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4愛憎
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早苗が帰ると、亜紀は友里の視線に気がついた。友里は、亜紀が抱いているそらをじっと見つめている。
亜紀はゴクンと唾を飲みこんだ。
「……見えるの?」
友里がうなずいた。そらを眺める友里の表情は、わずかに微笑んでいる。
「いつから?」
「早苗の家に、拓也くんの出産祝いに行ったとき」
亜紀は驚いた。友里には、最初からそらが見えていたのか。
「最初はね、亜紀、なんか気味の悪い人形持ってるなーって思ってたの」
友里がハッとした顔をする。
「あっ、ごめん。人形だと思ってたからさ」
そらのことを、気味の悪いと表現したことを謝っているのだろう。亜紀だって、友人がこんな人形を持っていたら同じことを思うだろう。仕方がない。
「ううん。気にしないで」
「それに、あの日電話でもひどいこと言ってごめん。私、まだあの頃、色々なことが受け入れられなくて」
「うん、もういいよ。私こそ色々気づいてあげられなくてごめんね」
亜紀が言うと、友里が寂しそうに笑った。
「それで、その子のことなんだけど」
友里がそらを指さした。
「早苗の家に行ったとき、亜紀、先に帰ったでしょ。それで、人形のこと早苗に言ったら話が通じなくて、あれは私だけが見た幻だったのかなーなんて」
友里が肩をすくめた。
「けど、今日来てみたらまだいて、しかもハイハイしてるんだもん」
友里が目を丸くしてそらを見た。
「なんとなく、予感はあったんだけどね。あれは幻じゃないなって」
「そらちゃんなんだよ、この子。どうして見える人と見えない人がいるのかわからないんだけど」
「そらちゃん? でもそらちゃんは……」
友里は骨壺に目をやった。
「私もわけがわからないの」
亜紀がつぶやくように言った。
最初はそらが生きていたのだと思った。次にそらは幻覚なのだと思った。そして今は。そらは、なんなのだろう。
友里は興味深そうにそらを見つめた。
「抱っこしてみてもいい?」
友里が両手を差し出してきた。
「いいよ」
亜紀はそらを、友里の手の平に乗せた。
「わぁ、可愛い」
友里が目を細める。
「友里は平気なの?」
亜紀の言葉に友里が首をかしげる。
「その、見た目とか。この子病気だから」
あぁ、と友里が笑った。
「これでも私、看護師だよ。助産師の資格はないから、こういう子取り上げたことはないけど」
友里は、優しい表情でそらを抱いている。亜紀は気持ちが暖かくなった。
「四十九日を過ぎた頃にね、突然そらが現れたの。でも、孝之にも両親にも見えないんだよ、この子」
亜紀はため息をついた。
「この子、一体なんなんだろう」
「幽霊には、見えないね」
友里が、そらの全身を調べるように見ている。
「幽霊、見たことあるの?」
「ないけど」
「仕事柄、あるのかと思った」
「まさか」
友里が声をたてて笑った。ひとしきり笑うと、友里は表情を引き締めて言った。
「私はね、新人類なんじゃないかと思うよ、そらちゃんは」
「えっ?」
亜紀は友里の発想に驚いた。
「突然変異とか、なんかそんな感じ?」
「そんな感じって、適当じゃない?」
亜紀が言うと、友里が悪戯っぽい顔をした。
「なんにしても、亜紀がうらやましいよ。どういう形であっても、こうやって生まれてきてくれたんだもん、そらちゃん」
友里がそらに頬ずりした。友里の言葉に嘘はないだろう。心の底からそう思っているに違いない。
「でも、色々大変だよ」
手放しに羨ましがる友里に、亜紀は眉をひそめた。
「うん、わかる」
友里がうなずく。
「亜紀、目の下すごい隈だよ。髪もボサボサだし」
友里に言われて、亜紀は慌てて髪を手櫛でとかした。
「もしかしてだけど、違ったら悪いけど」
友里が、遠慮がちに言う。
「なに?」
「葵ちゃんが生まれて、そらちゃんの存在、苦になってる?」
亜紀は心臓をギュッとつかまれた気がした。
首を横に振ろうともがいたのに、抗うことができなかった。気づいた時には、うんとうなずいていた。
うなずいたら、涙がポタポタと床に落ちた。
葵はしきりに手で顔をかくような仕草をしている。亜紀と目が合うと、ふわっと微笑んだ。
亜紀の足から力が抜けていく。膝がガクンと床につく。一度涙腺が緩むと、涙が止まらない。
「亜紀……」
友里が亜紀の肩に手を置く。
亜紀の隣にしゃがんだ友里の腕には、そらが抱かれている。
そらは、亜紀を見ていた。その視線から逃れたかった。逃れて、葵を抱きしめたかった。後ろめたい気持ちを全部捨てて、葵を抱きしめたかった。
だが、そんなこと許されるはずがない。
「ねぇ亜紀」
顔を上げると、友里が真剣な顔をしていた。
「そらちゃん、私に預けてみない?」
「え」
亜紀は、頭の中が空白になった。友里の言っていることが、すぐには理解できなかった。
「そらちゃんは、普通の子とは違う。私に預けたとしても、世間の目は欺ける。なんて言い方すると深刻な感じになっちゃうけど」
友里が笑った。
「要は亜紀の手に余るようなら、私が育ててみたいだけ。もう自分の子は望めないからさ」
亜紀は、そらと友里を見比べた。
友里は、しっかりとそらを抱いている。その顔は、二度と手放したくないと言っているみたいだった。
