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97 穏やかな朝の庭
ヒートの日から1週間ほどが経ち、遥の体の違和感もうなじの痛みも、すっかり消えて元通りになった。
――いや、ひとつだけ、元に戻っていないものがある。
うなじの噛み跡だけは、しっかりと残っているのだ。
番になった証。それはこれからも、ずっと消えずにここに刻まれたまま。
遥は枕元に置いていたスマホを手に取り、写真フォルダを開いた。
絆創膏を外した後、慎一にもう一度撮ってもらった噛み跡の写真を表示する。
まるで「僕は、慎一さんの番です」と主張しているみたいだ。
この噛み跡を見るのが、最近のちょっとしたマイブームになっている。
勉強の合間や、ふと手が空いた時など、つい何度も見返してしまうのだ。
指を横にスライドしていくと、次々に他の写真が表示されていく。
どれも、大切な思い出の詰まった写真ばかりだ。
お花、慎一の書いてくれた文字、一緒に作ったおにぎり、綺麗な雪――。
それに、内緒で撮った慎一の寝顔。他にも、たくさんある。
遥は表示される写真を眺めながら、それぞれの時間を思い返した。
「そんなに笑顔で、何を見ているの?」
横からかすれた声が聞こえ、遥はそちらに視線を向けた。
重そうな瞼を半分だけ開いた慎一が、微笑みながらこちらを見ている。
「あ、おはようございます。今まで撮ったお写真を見返してました!」
「おはよう。そういえば、ふたりで一緒に撮ったことはないよね。今日、撮ってみようか?」
「――えっ! 嬉しいです!」
慎一からの嬉しい提案に、遥は満面の笑みで頷いた。
今日は慎一の仕事もお休みのため、少しのあいだ寝室でのんびり過ごした後、ふたりは1階へと降り、洗面所で顔を洗ってからリビングへ向かった。
慎一が掃き出し窓の前に立ち、朝の光を迎えるようにカーテンを開け、続けて窓も開ける。
「じゃあ、行こうか」
「はい!」
慎一の隣に立った遥は頷き、空のじょうろを片手にサンダルに足をいれた。
青空にはふわふわとした美味しそうな雲がいくつか浮かんでおり、心地よい風が、遥の黒髪をやさしく揺らす。
慎一に続いてデッキに降り、さらにステップを下りていく。
その先に設置された立水栓の前に立ち、じょうろをセットして、上の蛇口をひねった。
勢いよく水が出て、じょうろの中に溜まっていく。
いつもの場所まで溜まったところで、蛇口を閉めた。
水が入り重くなったじょうろを両手で持ち上げ、遥は慎重に奥の花壇まで運ぶ。
そして、レンガブロックで囲まれた花たちに、端から優しく水をかけていった。
少し乾いていた土の色が変わり、水を浴びた花たちは、花弁を気持ちよさそうに揺らしていく。
「そろそろ、寒さに強い花を植えておかないとね」
「まだ秋なのに、もう植えるんですか?」
長袖は着ているが、まだ寒くはない。雪が降るのは、もっと先だ。
「うん。秋のうちに植えておけば、冬が来る前にしっかり根を張って、強くなるからね。そして、冬を越せるようになるんだ」
「へぇー、そうなんですね!」
「いくつか選んでみるよ。あとで見せるね」
「はい、お願いします! 新しいお花、楽しみです!」
水やりを終えた遥は、じょうろを逆さにして、しっかりと水を切る。
家に戻ろうと振り返ったその時、慎一から声がかかった。
「そうだ、写真はここ――花を入れて撮る?」
「――あ、はい! ここがいいです!」
綺麗な花たちを入れれば、鮮やかになりいい写真が撮れるはずだ。
「うーん、どの方向から撮ろうか」
慎一が腕を組みながら考えている隣で、遥も同じように腕を組んだ。
花を写すならしゃがんで撮った方がいいのか。それとも、上から角度をつけた方が綺麗に撮れるだろうか。
