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スピンオフ 私服のくそダサい谷くん
私服のくそダサい谷くん②
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クローゼットを開いて、ハンガーに掛けられているアウターをチェックしているユカに、背後から谷が話し掛けた。
「木原って面倒見良いよな、俺の為にこんなことしても何の得もないじゃん」
「だって、谷は良い男じゃん、彼女が出来ないなんて勿体無いよ」
ユカはジャケットを取り出して谷に当ててみる。
「あ、これ良いよ。これ似合う、格好良い」
谷を見上げると、なんとも複雑な表情を浮かべていた。
「任せなよ、私が何とかしてあげるから」
ユカは谷の肩を叩いて安心させるように笑うと、再びクローゼットに向かう。
谷の服の好みは悪くはない、組み合わせに無頓着なだけだ。コーディネートのパターンを幾つか考えてやれば何とかなりそうである。
ベッドに服を並べて考えているユカの背中から、谷がポツリと訊いた。
「木原こそ彼氏つくんねぇの、お前こそ良い女じゃん」
「えー、良い女ってマジ?……まあ、欲しいけど」
「じゃあ、俺にすれば」
気付かぬ間に側に来ていた谷に腕を掴まれ、ユカは驚いて顔を向けた。
いつもの人懐こい笑顔を引っ込めた、真剣な表情の谷がじっとユカを見つめている。
ユカはたじろいだ。
「え、何言ってんの、そんなに飲んでたっけ?」
「全然」
ユカは後悔する。
いくら好青年とは言え、谷とて健康な二十代の男性だ。しかも、長く彼女がいない。
軽々しく部屋に上がるべきじゃなかった。
寂しさを紛らすために、一時の感情に任せて谷とそういった男女の関係になるなんて、絶対嫌だ。
そんなことになったら、もう友達ではいられない。
過去の思い出さえ穢してしまいそうだ。
「友達でいいじゃん」
ユカは俯き、そっけなく告げた。
「俺は嫌だ、木原の彼氏になりたい」
「ひょえっ?」
ユカは思わず口を覆う。
やべ、ハンナみたいな声出しちゃった。
だってあまりにストレート。
「俺のこと好きだって言ったじゃんか」
「はあ?!いつよ!」
「高校の時……」
ユカは谷の手を振り切って、飛び退いた。
「な、な、なっ」
嘘でしょ、覚えてたの、まさか、そんな。
ユカは顔に急速に熱が集まるのを感じる。
「校舎裏に呼び出されて」
「いやぁーっ!止めて止めてぇ!」
ユカは頭を両手で挟み、叫んだ。
「木原、茶道部だったよな」
「知らない知らない、帰る!」
ユカは寝室の扉に走る。
信じられない、いつから気付いていたんだろう、
恥ずかしすぎる、フられたくせに偉そうにお姉さんぶって、アドバイスとかして……
しかし、ドアノブを握って引く前に、谷に阻まれた。
ユカを囲むように背後から腕を伸ばし、扉を押さえている。
「帰らないで」
背中に汗が滲む。鼓動が激しい。
「木原は忘れて欲しいと思ってんの、木原にとってあれは汚点なの、それとも気の迷いだった?」
「そんなことは……ないです」
「昔の事だし、もう恋愛対象に見れないってこと?俺の事嫌い?」
「き、嫌いじゃないです、でないと仲良くなんかしません」
「何で急に敬語」
「先輩ですから」
ブッ、と谷が吹き出した。
「ハハハッ、なに今更。木原って真面目だよな、変わってねぇんだな」
ユカは縮こまった。
「私の事覚えてたんですね」
「そりゃあ、告白してくれた子だし、気になってちょくちょく見てたよ。文化部なのにリレーのアンカーでぶっちぎり一位だったよな、体育祭でも流血しながらバレーを死に物狂いで……」
なにもそんなところを覚えてなくても!
