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決別
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「天狗様と御祭神様に食べて頂けるなんて!作りがいある~!」
モカは鼻歌を歌いながら、おひつのご飯を飯杓子で切り混ぜていた。
「モカちゃん、具は何にする?」
伯母が並んだトレイを見ながら訊ねる。
「うーん、何が良いですかね?やっぱり山の幸を選択するべきかなぁ。葉唐辛子、キノコの佃煮、野沢菜、梅干し……卵焼きでも良いのかなぁ」
「良いんじゃない?特に指定はなかったみたいだしねぇ」
のんびりと会話する二人をテーブルに肘を付いて眺めながら、蒼士は大きく息を吐いた。
隣からモカがその顔を覗き込む。
「どうした蒼士」
「いや、やっぱり女は強いなと。この状況でその余裕。妖怪と天狗のバトルって……万が一失敗したらどうなるんだよ。俺なんて緊張し過ぎて胃が痛いってのに」
「だってさ、どうせ私達には見えないし祝詞も唱えられないし、出来ることなんて限られてるじゃん、ねえ、奥様」
「そうそう、蒼ちゃんはせいぜい頑張って」
「他人事すぎる」
モカは蒼士に明るく笑いかける。
「大丈夫だよ。蒼士が危なくなったら、私がしめ縄を引っ張るさ」
腕を叩き眉を上げる頼もしい恋人の腰に掴まり、蒼士は顔を擦り付けた。
「こら、邪魔~」
「俺にも1つ握ってくれよ。腹減ったし、モカの強運にあやかりてぇ」
「梅干しで良い?」
蒼士はモカに抱きついたまま頷く。
そして、腕の中の温かい身体からじわじわ伝わる心地良さを堪能する。
「そう言えばさ、前にお父さんから聞いた事があるんだ。おむすびが三角の理由」
楽しそうに笑みを浮かべながら、グッグッと米粒を握るモカを見上げた。
「この三角はね、お山を表してるんだって。お山の頂上は神様に一番近いところ、神様が舞い降りるところだと言われていて……」
モカは、着物を着せるように丁寧に海苔をまく。
そして、自家製だという蜂蜜漬けの梅干を一つ掴み、頭頂部の艶やかな白米のうえに置き、キュッと指で押す。
「具は神様へのお供え物。神様と繋がる、結ばれる食べ物だから“ おむすび“ って名付けられたんだって」
両手で真っ直ぐ差し出されたおむすびを、蒼士はそっと受け取った。
「そのものじゃん。つまり、これは田出呂苺山ってわけだ」
恭しく掲げ、四方からその美しく芳しい姿を鑑賞する。
「まあ、諸説あるらしいけどね!食べやすいとか詰めやすいとか」
「モカちゃんのおむすびは本当に美味しいもの。神様にとっても最上級の貢物だわ」
伯母の賞賛の言葉に照れくさそうに笑うモカを目に入れつつ、蒼士は、この世のどこにも並ぶものの無い極上のおむすびにかぶりついた。
梅の香気がぷんと鼻に抜け、酸味と塩気が絶妙に絡まった米が口の中で踊る。
そこに海苔の風味と旨みが加わり……
「うめぇ!」
いつもの如く感嘆の声が、口から突いて出た。
宮司が唱える荘厳な調子の祝詞の中、祭壇に八つの三角山が並べられた。
巫女装束に着替えたモカが一礼し、心のままに告げる。
「心を込めて握りました。どうか、美味しく召し上がれますように」
そして、気が気じゃ無いという風に見守っていた蒼士の側に寄り、見上げて微笑む。
明らかにホッとした表情を浮かべた後、愛おしげに見下ろす蒼士を見て、浅緋もまた口元を綻ばせた。
見回すと、ハンナも上茶谷も目を細めて可愛らしい恋人達に視線を向けていた。
せっかく握ったのだから是非とも自分の手で奉納したいと言い張るモカを、誰も止めることは出来なかった。
御祭神が彼女に特別目を掛けていることは皆知っていたし、決して危険に晒される事はないだろうと確信していたせいもある。
ただ一人反対する恋人の蒼士を従えて、モカは意気揚々と拝殿へと向かった。
(まあ、何たってしめ縄で結ばれた二人だからな。悪霊も妖怪も取り憑く隙が無いよな)
浅緋は参道の中央に移動しながら、大捕物を直前に控え、流石に緊張し始めたのであろう上茶谷の張り詰めた横顔を見る。
自分も彼女と簡単には切れない縁を結びたい。
澄んだ彼女の心にいつも触れていたい。
曇りのない綺麗な瞳を見ていたい。
浅緋は、深く呼吸をして、気を研ぎ澄ましていく。
(だから、決して上茶谷さんは渡さない)
姿の見えない夢魔に宣戦布告する。
臆病な自分は消え去り、悪霊をも断ち切る力を持つ侍が目を覚ます。
「ねえ、上茶谷さんの下の名前を教えてよ」
突然問われた上茶谷は戸惑いながらも答えた。
「そよ、です。平仮名でそよ」
「可愛い名前だね。ねえ、そよちゃん、絶対手を離さないでね。俺も絶対離さないから」
上茶谷はきょとんとした後、ぐっと唇を引き締めて頷く。
「無論です。広瀬さんとがっちり縁を結ぶお約束ですから。上茶谷そよ、全力で戦います!」
上茶谷は手に持っていた皿を参道の御影石の上に置き、囁いた。
「夢魔さん、お召し上がりください。私は本日をもってあなたと決別致します。これは新たなる旅立ちへの餞とお思い下さい」
お皿の真ん中には、モカが握った葉唐辛子のおむすびが乗っている。
やがて祝詞が終わり、神社の境内は静寂に包まれた。
「そよちゃん、手を」
上茶谷は立ち上がり、浅緋に手を差し伸べた。
浅緋は指を絡めてその手を握り込む。
拝殿の中にいた皆の視線が二人に注がれる。
「今、天狗様がそちらへ向かいました!突風に注意です!!」
ハンナが大声を上げる。
その直後、激しい風が吹きつけた。
浅緋は足を踏ん張り、後方に流れた身体を懸命に立て直す。
そして、風に押されて後退る上茶谷の手を引っ張った。
振り返れば、いつの間にか鳥居の真下に移動していた蒼士が、真剣な面持ちで祝詞を唱えている。
浅緋はもう片方の手で上茶谷の腕を掴んで引き寄せた。
「離すか!!そよちゃんは俺のだ!!」
「広瀬さん!!」
激しい風が二人を包み、クルクルと回りながら上昇する。
浅緋は上茶谷の黒髪が空に向かい長くたなびく様子を、狭い視界の中に捉える。
「お二人とも……が……んば……て下さ……い!!もう……す……こしで……す!!」
ヒュウヒュウゴウゴウと鳴る風の音の切れ間から、ハンナの声が微かに聞こえた。
目をギュッと瞑りながら耐える上茶谷の後方に向かい、浅緋は睨む。
「離せ夢魔!お前が取り憑いたままじゃあ、俺はいつまで経ってもそよちゃんと結ばれない!人の恋路を邪魔する奴は……天狗に煽られて退け!!」
直後、まるで咆哮のように風が鳴り、下から吹き上げた激しい風に足が掬われ、身体が浮いた。
「剥がれましたーーーー!」
ハンナの歓喜の声を聞きながら、浅緋は突風に思わず閉じた目をこじ開けて上茶谷を探す。
そして、バランスを崩して前のめりになる細い身体を見つけた。
