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結局、ミランが魔法師団の訓練に顔を出したのは、それから一週間後だった。
ミランは明らかにやつれ、だいぶやせたように見えた。あんなに表現力豊かだったはしばみ色の目が、落ちくぼんでいる。
「お早うございます、ミラン殿下」
フェリクスは弱り切っているミランの姿に心が痛んだが、平常心を装って、敬礼した。
「お早う、フェリクス殿。世話を掛けるが、今日から、また剣術の訓練をしてほしい」
ミランは意外にも、しっかりした声だった。体はどう見てもぼろぼろだが、顔を引き締め、毅然と立っている。
「喜んでお受けします、ミラン殿下。まずは準備運動して下さい。それから、少し、私と走りましょう」
ミランの剣は、狂気じみていた。まるで、マルガレーテの幻影を切り捨てようとしているかのように。マルガレーテと夢見た未来を、元に戻らなくなるぐらい、切り刻もうとしているようだった。
フェリクスは、そのすべての剣を受け止めた。何度も何度も受けとめた。
だって約束したから。
ミラン殿下の心の傷が癒えるまで、傍にいると。
幾度となく剣を交わし、フェリクスとミランは、どちらともなく、地面に倒れた。
ミランが荒い息をつきながら、フェリクスに言った。
「すまない……フェリクス殿。大丈夫か」
フェリクスを女性だと知って、気遣うような口調だった。
「遠慮は無用ですよ、ミラン殿下。私は魔法師団団長として、お役目を仰せつかっているのですから」
フェリクスは倒れたままミランの方を向いて言った。
「ごめん……君には本当にいろいろ迷惑をかけた。もとはといえば、僕の軽率な行動がすべての原因だった。本当にすまなかった」
ミランは仰向けのまま、どこか他人行儀な口調でそう言った。その目は、流れていく雲を見つめている。その様子が、余計にミランらしくなく、彼の余裕のなさを感じさせた。
あんなに前向きだった殿下の意気消沈している姿は見たくない。
ミラン殿下。
私は迷惑だなんて思ってません。
そりゃあ、最初はちょっとどうしようもない自己中王子だと思ってたけど。
楽天的な思考と、無茶な行動に、かなり呆れてたけど。
今は、違います。
今は、貴方のことが、私は、好きです。貴方に一日でも早く、元気になってもらいたい。
「ミラン殿下、どうか謝らないで下さい。僭越ながら私は、ミラン殿下の友人として、ミラン殿下の力になりたいんです。今までも、こ、これからも。ダメでしょうか」
心に秘めている想いを全部伝えられたら、どんなにいいだろう。だけど、今はこれでいい。
空を見つめていたミランが、驚いたように目を見開いて、フェリクスの方を向いた。
「ダメじゃないよ。そんなわけないじゃないか。実は、君はもう僕に内心呆れているんじゃないかと思ってた」
ミランの顔が、くしゃっと歪んで、泣き笑いのような顔になった。
「僕に付き合ってくれるのは、魔法師団団長として、リステアード兄上に言われたから、仕方なくだと思って。……今日、君に会うのも不安で……。本当に、嬉しいよ、フェリクス殿」
ミランはそう言うなり、気恥ずかしそうに、がばと起き上がった。フェリクスも起き上がり、二人は再び剣を構えた。
ミランの剣はやっぱりがむしゃらで、勢い凄まじかったけれど、ミランの顔から出口を見つけたくてもがいているような、苦渋の表情はなくなっていた。
フェリクスは最後まで……ミランが力尽きて倒れるまで、彼につき合った。
――そして三か月後、ミラン第三王子とマルガレーテ令嬢は、正式に婚約解消を国民に発表した。
ミランは明らかにやつれ、だいぶやせたように見えた。あんなに表現力豊かだったはしばみ色の目が、落ちくぼんでいる。
「お早うございます、ミラン殿下」
フェリクスは弱り切っているミランの姿に心が痛んだが、平常心を装って、敬礼した。
「お早う、フェリクス殿。世話を掛けるが、今日から、また剣術の訓練をしてほしい」
ミランは意外にも、しっかりした声だった。体はどう見てもぼろぼろだが、顔を引き締め、毅然と立っている。
「喜んでお受けします、ミラン殿下。まずは準備運動して下さい。それから、少し、私と走りましょう」
ミランの剣は、狂気じみていた。まるで、マルガレーテの幻影を切り捨てようとしているかのように。マルガレーテと夢見た未来を、元に戻らなくなるぐらい、切り刻もうとしているようだった。
フェリクスは、そのすべての剣を受け止めた。何度も何度も受けとめた。
だって約束したから。
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ミランが荒い息をつきながら、フェリクスに言った。
「すまない……フェリクス殿。大丈夫か」
フェリクスを女性だと知って、気遣うような口調だった。
「遠慮は無用ですよ、ミラン殿下。私は魔法師団団長として、お役目を仰せつかっているのですから」
フェリクスは倒れたままミランの方を向いて言った。
「ごめん……君には本当にいろいろ迷惑をかけた。もとはといえば、僕の軽率な行動がすべての原因だった。本当にすまなかった」
ミランは仰向けのまま、どこか他人行儀な口調でそう言った。その目は、流れていく雲を見つめている。その様子が、余計にミランらしくなく、彼の余裕のなさを感じさせた。
あんなに前向きだった殿下の意気消沈している姿は見たくない。
ミラン殿下。
私は迷惑だなんて思ってません。
そりゃあ、最初はちょっとどうしようもない自己中王子だと思ってたけど。
楽天的な思考と、無茶な行動に、かなり呆れてたけど。
今は、違います。
今は、貴方のことが、私は、好きです。貴方に一日でも早く、元気になってもらいたい。
「ミラン殿下、どうか謝らないで下さい。僭越ながら私は、ミラン殿下の友人として、ミラン殿下の力になりたいんです。今までも、こ、これからも。ダメでしょうか」
心に秘めている想いを全部伝えられたら、どんなにいいだろう。だけど、今はこれでいい。
空を見つめていたミランが、驚いたように目を見開いて、フェリクスの方を向いた。
「ダメじゃないよ。そんなわけないじゃないか。実は、君はもう僕に内心呆れているんじゃないかと思ってた」
ミランの顔が、くしゃっと歪んで、泣き笑いのような顔になった。
「僕に付き合ってくれるのは、魔法師団団長として、リステアード兄上に言われたから、仕方なくだと思って。……今日、君に会うのも不安で……。本当に、嬉しいよ、フェリクス殿」
ミランはそう言うなり、気恥ずかしそうに、がばと起き上がった。フェリクスも起き上がり、二人は再び剣を構えた。
ミランの剣はやっぱりがむしゃらで、勢い凄まじかったけれど、ミランの顔から出口を見つけたくてもがいているような、苦渋の表情はなくなっていた。
フェリクスは最後まで……ミランが力尽きて倒れるまで、彼につき合った。
――そして三か月後、ミラン第三王子とマルガレーテ令嬢は、正式に婚約解消を国民に発表した。
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