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番外編②ロイヤル編☆王妃よ、花がほころぶように笑え
尋問
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ランプの灯りが心許なくチラチラと影を落とす。その薄暗い夫妻の寝室で、カトリーヌとロアンは向き合っていた。
とはいえ彼女はこちらを見てはいない。扉を背に立ち、いつも通り背筋を伸ばすも顔は俯いている。ティアラが外された小さな頭をこちらに向け、一言も発さず身動ぎもしない。
一方ロアンはカーテンの引かれた窓の前に仁王立ちし、たった今王妃を放棄した女を冷然と見下ろしていた。
「よくもやってくれたな、カトリーヌ」
作らない素の声は、自分でも驚くほど冷たく響いた。
カトリーヌは益々頭を下げる。
「申し訳ございません」
変わらない一本調子の声が答える。
その冷静さが忌々しい。
ロアンは足を踏み出した。
「私を欺き利用した上に公衆の面前で恥をかかせるとは」
「申し訳ございません」
「言い訳も命乞いもせぬか」
「元よりどのような処罰も覚悟の上でございます」
「真にお前という女は可愛くない」
カトリーヌは床に座り、上半身を前に傾ける。
足先にあるその後頭部を無表情に見下ろした。
「不出来な王妃で申し訳ございませんでした」
「謝罪はもう良い」
「では……」
その直後、床に向けられた彼女の口から、決壊したように言葉が流れ出た。
「感謝を述べさせて下さいっ……王妃に選び、お傍にいることを許し、微笑み、手を取り、背中を擦り、抱きしめっ……いづぐっ慈しんでくださり、ありがとうございばすっ、ば、ばだしのような罪多き者にかけていただいた数々のご温情、げじで忘れませんっ!ぐごっ」
ぐごっ?
高速で語られる声に面食らいつつも耳を澄ます。明らかにいつもとは違うカトリーヌ。その僅かな欠片も取りこぼさぬよう、神経を集中した。
「おがっお菓子を半分こしてくれて、嫌いなグミ肉を代わりにそっと食べてくれて、お花を髪に飾ってくれて……ずびっ……頭を撫でてくれて……ずばっ」
「カトリーヌ」
膝を付き、小刻みに震える背中にそっと手を置く。
「私はっ、顔に出ぬたちでっ……さぞ扱いにお困りになったことと思いますっ……ズズッ……陛下を前にすると……どうにも上手く笑えもせず、他所ではちゃんと出来るのにっ……でも、でも、陛下にして頂いた全部がとても嬉しく、あ、余すことなく覚えておりずろますっビッ」
「語尾がおかしいぞ、そんなに泣かずとも良い」
「ないでおじまぜんビッ」
「もはや何を言っているかわからぬではないか」
ロアンは苦笑いするとカトリーヌの頭を撫でた。掌から伝わる覚えのある感触がまるで霧雨のように、胸に燻っていた火を消し去っていく。
「そんなに私の事を慕っているというのに、お前はここを去るのか」
「わだじは罪人にございまずび。もうへいがのおぞばにはおだでまぜん……ジュル」
「ふむ」
頼りなげに揺れる項を見ながら、思案するフリをする。
与える罰など決まっている。
彼女の企みに気付いた時から。
「お前は人を騙すことは出来るのに、無欲なのだな」
「ぞんなごとはあじまぜん。わたじは欲深い女でず」
「それでは聞こう。目的を果たした今、お前の望みは何だ?」
「……罪を償うことでず……」
「つまらぬ答えだな」
「可愛くも面白くもなくてずびばぜん……ジュグッ」