実際にカメラを起動して試してみようと、遥は首から下げたスマホを外して手に取った。
画面をつけると、待ち受けにしていたチョコの写真が表示される。ソファに座らせたチョコを正面から撮った、お気に入りの1枚だ。
「あ、慎一さん、チョコも連れてきていいですか?」
「うん。もちろん、いいよ」
慎一に声をかけると、遥はじょうろを置き、掃き出し窓へと走った。
ステップを駆け上がり、窓を開けて中へ入る。ソファの端――いつもの場所に座っているチョコを抱き上げ、花壇のそばにいる慎一の元へと舞い戻る。
「お待たせしました!」
軽く息を切らしながら戻ると、慎一が笑いながら遥の頭を撫でた。
「ゆっくりで大丈夫だよ。ここからしゃがんで撮れば、花が一番多く写るんじゃないかと思うんだけど、どうかな?」
慎一の言葉に、遥も隣に立って確認してみる。言われたとおり、この花壇の横からが良さそうだ。
「はい、ここからがいいです!」
しっかりと頷いた遥は、チョコを左手に持ち替え、右手で前髪をささっと整える。
それから、服にしわが寄っていないかも確認した。洗面所で顔を洗った後に着替えた服だが、これでよかっただろうか。
基本的には寝る前に慎一と翌日の服を決めているが、写真を撮ることを決めたのは今朝だ。
上の服はクリーム色の薄手のニット。肌触りもよく、とても気に入っている。
でも、この前買ってもらった綺麗な水色の服の方が、花との相性がよかったかもしれない。
「悩んだ顔して、どうしたの?」
色々考えていると慎一が声をかけてきたので、遥は正直に話してみた。
「えっと、この前買ってもらった水色の服の方が、花と合うかもしれないなって思って……」
「――ふふっ、なるほどね。じゃあ、今日はこの服で撮って、次は水色の服で撮ろうか。その時は私も水色で揃えようかな」
「はい! そうします!」
慎一のお陰で、遥の小さな悩みは一瞬で晴れた。
――いや、ひとつだけ、元に戻っていないものがある。
うなじの噛み跡だけは、しっかりと残っているのだ。
番になった証。それはこれからも、ずっと消えずにここに刻まれたまま。
遥は枕元に置いていたスマホを手に取り、写真フォルダを開いた。
絆創膏を外した後、慎一にもう一度撮ってもらった噛み跡の写真を表示する。
まるで「僕は、慎一さんの番です」と主張しているみたいだ。
この噛み跡を見るのが、最近のちょっとしたマイブームになっている。
勉強の合間や、ふと手が空いた時など、つい何度も見返してしまうのだ。
指を横にスライドしていくと、次々に他の写真が表示されていく。
どれも、大切な思い出の詰まった写真ばかりだ。
お花、慎一の書いてくれた文字、一緒に作ったおにぎり、綺麗な雪――。
それに、内緒で撮った慎一の寝顔。他にも、たくさんある。
遥は表示される写真を眺めながら、それぞれの時間を思い返した。
「そんなに笑顔で、何を見ているの?」
横からかすれた声が聞こえ、遥はそちらに視線を向けた。
重そうな瞼を半分だけ開いた慎一が、微笑みながらこちらを見ている。
「あ、おはようございます。今まで撮ったお写真を見返してました!」
「おはよう。そういえば、ふたりで一緒に撮ったことはないよね。今日、撮ってみようか?」
「――えっ! 嬉しいです!」
慎一からの嬉しい提案に、遥は満面の笑みで頷いた。
今日は慎一の仕事もお休みのため、少しのあいだ寝室でのんびり過ごした後、ふたりは1階へと降り、洗面所で顔を洗ってからリビングへ向かった。
慎一が掃き出し窓の前に立ち、朝の光を迎えるようにカーテンを開け、続けて窓も開ける。
「じゃあ、行こうか」
「はい!」
慎一の隣に立った遥は頷き、空のじょうろを片手にサンダルに足をいれた。
