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第一部
第16話
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「あぁ…ひぃい…いやぁぁぁあ。」
瀬尾君から身体を弄られるようになってどのくらいの時間がたっただろうか。まだ10分ぐらいしかたっていない気がするし、もう1時間以上この快感に耐えているような気もする。瀬尾君は自分の首筋や耳を舐めながら後孔を弄り続けている。最初はなんとか彼の手を引きはがそうとしたが、抵抗すればするほど弄る動きが激しくなり、身体はよりグズグズに溶けていった。最初は1本だった指も、いつのまにか2本にまで増やされていて、感じる場所をコリコリと何度も指の腹で掻きまわされる。
「ひぃぃん…あぁぁ、だめぇ、もうやだぁ…。」
「ダメって言うわりには感じまくってますね。車のシートがグチョグチョですよ。」
瀬尾君が座席をべったりと汚している愛液を指で掬い取り、舌を這わせる。彼の形のいい唇がぬらりと濡れて、嫌らしく光った。
「ねぇ、もういいですよね。俺のΩになってくれる決心はつきましたか?大丈夫ですよ、最初はちょっと困惑するかもしれませんが、すぐに慣れます。βだったことなんてすぐに忘れますよ。あなたは俺だけのΩになるんだから…。」
「っ!」
快感に溺れていた思考がいっきに引き戻された。どうやるのか分からない、そもそもそんなことが本当に可能なのかは分からないが、彼は自分のことをβからΩに変えようとしている。
自分の身体がβからΩに変わっているのではないか。よく考えればこれまでにその兆候はあった。βの自分には起こるはずもない発情期のような症状。一緒に働いていた時はあまり感じなかった瀬尾君のαのフェロモンの強さ。彼に触られただけでグズグズになる身体。
「せお…くん、きみ、おれのことを…?ひぃああ!」
言葉を紡ごうとした瞬間に後孔を弄っていた瀬尾君の指がさらに激しくなる。まるで言葉を封じるようなその動きに自分の仮説が正しいことを確信した。
「い、いやだ、せお…く、ん…!」
「あぁ、暴れないでください。大丈夫です。怖いことなんて1つもありませんから。それにΩになればあなたのコンプレックスが消えるんですよ?あなたがずっと願っていた『平凡なβ』の人生から『αから求められる唯一無二のΩ』になれるんです。」
「平凡なβ…?」
彼の言葉に頭を金槌で叩かれたような衝撃が走った。彼が言った言葉はずっと自分が思っていたことだ。誰からも注目されないβは嫌だ。みんなから好かれる、愛されるαやΩになりたい。少しでも彼らに近づきたい。そう思ってずっと努力してきた。
今、その憧れのΩになるチャンスが巡ってきたのだ。
「Ωになれば俺のつがいになれる。きっと運命のつがいにね。」
彼が優しい言葉を囁いてくる。それは甘い甘い毒のように身体に染み込んできた。瀬尾君は後孔を弄っていた指を抜き、べろりと舐めあげた後、両手で自分の頬を包み込んでくる。彼の真っ黒な瞳がまっすぐに自分のそれを見つめてきた。キラキラと輝いていて、いつも綺麗だと思っていた瞳。なぜだろう、今日はそれが随分と濁って見える。
「俺のΩになればもう苦しまなくていいんですよ。そんなに頑張って仕事をする必要もない。βだからと馬鹿にされることもないんです。ただ俺と一緒にいればいい。俺の傍にいるだけでいいんだから。」
彼の瞳が至近距離まで迫り、言い聞かせるように畳み掛けてくる。
「俺を受け入れてください。あなたの身体で俺の精液を受け止めれば、それであなたは生まれ変わる。俺だけのつがいになれるんです。」
「つがい?」
彼のつがい。一番望んでいたもの。絶対になれないとあきらめていたもの。
「幸尚さん、頷いてください。」
彼が頬を摺り寄せてくる。懇願するように、何かに怯えるようにすがってきた。
「俺が、Ωに…?」
いきなりのことに返事を臆してしまう。βからΩになるなんて考えたこともなかった。ずっとβで生きていくんだと。いろんなものをあきらめてαやΩを羨みながら生きていくんだと思っていたのに。
「幸尚さん…、俺はあなたが…。」
「…まって、ちょっと待って瀬尾君。」