「なんでも一生懸命なんだなって感心して見てたよ。卒業式の時、もしかしたら、もう一度来てくれるかなって期待してたんだけど?」
「行きませんよ。フられてるんだから」
彼女がいたくせに、調子良い。
ユカは思い切って振り向いた。
「谷先輩、大丈夫です。私が彼女を見つけてあげます、谷先輩は充分格好良いし、優しいし、欠点は私服がダサいとこだけなんだから!」
「だから、何で木原は駄目なの」
「手近で済ませなくても良いって、妥協しなくても良いって言ってんの!」
「俺はお前が良いの!」
両肩を掴まれ強い口調で告白され、ユカは息を呑んだ。
谷の顔が近付く。
「それとも、私服がくそダサい俺なんて駄目なの」
ユカは顔を逸らした。頬が熱い。
「私服がダサいなんてたいしたことじゃ……」
「じゃあ、良いよな」
谷はユカの頭を両手で挟むと、いきなり唇を奪った。
ユカは目を見開く。
身体が硬直して動かない。
嘘でしょ、何で、こんなことに……
身動ぎしたユカを逃がさないように、谷は身体を押しつけ、熱い唇を激しく擦る。
ユカは息苦しくなって谷の胸を押した。
漸く唇が離れ、荒い息を吐きながら、二人は見つめあう。
「木原が好きだ。俺は本気だから」
ユカは胸を打たれた。
真剣な谷の瞳から目が離せない。
「谷は……絶対私なんか好きにならないと思ってた」
「何で、前にフったから?」
ユカは頷いて目を伏せた。
「ハンナともう一度会いたいって言ってたし」
「広瀬さんから木原のことを聞き出したかったんだよ。木原と飲みたくて誘ってるのに、いつも他に誰か呼ぶから。二人っきりで話すことが出来なくて焦ってたんだよ」
ユカはおずおずと顔を上げて谷を窺う。
「本当に私の事が好きなの?」
「好きだよ。真面目で一生懸命なのにそれを見せないようにしてるところも、面倒見が良いところも。やたら姿勢が良いとこも」
「おばあちゃんがお茶の師範で……だから姿勢とか所作は厳しくしつけられたの」
「うん」
谷がユカの首に唇を寄せた。
「だから茶道部に、本当は陸上部に入りたかったんだけど……」
「うん……足速かったもんな」
大きな手が身体の輪郭を辿る。
「冴えない後輩だったでしょ」
「そんなことねえよ、木原は気後れするほど凛としてて格好良かった。昔も今も」
谷は囁き、再び唇を重ねた。
次第に激しさを増していくキスと大きな手の愛撫に、ユカは身を任せた。
「ん、はぁっ」
ユカはベッドの上で喘ぐ。
服と下着をはだけられ、露になった胸に吸い付く谷は、まだネクタイを締めたままだ。
「た、谷、まって」
「ごめん、余裕ねえわ俺」
身体を起こしてネクタイを緩めて抜き取る姿を、ユカはぼおっと見つめた。
シャツを脱ぎ捨て、ベルトを外しながら、谷がユカに視線を戻す。
「どうした?」
「ううん、なんか、谷とこんな風になってることが信じられなくて」
スラックスを放り投げた谷がユカに再びのしかかった。
「本当だから、しっかり見て」
節ばった男の手がユカの胸を下から掴み、押し上げた。
「俺はずっと想像してたよ、木原とこうすること」
そう言って先端にむしゃぶりつく。
「んんっ、ああっ」
ユカは快感を逃すように足を曲げた。スカートが押し上げられ、太股が外気に晒される。
「ああ、俺、加減できないかも……めちゃくちゃ興奮してる」
ユカは太股を撫でる谷の髪をもどかしげに撫でた。
「平気、私もだしっ、」
「ずっと俺だけ好きで居てくれれば良かったのに……勝手にこんなに綺麗になって……っ、男の友達もいっぱいいるし、気が気じゃなかった……!」
谷はユカのショーツに手を入れてかき混ぜる。
「はぁん、や、あ、あっ」
親指で粒を捏ねられ指を差し込まれ、ユカは身体を反らした。
「気持ち良い?ユカ?」
ぐちゅぐちゅと蜜を鳴らしながら谷が訊く。
ユカは声も出せずに頷いた。
手足は麻痺したように感覚が鈍いのに、谷に弄くられているソコだけが熱く敏感になっている。
「……ゴム大丈夫かな、随分前のだ」
今更、そんなこと気にしないでよ。
それでもなんとか装着したらしい谷は、ユカの太股を押し上げた。
「挿れて良い?」
ユカは快感に涙を滲ませながら頷く。
