17 / 29
4愛憎
4-3
しおりを挟む
「そらちゃん、そんなに叩いちゃダメだよ」
亜紀はお腹の上にいるそらの脇に手を入れ、亜紀の隣に座らせた。だが、すぐにそらはソファに座る亜紀のお腹にハイハイでよじ登ってくる。
そらは最近、大きくなった亜紀のお腹をよく叩くようになった。トントントントン、と一定のリズムで亜紀のお腹を叩き続ける。
そらは無表情のままだ。下の子を妊娠したとたんに、上の子が焼きもちを焼くようになった話はよく聞くが、そらの場合もそれに当てはまるのかはわからなかった。
以前はそらのことを、亜紀は手のかからない人形のような子だと思っていた。そのことに寂しさを覚えたりもした。
もし、今妊娠していなかったら、素直にそらの成長を喜んだであろう。
だが、亜紀のお腹に新しい命が宿っている今、そらの成長を素直に喜べない自分がいる。
いくら叩かれても、小さなそらの力ではちっとも痛くなかったが、あまりに叩くので亜紀は不安になった。
現在妊娠7か月。出産予定日は9月18日だ。安定期とはいえ、まだ安心はできない。
できれば余分な刺激は与えずに、安静に過ごしたかった。安静に過ごしたからと言って、胎児の異常は避けられるものでないこともわかっていた。
だが、どんな小さな不安材料も排除しておきたかった。
赤ちゃんが生まれたら、そらはどうなるのだろう。赤ちゃんが生まれた後も、このままそらが成長し続けたらどうなるのだろう。亜紀はそらに、どうなって欲しいと思っているのだろうか。
自分で自分の気持ちがわからなかった。普通に我が子の成長を願う、母親の気持ちにはなれないことだけは確かだった。
「そらちゃん、やめて」
お腹を叩き続けるそらの手を止め、亜紀は首を横に振った。
そらが大きな黒い目で、亜紀をじっと見つめる。なにを考えているのかわからないその目に、亜紀はぞっとした。
亜紀はもう一度首を振った。
今度はそらに対してではなく、自分に対してだった。そらに対する愛情が変化し始めていることを認めたくなかったのだ。
スマホにメールの着信があった。
「早苗からだ」
早苗は5月の中頃に、第2子となる男の子を年子で出産していた。それからもう1か月が経っている。
とにかく毎日が不安で、なるべく外出を控えたかった亜紀は、まだ早苗の出産祝いにも行っていない。早苗もお互い様だよ、と気にしている様子はなかった。
【亜紀、元気? 私は毎日イライラしっぱなしだよ。浩介が生まれてから拓也が赤ちゃん返りしちゃって。浩介の夜泣きだけでも大変なのに。私、もう全然寝てない。キャー! 今もスマホ見てる隙に、拓也が浩介の顔バチンって叩いてるし。年子って大変! 愚痴ばっかごめん】
亜紀は思わず笑ってしまった。
早苗の奮闘している様子が目に浮かぶ。
【いつでも愚痴って。私も赤ちゃん生まれたら、色々教えてね、早苗先輩ママ】
返信している間に、またそらがお腹を叩いていた。
「早苗んとこの、拓也君と一緒かな」
そう思えば、亜紀は少し気が楽になった。
以前友里に聞かされた早苗の話には、あれから一切触れていない。人工死産を選択した亜紀のことを、早苗が酷いと言ってしまったのは、その場限りのことだろう。
亜紀のお腹に赤ちゃんが来てくれたことで、そんなことはもうどうでもよくなっていた。赤ちゃんが無事に生まれてきてくれさえすれば、他のことはどうでもいい。
早苗も自分の言ったことなど、もう忘れているに違いない。亜紀にも今さら蒸し返す気はなかった。二人の関係は以前と変わらない。それでよかった。
ただ、友里のことは少し気がかりだった。仕事が忙しいこともあるだろうが、早苗のようにメールを送ってくることもない。
不本意にも子どもを諦めなければならなかった友里は、傷を癒すだけのなにかに巡り会えただろうか。
安定期に入ってから、メールで簡単に妊娠報告だけはした。言うべきか迷ったが、他の友人から友里の耳に入るよりはいいと考えた。
友里からはすぐに、おめでとう、と短いメールが送られてきた。
それきり、連絡を取っていない。
特に用もないのに、メールをしたら迷惑だろうか。早苗や亜紀と違って、友里は仕事もしている。そんなに暇ではないことはわかっている。
【友里、元気?】
迷った末、それだけ文字を打って送信した。
しばらくして、スマホが振動した。
【元気だよ。なんか今さらだけど、色々ごめんね】
メールを開いたとたん、涙があふれてきた。
なんのことかは書いてなかった。
だが、亜紀にはわかる。友里は1年以上前のあの日の電話のことを言っている。友里も傷ついていたのだ。一言だけで十分だった。全部許すことができた。
【ううん。私も色々ごめんね】
メールを送信した時、ポコンとお腹が鳴った。赤ちゃんが蹴ったのだ。お腹の中の赤ちゃんが、亜紀を柔らかな気持ちにさせてくれた。
亜紀はお腹の上にいるそらの脇に手を入れ、亜紀の隣に座らせた。だが、すぐにそらはソファに座る亜紀のお腹にハイハイでよじ登ってくる。
そらは最近、大きくなった亜紀のお腹をよく叩くようになった。トントントントン、と一定のリズムで亜紀のお腹を叩き続ける。