彼の身体との間に腕を入れて、何とか距離を作る。
彼のつがいになる。それは彼に出会って恋をしてからずっと夢見ていた。でもここで流されたらいけない。ここで頷いてしまったら取り返しのつかないことになってしまうような気がするのだ。
「だめだよ、瀬尾君。ここでそんな重要なことは決められないよ。」
「…。」
瀬尾君は黙ったままだ。しかし、その瞳の濁りはさらに深まっている。
「とにかくまずは説明してほしい。俺がβからΩに変わるなんてそんなこと信じられないし、もしできるんならちゃんと説明がほしい。瀬尾君が俺のことをつがいにしたいって言ってくれるのはすごくうれしいよ。でも何も知らないままでつがいになんかなれるはずないだろ?だから…。」
「…説明なんて必要ないでしょ?」
「え?」
彼は自分をつがいにしたいと言ってくれた。俺たちは相思相愛なんだ。心が喜びで満たされていた時、彼の言葉を聞いて固まってしまった。説明が必要ないというのはどういうことなのか。
「理解なんてする必要はない。ただΩになってもらえればそれでいいんですよ。俺にはその力が備わっているんです。Ωになれば、あなたはもう離れて行かない。俺の傍にいるしかないんです。…言ったでしょ、もう二度と逃がさないって。」
「なんで…。」
彼は身体を起こして、運転席の背もたれに寄りかかって溜息をついた。それは聞き分けのない子供への対応に飽き飽きした親のようだった。
「βだから取り逃がしちゃったんですよ、俺は。あなたがΩだったら逃がしたりなんかしなかった。βはいつだって人に迷惑をかけてばっかりだ。…Ωになれば、そうすればもう俺には逆らえなくなる。勝手に目の前からいなくなることもないんですよ。」
忌々しそうに吐き捨てる瀬尾君を助手席でぼんやりと眺める。相思相愛なんて何を馬鹿なことを考えていたのか。彼は自分を愛してなんかいない。むしろ。
「…君は俺のことを嫌いなんだね。」
自分も身体を起こして、自嘲気味につぶやいた。
「何を…。俺の話を聞いてましたか?俺は…。」
「君が好きなのは〝Ω″な俺だろ?βな俺を君は好きじゃない。」
「ちがっ、そういう訳じゃ…。」
「違わないだろ!!」
何か言い募ろうとした瀬尾君を大きな声で遮った。
「君はΩにすれば俺をつがいにするって言った。つまりβな俺をつがいにするつもりはないってことだ。平凡でみんなに迷惑をかけるβなんか大嫌いだから。」
彼は自分の言葉を聞き、顔を青くして「そんなつもりじゃない」と首を横に振る。でももう遅い。さっきの言葉がきっと瀬尾君の本音だ。βの俺には用はない。必要なのはΩだけなのだ。
「そうだよ。俺はβだ。自分でもβな自分が嫌だったさ。αやΩになりたいとずっと思ってた。」
それならと曖昧な笑みを浮かべた瀬尾君が伸ばしてきた手を、勢いよく叩き落とした。そして彼の濁った瞳を強く睨み付ける。
「βな俺が俺なんだ。俺は、俺自身を否定する人となんかとつがいになんかならない!」
「幸尚さん…?」
心底分からないと言った表情で瀬尾君が首を傾げる。
βなことが嫌だった。物語の主人公になれない平凡な自分。その他大勢の自分を心の中で何度も憎んだ。
しかし、必死に努力を続け、たくさんの壁を乗り越えてきたのは紛れもないβの自分だ。誰からも愛されるαや、運命のつがいとして求められるΩではないけれど「山口幸尚」という必死に頑張り続けた自分は誰にも負けないはずだ。
皮肉にも、瀬尾君の言葉によってやっと長年のコンプレックスが解消された気がした。バースに振り回されない自分でいたいと願っていたのに、何よりもバースにこだわっていたのは自分の方だったのだ。
もういい。βである自分が自分なのだ。それを否定して、無理やり作り変えようとする人間の言うことを聞く義理などこれっぽっちもないはずだ。
「馬鹿にするなよ!俺はαでもΩでもないけど、立派な山口幸尚って人格なんだ!俺のこれまでの人生を、努力を、馬鹿にするなぁ!」
瀬尾君の整った顔面に力一杯の平手打ちを食らわせてやる。運動神経もいいはずの瀬尾君なら避けられたはずなのに、彼はなぜか茫然としたままそれを受け入れた。バチンと大きな音がして、彼の頬が痛々しい赤に染まる。
「そんなにΩがいいなら、自分の運命のつがいとでも結婚しろ!俺にだって選ぶ権利ぐらいある!じゃあな!!」