ほどなく、蜜口に丸い切っ先があてがわれ、ミチミチと中を進んできた。
「くっ、ユカ、お前ん中、熱い」
「んんっ、あ、谷……っ、いっぱいなの、もう」
誂えたようにぴったり収まったモノを、勝手にきゅうきゅうと締め付けてしまう。
「もうイっちまってるの?可愛いなユカ」
「だ、だって」
「はあっ、駄目だって、こんなんされたら保たねぇよ……ああっ、すげえ気持ち良いよユカ」
谷は抽送しながら息を吐く。
「ああ、くそっ、無理だ、激しくするぞ、ユカ。掴まって」
谷はユカの腕を首に回させると、腰を大きく引いて強く打ち付けた。
ユカの身体が跳ね、その後激しく揺らされる。
ユカは必死で谷にしがみついた。
「あっ、あ、ああっ!駄目ぇ!」
「ユカっ、はあっ、ユカぁっ」
身体が浮き上がるほど突き上げられ、ユカは快感の中に投げ出される。
そして、頭の中が真っ白になり、浮遊したのち、ぐったりとベッドに沈んでいった。
「もうこんな時間だ」
ベッドサイドテーブルに置いたスマホを手に取り、ユカは呟く。
「帰るなよ、泊まって」
谷がユカの腰に手を回して布団に引きずり込んだ。
「もう……わかったよ」
ユカは肩に乗った谷の頭を撫でる。
スマホに視線を戻し、メッセージが届いていることに気付く。
ハンナだ。
多分、さっき送った箪笥の写真についての返信だ。
ユカはドキドキしながらメッセージを開いた。
“付喪神だと思う。古い道具なんかに宿る精霊みたいなもの。悪い妖気はぜんぜん感じないので気にする必要なし”
ユカは谷に説明する。
「あの箪笥にはね、付喪神ってのが憑いてるらしいよ。良い精霊みたいなんだけどね」
「そうなの?!すげえ、カッケェ!」
「あっさり信じるんだね」
「木原はそんな冗談言わないと思うし。それに、あり得るんじゃねえの?あの箪笥古いし。爺ちゃん大事にしてたもん」
素直だなぁ。
ユカは苦笑いをした。
ユカは推測する。
きっと箪笥の付喪神は、良かれと思って服の順番を入れ替えている。
一番上にあるものを引っ付かんで着るという谷の習性を良く知っている箪笥は、マンネリにならぬよう、季節外れにならぬよう、気をきかせているのだ。
ただ、コーディネートまでは気が回らなかったということだろう。
「明日こそは箪笥の中身をチェックして、服の組み合わせを考えるからね!幾つかコーディネートを考えて画像で記録するから……」
谷はユカにぎゅっとしがみつく。
「必要ないよ、だってこの先デートはユカとしかしないんだから。ユカがその度に考えてくれれば良いよ」
「ええ、でもさぁ……」
「俺専属スタイリストね。永久契約」
「言っちゃったね、言質取ったよ」
「ずっと俺の面倒見て」
ユカは呆れて真横にある谷を見た。
谷は悪戯っぽい笑顔を浮かべてこちらを見上げている。
目尻に皺が寄る、少年のような大好きな笑い顔。
ユカもつられて思わず笑ってしまった。
***
「怪しいと思ってたんだよねぇ、飲み会で谷くんってば、ユカの方ばっか見てたもん。ユカが友達っていうから真に受けたけどさ」
ハンナは口を尖らせた。
「ごめんて」
「しかも、高校の先輩で過去に告白してたとか秘密にしちゃってさ。ユカってば人の事言えないよねぇ」
「だって、恥ずかしいじゃん、今更さぁ」
ハンナはユカを横目で見ながら腕組みをする。
「……で?付喪神はどう?」
「これが凄いの、優秀でさ!」
ユカは身を乗り出した。
谷には良いと言われたが、一応持っている服を把握しようと、箪笥から服を取り出し、粗方組み合わせを考えてまた仕舞った。
すると……
「一段ごとにトップス、パンツとか種類を分けたんだけどさ、それぞれの引出しを開けたら、コーディネートバッチリ揃ってて。どうも、記憶したらしいのよ」
「やりよる」
「良いよねぇ、私も欲しい、付喪神付箪笥」
「長ぁく大切に使えば、道具には精霊が宿ることもあるんだよね、谷くんは意外にキチンとしてるのかも」
「部屋は散らかってたけどね」
昼休みの残り時間が僅かとなり、ユカとハンナは立ち上がり、社食を出る。
並んで歩きながらハンナはポツリと呟いた。
「部屋が汚いとさ、悪いものを引き寄せるから気を付けなよ」
「ええ……止めてよ、脅かすの」
