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夢遊病
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浅緋は途方に暮れていた。
思い切って数人の女達に連絡を取ってみたが、皆、不発に終わったのだ。
(仕方ない。俺も水を被るか……。それか、一人で抜くしかないなぁ、虚しいけど)
とぼとぼと自分のアパートへと向かう途中、正面から辺りをはばかるように寄り添って歩いてくるカップルが目に入った。
繁華街から一本中に入ったこの道沿いにはラブホテルが幾つかある。
時間はまだ少し早いが、珍しくない光景だ。
浅緋は目を逸らし、道の端に寄った。
「あのぅ……あそこのホテルで良いかな?」
男が女に訊ねる。
その他人行儀な口振り、どうやら付き合って間もない間柄、もしくは行きずりの……
「はい」
浅緋はその声に思わず目を向ける。
長い黒髪の女。
その横顔には確かに見覚えがあった。
「かっ、かみ……」
咄嗟に上げた声に、カップルが振り向く。
しかし、上茶谷の眼は何も映してはいなかった。
そう、まるで生気を感じない。
あのキラキラした光を失い、真っ黒に濁っていた。
浅緋は息を呑む。
上茶谷は無表情のまま視線を戻し、男を促す。
そして、浅緋は為す術もなくホテルに入っていく二人を見送った。
浅緋は暫くその場を立ち去る事が出来なかった。
結局近くのカフェに入り、ホテルの入口が見える窓際の席を陣取った。
上茶谷のあの尋常ではない様子、普段とあまりに違いすぎる。
浅緋が見えていたはずなのに、見えていない。
感情が削ぎ落とされた青白い顔。
浅緋は爪を噛んだ。
そう、まるで悪霊に操られているかのような…
そうであれば自分に何か出来ることがあるかもしれない、そう思ったのだ。
そして、僅か30分も経たない内に、入口から黒髪の女が出てきた。
辺りを見回し人目を避けるように身をかがめ、小走りにそこから立ち去ろうとしている。
浅緋は立ち上がり、急いで精算を済ました。
店を出て、駆けていく背中に呼びかける。
「上茶谷さん!」
女はビクリと肩を震わせ、顔を上げて浅緋を見ると、目を見張った。
その瞳は街灯の光を浴びてキラキラと光っている。
「……っ!ひ、」
「上茶谷さん、あの、俺、見ちゃったんだけど、その……」
上茶谷は泣きそうに顔を歪めると、走り寄って浅緋の腕を掴んで引っ張った。
「か、上茶谷さん?!」
「ちょっとついてきてください。とにかくここから離れないと、目を覚ましてしまう」
「は?目を覚ますって……?」
「いいから早く!」
路地に引き込まれ、そのまま住宅街を通る人気のない道に連れ出された。
通りを横断し廃線となった鉄道の跡地に作られた緑道へ足を踏み入れると、上茶谷は漸く足を止めた。
鬱蒼とした緑に挟まれた小道は外からは見えない。背の低い園内灯が申し訳程度に足元を照らすのみだ。
上茶谷は早い呼吸を整えながら、浅緋を振り向くと、バッと頭を下げた。
「今夜見た事は黙っていて下さい!」
浅緋はその華奢な肩が震える様子を暫し眺めながら、口を開いた。
「俺は構わないけど、既に会社の連中に見られて噂になってるみたいだよ?」
「えっ?!」
「週末毎に男を引っ掛けてるって」
上茶谷は狼狽え、頭を抱えた。
「そんな、どうしよう……私、どうしたら…せっかく入った研究室をクビになったら……」
「いや、クビにはならないと思うけど」
「だって、就業規則に書いてありました!素行不良で社内の風紀や秩序を乱したら……ちょっ、ちょうかいめんしょ」
「落ち着いて上茶谷さん、まだ噂なんだから。それに、事実なの?俺はとても信じられないんだけど、上茶谷さんが夜毎男をホテルに誘ってるなんて……」
上茶谷は黙った。
浅緋は辛抱強く彼女からの言葉を待つ。
「本当……だけど、違います」
そう告げると、上茶谷はグッと口を引き結び小刻みに震えた。
浅緋は思わず駆け寄り、肩を掴んだ。
「上茶谷さん!」
「う、うぐぇっ、男の人を誘ってるのは私だけど、私じゃないんですぅーーーーっ!」
*****
「夢遊病?」
目を充血させ、鼻をグジュグジュ言わせたまま上茶谷は頷いた。
「気付いたらホテルにいて、知らない男の人が寝ていて」
泣きじゃくる上茶谷を連れて、浅緋は自宅アパートに連れてきた。
詳しく話を聞かせて欲しいと言うと、上茶谷は素直に従った。
おそらく今まで誰にも相談出来なかったのだろう。
そして、かなり追い詰められている。
たいして親しくもない会社の人間に縋るほどには。
「それが毎週末なんです。時間はだいたい夜の事が多いです」
「平日は大丈夫なの?」
上茶谷は頷いた。
土日の夜になると記憶がなくなり、気付けばどこかのホテルの部屋に立っているという。
そして、決まってベッド、もしくは床に見知らぬ男が倒れている。
「お金目当てだと思われたら警察に通報されると思って、お金を置いて部屋を出ることにしてます」
「はあ……なるほど」
「毎週末の事なんで出費が嵩んで……」
まあ、それはともかく。
「えーと、つまり……ヤってはいないということ?」
上茶谷はガバッと顔を上げた。
「ヤってません!!それは確実です!!」
「まあ、30分足らずで出てきたもんね君。じゃあ、何が目的なんだろう」
上茶谷は首を振る。
何度か隠れて様子を窺って見たところ、男達はおよそ1時間後にホテルから出てくる。
そして、決まって釈然としない様子で首を捻りながら去って行くのだという。
「つまり、男をホテルに誘い込み、何らかの方法で眠らせているようだけのようです。薬物の類は使用していないと思います。金品を奪うこともしていません」
「……なるほど。上茶谷さん、彼氏は?」
上茶谷は再び首を振る。
「学生時代以降はいません。……どちらかと言うと男の人には苦手意識があって」
浅緋は思い切って提案した。
「明日の日曜日の夜、俺と一緒に過ごしてみない?その不思議な現象を解明出来るかもしれないよ」
上茶谷は目を大きくして浅緋を見た。
涙で潤んだ瞳はいつも以上に綺麗で…浅緋は思わず見惚れた。
「でも、ご迷惑では。もし、広瀬さんに何かあったら……」
浅緋は自分が神主の見習いであり、不思議な現象、つまり霊障の類にはある程度の耐性があることを説明した。
「なんらかの物理的な方法で俺を眠らせようとしたということなら、精神科や心療内科を受診してみれば良い。なんなら俺も付き合うし」
「あああ……ありがとうございます!広瀬さんって見掛けによらず良い方なんですね!ごーっっっど(神)!」
上茶谷は手を握り合わせ、安堵の涙をハラハラと零した。
ごーっと??
浅緋は上茶谷の言動に少々引きながら、苦笑いする。
本当はこんなことに付き合っている暇はないのだが、乗りかかった船だ。
それに、放ってはおけない。
先程見た感情を無くした上茶谷の表情が脳裏に浮かび、浅緋はグッと奥歯を噛みしめた。
思い切って数人の女達に連絡を取ってみたが、皆、不発に終わったのだ。
(仕方ない。俺も水を被るか……。それか、一人で抜くしかないなぁ、虚しいけど)
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繁華街から一本中に入ったこの道沿いにはラブホテルが幾つかある。
時間はまだ少し早いが、珍しくない光景だ。
浅緋は目を逸らし、道の端に寄った。
「あのぅ……あそこのホテルで良いかな?」
男が女に訊ねる。
その他人行儀な口振り、どうやら付き合って間もない間柄、もしくは行きずりの……
「はい」
浅緋はその声に思わず目を向ける。
長い黒髪の女。
その横顔には確かに見覚えがあった。
「かっ、かみ……」
咄嗟に上げた声に、カップルが振り向く。
しかし、上茶谷の眼は何も映してはいなかった。
そう、まるで生気を感じない。
あのキラキラした光を失い、真っ黒に濁っていた。
浅緋は息を呑む。
上茶谷は無表情のまま視線を戻し、男を促す。
そして、浅緋は為す術もなくホテルに入っていく二人を見送った。
浅緋は暫くその場を立ち去る事が出来なかった。
結局近くのカフェに入り、ホテルの入口が見える窓際の席を陣取った。
上茶谷のあの尋常ではない様子、普段とあまりに違いすぎる。
浅緋が見えていたはずなのに、見えていない。
感情が削ぎ落とされた青白い顔。
浅緋は爪を噛んだ。
そう、まるで悪霊に操られているかのような…
そうであれば自分に何か出来ることがあるかもしれない、そう思ったのだ。
そして、僅か30分も経たない内に、入口から黒髪の女が出てきた。
辺りを見回し人目を避けるように身をかがめ、小走りにそこから立ち去ろうとしている。
浅緋は立ち上がり、急いで精算を済ました。
店を出て、駆けていく背中に呼びかける。
「上茶谷さん!」
女はビクリと肩を震わせ、顔を上げて浅緋を見ると、目を見張った。
その瞳は街灯の光を浴びてキラキラと光っている。
「……っ!ひ、」
「上茶谷さん、あの、俺、見ちゃったんだけど、その……」