そらは無表情のままだ。下の子を妊娠したとたんに、上の子が焼きもちを焼くようになった話はよく聞くが、そらの場合もそれに当てはまるのかはわからなかった。
以前はそらのことを、亜紀は手のかからない人形のような子だと思っていた。そのことに寂しさを覚えたりもした。
もし、今妊娠していなかったら、素直にそらの成長を喜んだであろう。
だが、亜紀のお腹に新しい命が宿っている今、そらの成長を素直に喜べない自分がいる。
いくら叩かれても、小さなそらの力ではちっとも痛くなかったが、あまりに叩くので亜紀は不安になった。
現在妊娠7か月。出産予定日は9月18日だ。安定期とはいえ、まだ安心はできない。
できれば余分な刺激は与えずに、安静に過ごしたかった。安静に過ごしたからと言って、胎児の異常は避けられるものでないこともわかっていた。
だが、どんな小さな不安材料も排除しておきたかった。
赤ちゃんが生まれたら、そらはどうなるのだろう。赤ちゃんが生まれた後も、このままそらが成長し続けたらどうなるのだろう。亜紀はそらに、どうなって欲しいと思っているのだろうか。
自分で自分の気持ちがわからなかった。普通に我が子の成長を願う、母親の気持ちにはなれないことだけは確かだった。
「そらちゃん、やめて」
お腹を叩き続けるそらの手を止め、亜紀は首を横に振った。
そらが大きな黒い目で、亜紀をじっと見つめる。なにを考えているのかわからないその目に、亜紀はぞっとした。
亜紀はもう一度首を振った。
今度はそらに対してではなく、自分に対してだった。そらに対する愛情が変化し始めていることを認めたくなかったのだ。
スマホにメールの着信があった。
「早苗からだ」
早苗は5月の中頃に、第2子となる男の子を年子で出産していた。それからもう1か月が経っている。
とにかく毎日が不安で、なるべく外出を控えたかった亜紀は、まだ早苗の出産祝いにも行っていない。早苗もお互い様だよ、と気にしている様子はなかった。
【亜紀、元気? 私は毎日イライラしっぱなしだよ。浩介が生まれてから拓也が赤ちゃん返りしちゃって。浩介の夜泣きだけでも大変なのに。私、もう全然寝てない。キャー! 今もスマホ見てる隙に、拓也が浩介の顔バチンって叩いてるし。年子って大変! 愚痴ばっかごめん】
亜紀は思わず笑ってしまった。
早苗の奮闘している様子が目に浮かぶ。
【いつでも愚痴って。私も赤ちゃん生まれたら、色々教えてね、早苗先輩ママ】
返信している間に、またそらがお腹を叩いていた。
「早苗んとこの、拓也君と一緒かな」
そう思えば、亜紀は少し気が楽になった。
以前友里に聞かされた早苗の話には、あれから一切触れていない。人工死産を選択した亜紀のことを、早苗が酷いと言ってしまったのは、その場限りのことだろう。
亜紀のお腹に赤ちゃんが来てくれたことで、そんなことはもうどうでもよくなっていた。赤ちゃんが無事に生まれてきてくれさえすれば、他のことはどうでもいい。
早苗も自分の言ったことなど、もう忘れているに違いない。亜紀にも今さら蒸し返す気はなかった。二人の関係は以前と変わらない。それでよかった。
ただ、友里のことは少し気がかりだった。仕事が忙しいこともあるだろうが、早苗のようにメールを送ってくることもない。
不本意にも子どもを諦めなければならなかった友里は、傷を癒すだけのなにかに巡り会えただろうか。
安定期に入ってから、メールで簡単に妊娠報告だけはした。言うべきか迷ったが、他の友人から友里の耳に入るよりはいいと考えた。
友里からはすぐに、おめでとう、と短いメールが送られてきた。
それきり、連絡を取っていない。
特に用もないのに、メールをしたら迷惑だろうか。早苗や亜紀と違って、友里は仕事もしている。そんなに暇ではないことはわかっている。
【友里、元気?】
迷った末、それだけ文字を打って送信した。
しばらくして、スマホが振動した。
【元気だよ。なんか今さらだけど、色々ごめんね】
メールを開いたとたん、涙があふれてきた。
なんのことかは書いてなかった。
だが、亜紀にはわかる。友里は1年以上前のあの日の電話のことを言っている。友里も傷ついていたのだ。一言だけで十分だった。全部許すことができた。
【ううん。私も色々ごめんね】
メールを送信した時、ポコンとお腹が鳴った。赤ちゃんが蹴ったのだ。お腹の中の赤ちゃんが、亜紀を柔らかな気持ちにさせてくれた。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。
古森真朝
ファンタジー
「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。
俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」
新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは――
※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる