14 / 14
コルムの決意
しおりを挟む
「わかった」と頷いた。
なるべく軽く聞こえるように。
「オレを好きになっちゃダメだ」と、追い詰められた小動物のように怯えるベイラをこれ以上苦しめたくなかった。
ニコイチとまで言われる俺たちがこんな風にぎくしゃくし始めたのは、降って湧いたような幸運からだった。
鍛錬を終えて部屋に帰ったら、ベッドの上に、まるで白い皿に盛られたご馳走のように最愛の人の可愛い尻があったのだ。いやもちろん尻だけじゃなく本体もあったけど。
俺はフラフラと、ベイラの白く発光しているように見える柔らかそうな尻に引き寄せられた。
手を出す出さない、じゃない。まるで夢の中にいるような気分だったのだ。神様が俺だけに用意してくれた宝物。その幸運にそっと頬を寄せ、感触にうっとりした。
俯せる体にぴたりと沿うように体を横たえ、微かな寝息に耳を澄ませた。
5歳で雷に打たれたかのような衝撃とともに始まった初恋は、今もなお絶賛継続中だ。
キャンベル領は小さな海辺の町だ。
そして隣のマクローリン領は大きな港を抱える豊かで広大な領で、隣の領との繋がりを強固にしたい父に連れられ、幼い俺は伯爵令息ベイラに出逢った。
「はじめまちて。コルム=キャンベルでつ。よろしくおねがいちまつ」
・・・俺は言葉の遅い子だった。
あの時の事を話題にされると今でも赤面してしまう。黒歴史だ。
体の弱い母が心配で四六時中母の居室にいたせいだったかもしれない。
盛大に噛んだ俺をベイラは笑わなかった。それどころか「ちゃんと名前を言えてエライね」と頭を優しく撫でてくれた。
その瞬間、俺は雷が落ちたかのような衝撃に直立不動のまま固まった。
同い年だと聞いた時にも違う意味で固まってしまったが。
俺の他にもベイラの友達候補というか取り巻きは何人かいた。歳が同じなのは俺だけで、大体が二つ三つ歳が上の子たちが集められていた。爵位でいえばベイラが一番上だった。だが、ベイラも含め、どのご令息も典型的な貴族らしいご令息で、会話はもったいぶった自分自慢ばかりで、俺は少しもついていけなかった。
人見知る俺はその場にいてもほとんど話せなかったが、それが逆に良かったのか、ベイラのもとに集まるご令息たちは少しずつ減っていき、最後は俺だけが残った。
ベイラは俺には他のご令息たちにするようなつんけんした態度は取らなかった。
同い年のくせにあまりにももの知らずだったからだろう。言葉も遅かったし。
友達候補がどんどん脱落していったもう一つの要因はベイラの飼い犬だ。
ベイラはルルという可愛い名前の、───子供の体より大きな獰猛な猟犬を飼っていた。この犬に唸られてほとんどの子がベイラに近付くことさえ出来なかった。
俺は唸られたことはないが、それは人見知りを発動していつも部屋の隅にいたからだと思う。
そんな情けない俺とベイラが仲良くなるなんて一生ないように思われたが、それでも少しずつ打ち解けていき、手を繋いで歩いたり、郊外へ一緒にルルの散歩に出たりした。
「オレ、コルムのお兄ちゃんになってやる」ベイラはそう言って太陽みたいに笑った。
宣言通り、ベイラは俺の世話を焼いてくれた。兄というより従者、従者というより乳母のように。
散歩の時はしっかりと手を繋いでくれたし、口の端にジャムがついていたらハンカチで拭き取ってくれた。そんなベイラの口の端にもジャムがついていたのだが。
俺はどんどんベイラを好きになり、懐いていった。
実際、その頃の俺はベイラよりもかなり小さく、傍から見たら仲の良い兄弟に見えたことだろう。
そんな俺を見て機嫌を良くした父が俺より一つ下の従兄弟もベイラの取り巻きとして送り込もうと画策したが、しっかりと独占欲の育っていた俺はなんとかそれを阻止しようと子供ながらに奮闘した。暗躍した。
結果、父は従兄弟を送り込むのを断念した。
友達というより、弟のようにベイラにべったり甘えて過ごしている時が俺の至福の時間だった。
そんなふうに1年経ち2年経ち───。
母が亡くなった。
原因でいえば流行り病だが、冬で体も弱っていたのだろう。熱が下がらないまま1週間後に静かに息を引き取った。
流行り病だからと俺は母から離された。薬をちゃんと飲んでいればこの病で死ぬようなことは稀だと医者は話した。不安と心細さを抱えながら毎日自室で母のために祈った。
───なのに。
葬儀が終わり、涙も枯れ、ただぼんやりと日々を過ごしていた俺のもとにベイラが訪れてくれた。
俺の隣に座り、手を握り頭を優しく撫でてくれた。ぎゅっと抱きしめてくれた。それは多分とても長い時間だったようで、ベイラが「今日は泊まっていく」と宣言し、ようやく顔を上げると室内は暗くなっていた。ベイラが明かりを灯すこと、そして護衛には一旦戻って翌日迎えに来るようにと指示を出した。
「ずっと、ずーっと、側にいる」
ベイラの言葉に枯れていた涙が再び頬を伝った。そしてその時、ようやく気付いた。ベイラと知り合って3年。小さかった自分はベイラと同じくらいの背丈になっていた。
たいして不思議なことでもない。そもそも同い年なのだ。だが、世界が180°変わった気がした。
母の死が、自分が今までどれだけ甘ったれていたかを教えた。
なるべく軽く聞こえるように。
「オレを好きになっちゃダメだ」と、追い詰められた小動物のように怯えるベイラをこれ以上苦しめたくなかった。
ニコイチとまで言われる俺たちがこんな風にぎくしゃくし始めたのは、降って湧いたような幸運からだった。
鍛錬を終えて部屋に帰ったら、ベッドの上に、まるで白い皿に盛られたご馳走のように最愛の人の可愛い尻があったのだ。いやもちろん尻だけじゃなく本体もあったけど。
俺はフラフラと、ベイラの白く発光しているように見える柔らかそうな尻に引き寄せられた。
手を出す出さない、じゃない。まるで夢の中にいるような気分だったのだ。神様が俺だけに用意してくれた宝物。その幸運にそっと頬を寄せ、感触にうっとりした。
俯せる体にぴたりと沿うように体を横たえ、微かな寝息に耳を澄ませた。
5歳で雷に打たれたかのような衝撃とともに始まった初恋は、今もなお絶賛継続中だ。
キャンベル領は小さな海辺の町だ。
そして隣のマクローリン領は大きな港を抱える豊かで広大な領で、隣の領との繋がりを強固にしたい父に連れられ、幼い俺は伯爵令息ベイラに出逢った。
「はじめまちて。コルム=キャンベルでつ。よろしくおねがいちまつ」
・・・俺は言葉の遅い子だった。
あの時の事を話題にされると今でも赤面してしまう。黒歴史だ。
体の弱い母が心配で四六時中母の居室にいたせいだったかもしれない。
盛大に噛んだ俺をベイラは笑わなかった。それどころか「ちゃんと名前を言えてエライね」と頭を優しく撫でてくれた。
その瞬間、俺は雷が落ちたかのような衝撃に直立不動のまま固まった。
同い年だと聞いた時にも違う意味で固まってしまったが。
俺の他にもベイラの友達候補というか取り巻きは何人かいた。歳が同じなのは俺だけで、大体が二つ三つ歳が上の子たちが集められていた。爵位でいえばベイラが一番上だった。だが、ベイラも含め、どのご令息も典型的な貴族らしいご令息で、会話はもったいぶった自分自慢ばかりで、俺は少しもついていけなかった。
人見知る俺はその場にいてもほとんど話せなかったが、それが逆に良かったのか、ベイラのもとに集まるご令息たちは少しずつ減っていき、最後は俺だけが残った。
ベイラは俺には他のご令息たちにするようなつんけんした態度は取らなかった。
同い年のくせにあまりにももの知らずだったからだろう。言葉も遅かったし。
友達候補がどんどん脱落していったもう一つの要因はベイラの飼い犬だ。
ベイラはルルという可愛い名前の、───子供の体より大きな獰猛な猟犬を飼っていた。この犬に唸られてほとんどの子がベイラに近付くことさえ出来なかった。
俺は唸られたことはないが、それは人見知りを発動していつも部屋の隅にいたからだと思う。
そんな情けない俺とベイラが仲良くなるなんて一生ないように思われたが、それでも少しずつ打ち解けていき、手を繋いで歩いたり、郊外へ一緒にルルの散歩に出たりした。
「オレ、コルムのお兄ちゃんになってやる」ベイラはそう言って太陽みたいに笑った。
宣言通り、ベイラは俺の世話を焼いてくれた。兄というより従者、従者というより乳母のように。
散歩の時はしっかりと手を繋いでくれたし、口の端にジャムがついていたらハンカチで拭き取ってくれた。そんなベイラの口の端にもジャムがついていたのだが。
俺はどんどんベイラを好きになり、懐いていった。
実際、その頃の俺はベイラよりもかなり小さく、傍から見たら仲の良い兄弟に見えたことだろう。
そんな俺を見て機嫌を良くした父が俺より一つ下の従兄弟もベイラの取り巻きとして送り込もうと画策したが、しっかりと独占欲の育っていた俺はなんとかそれを阻止しようと子供ながらに奮闘した。暗躍した。
結果、父は従兄弟を送り込むのを断念した。
友達というより、弟のようにベイラにべったり甘えて過ごしている時が俺の至福の時間だった。
そんなふうに1年経ち2年経ち───。
母が亡くなった。
原因でいえば流行り病だが、冬で体も弱っていたのだろう。熱が下がらないまま1週間後に静かに息を引き取った。
流行り病だからと俺は母から離された。薬をちゃんと飲んでいればこの病で死ぬようなことは稀だと医者は話した。不安と心細さを抱えながら毎日自室で母のために祈った。
───なのに。
葬儀が終わり、涙も枯れ、ただぼんやりと日々を過ごしていた俺のもとにベイラが訪れてくれた。
俺の隣に座り、手を握り頭を優しく撫でてくれた。ぎゅっと抱きしめてくれた。それは多分とても長い時間だったようで、ベイラが「今日は泊まっていく」と宣言し、ようやく顔を上げると室内は暗くなっていた。ベイラが明かりを灯すこと、そして護衛には一旦戻って翌日迎えに来るようにと指示を出した。
「ずっと、ずーっと、側にいる」
ベイラの言葉に枯れていた涙が再び頬を伝った。そしてその時、ようやく気付いた。ベイラと知り合って3年。小さかった自分はベイラと同じくらいの背丈になっていた。
たいして不思議なことでもない。そもそも同い年なのだ。だが、世界が180°変わった気がした。
母の死が、自分が今までどれだけ甘ったれていたかを教えた。
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
白花の檻(はっかのおり)
AzureHaru
BL
その世界には、生まれながらに祝福を受けた者がいる。その祝福は人ならざるほどの美貌を与えられる。
その祝福によって、交わるはずのなかった2人の運命が交わり狂っていく。
この出会いは祝福か、或いは呪いか。
受け――リュシアン。
祝福を授かりながらも、決して傲慢ではなく、いつも穏やかに笑っている青年。
柔らかな白銀の髪、淡い光を湛えた瞳。人々が息を呑むほどの美しさを持つ。
攻め――アーヴィス。
リュシアンと同じく祝福を授かる。リュシアン以上に人の域を逸脱した容姿。
黒曜石のような瞳、彫刻のように整った顔立ち。
王国に名を轟かせる貴族であり、数々の功績を誇る英雄。
【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
もう観念しなよ、呆れた顔の彼に諦めの悪い僕は財布の3万円を机の上に置いた
谷地
BL
お昼寝コース(※2時間)8000円。
就寝コースは、8時間/1万5千円・10時間/2万円・12時間/3万円~お選びいただけます。
お好みのキャストを選んで御予約下さい。はじめてに限り2000円値引きキャンペーン実施中!
液晶の中で光るポップなフォントは安っぽくぴかぴかと光っていた。
完結しました *・゚
2025.5.10 少し修正しました。
僕の番
結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
寡黙な剣道部の幼馴染
Gemini
BL
【完結】恩師の訃報に八年ぶりに帰郷した智(さとし)は幼馴染の有馬(ありま)と再会する。相変わらず寡黙て静かな有馬が智の勤める大学の学生だと知り、だんだんとその距離は縮まっていき……
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる