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逃亡
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モカは一心不乱におむすびを握っていた。
「おい、モカ、あんまり力を入れるなよ、こう、ふわっと、米粒を押し潰さないようにだなぁ…」
「わかってるよ!」
父にムスッと言い返す。
父と母は顔を見合わせ、母がそっと訊ねる。
「何かあったの?巫女のバイトを辞めてからおかしいわよ。…だいたい何で辞めちゃったの?あんなに楽しそうだったのに」
「何もないしっ、仕事との掛け持ちがしんどくなっただけだしっ!」
母はため息をつくと、モカの手からおむすびを取り上げた。
「ここは良いわ。そんなやけくそで握ったおむすびは店頭に出せない。食べる人のことを想って心を込めて握ってもらわないと」
モカは唇を噛んで俯いた。
「ノアにお弁当詰めてやってよ。練習試合あるんだって」
モカはとぼとぼと自宅へ向かった。
台所に立って、トレイに入れて冷ましてあったおかずを弟のお弁当箱に詰める。
「ねぇちゃん、スポドリもジョグに入れといて」
眠そうに目を擦りながら、弟がリビングに現れた。
「氷入れんの?」
「うん。少なめで良いや」
モカは水色のジョグの蓋を開けて、さっと水洗いし、冷凍庫を開けて、その中に氷を放り込んでいく。
「なあ、ねぇちゃん、あのイケメン神主と別れちゃったのかよ」
「…付き合ってないし」
「チュウしてたくせに付き合ってないのかよ、フシダラシな女だな!」
「それを言うならフシダラだろ。ちゃんと学習しろ中坊が!」
それにしても、弟に見られていたとは…
モカは赤くなった頬を見られないように背を向けた。
「神社も辞めちゃったんだろ。初詣に行こうと思ってたのに。高校受験の合格祈願を申し込もうって、父ちゃんと母ちゃんと言ってたのにさ」
「…元々短期の予定だったんだよ」
宮司さんが戻ってくれば、蒼士と浅緋が田出呂神社を手伝う必要はなくなる。
それと同時にモカも辞めるつもりだったのだ。
ほんの少し早まっただけだ。
あの日、突然辞めると我が儘を言ったにも関わらず、権禰宜さんも奥様も理由を問うことは一切しなかった。
ただ優しく、今までありがとう、助かった、と声をかけてくれた。
花枝ちゃんは戸惑いながらも寂しがった。
モカが後のことは任せた、と肩を叩けば、花枝ちゃんは任せとけ、と言ってモカを抱き締めてくれた。
花枝ちゃんは懐が深くて優しい。
きっとガキっぽい蒼士のことも包み込んで掌で転がしてくれる筈だ。
そう、せいぜい転がっとけ。
浅緋と蒼士は物言いたげにモカを見ながらも、ただ、じっと立っていた。
帰りは花枝ちゃんが送ってくれることになり、モカは蒼士と二人きりにならずに済んだことにホッとした。
会釈をして助手席に乗り込むと奥様がそっと近付いてきた。
「主人が是非ともモカちゃんに会いたいって言ってるの。退院したら会ってやってくれる?」
「え?あ、はい」
「大丈夫、あの子達がいない時にこっそり来て貰うから」
奥様が小声で囁く。
「ごめんねモカちゃん、私がもっとしっかり監督するべきだったわ。本当男の子って見かけより幼いんだから…」
奥様は頬に手を当ててため息をついた。
田出呂神社に通ったのは4ヶ月余りでしかも週末だけだったが、かなり濃密な時間を過ごしたと思う。
しかし、こうして離れてしまえば遠い昔の事のようで、全部夢だったような気さえする。
宮司さんは帰ってきたのだろうか。
そろそろ奥様からお呼びがかかる頃かもしれない。
モカは田出呂神社に想いを馳せる。
苺山の中腹、緑の中に突如現れる紅い鳥居、白い砂利の中央に真っ直ぐ通る御影石の参道、連なる緑青の銅板葺きの屋根…
あの場所に足を踏み入れたなら、あの空気に包まれたなら、瞬く間に思い出と共に切ない感情が込み上げそうで少し怖い。
そして、予想通り、数日後に奥様から連絡が来た。
週末に来て欲しいと言う。
既に浅緋は自宅に戻り、蒼士共々神主のバイトにはもう来ていないらしい。