上茶谷は泣きそうに顔を歪めると、走り寄って浅緋の腕を掴んで引っ張った。
「か、上茶谷さん?!」
「ちょっとついてきてください。とにかくここから離れないと、目を覚ましてしまう」
「は?目を覚ますって……?」
「いいから早く!」
路地に引き込まれ、そのまま住宅街を通る人気のない道に連れ出された。
通りを横断し廃線となった鉄道の跡地に作られた緑道へ足を踏み入れると、上茶谷は漸く足を止めた。
鬱蒼とした緑に挟まれた小道は外からは見えない。背の低い園内灯が申し訳程度に足元を照らすのみだ。
上茶谷は早い呼吸を整えながら、浅緋を振り向くと、バッと頭を下げた。
「今夜見た事は黙っていて下さい!」
浅緋はその華奢な肩が震える様子を暫し眺めながら、口を開いた。
「俺は構わないけど、既に会社の連中に見られて噂になってるみたいだよ?」
「えっ?!」
「週末毎に男を引っ掛けてるって」
上茶谷は狼狽え、頭を抱えた。
「そんな、どうしよう……私、どうしたら…せっかく入った研究室をクビになったら……」
「いや、クビにはならないと思うけど」
「だって、就業規則に書いてありました!素行不良で社内の風紀や秩序を乱したら……ちょっ、ちょうかいめんしょ」
「落ち着いて上茶谷さん、まだ噂なんだから。それに、事実なの?俺はとても信じられないんだけど、上茶谷さんが夜毎男をホテルに誘ってるなんて……」
上茶谷は黙った。
浅緋は辛抱強く彼女からの言葉を待つ。
「本当……だけど、違います」
そう告げると、上茶谷はグッと口を引き結び小刻みに震えた。
浅緋は思わず駆け寄り、肩を掴んだ。
「上茶谷さん!」
「う、うぐぇっ、男の人を誘ってるのは私だけど、私じゃないんですぅーーーーっ!」
*****
「夢遊病?」
目を充血させ、鼻をグジュグジュ言わせたまま上茶谷は頷いた。
「気付いたらホテルにいて、知らない男の人が寝ていて」
泣きじゃくる上茶谷を連れて、浅緋は自宅アパートに連れてきた。
詳しく話を聞かせて欲しいと言うと、上茶谷は素直に従った。
おそらく今まで誰にも相談出来なかったのだろう。
そして、かなり追い詰められている。
たいして親しくもない会社の人間に縋るほどには。
「それが毎週末なんです。時間はだいたい夜の事が多いです」
「平日は大丈夫なの?」
上茶谷は頷いた。
土日の夜になると記憶がなくなり、気付けばどこかのホテルの部屋に立っているという。
そして、決まってベッド、もしくは床に見知らぬ男が倒れている。
「お金目当てだと思われたら警察に通報されると思って、お金を置いて部屋を出ることにしてます」
「はあ……なるほど」
「毎週末の事なんで出費が嵩んで……」
まあ、それはともかく。
「えーと、つまり……ヤってはいないということ?」
上茶谷はガバッと顔を上げた。
「ヤってません!!それは確実です!!」
「まあ、30分足らずで出てきたもんね君。じゃあ、何が目的なんだろう」
上茶谷は首を振る。
何度か隠れて様子を窺って見たところ、男達はおよそ1時間後にホテルから出てくる。
そして、決まって釈然としない様子で首を捻りながら去って行くのだという。
「つまり、男をホテルに誘い込み、何らかの方法で眠らせているようだけのようです。薬物の類は使用していないと思います。金品を奪うこともしていません」
「……なるほど。上茶谷さん、彼氏は?」
上茶谷は再び首を振る。
「学生時代以降はいません。……どちらかと言うと男の人には苦手意識があって」
浅緋は思い切って提案した。
「明日の日曜日の夜、俺と一緒に過ごしてみない?その不思議な現象を解明出来るかもしれないよ」
上茶谷は目を大きくして浅緋を見た。
涙で潤んだ瞳はいつも以上に綺麗で…浅緋は思わず見惚れた。
「でも、ご迷惑では。もし、広瀬さんに何かあったら……」
浅緋は自分が神主の見習いであり、不思議な現象、つまり霊障の類にはある程度の耐性があることを説明した。
「なんらかの物理的な方法で俺を眠らせようとしたということなら、精神科や心療内科を受診してみれば良い。なんなら俺も付き合うし」
「あああ……ありがとうございます!広瀬さんって見掛けによらず良い方なんですね!ごーっっっど(神)!」
上茶谷は手を握り合わせ、安堵の涙をハラハラと零した。
ごーっと??
浅緋は上茶谷の言動に少々引きながら、苦笑いする。
本当はこんなことに付き合っている暇はないのだが、乗りかかった船だ。
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