世界で一番、可愛いおばけ

ことは

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5地獄から天国

5-2

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 誕生会が終わって両親が帰ると、孝之はリビングのソファで寝てしまった。葵はもらったプレゼントで遊んでいる。

「葵ちゃん、ちょっと来て」

「えーやだぁ。あそんでるもん」

「お願い」

 嫌がる葵を無理やり抱っこして、亜紀は2階に連れて行った。

 寝室のドアの前に、葵を座らせた。

「葵ちゃんにはね、本当はおねえちゃんがいるの」

 亜紀が静かに言うと、葵が目を輝かせた。

「ほんとう? あおいちゃん、おねえちゃんいるの?」

 亜紀はうなずいた。

「うれしい?」

「うん。うれしい」

 葵はキョロキョロ辺りを見渡した。

「どこにいるの?」

 亜紀は深呼吸した。

「さっきね、葵ちゃん、おばけって言ってたでしょ?」

 葵の表情が固くなった。

「あの子、おばけじゃないんだよ。そらちゃんっていうの。葵ちゃんのおねえちゃんなの」

「ちがうもん」

 葵が口を尖らせた。

「本当だよ。葵ちゃんのおねえちゃんの、そらちゃんだよ。会ってくれる?」

「やだ」

 葵が泣きべそをかいた。

「おばけじゃないの。怖くないよ」

 亜紀はできるだけゆっくり優しく言った。

 しかし、葵の表情はみるみるうちに崩れていった。大きな口を開けて泣き出す。

「やだやだやだやだ」

 亜紀は葵を抱きしめた。

「こわい、こわいよー」

 葵の背中が汗でびっしょり濡れている。

「ごめん、ごめん。葵ちゃん。もうわかったから」

 葵は泣き続ける。

「どうしたのー?」

 孝之があくびをしながら階段を上ってきた。

「なんでもないよ。この間おばけの絵本を読んだのが怖かっただけみたい」

 亜紀が言うと、ふーんと気のない返事をして孝之は戻っていった。

「あおいちゃん、おばけのほん、こわくないもん」

 葵が涙をふきながら言った。

「そうだね、怖くないよね」

 亜紀は葵の頭をなでた。

「パパに遊んでもらっておいで」

「うん、わかった」

 葵が階段を駆け足で下りていく。

 葵が行ってしまうと、亜紀は寝室のドアを開けた。

 そらは亜紀をじっと見ている。

 亜紀はそらから視線を逸らした。そらの目を見ないようにして、そらを抱き上げる。

 亜紀はそらを連れて1階に行き、納戸の戸を開けた。納戸には明かり取りの窓が一つあるだけで、電気はない。

「ごめんね、そらちゃん」

 他にそらを隠せる場所がなかった。とりあえずはこうするしかなかった。

 だが、なにかもっと他にいい方法を考え出さなくてはいけない。早急に。

 そらが亜紀を見上げている。その視線が胸に突き刺さる。胸が疼く。激しく脈を打つ。目眩がする。うまく呼吸ができなくて、意識を失いそうだった。

 納戸の戸にそっと手をかける。手が震える。亜紀は迷いながらも、戸をピタリと閉めた。

 亜紀はなにも感じないように心を閉ざした。

 心の中を空っぽにしなければ、立っていることすらできそうになかった。

   ◇

 そらを納戸に閉じこめたのは一時的なことで、亜紀はすぐにそらを出すつもりでいた。

 深夜、孝之と葵が寝息を立てているのを見届けると、亜紀は1階に下りた。

 廊下の間接照明が納戸の戸を照らしている。

 納戸の前に立ち、ドアノブに手をかける。

 このドアの向こうで、そらは怒っているだろうか。それとも泣いているだろうか。ドアを開けた時、そらはいつもと変わらない目で、また亜紀を見つめてくれるだろうか。こんな狭いところに閉じこめた亜紀を許してくれるだろうか。

 亜紀は、ドアを開けそらを抱き上げる自分を思い描いた。

 だが、亜紀はドアを開けることができなかった。

 今ここでそらを出したところで、再び納戸に閉じこめなければならない。またあの胸の痛みに耐えなければならない。ただ辛さが増すだけではないか。

 普通の子どもだったら、このままにしておけば餓死してしまうだろう。

 だが、そらならその心配はない。なら、そのままにしておけばよいのではないか。このままにしておけば、なにもなかったことにならないか。

 すべては亜紀の妄想。幻。虚無。

 そうだ。そらは骨壺の中。そらはもう死んで、この世にはいないのだ。

 本当にそうだろうか。

 わからない。

 もう考えることができない。
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