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ゆうわく
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私は今年18になる女だ。
本来なら高校三年生という生徒の身分か、働いている年だ。
けれど、高校には行っていない。働いてもいない。中学をでてからずっと家に閉じこもっている。こういうのをいわゆるひきこもり、というのだろうか。
外出するのは今日みたいに骨董市に行くときだけだ。こんな風になった理由は、中学生のときのクラスメイトによるいじめだ。
あれ以来、人間が怖くて仕方がない。
もともと内気な性格だったが、いじめのせいで輪をかけておどおどした性格になり、人とコミュニケーションというものが全くといっていいほどとれなくなった。親は腫れものに触るように接している。
会場内は狭く、出店は40から50くらいの数だったので、ひと回りするのに30分かからなかった。稀に売主が話しかけてきそうなときは、さっさと逃げるように退散した。とくにめぼしいものはなく、帰ろうかと入り口に足を向けたとき、「それ」は目に入った。
「それ」は入り口付近の店に並んでいた。
売主はいない。たぶん数メートル先で立ち話をしている女性3人のうちの誰かだろう。
店の商品にはそれぞれ簡単な説明書きがカラフルな文字でされていて、いかにも女性らしい。すべての商品が水色のシートの上にきちんと並べて置かれている。レトロな置物、アクセサリー、それに少女漫画の付録など、どちらかといえば女性向きで昭和初期から中期の日本の小物が中心だった。ともかく売主がそばにいないのは私には好都合だ。そそくさと商品の近くにしゃがみこむ。
「やっぱりきれいだ」
私は久しぶりに胸が熱くなるのを感じた。
私が目にとめた「それ」は平たい長方形のケースで、私の片手におさまりそうなほど小ぶりである。
妖精の絵が蓋の部分に描かれている。材質はプラスチックであろう、小物入れか何かだろうか。シートの奥の方にぽつんと置かれたそのケースはこの位置からではいまいち仔細がわからなかった。だがその妖精の絵は私の心を激しく揺さぶった。
それは色の白い巻き毛の少女の絵だった。
どうやら妖精らしく、背中からは羽がはえていて、七色の草花を背景に、こちらに向かって優しく微笑んでいる。私の常にどこか空虚で鬱々とした心を癒してくれるような、何か許されるような微笑みだ。「だいじょうぶよ」と囁いている声さえ聞こえる気がする。「だいじょうぶよ、怯えないで」
手にとって眺めたいが、どう売主に声をかけようかとか、あの3人の中にこの店の売主がいなかったらどうしようとかいろいろ考えているうちに、ぽつり、と水滴が手のひらを打った。次に頬に。「あ、雨だ」と気付いたとき、頭の上から甲高い声がした。
「お気に召したものがございましたか~?」
心臓が一回転し、私も前に転がりそうになった。慌てて立ち上がると、今度はふらついて後ろに倒れそうになった。私がそんな1人芸をやっているあいだ、声の主はずっと張りつけたような笑顔を私に向けていた。
「このブローチなど最近入ったもので……」
売主は30前後の女性。頭に桃色の花飾りをつけ、派手めのメイクに、パッチワークのロングスカートと、とにかくカラフルな人で、茶色系の服でまとめたスッピンの私とは対照的だった。頭に響く高い声でハキハキ商品説明を始める。
何を勧められても私の頭には、少女の絵が描いてある長方形のケースしかなかった。それなのにハキハキした商品説明を遮るタイミングがつかめず、「あのケースを下さい」の一言が出ない。売主が説明を続ける間、何度も私は「あのケースを下さい」と心の中で繰り返していただけだった。
「どうでしょう、お客様……あら? 雨かしら、やだ降ってきちゃった」
私が馬鹿みたいに突っ立っているあいだに、雨はいよいよ勢いを増し、本降りとなった。どこの店も急いで商品を片付け、店じまいを始めた。にこやかに私に商品を勧めていた売主も、何もしゃべらない私に対して接客をさっさと諦め、素早い動きで、商品を段ボール箱に詰める作業に入ってしまった。私はその姿を眺めながらまだ突っ立っていた。
すると、私のことを忘れたとばかり思っていた売主が、だしぬけに言った。
「なにかお探しだったんですか、もう店じまいなんですが」
その顔にもう笑顔はなく、どことなく面倒くさそうな口調だった。鬱陶しく思っているのだ。私は怯んだ。
しかし、ふと見ると、売主は今まさに少女のケースを新聞紙にくるんで段ボール箱にしまうところだった。私は一歩足をすりだした。そして、
「それを……下さい」