「取り敢えず顔を拭え」
立ち上がり、ベッドサイドテーブルの上に置かれた手縫いを取ると、床に額をつけるカトリーヌに差し出した。彼女はそっと手を伸ばしそれを受け取ると、顔に当てる。
「そういえば、我らが夫婦となって今年の春で五年経つ」
「……」
「未だ子が授からぬな」
「……」
「父へ制裁を下すまでの期限を五年と定めていたのか?その間に子が出来れば面倒だものなぁ。王宮から去ることが難しくなる」
カトリーヌは顔に布を当てたまま蹲っている。その全身から緊張が伝わってきた。
「妊娠を促す薬だとお前は言っていたが、嘘だろう。ずっと避妊薬を飲み続けていたのだな」
「穢れた血を聖なる血筋に混ぜる訳には参りませんので」
「納得いかんな。背任行為であるのは明白だ」
「如何なるお咎めもお受け致します」
「良くぞ申した」
ロアンはカトリーヌの腕を掴み、床から引き上げた。俯こうと下がる頬を掌で挟み、強引に上を向かせる。
そして、まじまじと彼女の顔を観察した。
いつも丁寧に整えられていた髪は乱れ、濡れて色濃く変わった幾筋のブロンドが顔に貼り付いている。そこから覗くエメラルドの瞳は充血し、未だ雫が零れ落ちそうなほど潤んでいた。ツンと上がった鼻は赤く染まり、いつも引き結んでいた唇は小刻みに震えている。
「酷い顔だな」
「お、お目汚ししてしまい申し訳……」
「だが、こっちの方が良いな」
彼女は激しく瞬いた。ロアンは口の端を上げると、熱を持った鼻先に口付けを落とす。そして、硬直する愛らしい女に囁いた。
「お前に罰を与えよう。この王宮から一生出ることが叶わぬという罰だ」
カトリーヌは目を見開き、ロアンを見る。
「お前の望まぬものをくれてやろう。そして、私の傍から離れるなどという気を二度と起こさぬよう、身体に教えこもうではないか」
「えっ、あの、陛下」
激しく戸惑うカトリーヌ。その初めて見せる表情に、笑いが込み上げる。
そしてロアンは、凄みのある笑顔を作り、有無を言わせぬ声色で命じたのだ。
「ドレスを脱ぎ、ベッドに乗れ、カトリーヌ」
とはいえ彼女はこちらを見てはいない。扉を背に立ち、いつも通り背筋を伸ばすも顔は俯いている。ティアラが外された小さな頭をこちらに向け、一言も発さず身動ぎもしない。
一方ロアンはカーテンの引かれた窓の前に仁王立ちし、たった今王妃を放棄した女を冷然と見下ろしていた。
「よくもやってくれたな、カトリーヌ」
作らない素の声は、自分でも驚くほど冷たく響いた。
カトリーヌは益々頭を下げる。
「申し訳ございません」
変わらない一本調子の声が答える。
その冷静さが忌々しい。
ロアンは足を踏み出した。
「私を欺き利用した上に公衆の面前で恥をかかせるとは」
「申し訳ございません」
「言い訳も命乞いもせぬか」
「元よりどのような処罰も覚悟の上でございます」
「真にお前という女は可愛くない」
カトリーヌは床に座り、上半身を前に傾ける。
足先にあるその後頭部を無表情に見下ろした。
「不出来な王妃で申し訳ございませんでした」
「謝罪はもう良い」
「では……」
その直後、床に向けられた彼女の口から、決壊したように言葉が流れ出た。
「感謝を述べさせて下さいっ……王妃に選び、お傍にいることを許し、微笑み、手を取り、背中を擦り、抱きしめっ……いづぐっ慈しんでくださり、ありがとうございばすっ、ば、ばだしのような罪多き者にかけていただいた数々のご温情、げじで忘れませんっ!ぐごっ」
ぐごっ?
