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第三章:「課題山積」
・3-28 第47話:「外交政策:6」
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・3-28 第47話:「外交政策:6」
外交政策でもっとも難しいのは、高度な戦略を立て、実行に移すことではなかった。
こちらにはこちらの思惑がある、というのと同様に、相手には相手の思惑がある、という点が、外交を複雑怪奇なものとしている。
味方として引き入れたいと切望しているのにもかかわらず、一向に良い返事をもらうことができないでいる、イーンスラ王国がその好例だ。
こちらの都合と、あちらの都合は違う。
こちらの理想と、あちらの理想は違う。
交渉によってすり合わせ、歩み寄りを行うことはできるが、かみ合わない時には決定的にかみ合わない。
そうして、最後は武力による衝突が起こるのだ。
———エドゥアルドが治めているタウゼント帝国に思惑があるように、アルエット共和国にも思惑があるはずだった。
帝政は、民主共和制にとっての最大の脅威。
彼らはそのように考え、備え、戦う覚悟を定めている。
そういった危機意識を植えつけたのはそもそも、タウゼント帝国が不用意に[懲罰]などという曖昧な目的で行った、アルエット共和国への侵略戦争に原因があると言わざるを得ない。
その時とは状況が変わり、また、国家の指導者も、カール十一世から実質的にエドゥアルドへと移行してはいたが、共和国の認識を変えることは難しく、対立は避けられなさそうだった。
こちらが、対決に向けて外交政策を展開しているように。
あちらも、少しでも有利な状況を作るべく外交攻勢をしかけているはずだ。
数多くの人材が知恵を絞り、どうすれば相手よりも優勢になることができるか、しのぎを削っている。
もし、自分たちがアルエット共和国の立場だったとしたら……。
知恵袋のヴィルヘルムや、国家宰相のルドルフと共に、あれこれ思考実験をしてみる。
まず思いつくのは、[タウゼント帝国包囲網]。
帝国の周辺諸国を共和国側の陣営に取り込み、四方から圧迫し、可能ならば同時に攻め入るのだ。
そんなことになったら、正直なところ、お手上げだ。
ただでさえ五十万にもなる共和国軍に対して苦戦しそうなのに、全周囲から同時に攻撃を受けたら対処できる兵力をねん出できない。
どこかに重点を置けば、その部分は守れるだろう。
だが、それ以外の大多数は、敵国によって占領され、奪われることになる。
そうして弱体化してしまったら、かつてヘルデン大陸の大国と呼ばれたタウゼント帝国は衰亡の一途をたどることになるだろう。
一度はなんとか延命できても、一度、敵に対抗するだけの力を失った国家が、少しずつ、少しずつ、何度かの戦争で小分けにされて行き、やがては滅亡してしまう、などというのは、歴史上いくらでもある、ありふれた話なのだ。
十年か、二十年後であれば、まだこうした事態にも対処できる可能性を見出すことができる。
それは、国内で高速・大量輸送が可能な鉄道網が発達しているからだ。
鉄道を利用した迅速な軍隊の移動によって内線作戦を実施でき、あっちで敵に対処したら次はこっちで、といった作戦を実行できるようになる。
可能だというだけで勝てると断言はできなかったが、現状の「お手上げ」という状態よりは遥かにマシだろう。
ただ、今はまだ、帝国全土に張り巡らせる鉄道網は構想段階にあり、各地で測量などに着手して適切な路線経路の考案を行っているところだ。
今年度中は大丈夫そうでも、数年以内、早ければ来年にもアルエット共和国との衝突が起こると危惧される現状では、なんとか帝国に対する包囲網を構築されないように頑張る以外にはなかった。
できれば、味方に。
そうでなくとも最低限、敵にならないように、中立の立場を取ってもらうようにしなければならない。
幸いなのは、こうした諸外国は、共和国とは異なる政体、どちらかと言えば帝国に近い、古くからの封建制に類する制度を採用している、という点だった。
そうした国々にとって、平民が反乱を起こして自ら政権を握った、という経緯を持つ存在は、潜在的な脅威となり得る。
自国に革命が波及して来てはたまらないし、間に、タウゼント帝国という大きな緩衝国があるほうが便利だと、そう考えてもおかしくはなかった。
だが、なかなか油断ならない面もある。
というのは、こうした体制の違いを乗り越えて、[利]が一致するのであれば手を取り合う、ということは、あり得ないとは断言できない。
特に警戒するべきは、ザミュエルザーチ帝国だった。
緯度の高い寒冷な気候の内陸にそのほとんどの領土を持つ国家は、伝統的に海を、具体的に言えば港を欲している。
陸上交通でも交易は可能ではあったが、やはり船を使った海上交易の方が、より安く、大量輸送を実現できるし、そうやって行っている交易によって必要な物資を売買することができてこそ、国は豊かになり、関税収入によって国庫も潤う。
交易で繁栄しているノルトハーフェンを領地として持っているエドゥアルドは、その利益の大きいことを良く知っている。
ザミュエルザーチ王国が海を目指すのはまさに、喉から手が出るほどの心地なのだろうと、痛いほどに実感できるのだ。
たとえ、王政という制度を敷いていようとも。
共和国と結ぶことで念願の港を手に入れることができるのならば、彼らは躊躇(ためら)わずに共謀することだろう。
遠隔地であるがゆえに貴族同士の血縁関係が薄く、交渉の糸口をつかみにくいザミュエルザーチ王国がどのように動くつもりでいるのか、探りを入れるだけでも一苦労であったし、なにより、彼らが変な野心を抱かないようにするのは骨が折れそうだった。
