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4愛憎
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「ミルクも一応持って行こうかな。それからオムツ。汚したら困るから着替えも」
亜紀は、花柄のトートバッグに葵の着替えを詰めた。
今日は葵の1か月検診。葵を外に連れ出すのは初めてだ。
亜紀はキッチンでミルクを作った。葵は哺乳瓶を嫌ったが、外出先で母乳をあげるのは気が引ける。
「葵ちゃん、ちょっと待っててねー」
哺乳瓶を振りながら、リビングの布団で寝転んでいる葵に目をやる。
葵はクリーム色のカバーオールを着ている。足をバタバタ動かし、握りしめた手を口元に当てていた。仕草の一つ一つが愛らしい。
亜紀は視線の端で、なにか動くものを捉えた。
亜紀はリビングの入り口の方へ顔を向けた。
そらだった。
出かける準備に慌ただしく、寝室のドアを閉めるのを忘れたのだ。
そらは、すごい速さで葵の元へハイハイをしていく。
亜紀は哺乳瓶を調理台に置き、葵の元へ駈け寄った。そらが葵に触れる前に、そらを抱き上げる。
「そらちゃん! 勝手にベビーベッドから出ちゃダメって言ってるでしょ」
亜紀の怒鳴り声に驚いたのか、葵が泣き出す。
「あーもう、ほら泣いちゃったじゃない。葵ちゃんごめんね、ちょっと待っててね」
亜紀はそらを連れて2階に上がった。
「そらちゃんは、ここ」
ベビーベッドにそらを置く。
夜も時々、そらはベビーベッドを抜け出し、亜紀と葵が寝ているベッドの方へやってくる。
気づくたびに亜紀は、そらをベビーベッドに戻した。夜中の授乳に加え、さらに寝不足が重なっていた。
そらが真っ黒い目で、亜紀を見上げている。まるでわたしも連れて行けと言っているようだ。
どうしてそんなに亜紀を責めるような目をするのか。泣きも笑いもせず、ただ亜紀を責めるのか。
「なにか文句でもあるの?」
そらはなにも言わない。ただ亜紀をじっと見つめている。
じわじわと苛立ちが込み上げてくる。
「そらちゃんは、ダメッ!」
亜紀はベビーベッドの柵を蹴った。
ガタンとベビーベッドが揺れる。
そらが動じる様子はない。ますます亜紀は苛立った。
「ダメって言ってるでしょ!」
ベビーベッドを力任せに蹴る。もう一度蹴る。もう一度強く蹴る。足が痺れたが、亜紀は構わなかった。
1階から聞こえる葵の泣き声が激しくなる。
「そらちゃん、うるさいっ!」
亜紀は、ベビーベッドを両手で掴んでゆすった。
そらはなにも言わない。
「うるさい、うるさい、うるさいっ」
葵が泣いている。
「もういい加減にしてっ!」
亜紀はベビーベッドをさらに激しくゆすった。
ふと顔を上げると、鏡台の鏡に亜紀の姿が映っていた。
髪は乱れ、目の下には黒い隈ができている。下がった口角と対照的につり上がった目は、恐ろしく殺気立っていた。
「あぁ」
亜紀はその姿に愕然として、両手で口を押さえた。
亜紀は首を振りながら、そらを見た。そらは四つん這いで、亜紀を見ている。可愛らしい目で見上げているではないか。
1階で葵が泣いている。お腹が空いたのか、オムツが気持ち悪いのか。それともただ寂しいだけなのか。自分は一体ここでなにをしていたのだろう。
口元を押さえる手が震える。
――精神科に行ってみようか。
このままの状態では、亜紀はまともに葵を育てることができない。自然にそらが消える時を待つことはもうできない。
亜紀はため息をついた。
決断する時が来たのだ。
「ごめんね、そらちゃん」
亜紀は、そらを優しく抱き上げた。
「なんとかしなくちゃ」
1か月検診の後に、葵とそらを連れてそのまま精神科を受診してみようと思った。精神科に行くなら、そらを連れて行った方がいいだろう。
亜紀はリビングに戻ると、寝ている葵の頭の下に手を入れた。そっと葵を持ち上げ、左の腕だけで抱いた。右肩にバッグをかけ、右手にそらを抱く。
少し辛い姿勢だが、大丈夫だ。そらは軽くて小さい。なんとか検診を済ませることができそうだ。
玄関から外に出ると風が強く、肌寒かった。亜紀はそらを見た。10月下旬に裸で外出させるのは可哀想だ。
だが、これまでに何度か人形の服を着させようと試したが、ダメだった。