目を見開き、黙ったままの瀬尾君を車に残し、俺は彼の車から勢いよく降りたのだった。
瀬尾君から身体を弄られるようになってどのくらいの時間がたっただろうか。まだ10分ぐらいしかたっていない気がするし、もう1時間以上この快感に耐えているような気もする。瀬尾君は自分の首筋や耳を舐めながら後孔を弄り続けている。最初はなんとか彼の手を引きはがそうとしたが、抵抗すればするほど弄る動きが激しくなり、身体はよりグズグズに溶けていった。最初は1本だった指も、いつのまにか2本にまで増やされていて、感じる場所をコリコリと何度も指の腹で掻きまわされる。
「ひぃぃん…あぁぁ、だめぇ、もうやだぁ…。」
「ダメって言うわりには感じまくってますね。車のシートがグチョグチョですよ。」
瀬尾君が座席をべったりと汚している愛液を指で掬い取り、舌を這わせる。彼の形のいい唇がぬらりと濡れて、嫌らしく光った。
「ねぇ、もういいですよね。俺のΩになってくれる決心はつきましたか?大丈夫ですよ、最初はちょっと困惑するかもしれませんが、すぐに慣れます。βだったことなんてすぐに忘れますよ。あなたは俺だけのΩになるんだから…。」
「っ!」
快感に溺れていた思考がいっきに引き戻された。どうやるのか分からない、そもそもそんなことが本当に可能なのかは分からないが、彼は自分のことをβからΩに変えようとしている。
自分の身体がβからΩに変わっているのではないか。よく考えればこれまでにその兆候はあった。βの自分には起こるはずもない発情期のような症状。一緒に働いていた時はあまり感じなかった瀬尾君のαのフェロモンの強さ。彼に触られただけでグズグズになる身体。
「せお…くん、きみ、おれのことを…?ひぃああ!」
言葉を紡ごうとした瞬間に後孔を弄っていた瀬尾君の指がさらに激しくなる。まるで言葉を封じるようなその動きに自分の仮説が正しいことを確信した。
「い、いやだ、せお…く、ん…!」
「あぁ、暴れないでください。大丈夫です。怖いことなんて1つもありませんから。それにΩになればあなたのコンプレックスが消えるんですよ?あなたがずっと願っていた『平凡なβ』の人生から『αから求められる唯一無二のΩ』になれるんです。」
「平凡なβ…?」
彼の言葉に頭を金槌で叩かれたような衝撃が走った。彼が言った言葉はずっと自分が思っていたことだ。誰からも注目されないβは嫌だ。みんなから好かれる、愛されるαやΩになりたい。少しでも彼らに近づきたい。そう思ってずっと努力してきた。
今、その憧れのΩになるチャンスが巡ってきたのだ。
「Ωになれば俺のつがいになれる。きっと運命のつがいにね。」
彼が優しい言葉を囁いてくる。それは甘い甘い毒のように身体に染み込んできた。瀬尾君は後孔を弄っていた指を抜き、べろりと舐めあげた後、両手で自分の頬を包み込んでくる。彼の真っ黒な瞳がまっすぐに自分のそれを見つめてきた。キラキラと輝いていて、いつも綺麗だと思っていた瞳。なぜだろう、今日はそれが随分と濁って見える。
「俺のΩになればもう苦しまなくていいんですよ。そんなに頑張って仕事をする必要もない。βだからと馬鹿にされることもないんです。ただ俺と一緒にいればいい。俺の傍にいるだけでいいんだから。」
彼の瞳が至近距離まで迫り、言い聞かせるように畳み掛けてくる。
「俺を受け入れてください。あなたの身体で俺の精液を受け止めれば、それであなたは生まれ変わる。俺だけのつがいになれるんです。」
「つがい?」
彼のつがい。一番望んでいたもの。絶対になれないとあきらめていたもの。
「幸尚さん、頷いてください。」
彼が頬を摺り寄せてくる。懇願するように、何かに怯えるようにすがってきた。
「俺が、Ωに…?」
いきなりのことに返事を臆してしまう。βからΩになるなんて考えたこともなかった。ずっとβで生きていくんだと。いろんなものをあきらめてαやΩを羨みながら生きていくんだと思っていたのに。
「幸尚さん…、俺はあなたが…。」
「…まって、ちょっと待って瀬尾君。」
彼の身体との間に腕を入れて、何とか距離を作る。
彼のつがいになる。それは彼に出会って恋をしてからずっと夢見ていた。でもここで流されたらいけない。ここで頷いてしまったら取り返しのつかないことになってしまうような気がするのだ。
