをゴクンと飲みこんだ。
「うん、おいしい~」
里奈は目をつむり、幸せそうな顔をした。
涙がひっこむのを待って、目を開ける。
「コーンスープもおいしい」
里奈はスプーンを口に運んだ。
「はぁ~、あんまりおいしくないよー」
モモちゃんが、食卓の上をフラフラしながら飛び回っていた。
◇
翌朝。
「里奈、早く起きないと遅刻するわよ」
これでお母さんが起こしに来きたのは三度目だ。
「早くしなさいね」
一声かけると、お母さんは部屋を出て行く。
里奈はもそもそとベッドから体を起こした。
「眠くって」
大きなあくびをしながら、里奈はモモちゃんに言った。
だが、本当はとっくに目は覚めていた。
お腹が痛くて目が覚めた時にはまだ、目覚まし時計のベルが鳴る15分前だった。
ベッドの中で体をくの字に曲げてこらえたが、痛みはなかなかひかなかった。
お腹が痛いと言えば、お母さんにもモモちゃんに心配されると思った。だから、里奈はずっと寝たふりをしていたのだ。
目覚ましが鳴ってから10分がすぎて、やっとお腹の痛みが和らいだ。
「里奈ちゃん、調子悪そうだけど大丈夫?」
モモちゃんが、里奈の顔をのぞきこむ。
「大丈夫だよ、ふふ」
目が合って、思わず里奈は笑ってしまった。
「人の顔見て笑うなんて、失礼ね」
モモちゃんがプイと横を向く。
今のモモちゃんは、里奈のこぶしより一回り大きい。だが、横にビヨーンと引っ張られたような形になっていて、愛嬌のある顔をしている。
「言っとくけどモモちゃんは、里奈ちゃんが吐き出した気持ちで、こういう体型になったんだからね」
「わかってるって」
里奈はモモちゃんを抱きしめた。
「ふかふかで気持ちいい~」
モモちゃんは小さかった時も、大きくなった今もかわいい。
「ずっと一緒にいてね」
里奈はモモちゃんに頬ずりした。
「モモちゃん、ぬいぐるみみたい」
ふわふわのモモちゃんを抱っこしていると、なんだかほっとする。
ふと、不安が胸をよぎった。
(もしもモモちゃんがいなくなったら、嫌だな)
里奈は不安を打ち消すように、モモちゃんをギュッと強く抱きしめた。
「そういえば里奈ちゃん、昨日お腹が痛いって言ってたけど、治ったの?」
モモちゃんが、里奈の腕から飛び出す。
「うん。もうすっかり治ったよ」
里奈はガッツポーズをしてみせた。
(さっきまで痛かったけどね)
里奈は心の中だけでつぶやいた。
「ならモモちゃんのかん違いかな」
「なにが?」
「治ったならいい。早くしないと遅刻だよ」
モモちゃんが時計を指さす。
「いっけない」
里奈は大あわてで顔を洗って着替えた。
3分で朝食を済ませ「行ってきま~す」と元気よく玄関を飛び出した。
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