ポッコチーヌ様のお世話係〜最強美形の騎士団長は露出狂でした~

すなぎ もりこ

文字の大きさ
95 / 97
番外編②ロイヤル編☆王妃よ、花がほころぶように笑え

裏切り

しおりを挟む
「王妃は君に内定した」
「有り難き幸せに御座います」

 カトリーヌはいつものように完璧な角度で腰を折って見せた。

「婚約の儀、婚姻式までの詳細は追って宰相より説明があるだろう」
「承知しました」

 彼女は顔を上げると、じっとロアンを見つめる。
 突然の強い視線に些かたじろぎながら訊ねた。

「なんだ?どうした」
「陛下は本当に私でよろしいのですか」
「今更何を言う。それに王妃となることが君の望みであったのだろう?」
「左様にございます。選んで頂いたからにはその期待を裏切らぬよう、国と陛下の為にこの身を捧げる所存にございます」

 彼女が、す、と僅かに視線を伏せ、胸が不穏にざわめく。

「けれど、どれだけ力を注いでもままならぬことがございます」
「当たり前だろう。完璧など目指す必要はないといつも言っている。私にも出来ぬことは沢山あるのだから」

 華奢な身体の前で握り合わされた手に、ほんの少し力が籠るのを、目が捉えた。感情を表に出さないカトリーヌが奇跡的に見せるその綻び。今やそれを探るのが癖となっていた。

「私は女として既に若いといえぬ歳です」
「確かに候補の中では最年長だったな」
「陛下が婚姻の意を示されるまで待っていたら、こんな歳になっておりました。今より三年は早く王妃候補として招集される計画でしたので」
「それは申し訳なかったな」

 再びロアンに目を向ける彼女。しかし、その視線は交わらない。

「陛下にお願いがございます」

 突如として、糸が張りつめたような空気が部屋を覆う。平静を装い先を促した。

「申してみよ」
「婚姻より五年の間に子を授からなかったなら、離縁して下さいませ」

 思いがけない申し出に、息を呑む。しかし、カトリーヌは冗談を言うような娘ではない。
 ロアンは小さく息を吸い、極めて冷静に答えた。

「王族がそう簡単に離縁出来るものではない」
「不貞を働いた等、どういった理由を作って頂いても結構です。次代の王族を産めない王妃にその資格はない。私はそう考えます」
「王位継承は必ずしも実子で無くてもよい」
「心得ております。それでも、私は子を産めぬ自分を許せそうにないのです」

 妊娠する為の努力は怠らぬと彼女は言う。体調管理を含め、名医に処方して貰った促進剤を毎日服用するとも説明した。
 いつになく必死とも取れるその様子を不思議に思いながらも、追及はしなかった。事前調査ではカトリーヌ、ロアン共健康に問題は無い。当たり前に夫婦生活を営んでいれば、直ぐに子は授かるだろう。
 共に過ごすうちに頑なな心も解れ、変わるだろうと楽観していたのだ。

 カトリーヌを王妃に選ぶと宣言した際には、反対の声が多数上がった。それはひとえに、彼女の父、ガルシア侯爵が王宮へと介入することを危惧する故である。
 ロアンの方にも全く打算がなかったかと言えば嘘になる。彼女に父親の反王制活動へと加担するような素振りが少しでもあれば、泳がせて組織共々吊るしあげるつもりでいた。
 餌として使い、必要なら切り捨てることも厭わない。愛着はあったが、国家の利益を上回るものではなかった。

 しかし、カトリーヌは完璧だった。
 能力をひけらかすことはせず、飽くまでも王の補佐として慎み深くもそつなく立ち回り、王宮内での地位を確立していく。それこそ誰にも文句を言わせない真っ当なやり方で。
 父親との接触を極力避け、実家に便宜を図る事も望まず、ロアンに何かをねだるということも殆どない。たまに依頼することといえば、弟への援助くらいだ。その度ロアンは快く引き受けた。優秀だが一風変わったこの義弟のことを、妙に気に入っていたからである。

 夫婦となり五年目に差し掛かろうとしていたが、子供はまだ授からない。それでもカトリーヌに焦りは見受けられなかった。
 あの申し出は既に無効になったものと、ロアンはみなしていた。変わらず淡々としつつも、彼女は王妃としての生活に満足しているように見える。
 ロアンにも少しずつ心を開いてくれていると確信していた。

 花がほころぶとまではいかなくても、不器用に顔を歪めて零す微笑みは、とても可愛らしく映り、歩み寄ろうとしている努力がいじましく思えた。
 毎晩寝ながら甘えるように胸に頬を擦り付けるあどけない姿。そっと抱きしめてやると、安心したように口角を上げて益々身体を密着させる。
 ロアンはその背中をそっと撫で、伴侶への愛しさを噛み締めていた。

 今から思い返せば、少しばかり目が眩んでいたのだろう。

 身近な者にロアンを問えば、皆口を揃えて『温和な仮面を被った悪魔』と評する。
穏やかに微笑みながら、冷静に人を観察し本性を見抜く。人知れず策略を巡らし、信用させたところで追い込み蹴落とす。もちろん慈愛も持ち合わせているが、目的のためならどこまでも冷徹になれる男、それがロアンである。

 しかし、その鋭い洞察力も、溺愛する王妃には働かなかったようだ。

 ロアンはすっかりと騙されていたのだ。


 隣から立ち上がり壇上から降りて真っ直ぐに進んでいく背中。
 その覚悟を決めた姿は美しく、声もなく見惚れた。
 会場に響き渡る声は堂々と、しかし切なく胸を打ち、ロアンの手を震わせる。
 王冠を頭上から外し掲げ持つ一連の動作は、流石と言わざるを得ない。完璧である。

 カトリーヌが一生かけて築き上げた隙のない人格。
 それは、たった一つの目的を遂げるためだった。
 ロアンは瞬時に理解した。

 ……王妃になることすらその手段だったのか。

 その事実に脱力し、虚しさに囚われた。
 いつまでも頑なだったのは、ロアンへの警戒心と罪悪感が理由だろう。内側に入られぬよう、必死で自分を守っていたのだ。心を開かせようとするのは無意味、いや、彼女にとっては迷惑以外の何物でもなかったのだ。

 次にロアンを襲ったのは、激しい怒りである。
 感情が胸を焼き、目の前が真っ赤に染まる。
 焦燥感が募り、凶暴な衝動が湧き上がる。
 今すぐ走り寄り、掲げる王冠を投げ捨て、攫ってしまいたい。

 ロアンもまた仮面を被る者。
 しかし、隠す姿はカトリーヌとは間逆だ。
 穏やかな顔の下に隠すのは冷酷で苛烈な本性。
 その本来の自分が、激しく暴れていた。

 そう、欺かれた事などどうでも良い。
 自分の元から離れようと考える彼女が許せない。
 与えた愛を捨てようとする彼女が憎い。
 今この瞬間も溢れて止まらぬこの思いから、逃げることを選ぶ彼女を、どうしてやろう。

 ロアンは呼吸を整え、極めて冷静な声で傍らに控える宰相に命じた。

「王妃を寝室に連れて来い。私が直に尋問する。決して誰も寄せ付けるな」

 宰相は何かを察したのだろう、「はっ」と短く応じ、即座に駆け出していった。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。

待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。

婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。

処理中です...