高速で語られる声に面食らいつつも耳を澄ます。明らかにいつもとは違うカトリーヌ。その僅かな欠片も取りこぼさぬよう、神経を集中した。
「おがっお菓子を半分こしてくれて、嫌いなグミ肉を代わりにそっと食べてくれて、お花を髪に飾ってくれて……ずびっ……頭を撫でてくれて……ずばっ」
「カトリーヌ」
膝を付き、小刻みに震える背中にそっと手を置く。
「私はっ、顔に出ぬたちでっ……さぞ扱いにお困りになったことと思いますっ……ズズッ……陛下を前にすると……どうにも上手く笑えもせず、他所ではちゃんと出来るのにっ……でも、でも、陛下にして頂いた全部がとても嬉しく、あ、余すことなく覚えておりずろますっビッ」
「語尾がおかしいぞ、そんなに泣かずとも良い」
「ないでおじまぜんビッ」
「もはや何を言っているかわからぬではないか」
ロアンは苦笑いするとカトリーヌの頭を撫でた。掌から伝わる覚えのある感触がまるで霧雨のように、胸に燻っていた火を消し去っていく。
「そんなに私の事を慕っているというのに、お前はここを去るのか」
「わだじは罪人にございまずび。もうへいがのおぞばにはおだでまぜん……ジュル」
「ふむ」
頼りなげに揺れる項を見ながら、思案するフリをする。
与える罰など決まっている。
彼女の企みに気付いた時から。
「お前は人を騙すことは出来るのに、無欲なのだな」
「ぞんなごとはあじまぜん。わたじは欲深い女でず」
「それでは聞こう。目的を果たした今、お前の望みは何だ?」
「……罪を償うことでず……」
「つまらぬ答えだな」
「可愛くも面白くもなくてずびばぜん……ジュグッ」
「取り敢えず顔を拭え」
立ち上がり、ベッドサイドテーブルの上に置かれた手縫いを取ると、床に額をつけるカトリーヌに差し出した。彼女はそっと手を伸ばしそれを受け取ると、顔に当てる。
「そういえば、我らが夫婦となって今年の春で五年経つ」
「……」
「未だ子が授からぬな」
「……」
「父へ制裁を下すまでの期限を五年と定めていたのか?その間に子が出来れば面倒だものなぁ。王宮から去ることが難しくなる」
カトリーヌは顔に布を当てたまま蹲っている。その全身から緊張が伝わってきた。
「妊娠を促す薬だとお前は言っていたが、嘘だろう。ずっと避妊薬を飲み続けていたのだな」
「穢れた血を聖なる血筋に混ぜる訳には参りませんので」
「納得いかんな。背任行為であるのは明白だ」
「如何なるお咎めもお受け致します」
「良くぞ申した」
ロアンはカトリーヌの腕を掴み、床から引き上げた。俯こうと下がる頬を掌で挟み、強引に上を向かせる。
そして、まじまじと彼女の顔を観察した。
いつも丁寧に整えられていた髪は乱れ、濡れて色濃く変わった幾筋のブロンドが顔に貼り付いている。そこから覗くエメラルドの瞳は充血し、未だ雫が零れ落ちそうなほど潤んでいた。ツンと上がった鼻は赤く染まり、いつも引き結んでいた唇は小刻みに震えている。
「酷い顔だな」
「お、お目汚ししてしまい申し訳……」
「だが、こっちの方が良いな」
彼女は激しく瞬いた。ロアンは口の端を上げると、熱を持った鼻先に口付けを落とす。そして、硬直する愛らしい女に囁いた。
「お前に罰を与えよう。この王宮から一生出ることが叶わぬという罰だ」
カトリーヌは目を見開き、ロアンを見る。
「お前の望まぬものをくれてやろう。そして、私の傍から離れるなどという気を二度と起こさぬよう、身体に教えこもうではないか」
「えっ、あの、陛下」
激しく戸惑うカトリーヌ。その初めて見せる表情に、笑いが込み上げる。
そしてロアンは、凄みのある笑顔を作り、有無を言わせぬ声色で命じたのだ。
「ドレスを脱ぎ、ベッドに乗れ、カトリーヌ」
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