ユカは眉を寄せる。
「ユカが通って掃除したげれば良いじゃん」
「いやよ」
ふと前を見れば、廊下の向こうから満面の笑みを浮かべて手を上げる谷がいた。
「噂をすれば彼氏のお出ましですよ。おーお、嬉しそうに手を振って……また盛大にネクタイ曲がってんなぁ」
「もう!」
ユカは足早に谷に近付くと、ネクタイを掴んで整えた。
見下ろす谷の顔が、分かりやすくデレてるのを見て、ハンナは苦笑いをする。
絶対、策士だよねぇ、谷くんて。
ハンナは顎に指を当てて首をかしげた。
なんたってマーケティング部だし、直接ユカ本人に行くより先にハンナから情報を引き出そうとするところなんて……
もしかしたら、部屋が汚いのも身なりがだらしないのも……
……やっぱり、妖怪より人間の方がよっぽど食えないわ。
ハンナは廊下で一人、ウンウンと頷いた。
【私服のくそダサい谷くん 完】
「木原って面倒見良いよな、俺の為にこんなことしても何の得もないじゃん」
「だって、谷は良い男じゃん、彼女が出来ないなんて勿体無いよ」
ユカはジャケットを取り出して谷に当ててみる。
「あ、これ良いよ。これ似合う、格好良い」
谷を見上げると、なんとも複雑な表情を浮かべていた。
「任せなよ、私が何とかしてあげるから」
ユカは谷の肩を叩いて安心させるように笑うと、再びクローゼットに向かう。
谷の服の好みは悪くはない、組み合わせに無頓着なだけだ。コーディネートのパターンを幾つか考えてやれば何とかなりそうである。
ベッドに服を並べて考えているユカの背中から、谷がポツリと訊いた。
「木原こそ彼氏つくんねぇの、お前こそ良い女じゃん」
「えー、良い女ってマジ?……まあ、欲しいけど」
「じゃあ、俺にすれば」
気付かぬ間に側に来ていた谷に腕を掴まれ、ユカは驚いて顔を向けた。
いつもの人懐こい笑顔を引っ込めた、真剣な表情の谷がじっとユカを見つめている。
ユカはたじろいだ。
「え、何言ってんの、そんなに飲んでたっけ?」
「全然」
ユカは後悔する。
いくら好青年とは言え、谷とて健康な二十代の男性だ。しかも、長く彼女がいない。
軽々しく部屋に上がるべきじゃなかった。
寂しさを紛らすために、一時の感情に任せて谷とそういった男女の関係になるなんて、絶対嫌だ。
そんなことになったら、もう友達ではいられない。
過去の思い出さえ穢してしまいそうだ。
「友達でいいじゃん」
ユカは俯き、そっけなく告げた。
「俺は嫌だ、木原の彼氏になりたい」
「ひょえっ?」
ユカは思わず口を覆う。
やべ、ハンナみたいな声出しちゃった。
だってあまりにストレート。
「俺のこと好きだって言ったじゃんか」
「はあ?!いつよ!」
「高校の時……」
ユカは谷の手を振り切って、飛び退いた。
「な、な、なっ」
嘘でしょ、覚えてたの、まさか、そんな。
ユカは顔に急速に熱が集まるのを感じる。
「校舎裏に呼び出されて」
「いやぁーっ!止めて止めてぇ!」
ユカは頭を両手で挟み、叫んだ。
「木原、茶道部だったよな」
「知らない知らない、帰る!」
ユカは寝室の扉に走る。
信じられない、いつから気付いていたんだろう、
恥ずかしすぎる、フられたくせに偉そうにお姉さんぶって、アドバイスとかして……
しかし、ドアノブを握って引く前に、谷に阻まれた。
ユカを囲むように背後から腕を伸ばし、扉を押さえている。
「帰らないで」
背中に汗が滲む。鼓動が激しい。
「木原は忘れて欲しいと思ってんの、木原にとってあれは汚点なの、それとも気の迷いだった?」
「そんなことは……ないです」
「昔の事だし、もう恋愛対象に見れないってこと?俺の事嫌い?」
「き、嫌いじゃないです、でないと仲良くなんかしません」
「何で急に敬語」
「先輩ですから」
ブッ、と谷が吹き出した。
「ハハハッ、なに今更。木原って真面目だよな、変わってねぇんだな」
ユカは縮こまった。
「私の事覚えてたんですね」
「そりゃあ、告白してくれた子だし、気になってちょくちょく見てたよ。文化部なのにリレーのアンカーでぶっちぎり一位だったよな、体育祭でも流血しながらバレーを死に物狂いで……」
なにもそんなところを覚えてなくても!