モカは金曜の夜に訪問する約束をし、通話を切った。
「おい、モカ、あんまり力を入れるなよ、こう、ふわっと、米粒を押し潰さないようにだなぁ…」
「わかってるよ!」
父にムスッと言い返す。
父と母は顔を見合わせ、母がそっと訊ねる。
「何かあったの?巫女のバイトを辞めてからおかしいわよ。…だいたい何で辞めちゃったの?あんなに楽しそうだったのに」
「何もないしっ、仕事との掛け持ちがしんどくなっただけだしっ!」
母はため息をつくと、モカの手からおむすびを取り上げた。
「ここは良いわ。そんなやけくそで握ったおむすびは店頭に出せない。食べる人のことを想って心を込めて握ってもらわないと」
モカは唇を噛んで俯いた。
「ノアにお弁当詰めてやってよ。練習試合あるんだって」
モカはとぼとぼと自宅へ向かった。
台所に立って、トレイに入れて冷ましてあったおかずを弟のお弁当箱に詰める。
「ねぇちゃん、スポドリもジョグに入れといて」
眠そうに目を擦りながら、弟がリビングに現れた。
「氷入れんの?」
「うん。少なめで良いや」
モカは水色のジョグの蓋を開けて、さっと水洗いし、冷凍庫を開けて、その中に氷を放り込んでいく。
「なあ、ねぇちゃん、あのイケメン神主と別れちゃったのかよ」
「…付き合ってないし」
「チュウしてたくせに付き合ってないのかよ、フシダラシな女だな!」
「それを言うならフシダラだろ。ちゃんと学習しろ中坊が!」
それにしても、弟に見られていたとは…
モカは赤くなった頬を見られないように背を向けた。
「神社も辞めちゃったんだろ。初詣に行こうと思ってたのに。高校受験の合格祈願を申し込もうって、父ちゃんと母ちゃんと言ってたのにさ」
「…元々短期の予定だったんだよ」
宮司さんが戻ってくれば、蒼士と浅緋が田出呂神社を手伝う必要はなくなる。
それと同時にモカも辞めるつもりだったのだ。
ほんの少し早まっただけだ。
あの日、突然辞めると我が儘を言ったにも関わらず、権禰宜さんも奥様も理由を問うことは一切しなかった。
ただ優しく、今までありがとう、助かった、と声をかけてくれた。
花枝ちゃんは戸惑いながらも寂しがった。
モカが後のことは任せた、と肩を叩けば、花枝ちゃんは任せとけ、と言ってモカを抱き締めてくれた。
花枝ちゃんは懐が深くて優しい。
きっとガキっぽい蒼士のことも包み込んで掌で転がしてくれる筈だ。
そう、せいぜい転がっとけ。
浅緋と蒼士は物言いたげにモカを見ながらも、ただ、じっと立っていた。
帰りは花枝ちゃんが送ってくれることになり、モカは蒼士と二人きりにならずに済んだことにホッとした。
会釈をして助手席に乗り込むと奥様がそっと近付いてきた。
「主人が是非ともモカちゃんに会いたいって言ってるの。退院したら会ってやってくれる?」
「え?あ、はい」
「大丈夫、あの子達がいない時にこっそり来て貰うから」
奥様が小声で囁く。
「ごめんねモカちゃん、私がもっとしっかり監督するべきだったわ。本当男の子って見かけより幼いんだから…」
奥様は頬に手を当ててため息をついた。
田出呂神社に通ったのは4ヶ月余りでしかも週末だけだったが、かなり濃密な時間を過ごしたと思う。
しかし、こうして離れてしまえば遠い昔の事のようで、全部夢だったような気さえする。
宮司さんは帰ってきたのだろうか。
そろそろ奥様からお呼びがかかる頃かもしれない。
モカは田出呂神社に想いを馳せる。
苺山の中腹、緑の中に突如現れる紅い鳥居、白い砂利の中央に真っ直ぐ通る御影石の参道、連なる緑青の銅板葺きの屋根…
あの場所に足を踏み入れたなら、あの空気に包まれたなら、瞬く間に思い出と共に切ない感情が込み上げそうで少し怖い。
そして、予想通り、数日後に奥様から連絡が来た。
週末に来て欲しいと言う。
既に浅緋は自宅に戻り、蒼士共々神主のバイトにはもう来ていないらしい。
モカは金曜の夜に訪問する約束をし、通話を切った。
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