亜紀はバッグから白いハンカチを出して、そらの体を包んだ。嫌がるかと思ったが、そらはじっとしていた。
亜紀は、花柄のトートバッグに葵の着替えを詰めた。
今日は葵の1か月検診。葵を外に連れ出すのは初めてだ。
亜紀はキッチンでミルクを作った。葵は哺乳瓶を嫌ったが、外出先で母乳をあげるのは気が引ける。
「葵ちゃん、ちょっと待っててねー」
哺乳瓶を振りながら、リビングの布団で寝転んでいる葵に目をやる。
葵はクリーム色のカバーオールを着ている。足をバタバタ動かし、握りしめた手を口元に当てていた。仕草の一つ一つが愛らしい。
亜紀は視線の端で、なにか動くものを捉えた。
亜紀はリビングの入り口の方へ顔を向けた。
そらだった。
出かける準備に慌ただしく、寝室のドアを閉めるのを忘れたのだ。
そらは、すごい速さで葵の元へハイハイをしていく。
亜紀は哺乳瓶を調理台に置き、葵の元へ駈け寄った。そらが葵に触れる前に、そらを抱き上げる。
「そらちゃん! 勝手にベビーベッドから出ちゃダメって言ってるでしょ」
亜紀の怒鳴り声に驚いたのか、葵が泣き出す。
「あーもう、ほら泣いちゃったじゃない。葵ちゃんごめんね、ちょっと待っててね」
亜紀はそらを連れて2階に上がった。
「そらちゃんは、ここ」
ベビーベッドにそらを置く。
夜も時々、そらはベビーベッドを抜け出し、亜紀と葵が寝ているベッドの方へやってくる。
気づくたびに亜紀は、そらをベビーベッドに戻した。夜中の授乳に加え、さらに寝不足が重なっていた。
そらが真っ黒い目で、亜紀を見上げている。まるでわたしも連れて行けと言っているようだ。
どうしてそんなに亜紀を責めるような目をするのか。泣きも笑いもせず、ただ亜紀を責めるのか。
「なにか文句でもあるの?」
そらはなにも言わない。ただ亜紀をじっと見つめている。
じわじわと苛立ちが込み上げてくる。
「そらちゃんは、ダメッ!」
亜紀はベビーベッドの柵を蹴った。
ガタンとベビーベッドが揺れる。
そらが動じる様子はない。ますます亜紀は苛立った。
「ダメって言ってるでしょ!」
ベビーベッドを力任せに蹴る。もう一度蹴る。もう一度強く蹴る。足が痺れたが、亜紀は構わなかった。
1階から聞こえる葵の泣き声が激しくなる。
「そらちゃん、うるさいっ!」
亜紀は、ベビーベッドを両手で掴んでゆすった。
そらはなにも言わない。
「うるさい、うるさい、うるさいっ」
葵が泣いている。
「もういい加減にしてっ!」
亜紀はベビーベッドをさらに激しくゆすった。
ふと顔を上げると、鏡台の鏡に亜紀の姿が映っていた。
髪は乱れ、目の下には黒い隈ができている。下がった口角と対照的につり上がった目は、恐ろしく殺気立っていた。
「あぁ」
亜紀はその姿に愕然として、両手で口を押さえた。
亜紀は首を振りながら、そらを見た。そらは四つん這いで、亜紀を見ている。可愛らしい目で見上げているではないか。
1階で葵が泣いている。お腹が空いたのか、オムツが気持ち悪いのか。それともただ寂しいだけなのか。自分は一体ここでなにをしていたのだろう。
口元を押さえる手が震える。
――精神科に行ってみようか。
このままの状態では、亜紀はまともに葵を育てることができない。自然にそらが消える時を待つことはもうできない。
亜紀はため息をついた。
決断する時が来たのだ。
「ごめんね、そらちゃん」
亜紀は、そらを優しく抱き上げた。
「なんとかしなくちゃ」
1か月検診の後に、葵とそらを連れてそのまま精神科を受診してみようと思った。精神科に行くなら、そらを連れて行った方がいいだろう。
亜紀はリビングに戻ると、寝ている葵の頭の下に手を入れた。そっと葵を持ち上げ、左の腕だけで抱いた。右肩にバッグをかけ、右手にそらを抱く。
少し辛い姿勢だが、大丈夫だ。そらは軽くて小さい。なんとか検診を済ませることができそうだ。
玄関から外に出ると風が強く、肌寒かった。亜紀はそらを見た。10月下旬に裸で外出させるのは可哀想だ。
だが、これまでに何度か人形の服を着させようと試したが、ダメだった。
亜紀はバッグから白いハンカチを出して、そらの体を包んだ。嫌がるかと思ったが、そらはじっとしていた。
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