眠らせ姫と臆病侍

すなぎ もりこ

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天狗様にお願い

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「天狗に力を借りるってどうやって?」

 蒼士が手を挙げて質問をした。

「それは私が交渉してみましょう。妖力を比較すれば、明らかに天狗様の方が夢魔より上位なんです。彼らなら夢魔を何らかの方法で遠ざけることが出来ると思うんです。宮司のおじさんもお手伝いして下さい。部下をお借りするのだから、先に御祭神様に話を通した方が良いでしょう」

 宮司のおじさん扱いされた伯父は頷く。
 そう言えば……浅緋は思い返す。
 伯父はまるで御祭神と直接話したかのような口振りで話す事があった。
 例えば、田出呂神社を継ぐ直系の宮司だけに与えられる特権……もしかして、そういう事なのか?

「あとの方は、どうぞ休憩して下さい。見学したいのであれば遠巻きにお願いします。それなりに集中したいので」

 ハンナはキリッと顔を引き締め、キビキビと指示をした。
 隣に立つフィアンセがハンナの腕を取って顔を覗き込む。

「僕も?」
「此原さんもです」
「ハンナが心配だよ」
「平気ですよ、終わったらたっぷり甘やかして貰います」
「わかった。任せて、はんにゃん」

 視線を絡ませる恋人達から目を逸らして、浅緋達は社務所近くに備えられた竹の縁台へと移動する。
 暫くして、心配そうにハンナを振り返りつつ此原がやって来た。

「仲が良いのねぇ」

 伯母さんが蒼士の向こうから顔を出して声を掛けた。
 此原は整った顔を緩めて笑う。

「はい。大好きですし、とても大切な人です」

 浅緋が手を出して隣に座るように勧めると、此原は会釈して腰を下ろした。

「ハンナさんの能力の事は、本人からお聞きになったんですか?」

 浅緋の問いに、此原は頷いた。

「ええ、というか、それがきっかけなんです。彼女に助けてもらいまして」
「此原さんも何かに取り憑かれてたんですか?!」
「は、はあ、まあ……」

 視線を逸らして言葉を濁す此原を見て、浅緋はそれ以上訊くことを止めた。
 きっと話しづらい特性を持った妖怪だったのだろう。

「何年位お付き合いしてるの?」

 伯母さんがおばさん特有の図々しさを発揮して訊ねる。

「三年目になります」
「まあ、それじゃあそろそろ結婚のお話も出たりして」
「ええ、実はもうプロポーズもしまして、来年あたりに、という話をしています」
「じゃあ!!是非とも神前で!うちの神社で!」
「伯母さん、そういう話は後にしなよ」

 手を握り合わせ身を乗り出した伯母を、蒼士が諌める。

「蒼ちゃんと緋ぃちゃんにハンナさん達まで!これで三組ゲットだぜ!!」
「○ケモン捕まえたみたいな言い方しないでよ。気が早いよ、特に俺達は」

 上茶谷が浅緋の隣で盛大に吹き出した。

「ひ、広瀬さん、くくっ、聞きました?今のっ、フッ、フフッ」

 浅緋は半ば呆れて上茶谷を見下ろす。

「上茶谷さん、何でそんなに落ち着いてられるの?」
「す、すみません、こんな状況で、実は私、ワクワクしているんです。やっぱり可笑しいですよね」

 浅緋は驚いてその横顔を見つめた。
 上茶谷は口に手を当ててクスクス笑っている。

「何だか嬉しくて。私の為に皆さんが、天狗様や御祭神様まで巻き込んで大事に挑んで下さるなんて」
「上茶谷さん……」
「申し訳なく感じるのが正解なのでしょうけど」

 上茶谷はまだ繋がれている浅緋の手をギュッと握り、顔を上げた。
 いつもの如く綺麗な瞳がうるうる揺れている。

「広瀬さんがこうやって側で心配してくれるのが、心強くて嬉しいんです。何が起きても大丈夫だって思えるんです」
「かっ、上茶谷さんっ」

 浅緋はキュンと高鳴る胸を押さえる。

 (うっ、トキメキ死する……!!上茶谷さんの無自覚小悪魔!!)