「そらちゃん、私に預けてみない?」
気がつくと亜紀は、深くうなずいていた。
亜紀はゴクンと唾を飲みこんだ。
「……見えるの?」
友里がうなずいた。そらを眺める友里の表情は、わずかに微笑んでいる。
「いつから?」
「早苗の家に、拓也くんの出産祝いに行ったとき」
亜紀は驚いた。友里には、最初からそらが見えていたのか。
「最初はね、亜紀、なんか気味の悪い人形持ってるなーって思ってたの」
友里がハッとした顔をする。
「あっ、ごめん。人形だと思ってたからさ」
そらのことを、気味の悪いと表現したことを謝っているのだろう。亜紀だって、友人がこんな人形を持っていたら同じことを思うだろう。仕方がない。
「ううん。気にしないで」
「それに、あの日電話でもひどいこと言ってごめん。私、まだあの頃、色々なことが受け入れられなくて」
「うん、もういいよ。私こそ色々気づいてあげられなくてごめんね」
亜紀が言うと、友里が寂しそうに笑った。
「それで、その子のことなんだけど」
友里がそらを指さした。
「早苗の家に行ったとき、亜紀、先に帰ったでしょ。それで、人形のこと早苗に言ったら話が通じなくて、あれは私だけが見た幻だったのかなーなんて」
友里が肩をすくめた。
「けど、今日来てみたらまだいて、しかもハイハイしてるんだもん」
友里が目を丸くしてそらを見た。
「なんとなく、予感はあったんだけどね。あれは幻じゃないなって」
「そらちゃんなんだよ、この子。どうして見える人と見えない人がいるのかわからないんだけど」
「そらちゃん? でもそらちゃんは……」
友里は骨壺に目をやった。
「私もわけがわからないの」
亜紀がつぶやくように言った。
最初はそらが生きていたのだと思った。次にそらは幻覚なのだと思った。そして今は。そらは、なんなのだろう。
友里は興味深そうにそらを見つめた。
「抱っこしてみてもいい?」
友里が両手を差し出してきた。
「いいよ」
亜紀はそらを、友里の手の平に乗せた。
「わぁ、可愛い」
友里が目を細める。
「友里は平気なの?」
亜紀の言葉に友里が首をかしげる。
「その、見た目とか。この子病気だから」
あぁ、と友里が笑った。
「これでも私、看護師だよ。助産師の資格はないから、こういう子取り上げたことはないけど」
友里は、優しい表情でそらを抱いている。亜紀は気持ちが暖かくなった。
「四十九日を過ぎた頃にね、突然そらが現れたの。でも、孝之にも両親にも見えないんだよ、この子」
亜紀はため息をついた。
「この子、一体なんなんだろう」
「幽霊には、見えないね」
友里が、そらの全身を調べるように見ている。
「幽霊、見たことあるの?」
「ないけど」
「仕事柄、あるのかと思った」
「まさか」
友里が声をたてて笑った。ひとしきり笑うと、友里は表情を引き締めて言った。
「私はね、新人類なんじゃないかと思うよ、そらちゃんは」
「えっ?」
亜紀は友里の発想に驚いた。
「突然変異とか、なんかそんな感じ?」
「そんな感じって、適当じゃない?」
亜紀が言うと、友里が悪戯っぽい顔をした。
「なんにしても、亜紀がうらやましいよ。どういう形であっても、こうやって生まれてきてくれたんだもん、そらちゃん」
友里がそらに頬ずりした。友里の言葉に嘘はないだろう。心の底からそう思っているに違いない。
「でも、色々大変だよ」
手放しに羨ましがる友里に、亜紀は眉をひそめた。
「うん、わかる」
友里がうなずく。
「亜紀、目の下すごい隈だよ。髪もボサボサだし」
友里に言われて、亜紀は慌てて髪を手櫛でとかした。
「もしかしてだけど、違ったら悪いけど」
友里が、遠慮がちに言う。
「なに?」
「葵ちゃんが生まれて、そらちゃんの存在、苦になってる?」
亜紀は心臓をギュッとつかまれた気がした。
首を横に振ろうともがいたのに、抗うことができなかった。気づいた時には、うんとうなずいていた。
うなずいたら、涙がポタポタと床に落ちた。
葵はしきりに手で顔をかくような仕草をしている。亜紀と目が合うと、ふわっと微笑んだ。
亜紀の足から力が抜けていく。膝がガクンと床につく。一度涙腺が緩むと、涙が止まらない。
「亜紀……」
友里が亜紀の肩に手を置く。
亜紀の隣にしゃがんだ友里の腕には、そらが抱かれている。
そらは、亜紀を見ていた。その視線から逃れたかった。逃れて、葵を抱きしめたかった。後ろめたい気持ちを全部捨てて、葵を抱きしめたかった。
だが、そんなこと許されるはずがない。
「ねぇ亜紀」
顔を上げると、友里が真剣な顔をしていた。
「そらちゃん、私に預けてみない?」
「え」
亜紀は、頭の中が空白になった。友里の言っていることが、すぐには理解できなかった。
「そらちゃんは、普通の子とは違う。私に預けたとしても、世間の目は欺ける。なんて言い方すると深刻な感じになっちゃうけど」
友里が笑った。
「要は亜紀の手に余るようなら、私が育ててみたいだけ。もう自分の子は望めないからさ」
亜紀は、そらと友里を見比べた。
友里は、しっかりとそらを抱いている。その顔は、二度と手放したくないと言っているみたいだった。
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気がつくと亜紀は、深くうなずいていた。
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