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死神の意外な精度

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 先日増築されたばかりの客室のベッドにキースさんを横たえさせてもらった。誰も居なくなったことを確認し私は静かにキースさんの手を握る。単に魔力が無くなっただけだから、特に心配はないらしいが、私のせいで……と思うと胸が苦しくなる。

「妾のせいかのぉ」

 いつの間にかベッドの端に鹿の獣人少女が立っていた。

「鹿神様のせいではございませんわ」

「『鹿神』とは古い名じゃのぉ……。イスラという名があるので、そちらで呼んでたも」

「イスラ様……、素敵なお名前ですわね。私はグレイス・ゴドウィンと申します。ご挨拶が遅れ大変申しわけございませんでした」

 キースさんの手を握りながらだが、そう丁寧に挨拶するとイスラは楽しそうにケタケタと笑う。

「よいよい。しかし、そなたは妾が怖くないのかえ?」

「死期が訪れた者の前にしか現れないと伺いましたが……、多少の怪我や病なら治せますので」

 このことを何度もコロやキースさんに伝えたが、「心配させないために言っているだけ」ととりあってくれなかった。

「そうか!そなたは大聖女であったのぉ。まぁ、妾には人の体調の善し悪しは分かるがな……。流石に全員に指摘するわけにはいかないので、重篤な奴らだけに声をかけていたのだが、死神のような扱いになってしもうたわ」

 イスラはレントゲン魔法を意識しなくても使えるのだろう。

「ほれ、例えばそなたの夫じゃ。心の臓が少し悪い。医者の不養生じゃのぉ」

 そう言われて、キースさんを改めて見てみるが特段体調が悪そうな気配はない。

「凄いお力でございますね」

 感心してそう言うとイスラは首を小さく横に振る。

「大聖女のそなたでもできるぞ。まずキースの身体に手を当ててみよ」

 言われた通り、その身体に手を載せる。

「手のひらに気持ちを集中させて全体を確認すると体調が悪い部分がどす黒く見えてくる」

 半信半疑で言われた通りにしてみると、手のひらにボンヤリとした温かさが広がる。ゆっくり瞼を開けてみると、薄らとした光がキースさんを包んでいた。

「その状態で全身を確認してみよ」

 先程の『どす黒い場所』を意識してみると確かに心臓にあたりそうな胸の部分に黒い微かなモヤが立ち込めている。

「ここですわね」

 私は手のひらを胸に移動させ、静かに祈る。治ってください……と。本当はキースさんらのように複雑な呪文を唱えたかったが、これで治るのだからよしとしようと思っている。

「ほう!ついでに治しよるとは!! さすが大聖女じゃのぉ」

 イスラは感心したように膝を叩く。言動はまるで中年男性のようだが、見た目は6歳ぐらいの少女であるため、不思議な光景でしかない。

「妾はのぅ、病の場所を見つけられるが治せんのじゃ」

 神様のはずだが、イスラの横顔は酷く寂しそうだった。

「だから皆の前には顔を出せん。ここには医者がおらんじゃろ?体調が悪いと指摘しても気軽に医者にかかれんのじゃ」

 例え街まで行けたとしても獣人や魔物を診察する病院は限られている。キースさんの診療所では特に獣人の受け入れを積極的に拒否しているわけではなかったが、それでも獣人が診療所を訪れたことは一度もなかった。

「みなを不安にさせるのは忍びなくてのぉ……。普段は気配を消して生活しているのじゃが、大聖女の目からは逃れられなかったでの」

 私の前に現れた……のではなく、私が見つけてしまっただけなのだろう。

「それはお寂しかったでしょうね」

「寂しい……。そうじゃのぉ……無力であることが辛かった……という方が正しいかもしれんの」

 目の前で苦しむ人々の姿を見ることしかできないというのは確かに辛いかもしれない。

「のぉ、そなたの夫をここで働かせることはできないのかのぉ?」

「森でですか?」

「医者がいなくて本当に困っている。そなた達が来てくれれば、妾も気軽に姿を見せられるのじゃが…」

 確かに言われてみれば工場が順調に稼働していることもあり、貧民街は貧民街ではなくなりつつある。正直、無料の診療所の必要性は日に日になくなってきているのだ。それが分かっていて、キースさんも後輩を呼び寄せた節がある。

「何にしろ診療所を経営しているのは夫ですので、お返事は後程いたしますわ」

「そうかそうか」

 イスラは静かに頷くと、くるりと反転し壁へ吸い込まれるようにして消えていった。
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