青空にはふわふわとした美味しそうな雲がいくつか浮かんでおり、心地よい風が、遥の黒髪をやさしく揺らす。
慎一に続いてデッキに降り、さらにステップを下りていく。
その先に設置された立水栓の前に立ち、じょうろをセットして、上の蛇口をひねった。
勢いよく水が出て、じょうろの中に溜まっていく。
いつもの場所まで溜まったところで、蛇口を閉めた。
水が入り重くなったじょうろを両手で持ち上げ、遥は慎重に奥の花壇まで運ぶ。
そして、レンガブロックで囲まれた花たちに、端から優しく水をかけていった。
少し乾いていた土の色が変わり、水を浴びた花たちは、花弁を気持ちよさそうに揺らしていく。
「そろそろ、寒さに強い花を植えておかないとね」
「まだ秋なのに、もう植えるんですか?」
長袖は着ているが、まだ寒くはない。雪が降るのは、もっと先だ。
「うん。秋のうちに植えておけば、冬が来る前にしっかり根を張って、強くなるからね。そして、冬を越せるようになるんだ」
「へぇー、そうなんですね!」
「いくつか選んでみるよ。あとで見せるね」
「はい、お願いします! 新しいお花、楽しみです!」
水やりを終えた遥は、じょうろを逆さにして、しっかりと水を切る。
家に戻ろうと振り返ったその時、慎一から声がかかった。
「そうだ、写真はここ――花を入れて撮る?」
「――あ、はい! ここがいいです!」
綺麗な花たちを入れれば、鮮やかになりいい写真が撮れるはずだ。
「うーん、どの方向から撮ろうか」
慎一が腕を組みながら考えている隣で、遥も同じように腕を組んだ。
花を写すならしゃがんで撮った方がいいのか。それとも、上から角度をつけた方が綺麗に撮れるだろうか。
実際にカメラを起動して試してみようと、遥は首から下げたスマホを外して手に取った。
画面をつけると、待ち受けにしていたチョコの写真が表示される。ソファに座らせたチョコを正面から撮った、お気に入りの1枚だ。
「あ、慎一さん、チョコも連れてきていいですか?」
「うん。もちろん、いいよ」
慎一に声をかけると、遥はじょうろを置き、掃き出し窓へと走った。
ステップを駆け上がり、窓を開けて中へ入る。ソファの端――いつもの場所に座っているチョコを抱き上げ、花壇のそばにいる慎一の元へと舞い戻る。
「お待たせしました!」
軽く息を切らしながら戻ると、慎一が笑いながら遥の頭を撫でた。
「ゆっくりで大丈夫だよ。ここからしゃがんで撮れば、花が一番多く写るんじゃないかと思うんだけど、どうかな?」
慎一の言葉に、遥も隣に立って確認してみる。言われたとおり、この花壇の横からが良さそうだ。
「はい、ここからがいいです!」
しっかりと頷いた遥は、チョコを左手に持ち替え、右手で前髪をささっと整える。
それから、服にしわが寄っていないかも確認した。洗面所で顔を洗った後に着替えた服だが、これでよかっただろうか。
基本的には寝る前に慎一と翌日の服を決めているが、写真を撮ることを決めたのは今朝だ。
上の服はクリーム色の薄手のニット。肌触りもよく、とても気に入っている。
でも、この前買ってもらった綺麗な水色の服の方が、花との相性がよかったかもしれない。
「悩んだ顔して、どうしたの?」
色々考えていると慎一が声をかけてきたので、遥は正直に話してみた。
「えっと、この前買ってもらった水色の服の方が、花と合うかもしれないなって思って……」
「――ふふっ、なるほどね。じゃあ、今日はこの服で撮って、次は水色の服で撮ろうか。その時は私も水色で揃えようかな」
「はい! そうします!」
慎一のお陰で、遥の小さな悩みは一瞬で晴れた。
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