「なんでも一生懸命なんだなって感心して見てたよ。卒業式の時、もしかしたら、もう一度来てくれるかなって期待してたんだけど?」
「行きませんよ。フられてるんだから」
彼女がいたくせに、調子良い。
ユカは思い切って振り向いた。
「谷先輩、大丈夫です。私が彼女を見つけてあげます、谷先輩は充分格好良いし、優しいし、欠点は私服がダサいとこだけなんだから!」
「だから、何で木原は駄目なの」
「手近で済ませなくても良いって、妥協しなくても良いって言ってんの!」
「俺はお前が良いの!」
両肩を掴まれ強い口調で告白され、ユカは息を呑んだ。
谷の顔が近付く。
「それとも、私服がくそダサい俺なんて駄目なの」
ユカは顔を逸らした。頬が熱い。
「私服がダサいなんてたいしたことじゃ……」
「じゃあ、良いよな」
谷はユカの頭を両手で挟むと、いきなり唇を奪った。
ユカは目を見開く。
身体が硬直して動かない。
嘘でしょ、何で、こんなことに……
身動ぎしたユカを逃がさないように、谷は身体を押しつけ、熱い唇を激しく擦る。
ユカは息苦しくなって谷の胸を押した。
漸く唇が離れ、荒い息を吐きながら、二人は見つめあう。
「木原が好きだ。俺は本気だから」
ユカは胸を打たれた。
真剣な谷の瞳から目が離せない。
「谷は……絶対私なんか好きにならないと思ってた」
「何で、前にフったから?」
ユカは頷いて目を伏せた。
「ハンナともう一度会いたいって言ってたし」
「広瀬さんから木原のことを聞き出したかったんだよ。木原と飲みたくて誘ってるのに、いつも他に誰か呼ぶから。二人っきりで話すことが出来なくて焦ってたんだよ」
ユカはおずおずと顔を上げて谷を窺う。
「本当に私の事が好きなの?」
「好きだよ。真面目で一生懸命なのにそれを見せないようにしてるところも、面倒見が良いところも。やたら姿勢が良いとこも」
「おばあちゃんがお茶の師範で……だから姿勢とか所作は厳しくしつけられたの」
「うん」
谷がユカの首に唇を寄せた。
「だから茶道部に、本当は陸上部に入りたかったんだけど……」
「うん……足速かったもんな」
大きな手が身体の輪郭を辿る。
「冴えない後輩だったでしょ」
「そんなことねえよ、木原は気後れするほど凛としてて格好良かった。昔も今も」
谷は囁き、再び唇を重ねた。
次第に激しさを増していくキスと大きな手の愛撫に、ユカは身を任せた。
「ん、はぁっ」
ユカはベッドの上で喘ぐ。
服と下着をはだけられ、露になった胸に吸い付く谷は、まだネクタイを締めたままだ。
「た、谷、まって」
「ごめん、余裕ねえわ俺」
身体を起こしてネクタイを緩めて抜き取る姿を、ユカはぼおっと見つめた。
シャツを脱ぎ捨て、ベルトを外しながら、谷がユカに視線を戻す。
「どうした?」
「ううん、なんか、谷とこんな風になってることが信じられなくて」
スラックスを放り投げた谷がユカに再びのしかかった。
「本当だから、しっかり見て」
節ばった男の手がユカの胸を下から掴み、押し上げた。
「俺はずっと想像してたよ、木原とこうすること」
そう言って先端にむしゃぶりつく。
「んんっ、ああっ」
ユカは快感を逃すように足を曲げた。スカートが押し上げられ、太股が外気に晒される。
「ああ、俺、加減できないかも……めちゃくちゃ興奮してる」
ユカは太股を撫でる谷の髪をもどかしげに撫でた。
「平気、私もだしっ、」
