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第三章:「課題山積」

・3-27 第46話:「外交政策:5」

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・3-27 第46話:「外交政策:5」

 外交政策のふたつの柱の内、アルエット共和国の強固な態勢を突き崩すという方策は、順調に進みつつあった。
 サイモン伯爵は亡命政権のメンバーを概ね決め終え、そのことをエドゥアルドに報告して来てくれたし、アルベルト王子はフルゴル王国に残して来た旧臣やリカルド四世に不満を持つ者たちと盛んに連絡を取り合い、蜂起(ほうき)の準備を進めている。
 それらを知ってひとまずの目途がついたことに安堵したエドゥアルドは、外交政策のもうひとつの柱、タウゼント帝国にできるだけ多くの味方を作るということに真剣に取り組み始めた。
 第一候補となるイーンスラ王国からは、相変わらず良い返事がない。
 諦めきれないことであり、辛抱強く交渉は継続するつもりだったが、別の同盟相手を探さなければならない。
 タウゼント帝国にとっての隣国は、いくつかある。
 ヘルデン大陸の中央部に大きな国土を持っているため、隣接している国家の数も多いのだ。
 まず名前があがったのは、東の隣国、オルリック王国であった。
 この国とは以前から友好関係が続いている。
 特にエドゥアルドは同国の王女、アリツィア姫とは親交があり、彼女のツテを頼りに様々な有力者とつながりを持つ機会を得られるはずだった。
 ただ、戦力として当てにできるかというと、少々疑問符がついてしまう。
 それは、オルリック王国の国内情勢に懸念があるためだった。
 同国は国王の権限がかなり弱い。
 地方分権的な性格の強いタウゼント帝国よりもさらに弱体なのだ。
 というのは、古くから貴族や社会を構成する各階級の人々の合議によって物事を決定するという制度が取られており、有力者たちが寄り合う形で成立した議会によって国政が支配されているからだ。
 しかも、歴代の国王がその時々に必要だった決議を通すための見返りとして段々とその権限を強めて行ったから、今となっては王の言葉よりも議会の方が遥かに影響力を持っている、という有様なのだ。
 もっと面倒なことに、議会を構成する人々はそれぞれの利益を国益よりも優先しがちであった。
 貴族たちは王家に対して尊重する態度を見せるものの、心から尊崇していうわけではなく、自己の都合に合わなければ王命による出兵であろうとも参加しないし、地元の有力者たちや宗教指導者たちも戦費の支出には容易には同意してくれない。
 過去に、アリツィア王女に率いられてオルリック王国からの援軍がタウゼント帝国にやって来て力を貸してくれたことがあったが、それは国家をあげての軍ではなく、王の影響の及ぶ範囲でどうにか編制されたものであって、要はほんの一部に過ぎなかった。
 もちろん、彼女とその指揮下にある精鋭騎兵集団、有翼重騎兵(フサリア)の活躍は大きく、昨年のサーベト帝国との戦争はその力があってこそ勝利できたようなものではあったが、五十万にも及ぶアルエット共和国軍に対するパワーバランスを一変させるほどかと言うと、心もとないところだ。
 ただ、味方につける難易度としては相当低いはずであり、代皇帝となったエドゥアルドとオルリック王国の国王との間であらためて、正式な同盟関係を結ぶことは、半ば既定路線となっていた。
 援軍を望めるだけありがたかったし、なにより、こちらが共和国に対してかかりきりになっている間に、自身の背後に当たる地域を安定させてくれるだけでも十分すぎるほどの恩恵があるからだ。
 他にも大小の国家と隣接しており、これらの国々ともできるだけ友好関係を築くことに努めていった。
 オルリック王国と同様、強力な援軍を望めるような相手ではなくとも、こちらが共和国への対処に集中している間に中立を保ち、変に野心を持って介入してくることのないようにしておきたかったのだ。
 有力な増援を得られそうな国家、というと、残る候補はふたつだった。
 ひとつは、昨年激しく戦争を戦ったという経緯をもつ、タウゼント帝国とは南で接しているサーベト帝国。
 もうひとつは、オルリック王国のさらに東を領有する大国、ザミュエルザーチ王国であった。
 ただ、これらの国家との関係は、短期的な取り組みではどうにもできそうになかった。
 どちらもこちらとは文化圏が大きく異なり、言語も違い、距離も離れているために意思疎通が円滑に行えない。
 こうした事情から、ヘルデン大陸上には大抵つながっている貴族の縁故のネットワークが途切れがちであり、交渉のとっかかりがつかみにくいのだ。
 ゼロから関係を構築していかなければならない。
 サーベト帝国に至っては、マイナスからのスタートだ。
 昨年の戦争の結果、タウゼント帝国は敵国の皇帝、サリフ八世を虜囚とするという大戦果をあげていたのだが、その後内乱状態に陥ってしまったこともあり、正式な講和条約はまだその交渉すらまともに行われていないという状態だった。
 すなわち、公式には未だに両国は戦争状態なのだ。
 古い体制の残るタウゼント帝国よりも、サーベト帝国の軍隊はさらに旧式ではあったものの、二十万以上の大軍を国外に派遣できるその規模は魅力的であったし、なにより、敵に回したくはない。

(この際、白紙講和でもいい。何としてでも、関係を正常化しておかなければ)

 共和国と戦っている最中にまた、大軍で攻め寄せられて来てはたまったものではない。
 サーベト帝国の軍隊は昨年の戦いで実質的に壊滅しており、侵攻軍の中核となれるような精鋭は残っていないはずだったが、ムナール将軍と全力で戦っている最中の背中から襲ってくるとしたら、たとえにわか作りの軍隊であっても脅威となる。
 ただ、塩梅が難しかった。
 関係の正常化を焦ってあまりにも譲歩し過ぎると、かえってこちらに弱みがあることを知られ、そこにつけ入ってやろうという野心を喚起してしまう恐れがある。
 それに、共和国はタウゼント帝国とサーベト帝国が未だに、公式には戦争状態であるということを知っている。
 エドゥアルドが必死に外交政策を進めているのと同様、彼らも将来の情勢をより有利なものとするために外交攻勢をしかけ、サーベト帝国を自らの陣営に引き込もうとしても、まったくおかしなことではない。
 そんなことになったら、タウゼント帝国は挟み撃ちにされてしまう。
 最悪だ。
 なんとしてでもそんな事態は避けたい代皇帝は、熱心に、だが、慎重に、サーベト帝国との外交関係を調整していかねばならなかった。
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