「だめだよ、瀬尾君。ここでそんな重要なことは決められないよ。」
「…。」
瀬尾君は黙ったままだ。しかし、その瞳の濁りはさらに深まっている。
「とにかくまずは説明してほしい。俺がβからΩに変わるなんてそんなこと信じられないし、もしできるんならちゃんと説明がほしい。瀬尾君が俺のことをつがいにしたいって言ってくれるのはすごくうれしいよ。でも何も知らないままでつがいになんかなれるはずないだろ?だから…。」
「…説明なんて必要ないでしょ?」
「え?」
彼は自分をつがいにしたいと言ってくれた。俺たちは相思相愛なんだ。心が喜びで満たされていた時、彼の言葉を聞いて固まってしまった。説明が必要ないというのはどういうことなのか。
「理解なんてする必要はない。ただΩになってもらえればそれでいいんですよ。俺にはその力が備わっているんです。Ωになれば、あなたはもう離れて行かない。俺の傍にいるしかないんです。…言ったでしょ、もう二度と逃がさないって。」
「なんで…。」
彼は身体を起こして、運転席の背もたれに寄りかかって溜息をついた。それは聞き分けのない子供への対応に飽き飽きした親のようだった。
「βだから取り逃がしちゃったんですよ、俺は。あなたがΩだったら逃がしたりなんかしなかった。βはいつだって人に迷惑をかけてばっかりだ。…Ωになれば、そうすればもう俺には逆らえなくなる。勝手に目の前からいなくなることもないんですよ。」
忌々しそうに吐き捨てる瀬尾君を助手席でぼんやりと眺める。相思相愛なんて何を馬鹿なことを考えていたのか。彼は自分を愛してなんかいない。むしろ。
「…君は俺のことを嫌いなんだね。」
自分も身体を起こして、自嘲気味につぶやいた。
「何を…。俺の話を聞いてましたか?俺は…。」
「君が好きなのは〝Ω″な俺だろ?βな俺を君は好きじゃない。」
「ちがっ、そういう訳じゃ…。」
「違わないだろ!!」
何か言い募ろうとした瀬尾君を大きな声で遮った。
「君はΩにすれば俺をつがいにするって言った。つまりβな俺をつがいにするつもりはないってことだ。平凡でみんなに迷惑をかけるβなんか大嫌いだから。」
彼は自分の言葉を聞き、顔を青くして「そんなつもりじゃない」と首を横に振る。でももう遅い。さっきの言葉がきっと瀬尾君の本音だ。βの俺には用はない。必要なのはΩだけなのだ。
「そうだよ。俺はβだ。自分でもβな自分が嫌だったさ。αやΩになりたいとずっと思ってた。」
それならと曖昧な笑みを浮かべた瀬尾君が伸ばしてきた手を、勢いよく叩き落とした。そして彼の濁った瞳を強く睨み付ける。
「βな俺が俺なんだ。俺は、俺自身を否定する人となんかとつがいになんかならない!」
「幸尚さん…?」
心底分からないと言った表情で瀬尾君が首を傾げる。
βなことが嫌だった。物語の主人公になれない平凡な自分。その他大勢の自分を心の中で何度も憎んだ。
しかし、必死に努力を続け、たくさんの壁を乗り越えてきたのは紛れもないβの自分だ。誰からも愛されるαや、運命のつがいとして求められるΩではないけれど「山口幸尚」という必死に頑張り続けた自分は誰にも負けないはずだ。
皮肉にも、瀬尾君の言葉によってやっと長年のコンプレックスが解消された気がした。バースに振り回されない自分でいたいと願っていたのに、何よりもバースにこだわっていたのは自分の方だったのだ。
もういい。βである自分が自分なのだ。それを否定して、無理やり作り変えようとする人間の言うことを聞く義理などこれっぽっちもないはずだ。
「馬鹿にするなよ!俺はαでもΩでもないけど、立派な山口幸尚って人格なんだ!俺のこれまでの人生を、努力を、馬鹿にするなぁ!」
瀬尾君の整った顔面に力一杯の平手打ちを食らわせてやる。運動神経もいいはずの瀬尾君なら避けられたはずなのに、彼はなぜか茫然としたままそれを受け入れた。バチンと大きな音がして、彼の頬が痛々しい赤に染まる。
「そんなにΩがいいなら、自分の運命のつがいとでも結婚しろ!俺にだって選ぶ権利ぐらいある!じゃあな!!」
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