「ずっと俺だけ好きで居てくれれば良かったのに……勝手にこんなに綺麗になって……っ、男の友達もいっぱいいるし、気が気じゃなかった……!」
谷はユカのショーツに手を入れてかき混ぜる。
「はぁん、や、あ、あっ」
親指で粒を捏ねられ指を差し込まれ、ユカは身体を反らした。
「気持ち良い?ユカ?」
ぐちゅぐちゅと蜜を鳴らしながら谷が訊く。
ユカは声も出せずに頷いた。
手足は麻痺したように感覚が鈍いのに、谷に弄くられているソコだけが熱く敏感になっている。
「……ゴム大丈夫かな、随分前のだ」
今更、そんなこと気にしないでよ。
それでもなんとか装着したらしい谷は、ユカの太股を押し上げた。
「挿れて良い?」
ユカは快感に涙を滲ませながら頷く。
ほどなく、蜜口に丸い切っ先があてがわれ、ミチミチと中を進んできた。
「くっ、ユカ、お前ん中、熱い」
「んんっ、あ、谷……っ、いっぱいなの、もう」
誂えたようにぴったり収まったモノを、勝手にきゅうきゅうと締め付けてしまう。
「もうイっちまってるの?可愛いなユカ」
「だ、だって」
「はあっ、駄目だって、こんなんされたら保たねぇよ……ああっ、すげえ気持ち良いよユカ」
谷は抽送しながら息を吐く。
「ああ、くそっ、無理だ、激しくするぞ、ユカ。掴まって」
谷はユカの腕を首に回させると、腰を大きく引いて強く打ち付けた。
ユカの身体が跳ね、その後激しく揺らされる。
ユカは必死で谷にしがみついた。
「あっ、あ、ああっ!駄目ぇ!」
「ユカっ、はあっ、ユカぁっ」
身体が浮き上がるほど突き上げられ、ユカは快感の中に投げ出される。
そして、頭の中が真っ白になり、浮遊したのち、ぐったりとベッドに沈んでいった。
「もうこんな時間だ」
ベッドサイドテーブルに置いたスマホを手に取り、ユカは呟く。
「帰るなよ、泊まって」
谷がユカの腰に手を回して布団に引きずり込んだ。
「もう……わかったよ」
ユカは肩に乗った谷の頭を撫でる。
スマホに視線を戻し、メッセージが届いていることに気付く。
ハンナだ。
多分、さっき送った箪笥の写真についての返信だ。
ユカはドキドキしながらメッセージを開いた。
“付喪神だと思う。古い道具なんかに宿る精霊みたいなもの。悪い妖気はぜんぜん感じないので気にする必要なし”
ユカは谷に説明する。
「あの箪笥にはね、付喪神ってのが憑いてるらしいよ。良い精霊みたいなんだけどね」
「そうなの?!すげえ、カッケェ!」
「あっさり信じるんだね」
「木原はそんな冗談言わないと思うし。それに、あり得るんじゃねえの?あの箪笥古いし。爺ちゃん大事にしてたもん」
素直だなぁ。
ユカは苦笑いをした。
ユカは推測する。
きっと箪笥の付喪神は、良かれと思って服の順番を入れ替えている。
一番上にあるものを引っ付かんで着るという谷の習性を良く知っている箪笥は、マンネリにならぬよう、季節外れにならぬよう、気をきかせているのだ。
ただ、コーディネートまでは気が回らなかったということだろう。
「明日こそは箪笥の中身をチェックして、服の組み合わせを考えるからね!幾つかコーディネートを考えて画像で記録するから……」
谷はユカにぎゅっとしがみつく。
「必要ないよ、だってこの先デートはユカとしかしないんだから。ユカがその度に考えてくれれば良いよ」
「ええ、でもさぁ……」
「俺専属スタイリストね。永久契約」
「言っちゃったね、言質取ったよ」
「ずっと俺の面倒見て」
ユカは呆れて真横にある谷を見た。
谷は悪戯っぽい笑顔を浮かべてこちらを見上げている。