浅緋は咄嗟に滑り込んで受け止め、その勢いのまま、参道に背中から倒れ込んだ。
上茶谷の身体を抱き締めながら、浅緋は、目の前に広がる青空に、竜巻がゴウゴウと音を立てながら上昇していく様を見送る。
やがて風の渦は田出呂苺山の緑を揺らし、葉を散らし巻き込みながら、山頂に駆け上がって行った。
浅緋は胸の上にあるかけがえのない存在の温かさを確かめ、その幸せを噛み締める。
胸に込み上げるものが、涙腺を緩ませる。
やがて複数の駆け寄る足音と二人を呼ぶ声が聞こえ…視界に次々に現れる仲間たちの顔を見た途端、堪えきれない涙が溢れた。
「ありがとう……俺、何だか感動しちゃったよ」
覗き込む皆の顔が緩む。
「良くやった、浅緋」
「二人とも大変だったわね、お疲れ様」
「凄かったぁ、カッコよかったぁ!!」
「頑張りましたね!良く耐えました!流石縁切り侍!」
感心して手を叩くハンナに、浅緋は訊ねる。
「夢魔は、祓われたんですよね?上茶谷さんから剥がれたんですよね?」
ハンナは大きく何度も頷いた。
「確かに天狗様が抱えて運んで行きました。この目でしかと見ましたよ!」
浅緋は目を瞑り、大きく息を吐く。
目尻を涙が伝う。
此原がハンナの隣に寄り添い労う。
その前を横切るように蒼士が現われ、浅緋の傍らにしゃがみ、手を差し伸べた。
「浅緋、大丈夫か?」
「おう……上茶谷さん、立てる?」
胸の上で顔を上げた上茶谷は、潤んだ目をキラキラと輝かせて浅緋を見た。
「はいっ、す、凄かったですね!広瀬さん!」
「そうだね、滅多に出来ない貴重な体験だったよ」
浅緋は上茶谷を支えながらゆっくりと身体を起こす。
蒼士と此原が両脇でそれを助けた。
「お腹空いたでしょう?社務所でお昼ご飯にしましょう。モカちゃんがたくさんおむすびを作ってくれたのよ」
「やったぁ!めっちゃ嬉しい!食べたい食べたい」
飛び跳ねるハンナが、此原と手を繋ぎながら伯母の後をついて行く。
「先に行っててくれ。俺達は後から行く」
蒼士は頷いて、モカと共に社務所に向かった。
浅緋は参道に腰を下ろしたまま、その背中を見送る。
「皆さんに感謝です。何をお返しすれば良いのか……」
上茶谷は両手で頬を挟み、興奮が未だ残るのか、夢見るように呟いた。
「お返しは必要ないよ」
「でも……」
浅緋は上茶谷の腕を引き寄せ、再び腕の中に囲う。
「ねえ、上茶谷さん、こうやってずっと抱き合っていても、もう眠らされることも記憶を無くすことも無いんだよ」
「そういうことですよね!」
浅緋は上茶谷にそっと口付けた。
長いまつ毛を伏せて頬を染める、愛しい人にうっとりと見惚れる。
「広瀬さん、不謹慎では……」
「早くそよちゃんを抱きたい」
「ですから、不謹慎です。神社の境内ですよ」
「構わないよ。御祭神も大目に見てくれる。あーーそよちゃん、好きっ!」
しかし、上茶谷は最高潮に盛り上がる浅緋を窺うように見ると、小さな声で告げた。
「あの、広瀬さん。暫く会うのは控えませんか?」
「はあっ?!」
浅緋は上茶谷の肩を掴んで顔を覗き込む。
「何で!!せっかく障害がなくなったのに!!」
「でも……ほら、広瀬さん、おっしゃっていたじゃないですか。普通じゃない状況で、一時的に私を好きだと錯覚していた可能性がありますし」
「嫌だぁ!!そんな事言わないでよ!!」
「だって、そうなったら、やっぱり傷つきます、私も広瀬さんも」
「絶対そんなんじゃないって今は断言できるし!」
上茶谷はじとっと浅緋を見て、顔を逸らした。
「一週間後にお会いしましょう」
「そんなぁぁぁぁぁぁーーーー!」
浅緋の悲痛な声が田出呂苺山に木霊した。
モカは鼻歌を歌いながら、おひつのご飯を飯杓子で切り混ぜていた。
「モカちゃん、具は何にする?」
伯母が並んだトレイを見ながら訊ねる。
「うーん、何が良いですかね?やっぱり山の幸を選択するべきかなぁ。葉唐辛子、キノコの佃煮、野沢菜、梅干し……卵焼きでも良いのかなぁ」
「良いんじゃない?特に指定はなかったみたいだしねぇ」
のんびりと会話する二人をテーブルに肘を付いて眺めながら、蒼士は大きく息を吐いた。
隣からモカがその顔を覗き込む。
「どうした蒼士」
「いや、やっぱり女は強いなと。この状況でその余裕。妖怪と天狗のバトルって……万が一失敗したらどうなるんだよ。俺なんて緊張し過ぎて胃が痛いってのに」
「だってさ、どうせ私達には見えないし祝詞も唱えられないし、出来ることなんて限られてるじゃん、ねえ、奥様」
「そうそう、蒼ちゃんはせいぜい頑張って」
「他人事すぎる」
モカは蒼士に明るく笑いかける。
「大丈夫だよ。蒼士が危なくなったら、私がしめ縄を引っ張るさ」
腕を叩き眉を上げる頼もしい恋人の腰に掴まり、蒼士は顔を擦り付けた。
「こら、邪魔~」
「俺にも1つ握ってくれよ。腹減ったし、モカの強運にあやかりてぇ」
「梅干しで良い?」
蒼士はモカに抱きついたまま頷く。
そして、腕の中の温かい身体からじわじわ伝わる心地良さを堪能する。
「そう言えばさ、前にお父さんから聞いた事があるんだ。おむすびが三角の理由」
楽しそうに笑みを浮かべながら、グッグッと米粒を握るモカを見上げた。
「この三角はね、お山を表してるんだって。お山の頂上は神様に一番近いところ、神様が舞い降りるところだと言われていて……」
モカは、着物を着せるように丁寧に海苔をまく。
そして、自家製だという蜂蜜漬けの梅干を一つ掴み、頭頂部の艶やかな白米のうえに置き、キュッと指で押す。
「具は神様へのお供え物。神様と繋がる、結ばれる食べ物だから“ おむすび“ って名付けられたんだって」
両手で真っ直ぐ差し出されたおむすびを、蒼士はそっと受け取った。
「そのものじゃん。つまり、これは田出呂苺山ってわけだ」
恭しく掲げ、四方からその美しく芳しい姿を鑑賞する。
「まあ、諸説あるらしいけどね!食べやすいとか詰めやすいとか」
「モカちゃんのおむすびは本当に美味しいもの。神様にとっても最上級の貢物だわ」
伯母の賞賛の言葉に照れくさそうに笑うモカを目に入れつつ、蒼士は、この世のどこにも並ぶものの無い極上のおむすびにかぶりついた。
梅の香気がぷんと鼻に抜け、酸味と塩気が絶妙に絡まった米が口の中で踊る。
そこに海苔の風味と旨みが加わり……
「うめぇ!」
いつもの如く感嘆の声が、口から突いて出た。
宮司が唱える荘厳な調子の祝詞の中、祭壇に八つの三角山が並べられた。
巫女装束に着替えたモカが一礼し、心のままに告げる。
「心を込めて握りました。どうか、美味しく召し上がれますように」
そして、気が気じゃ無いという風に見守っていた蒼士の側に寄り、見上げて微笑む。
明らかにホッとした表情を浮かべた後、愛おしげに見下ろす蒼士を見て、浅緋もまた口元を綻ばせた。
見回すと、ハンナも上茶谷も目を細めて可愛らしい恋人達に視線を向けていた。