「そちらさんも仲良しですねぇ。彼女に妖怪が憑いてるのであればさぞかし心配でしょう。必死になられる気持ちもわかりますよ」

 此原は柔和な顔に心配そうな表情を浮かべ、浅緋と上茶谷を交互に見ている。

 エッチな事をしたいばかりに焦っているなどと口が裂けても言えない。
 いや、もちろん上茶谷の事が心配なのは真実だが。

「あ、はい、まあ」

 浅緋は誤魔化すように答え、控えめに笑みを浮かべる。

「ハンナはやってくれると思います。彼女は正義感に溢れる情深い人で、度胸もある……でも」

 此原は目を細めて浅緋に目を合わせた。

「もし、ハンナが危険だと判断した際には僕は迷わず止める。ご了承くださいね」

 優しい面差しの中で唯一物騒な光を放つ瞳に射すくめられ、浅緋は息を呑む。

「当然です。私は誰かを危険に晒してまで解放されることは望んでいません」
「上茶谷さん!」
「広瀬さんはデキない私は嫌ですか」

 潤んだ目で見上げる上茶谷に、浅緋は咄嗟に言葉を返せず、焦る。

 エッチしたい、上茶谷とやらしいことを散々、挟んで揉んで……

 その気持ちをグッと堪えて浅緋は微笑んだ。

「デキなくても気持ちは変わらないよ、当然だ!」
「デキないって何がデキないんですか?」

 無邪気に訊ねる此原の問いに全員が黙り込み、不自然に視線を泳がせた。
 此原は何かを察したらしい。
 視線を前に向けて、不可解な言葉を呟いた。

「デキないのかぁ……真逆だな。ゼツダンと夢魔ってどっちが優勢なんだろう……」



 一刻ほどの後、伯父とハンナが連れ立って歩いてきた。
 此原が立ち上がり、ハンナに走り寄る。
 その少し行き過ぎるほどの溺愛ぶりを、縁台に座る面々は生暖かい目で眺めていた。
 皆の前までやって来た伯父は、厳かに告げた。

「部下の力を借りることを御祭神は了承してくれた。烏天狗達はハンナさんが交渉してくれたんだが、条件があるそうだ」

 伯父は隣に立つハンナを見下ろす。
 ハンナは一列に並ぶ四人にゆっくり視線を走らせてから首を傾げた。

「あの……この中におむすび娘さんっていらっしゃいます?」

 上茶谷を除く三人は顔を見合わせた。
 蒼士がおずおずと手を挙げる。

「あの、俺の彼女のことかな?先月までここで巫女のバイトをしてたんだけど」
「おむすびを握るのがとてもお上手だとか」
「まあ、そうですね。絶品です」

 蒼士はまるで自分の事のように得意げに胸を張り、堪えきれない笑みを漏らした。

「天狗様がそれを所望していらっしゃるんです。是非とも彼女さんの握ったおむすびを食べたいと。それと引き替えに夢魔を祓うとおっしゃっています」
「モカのおむすびを……?」
「モカちゃんのおむすびは美味しいものねぇ、天狗様ったらずっと指を咥えて見てらしたのね」

 伯母がフフ……と笑う。

「モカちゃんなら、ちょうど今、厨房で昼食の下拵えをしてくれているわよね」

 今日は神社を臨時定休日とした。
 お祓いの予約は入れず、公道から神社に続く道の角には定休日の立て看板を配置して、参拝客も立ち入らないようにしてある。
 禰宜さんと権禰宜さんには休んでもらい、最小限の関係者だけが招集された。
 何が起こるかわからない危険と上茶谷の秘密の漏洩を慮っての事であり、全て宮司である伯父の指示だ。
 モカはメンバーには入っていなかったが、彼女の強い希望と社務所から出ないという条件のもとで参加を許された。
 蒼士が戸惑い気味にハンナに顔を向ける。

「あの、モカに危険が及ぶことは無いのかな?出来れば巻き込みたくない」
「大丈夫でしょう。モカさんは手厚い加護を受けていらっしゃるようだし。とにかくモカさんには美味しいおむすびを、えっと、烏天狗様と御祭神様の分八個を用意してもらうように頼んで頂けますか」

 蒼士は腰を上げて厨房へ向かう。
 伯母もそれに同行した。
 その背中を見送る浅緋と上茶谷に、ハンナはこれから行うお祓いの手順について説明を始めた。
 それは、呆気ないほど簡単なものだった。

 おむすびが出来上がったら本殿の祭壇に奉納する。
 この際の祝詞は宮司が担当。
 蒼士は鳥居の下で結界の強化  (祝詞の詠唱)
 上茶谷と浅緋は拝殿と鳥居の中間に立つ。

「手を繋いで、決して離さないようにお願いします」
「はい」

 おむすびを堪能して契約が成立したなら、烏天狗は上茶谷に取り憑いた夢魔を剥がし、田出呂苺山の山頂へと運び去る。

「浄土に近いとされている山頂は、相当な妖力が無いと踏み入れない場所で、今回、烏天狗様達は御祭神様のお力を借りてそこへ向かうそうです。夢魔はそこで封印されます」

 上茶谷がおずおずと顔を上げて訊ねた。

「あ、あのう、封印されるということは、二度と外には出れないということですか?」
「詳しくは分かりませんがそんな感じ」

 適当な答えだが、詳しく知る必要がないこともある。
 神の領域にはなるべく深く関わらないのが得策なのだと、以前伯父に諭された。

「なんだか、少し可哀想にも思えて……夢魔さんが縁で広瀬さんとお付き合いできた訳ですし」

 浅緋は繋がれた手を引いた。

「上茶谷さん、こういった場合はね、好奇心と情が命取りになることもある。夢魔は許可もなく勝手に君の身体を使っていたのだから罰せられるべきだ。人の理をしっかりと主張する必要がある」
「彼氏さんの言う通りです。妖怪と人の常識は違う。例え理解は出来ても許さなくて良いんです」

 ハンナも上茶谷に諭すように語る。

「嫌なものは嫌だとはっきり示した方が良いです。それに、違う階層にいる者が長く側にいれば、今は良くてもいずれ何かしらの影響が出ます」

 上茶谷は神妙な面持ちで頷く。
 しかし、思いついたように顔を上げた。

「あのっ、夢魔にもおむすびをお出ししては駄目ですか?」
「上茶谷さん、だからそういう情けをかけるのは良くないよ」

 ハンナは少し考え込んだ後、あっさりと許可した。

「良いですよ」
「やった!」

 喜ぶ上茶谷の側で、浅緋はあんぐりと口を開けた。
 ハンナは頬を指で掻いて苦笑いをする。

「そんなに悪い子でも無いんですよ、彼女に憑いてる夢魔。彼女の日常生活に影響が出ないように配慮してたみたいだし、変な男からも遠ざけて守っていたようです。本来ならもっと奔放な人間に憑いた方が効率が良いんですけど……彼女の側は居心地が良かったみたい」

 浅緋は上茶谷を見下ろす。
 長い睫毛に縁取られた瞳は相変わらず少しの濁りもなく、煌めいている。
 気分が高揚しているのか少し頬を染めている様はまるで少女のようで、とてつもなく可愛らしい。

「まあ、でも彼氏さんには申し訳なく思ってるようです。……これ言って良いのかわかんないけど……貴方の精は色んな意味で物凄く美味しかったんですって」

 浅緋は返す言葉が見つからず、俯いた。
 顔がとてつもなく熱かった。
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