目尻に皺が寄る、少年のような大好きな笑い顔。
ユカもつられて思わず笑ってしまった。
***
「怪しいと思ってたんだよねぇ、飲み会で谷くんってば、ユカの方ばっか見てたもん。ユカが友達っていうから真に受けたけどさ」
ハンナは口を尖らせた。
「ごめんて」
「しかも、高校の先輩で過去に告白してたとか秘密にしちゃってさ。ユカってば人の事言えないよねぇ」
「だって、恥ずかしいじゃん、今更さぁ」
ハンナはユカを横目で見ながら腕組みをする。
「……で?付喪神はどう?」
「これが凄いの、優秀でさ!」
ユカは身を乗り出した。
谷には良いと言われたが、一応持っている服を把握しようと、箪笥から服を取り出し、粗方組み合わせを考えてまた仕舞った。
すると……
「一段ごとにトップス、パンツとか種類を分けたんだけどさ、それぞれの引出しを開けたら、コーディネートバッチリ揃ってて。どうも、記憶したらしいのよ」
「やりよる」
「良いよねぇ、私も欲しい、付喪神付箪笥」
「長ぁく大切に使えば、道具には精霊が宿ることもあるんだよね、谷くんは意外にキチンとしてるのかも」
「部屋は散らかってたけどね」
昼休みの残り時間が僅かとなり、ユカとハンナは立ち上がり、社食を出る。
並んで歩きながらハンナはポツリと呟いた。
「部屋が汚いとさ、悪いものを引き寄せるから気を付けなよ」
「ええ……止めてよ、脅かすの」
ユカは眉を寄せる。
「ユカが通って掃除したげれば良いじゃん」
「いやよ」
ふと前を見れば、廊下の向こうから満面の笑みを浮かべて手を上げる谷がいた。
「噂をすれば彼氏のお出ましですよ。おーお、嬉しそうに手を振って……また盛大にネクタイ曲がってんなぁ」
「もう!」
ユカは足早に谷に近付くと、ネクタイを掴んで整えた。
見下ろす谷の顔が、分かりやすくデレてるのを見て、ハンナは苦笑いをする。
絶対、策士だよねぇ、谷くんて。
ハンナは顎に指を当てて首をかしげた。
なんたってマーケティング部だし、直接ユカ本人に行くより先にハンナから情報を引き出そうとするところなんて……
もしかしたら、部屋が汚いのも身なりがだらしないのも……
……やっぱり、妖怪より人間の方がよっぽど食えないわ。
ハンナは廊下で一人、ウンウンと頷いた。
【私服のくそダサい谷くん 完】
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箪笥の精霊さんもしかしたら態と良縁を結ぶ為にコーディネートしたのかも?
(*´艸`*)…ソレトモタニサクシ?
だとしたら本当に……やりおる( ≖ᴗ≖)
付喪神はユカちゃんを気に入っていると思います~密かに『姐さん』って呼んでそう。
面白かった((´∀`*))ヶラヶラ
ゼツダンの不健康で青白い顔でニャリ顔が目に浮かぶ。
ゼツダンが、ゼツダンになってしまったのかも。
なんだか知りたくなってきたな…と思いつつ〜完結お疲れ様です㊗️✨
りんさん、ありがとうございます~😊
ゼツダンがモンスターになった理由?
知りたいかい?
(作者まったくノープランという説もあり)
谷くんとユカの話も良き良き💕
ユカが可愛くて谷くんが優しい
何気に箪笥に付いてる付喪神が有能で気になってます( *´艸`)
最後までおつき合いいただき
ありがとうございました!!
そう、付喪神付き箪笥に欲しいの声多数いただきまして~
私もほしーい!!
冷蔵庫バージョンとか~