おむすび娘と縁切り侍

すなぎ もりこ

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不可解なキス

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目を覚ました男は人が変わったように大人しくなっていた。
項垂れつつも、しきりに首をかしげているのが少々気になったが、駆けつけた警察官に素直に従い、店を出ていった。

それを見送り、漸く広瀬はモカの隣の席に戻ってきた。
立ったまま残っていたビールを飲み干すと、モカにハサミを差し出す。

「これありがとう。注目を浴びて居心地悪いだろうから出ようか」


店を出て、スタスタと歩道を歩いていく広瀬の背中を追う。

「広瀬さん待って、お勘定、私の分」

広瀬は振り向いた。

「俺が強引に誘ったんだから良いよ。俺のせいでゆっくりも出来なかったし」
「そんな、広瀬さん、凄いです。あんな場面に遭遇したら大抵の人は何も出来ないのに、私だって…」
「俺はたまたま合気道の心得があって、なんとかなると判断したから試してみただけだ。あ、俺こっちだから、あんたは大通りでタクシーでも拾いなよ」

何故だか段々とぞんざいになる口調と扱いを不思議に思いながらも、モカは広瀬に追い付き、その腕を掴んだ。

「さっきのあれ、何ですか?」

広瀬が立ち止まる。
モカは前に回り込み、その顔を窺う。

「私のハサミ、何に使ったんですか?」
「…何も。あの、あまり近くに寄らないでくれる?」

顔を逸らす広瀬に、モカは憮然とした。
何なんだ?その態度は。
意味がわからない。

「貸した者としては知る権利があると思うんですけど!」

モカは更に近付いて、顔を見上げた。
街灯が疎らな小路は薄暗く、広瀬の表情がわからない。

「わかったから、ちょっと離れて」
「は?何で…」

問いかけた言葉は途絶えた。
モカは突然に広瀬から抱擁されていた。

「忠告はしたからな」

耳元で低く囁かれ、モカは震え上がった。

「無防備だよな、あんた。初めて会った男にのこのこついてきて、暗い道に誘導されて」
「ちょっ、止めてよ」

モカはもがくが、腕の力は緩まない。

「予想外だった。まさかあんなところであんな場面に遭遇するなんて。それでなければ、ちょっと飲んで直ぐに家に帰すつもりだったのに」
「あのぉ、何を言ってるのかなあ?!とにかく離して!」
「これは無理だな…恨まないでくれ」

顔の両側に掌を当てて固定され、抗議の声を上げる間もなく唇が塞がれた。
激しく擦り合わされ、唇の隙間に舌が捩じ込まれる。
アルコールの香りが鼻に抜けた。
モカは激しく混乱した。
抵抗しようと試みるが、やたらと官能的なキスに力が奪われ、手足が満足に動かせない。

「ん、はあっ、や、」
「ああ、あんた、良いな……不味い」

良いのか不味いのかどっちなんだろう……
な、ことより!

「いっ、いきなり何なんですか?!初対面でこんな…っ、ちょっ、んぐっ」

再び唇を合わされ、舌を絡め取られた。
唾液を塗りつけられ、ずずっと啜られる。

ちょっと変態的ですらあるしつこいキスに、次第に頭がぼうとしてきた。
荒い息が絡まり、不埒な本能が呼び覚まされていく。
ついに膝から力が抜け、ずり落ちようとする身体を、広瀬が抱き止めた。

「悪い、やり過ぎた……くそっ!」

頭の上から落ちてくる悪態を聞きながら、モカはぼんやりと思う。
ああ、この行為は広瀬の本意では無かったのだ。
本来なら、モカを相手にするつもりなど無かったのだ。

そりゃ、そうだよね。
私は根っからの脇役。

側にいる人間を主役に引き立てる最強のモブ人間なんだから。

広瀬はぐったりするモカの身体を抱え込み、大通りに移動して捕まえたタクシーに押し込んだ。

モカは窓の外に遠ざかるイケメンをぼんやりと見送った。


タクシーを降りて運転手に礼を言うと、縁石を跨いで自宅の前に立った。
目前のシャッターに刻まれた文字を読む。

『おむすび専門店 ボム』

三年前に自宅を改装して両親が始めたお店だ。
高校や大学の通学路に近いためか、売れ行きはまずまずで評判も良い。
休みの日はモカも手伝う事がある。
おむすびを握るのは楽しいので、むしろ進んで厨房に立つ。

……考えてみれば、それも『結び』

そう、何故かモカの周りでは人の縁が結ばれる。
モカそっちのけで。
縁結びの神と言えば聞こえは良いが、モカはただの人間だ。
神様のように慈愛に満ちた人格は持ち合わせてはいない。
モカの周りに人が集まり、其々が繋がっていく様子を目の当たりにする度、モカの孤独は増していく。

しかし、今夜は…
いつも傍観者にしかなりえないモカにしては珍しくもスリリングな時間を過ごした。
いまいちロマンチックではなかったけれど。
……まあ、彼には二度と会うことはないだろう。名前以外は何もしらないのだから。
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