外交政策でもっとも難しいのは、高度な戦略を立て、実行に移すことではなかった。
こちらにはこちらの思惑がある、というのと同様に、相手には相手の思惑がある、という点が、外交を複雑怪奇なものとしている。
味方として引き入れたいと切望しているのにもかかわらず、一向に良い返事をもらうことができないでいる、イーンスラ王国がその好例だ。
こちらの都合と、あちらの都合は違う。
こちらの理想と、あちらの理想は違う。
交渉によってすり合わせ、歩み寄りを行うことはできるが、かみ合わない時には決定的にかみ合わない。
そうして、最後は武力による衝突が起こるのだ。
———エドゥアルドが治めているタウゼント帝国に思惑があるように、アルエット共和国にも思惑があるはずだった。
帝政は、民主共和制にとっての最大の脅威。
彼らはそのように考え、備え、戦う覚悟を定めている。
そういった危機意識を植えつけたのはそもそも、タウゼント帝国が不用意に[懲罰]などという曖昧な目的で行った、アルエット共和国への侵略戦争に原因があると言わざるを得ない。
その時とは状況が変わり、また、国家の指導者も、カール十一世から実質的にエドゥアルドへと移行してはいたが、共和国の認識を変えることは難しく、対立は避けられなさそうだった。
こちらが、対決に向けて外交政策を展開しているように。
あちらも、少しでも有利な状況を作るべく外交攻勢をしかけているはずだ。
数多くの人材が知恵を絞り、どうすれば相手よりも優勢になることができるか、しのぎを削っている。
もし、自分たちがアルエット共和国の立場だったとしたら……。
知恵袋のヴィルヘルムや、国家宰相のルドルフと共に、あれこれ思考実験をしてみる。
まず思いつくのは、[タウゼント帝国包囲網]。
帝国の周辺諸国を共和国側の陣営に取り込み、四方から圧迫し、可能ならば同時に攻め入るのだ。
そんなことになったら、正直なところ、お手上げだ。
ただでさえ五十万にもなる共和国軍に対して苦戦しそうなのに、全周囲から同時に攻撃を受けたら対処できる兵力をねん出できない。
どこかに重点を置けば、その部分は守れるだろう。
だが、それ以外の大多数は、敵国によって占領され、奪われることになる。
そうして弱体化してしまったら、かつてヘルデン大陸の大国と呼ばれたタウゼント帝国は衰亡の一途をたどることになるだろう。
一度はなんとか延命できても、一度、敵に対抗するだけの力を失った国家が、少しずつ、少しずつ、何度かの戦争で小分けにされて行き、やがては滅亡してしまう、などというのは、歴史上いくらでもある、ありふれた話なのだ。
十年か、二十年後であれば、まだこうした事態にも対処できる可能性を見出すことができる。
それは、国内で高速・大量輸送が可能な鉄道網が発達しているからだ。
鉄道を利用した迅速な軍隊の移動によって内線作戦を実施でき、あっちで敵に対処したら次はこっちで、といった作戦を実行できるようになる。
可能だというだけで勝てると断言はできなかったが、現状の「お手上げ」という状態よりは遥かにマシだろう。
ただ、今はまだ、帝国全土に張り巡らせる鉄道網は構想段階にあり、各地で測量などに着手して適切な路線経路の考案を行っているところだ。
今年度中は大丈夫そうでも、数年以内、早ければ来年にもアルエット共和国との衝突が起こると危惧される現状では、なんとか帝国に対する包囲網を構築されないように頑張る以外にはなかった。
できれば、味方に。
そうでなくとも最低限、敵にならないように、中立の立場を取ってもらうようにしなければならない。
幸いなのは、こうした諸外国は、共和国とは異なる政体、どちらかと言えば帝国に近い、古くからの封建制に類する制度を採用している、という点だった。
そうした国々にとって、平民が反乱を起こして自ら政権を握った、という経緯を持つ存在は、潜在的な脅威となり得る。
自国に革命が波及して来てはたまらないし、間に、タウゼント帝国という大きな緩衝国があるほうが便利だと、そう考えてもおかしくはなかった。
だが、なかなか油断ならない面もある。
というのは、こうした体制の違いを乗り越えて、[利]が一致するのであれば手を取り合う、ということは、あり得ないとは断言できない。
特に警戒するべきは、ザミュエルザーチ帝国だった。
緯度の高い寒冷な気候の内陸にそのほとんどの領土を持つ国家は、伝統的に海を、具体的に言えば港を欲している。
陸上交通でも交易は可能ではあったが、やはり船を使った海上交易の方が、より安く、大量輸送を実現できるし、そうやって行っている交易によって必要な物資を売買することができてこそ、国は豊かになり、関税収入によって国庫も潤う。
交易で繁栄しているノルトハーフェンを領地として持っているエドゥアルドは、その利益の大きいことを良く知っている。
ザミュエルザーチ王国が海を目指すのはまさに、喉から手が出るほどの心地なのだろうと、痛いほどに実感できるのだ。
たとえ、王政という制度を敷いていようとも。
共和国と結ぶことで念願の港を手に入れることができるのならば、彼らは躊躇(ためら)わずに共謀することだろう。
遠隔地であるがゆえに貴族同士の血縁関係が薄く、交渉の糸口をつかみにくいザミュエルザーチ王国がどのように動くつもりでいるのか、探りを入れるだけでも一苦労であったし、なにより、彼らが変な野心を抱かないようにするのは骨が折れそうだった。
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