上 下
1 / 95

1.出会いと別れ-1

しおりを挟む
「こちらを離れることになりました」


聞き慣れた声が告げた言葉を、叔父の肩越しに聞いていた。


「……そうですか。それは、寂しくなりますね。ミルト君も今までありがとう」


叔父は傍らにいた少年に声をかけた。

叔父より頭一つ分小さな少年の輪郭が覗いたとたんに胸がキュッと締め付けられる。

それでも俯きたくなるのを堪え、普段通り平静を装い視線を前に向けた。


「カレン、こちらへおいで」


叔父に呼ばれて隣に立つ。

アメジストの瞳が真っ直ぐこちらを見つめている。

年齢の割りに小柄な少年は1つ年下のカレンと目線がほぼ同じだ。


「…おそらくもうお会いすることは難しいと思います。なので…」


少年の横に立つ長身の侍従は端正な顔を曇らせて珍しく言い淀んだ。

叔父は頷くとカレンの肩に手を回し、優しく撫でる。


「最初からそういった条件の下での婚約でしたから。カレンもわかっております」


カレンは表情を変えずに頷いた。

ミルトは息を飲んで、カレンの瞳を探るように見詰めている。

そこに何か感情の片鱗を見つけたいのだろう。

カレンと違い素直な彼だから思考が読みやすい。

しかし、生憎と感情を殺すのは得意だ。


「ご活躍とご健康をお祈りしております」


堅苦しい別れの言葉に、ミルトは驚いたように目を見開き、その後表情を歪めた。


「…カレンも元気で。いままでありがとう。カレンと一緒に過ごせて、僕は、とても、幸せだった」


絞り出すかのように語られた言葉に、カレンの心は激しく揺れた。

だからこそ、渾身の笑顔を作って答えた。


「光栄です」




黒光りする馬車が遠ざかり、やがて右手に逸れて楡の林の中に消えると、ようやくカレンは堪えていた感情を解放した。

大粒の涙がとめどなく流れ、ぽたぽたと地面に落ち、黒い染みを作る。

叔父はカレンを抱き締めた。

その胸でカレンは声をあげて泣きじゃくった。

後にも先にもあのように泣いたことはない。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】君は強いひとだから

恋愛 / 完結 24h.ポイント:25,552pt お気に入り:3,956

死に戻り令嬢は、歪愛ルートは遠慮したい

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:22,082pt お気に入り:498

【R18】婚約破棄に失敗したら王子が夜這いにやってきました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:1,426

貴族転生〜異世界で移動式ホテル事業を始めます〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:113pt お気に入り:1

【完結】番が見ているのでさようなら

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,615pt お気に入り:558

繊細な早坂さんは楽しむことを知らない

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:363pt お気に入り:2

白い本(ショートショート)

ホラー / 完結 24h.ポイント:626pt お気に入り:0

処理中です...