世界で一番、可愛いおばけ

ことは

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4愛憎

4-3

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「そらちゃん、そんなに叩いちゃダメだよ」

 亜紀はお腹の上にいるそらの脇に手を入れ、亜紀の隣に座らせた。だが、すぐにそらはソファに座る亜紀のお腹にハイハイでよじ登ってくる。

 そらは最近、大きくなった亜紀のお腹をよく叩くようになった。トントントントン、と一定のリズムで亜紀のお腹を叩き続ける。

 そらは無表情のままだ。下の子を妊娠したとたんに、上の子が焼きもちを焼くようになった話はよく聞くが、そらの場合もそれに当てはまるのかはわからなかった。

 以前はそらのことを、亜紀は手のかからない人形のような子だと思っていた。そのことに寂しさを覚えたりもした。

 もし、今妊娠していなかったら、素直にそらの成長を喜んだであろう。

 だが、亜紀のお腹に新しい命が宿っている今、そらの成長を素直に喜べない自分がいる。

 いくら叩かれても、小さなそらの力ではちっとも痛くなかったが、あまりに叩くので亜紀は不安になった。

 現在妊娠7か月。出産予定日は9月18日だ。安定期とはいえ、まだ安心はできない。

 できれば余分な刺激は与えずに、安静に過ごしたかった。安静に過ごしたからと言って、胎児の異常は避けられるものでないこともわかっていた。

 だが、どんな小さな不安材料も排除しておきたかった。

 赤ちゃんが生まれたら、そらはどうなるのだろう。赤ちゃんが生まれた後も、このままそらが成長し続けたらどうなるのだろう。亜紀はそらに、どうなって欲しいと思っているのだろうか。

 自分で自分の気持ちがわからなかった。普通に我が子の成長を願う、母親の気持ちにはなれないことだけは確かだった。

「そらちゃん、やめて」

 お腹を叩き続けるそらの手を止め、亜紀は首を横に振った。

 そらが大きな黒い目で、亜紀をじっと見つめる。なにを考えているのかわからないその目に、亜紀はぞっとした。

 亜紀はもう一度首を振った。

 今度はそらに対してではなく、自分に対してだった。そらに対する愛情が変化し始めていることを認めたくなかったのだ。

 スマホにメールの着信があった。

「早苗からだ」

 早苗は5月の中頃に、第2子となる男の子を年子で出産していた。それからもう1か月が経っている。

 とにかく毎日が不安で、なるべく外出を控えたかった亜紀は、まだ早苗の出産祝いにも行っていない。早苗もお互い様だよ、と気にしている様子はなかった。

【亜紀、元気? 私は毎日イライラしっぱなしだよ。浩介が生まれてから拓也が赤ちゃん返りしちゃって。浩介の夜泣きだけでも大変なのに。私、もう全然寝てない。キャー! 今もスマホ見てる隙に、拓也が浩介の顔バチンって叩いてるし。年子って大変! 愚痴ばっかごめん】

 亜紀は思わず笑ってしまった。

 早苗の奮闘している様子が目に浮かぶ。

【いつでも愚痴って。私も赤ちゃん生まれたら、色々教えてね、早苗先輩ママ】

 返信している間に、またそらがお腹を叩いていた。

「早苗んとこの、拓也君と一緒かな」

 そう思えば、亜紀は少し気が楽になった。

 以前友里に聞かされた早苗の話には、あれから一切触れていない。人工死産を選択した亜紀のことを、早苗が酷いと言ってしまったのは、その場限りのことだろう。

 亜紀のお腹に赤ちゃんが来てくれたことで、そんなことはもうどうでもよくなっていた。赤ちゃんが無事に生まれてきてくれさえすれば、他のことはどうでもいい。

 早苗も自分の言ったことなど、もう忘れているに違いない。亜紀にも今さら蒸し返す気はなかった。二人の関係は以前と変わらない。それでよかった。

 ただ、友里のことは少し気がかりだった。仕事が忙しいこともあるだろうが、早苗のようにメールを送ってくることもない。

 不本意にも子どもを諦めなければならなかった友里は、傷を癒すだけのなにかに巡り会えただろうか。

 安定期に入ってから、メールで簡単に妊娠報告だけはした。言うべきか迷ったが、他の友人から友里の耳に入るよりはいいと考えた。

 友里からはすぐに、おめでとう、と短いメールが送られてきた。

 それきり、連絡を取っていない。

 特に用もないのに、メールをしたら迷惑だろうか。早苗や亜紀と違って、友里は仕事もしている。そんなに暇ではないことはわかっている。

【友里、元気?】

 迷った末、それだけ文字を打って送信した。

 しばらくして、スマホが振動した。

【元気だよ。なんか今さらだけど、色々ごめんね】

 メールを開いたとたん、涙があふれてきた。

 なんのことかは書いてなかった。

 だが、亜紀にはわかる。友里は1年以上前のあの日の電話のことを言っている。友里も傷ついていたのだ。一言だけで十分だった。全部許すことができた。

【ううん。私も色々ごめんね】

 メールを送信した時、ポコンとお腹が鳴った。赤ちゃんが蹴ったのだ。お腹の中の赤ちゃんが、亜紀を柔らかな気持ちにさせてくれた。
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