蚊の鳴くような声で少女のケースを指さした。少女が、「たすけて」と私に言ったような気がしたのだ。
本来なら高校三年生という生徒の身分か、働いている年だ。
けれど、高校には行っていない。働いてもいない。中学をでてからずっと家に閉じこもっている。こういうのをいわゆるひきこもり、というのだろうか。
外出するのは今日みたいに骨董市に行くときだけだ。こんな風になった理由は、中学生のときのクラスメイトによるいじめだ。
あれ以来、人間が怖くて仕方がない。
もともと内気な性格だったが、いじめのせいで輪をかけておどおどした性格になり、人とコミュニケーションというものが全くといっていいほどとれなくなった。親は腫れものに触るように接している。
会場内は狭く、出店は40から50くらいの数だったので、ひと回りするのに30分かからなかった。稀に売主が話しかけてきそうなときは、さっさと逃げるように退散した。とくにめぼしいものはなく、帰ろうかと入り口に足を向けたとき、「それ」は目に入った。
「それ」は入り口付近の店に並んでいた。
売主はいない。たぶん数メートル先で立ち話をしている女性3人のうちの誰かだろう。
店の商品にはそれぞれ簡単な説明書きがカラフルな文字でされていて、いかにも女性らしい。すべての商品が水色のシートの上にきちんと並べて置かれている。レトロな置物、アクセサリー、それに少女漫画の付録など、どちらかといえば女性向きで昭和初期から中期の日本の小物が中心だった。ともかく売主がそばにいないのは私には好都合だ。そそくさと商品の近くにしゃがみこむ。
「やっぱりきれいだ」
私は久しぶりに胸が熱くなるのを感じた。
私が目にとめた「それ」は平たい長方形のケースで、私の片手におさまりそうなほど小ぶりである。
妖精の絵が蓋の部分に描かれている。材質はプラスチックであろう、小物入れか何かだろうか。シートの奥の方にぽつんと置かれたそのケースはこの位置からではいまいち仔細がわからなかった。だがその妖精の絵は私の心を激しく揺さぶった。
それは色の白い巻き毛の少女の絵だった。
どうやら妖精らしく、背中からは羽がはえていて、七色の草花を背景に、こちらに向かって優しく微笑んでいる。私の常にどこか空虚で鬱々とした心を癒してくれるような、何か許されるような微笑みだ。「だいじょうぶよ」と囁いている声さえ聞こえる気がする。「だいじょうぶよ、怯えないで」
手にとって眺めたいが、どう売主に声をかけようかとか、あの3人の中にこの店の売主がいなかったらどうしようとかいろいろ考えているうちに、ぽつり、と水滴が手のひらを打った。次に頬に。「あ、雨だ」と気付いたとき、頭の上から甲高い声がした。
「お気に召したものがございましたか~?」
心臓が一回転し、私も前に転がりそうになった。慌てて立ち上がると、今度はふらついて後ろに倒れそうになった。私がそんな1人芸をやっているあいだ、声の主はずっと張りつけたような笑顔を私に向けていた。
「このブローチなど最近入ったもので……」
売主は30前後の女性。頭に桃色の花飾りをつけ、派手めのメイクに、パッチワークのロングスカートと、とにかくカラフルな人で、茶色系の服でまとめたスッピンの私とは対照的だった。頭に響く高い声でハキハキ商品説明を始める。
何を勧められても私の頭には、少女の絵が描いてある長方形のケースしかなかった。それなのにハキハキした商品説明を遮るタイミングがつかめず、「あのケースを下さい」の一言が出ない。売主が説明を続ける間、何度も私は「あのケースを下さい」と心の中で繰り返していただけだった。
「どうでしょう、お客様……あら? 雨かしら、やだ降ってきちゃった」
私が馬鹿みたいに突っ立っているあいだに、雨はいよいよ勢いを増し、本降りとなった。どこの店も急いで商品を片付け、店じまいを始めた。にこやかに私に商品を勧めていた売主も、何もしゃべらない私に対して接客をさっさと諦め、素早い動きで、商品を段ボール箱に詰める作業に入ってしまった。私はその姿を眺めながらまだ突っ立っていた。
すると、私のことを忘れたとばかり思っていた売主が、だしぬけに言った。
「なにかお探しだったんですか、もう店じまいなんですが」
その顔にもう笑顔はなく、どことなく面倒くさそうな口調だった。鬱陶しく思っているのだ。私は怯んだ。
しかし、ふと見ると、売主は今まさに少女のケースを新聞紙にくるんで段ボール箱にしまうところだった。私は一歩足をすりだした。そして、
「それを……下さい」
蚊の鳴くような声で少女のケースを指さした。少女が、「たすけて」と私に言ったような気がしたのだ。
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