せっかく握ったのだから是非とも自分の手で奉納したいと言い張るモカを、誰も止めることは出来なかった。
御祭神が彼女に特別目を掛けていることは皆知っていたし、決して危険に晒される事はないだろうと確信していたせいもある。
ただ一人反対する恋人の蒼士を従えて、モカは意気揚々と拝殿へと向かった。
(まあ、何たってしめ縄で結ばれた二人だからな。悪霊も妖怪も取り憑く隙が無いよな)
浅緋は参道の中央に移動しながら、大捕物を直前に控え、流石に緊張し始めたのであろう上茶谷の張り詰めた横顔を見る。
自分も彼女と簡単には切れない縁を結びたい。
澄んだ彼女の心にいつも触れていたい。
曇りのない綺麗な瞳を見ていたい。
浅緋は、深く呼吸をして、気を研ぎ澄ましていく。
(だから、決して上茶谷さんは渡さない)
姿の見えない夢魔に宣戦布告する。
臆病な自分は消え去り、悪霊をも断ち切る力を持つ侍が目を覚ます。
「ねえ、上茶谷さんの下の名前を教えてよ」
突然問われた上茶谷は戸惑いながらも答えた。
「そよ、です。平仮名でそよ」
「可愛い名前だね。ねえ、そよちゃん、絶対手を離さないでね。俺も絶対離さないから」
上茶谷はきょとんとした後、ぐっと唇を引き締めて頷く。
「無論です。広瀬さんとがっちり縁を結ぶお約束ですから。上茶谷そよ、全力で戦います!」
上茶谷は手に持っていた皿を参道の御影石の上に置き、囁いた。
「夢魔さん、お召し上がりください。私は本日をもってあなたと決別致します。これは新たなる旅立ちへの餞とお思い下さい」
お皿の真ん中には、モカが握った葉唐辛子のおむすびが乗っている。
やがて祝詞が終わり、神社の境内は静寂に包まれた。
「そよちゃん、手を」
上茶谷は立ち上がり、浅緋に手を差し伸べた。
浅緋は指を絡めてその手を握り込む。
拝殿の中にいた皆の視線が二人に注がれる。
「今、天狗様がそちらへ向かいました!突風に注意です!!」
ハンナが大声を上げる。
その直後、激しい風が吹きつけた。
浅緋は足を踏ん張り、後方に流れた身体を懸命に立て直す。
そして、風に押されて後退る上茶谷の手を引っ張った。
振り返れば、いつの間にか鳥居の真下に移動していた蒼士が、真剣な面持ちで祝詞を唱えている。
浅緋はもう片方の手で上茶谷の腕を掴んで引き寄せた。
「離すか!!そよちゃんは俺のだ!!」
「広瀬さん!!」
激しい風が二人を包み、クルクルと回りながら上昇する。
浅緋は上茶谷の黒髪が空に向かい長くたなびく様子を、狭い視界の中に捉える。
「お二人とも……が……んば……て下さ……い!!もう……す……こしで……す!!」
ヒュウヒュウゴウゴウと鳴る風の音の切れ間から、ハンナの声が微かに聞こえた。
目をギュッと瞑りながら耐える上茶谷の後方に向かい、浅緋は睨む。
「離せ夢魔!お前が取り憑いたままじゃあ、俺はいつまで経ってもそよちゃんと結ばれない!人の恋路を邪魔する奴は……天狗に煽られて退け!!」
直後、まるで咆哮のように風が鳴り、下から吹き上げた激しい風に足が掬われ、身体が浮いた。
「剥がれましたーーーー!」
ハンナの歓喜の声を聞きながら、浅緋は突風に思わず閉じた目をこじ開けて上茶谷を探す。
そして、バランスを崩して前のめりになる細い身体を見つけた。
浅緋は咄嗟に滑り込んで受け止め、その勢いのまま、参道に背中から倒れ込んだ。
上茶谷の身体を抱き締めながら、浅緋は、目の前に広がる青空に、竜巻がゴウゴウと音を立てながら上昇していく様を見送る。
やがて風の渦は田出呂苺山の緑を揺らし、葉を散らし巻き込みながら、山頂に駆け上がって行った。
浅緋は胸の上にあるかけがえのない存在の温かさを確かめ、その幸せを噛み締める。
胸に込み上げるものが、涙腺を緩ませる。
やがて複数の駆け寄る足音と二人を呼ぶ声が聞こえ…視界に次々に現れる仲間たちの顔を見た途端、堪えきれない涙が溢れた。
「ありがとう……俺、何だか感動しちゃったよ」
覗き込む皆の顔が緩む。
「良くやった、浅緋」
「二人とも大変だったわね、お疲れ様」
「凄かったぁ、カッコよかったぁ!!」
「頑張りましたね!良く耐えました!流石縁切り侍!」
感心して手を叩くハンナに、浅緋は訊ねる。
「夢魔は、祓われたんですよね?上茶谷さんから剥がれたんですよね?」
ハンナは大きく何度も頷いた。
「確かに天狗様が抱えて運んで行きました。この目でしかと見ましたよ!」
浅緋は目を瞑り、大きく息を吐く。
目尻を涙が伝う。
此原がハンナの隣に寄り添い労う。
その前を横切るように蒼士が現われ、浅緋の傍らにしゃがみ、手を差し伸べた。
「浅緋、大丈夫か?」
「おう……上茶谷さん、立てる?」
胸の上で顔を上げた上茶谷は、潤んだ目をキラキラと輝かせて浅緋を見た。
「はいっ、す、凄かったですね!広瀬さん!」
「そうだね、滅多に出来ない貴重な体験だったよ」
浅緋は上茶谷を支えながらゆっくりと身体を起こす。
蒼士と此原が両脇でそれを助けた。
「お腹空いたでしょう?社務所でお昼ご飯にしましょう。モカちゃんがたくさんおむすびを作ってくれたのよ」
「やったぁ!めっちゃ嬉しい!食べたい食べたい」
飛び跳ねるハンナが、此原と手を繋ぎながら伯母の後をついて行く。
「先に行っててくれ。俺達は後から行く」
蒼士は頷いて、モカと共に社務所に向かった。
浅緋は参道に腰を下ろしたまま、その背中を見送る。
「皆さんに感謝です。何をお返しすれば良いのか……」
上茶谷は両手で頬を挟み、興奮が未だ残るのか、夢見るように呟いた。
「お返しは必要ないよ」
「でも……」
浅緋は上茶谷の腕を引き寄せ、再び腕の中に囲う。
「ねえ、上茶谷さん、こうやってずっと抱き合っていても、もう眠らされることも記憶を無くすことも無いんだよ」
「そういうことですよね!」
浅緋は上茶谷にそっと口付けた。
長いまつ毛を伏せて頬を染める、愛しい人にうっとりと見惚れる。
「広瀬さん、不謹慎では……」
「早くそよちゃんを抱きたい」
「ですから、不謹慎です。神社の境内ですよ」
「構わないよ。御祭神も大目に見てくれる。あーーそよちゃん、好きっ!」
しかし、上茶谷は最高潮に盛り上がる浅緋を窺うように見ると、小さな声で告げた。
「あの、広瀬さん。暫く会うのは控えませんか?」
「はあっ?!」
浅緋は上茶谷の肩を掴んで顔を覗き込む。
「何で!!せっかく障害がなくなったのに!!」
「でも……ほら、広瀬さん、おっしゃっていたじゃないですか。普通じゃない状況で、一時的に私を好きだと錯覚していた可能性がありますし」
「嫌だぁ!!そんな事言わないでよ!!」
「だって、そうなったら、やっぱり傷つきます、私も広瀬さんも」
「絶対そんなんじゃないって今は断言できるし!」
上茶谷はじとっと浅緋を見て、顔を逸らした。
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