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私は友人の家を訪れた。
私の気配を察したように、アパートのドアが開く。
「まいど、どうも」
そう言って、中からかしこまった様子の若い男が現われる。
「まいど、じゃなくて、いらっしゃい、でいいんだよ」
私は毅然と彼の言葉遣いを指摘した。
「そうなのか。この星では、そうなのか。じゃあ、いらっしゃい」
彼は私を六畳の洋間に招き入れた。
――そこには小さな折り畳みテーブルと、二段カラーボックス以外、何もなかった。
エアコンも、テレビも、電話もない。
洋間にたどり着くまでに脱衣所とキッチンを通るが、脱衣所に洗濯機はなく、キッチンには、コンロも、冷蔵庫も、炊飯器もない。
彼の家には「家電」がない。
それは、私の友人が「宇宙人」で「魔法が使える」からだ。
「家電」なんて必要ないのだ。室内の温度は魔法で調整するし、テレビは脳内に魔法で電波を受信し、頭の中で観ることができる……らしい。
電話はその辺の鳥を魔法で操り、伝書鳩として使い、洗濯は「浄化の魔法」と「風の魔法」により完了する。食事は魔法で取り寄せるので、ガスコンロも冷蔵庫も炊飯器もいらない。
彼に「自分は宇宙人だ」と打ち明けられたときには心底驚いた。
以来こうやってちょくちょく様子を見に来ている。
「いやあ、まさか君に僕が宇宙人で魔法を使えるということがばれてしまうなんてね」
彼は折り畳みテーブルに手をかざし、何かの呪文を唱えた。
そしてペットボトルのお茶を魔法で二本出し、私に一本勧めた。
「少し寒いかな? 今魔法で温かくするよ」
そう言って彼は指をパチンと鳴らす。
私はため息をついた。
殺風景な六畳の洋間。
二段カラーボックスにはくたびれた衣類と、数冊の本。
それがこのアパートのすべて。
私は目の前の友人を見る。あきらかにやつれていて、目が虚ろだ。現実を見ていない。
今日……私はこの友人の魔法を解きに来た。
「どうしたんだい、今日は? やけに大きな荷物を持っているね」
彼が聞くので、
「電気ホットプレート持ってきた」
そう私は言い、鞄から一人用電気ホットプレートを取り出した。
途端、彼は部屋の隅まで後ずさった。
「か、家電!」
「そう、家電だよ。これがなくちゃ、ちゃんとしたもの食べられないでしょ」
そう言いながら私は、ホットプレートと一緒に持ってきた食材を投げ込んだ。
「焼きそば作ってあげるよ。これでちょっとは部屋が暖かくなる。この部屋寒すぎ」
「そんな馬鹿な……! 魔法で部屋は暖かくなっているはずだ!」
「いや寒いって。ちょっと焼きそば見てて。あったかいお茶淹れるから」
私は電気ケトル(茶こしがついているタイプ)と茶葉を取り出した。
「うわああああ! また家電! やめてくれ、僕は魔法でなんでもできるんだ」
「いい加減目を覚ましなさいよ、辛かったのは分かるけど」
電気ケトルでお茶を淹れながら、私は部屋の隅で丸くなる友人に語りかけた。
「あなた、ずっとろくなもの食べていないし、うすら寒い部屋でよれよれの洋服着て過ごして……もう見ていられないよ。魔法が使える宇宙人のフリなんて、やめなさい」
「フリじゃない! 僕は宇宙人で、魔法が使えるんだ。家電なんか必要ないんだ」
……くそう。荒療治は効果なしか?
私は心の中で舌打ちする。
「僕は魔法が使えるんだ。だから君がこのアパートに来たことだって、察知できたんだ」
私が履いているブーツのヒールの音で気がついただけでしょう? このアパート、階段がよく響くから。
彼は運悪くブラック企業に勤めて、飛び込みの家電販売をやらされていた。
様々な家電を売ったが、全く売れず、ノイローゼになった彼は、家電をすべて拒絶した。自分は宇宙人で魔法が使えるから、家電なんか必要ないと。
魔法で部屋を暖かくしたフリをし、洗濯したフリをし、テレビを観ているフリをし、ちゃんとした食事をとっているフリをする。
実際のところ部屋は暖かくなっていないし、洗濯は手洗い生乾きだし、テレビは無いし、食事はコンビニ弁当だ。さっきのペットボトルのお茶も魔法で出したのではなく、普通に呪文を唱えながらコンビニのお茶を出しただけだ。
部屋に焼きそばの匂いが広がる。
彼のお腹がぐうう、と間延びした音をさせた。
彼が立ち上がり、二人分の割り箸とお皿を持って戻ってきた。
「家電アレルギー、治りそう?」
私はおずおずと聞いた。
「焼きそばを食べてからだ」
彼は割り箸をぱきりと割った。
「とりあえず、ホットプレートは……よし」
そう言って、ひとつ頷く彼に、私は尋ねる。
「宇宙人じゃなくて地球人だってことも思い出した?」
魔法なんて使えないってことも。そして、私のことも。
ブラック企業で働いて、家電アレルギーになってアパートに引きこもってると聞いたときはいてもたってもいられなかった。
私はあなたの友人じゃなくて、昔からの幼馴染。放っておけない。
何度もアパートに足を運んで、ついに今日はホットプレートと電気ケトル持参で勝負に出たのだ。
「焼きそば、おいしい?」
「ああ。うまい」
「ケトルのお茶も?」
「お茶もだ。おいしいよ。……ごめん、心配かけて」
彼の目が、しっかりと私を見た。見ながらこう言った。
「にしても、いくら幼馴染だからって、一人暮らしの男のアパートに女一人でやって来るなんて、気をつけたほうがいいぞ。僕だから大丈夫だけど」
鈍いな、こいつ。私、ホットプレートと焼きそばと、電気ケトル担いでここまで来たんだけど? あんたのために!
「とりあえずエアコン買って。寒い」
私はため息を焼きそばと共に飲み込む。
「買うよ。買うからまたここに……」
来てくれ、という彼の言葉は、彼が赤くなって俯いたため、焼きそばを焼く音にかき消されそうになったけど、私には、しっかりと届いた。
終わり。
私の気配を察したように、アパートのドアが開く。
「まいど、どうも」
そう言って、中からかしこまった様子の若い男が現われる。
「まいど、じゃなくて、いらっしゃい、でいいんだよ」
私は毅然と彼の言葉遣いを指摘した。
「そうなのか。この星では、そうなのか。じゃあ、いらっしゃい」
彼は私を六畳の洋間に招き入れた。
――そこには小さな折り畳みテーブルと、二段カラーボックス以外、何もなかった。
エアコンも、テレビも、電話もない。
洋間にたどり着くまでに脱衣所とキッチンを通るが、脱衣所に洗濯機はなく、キッチンには、コンロも、冷蔵庫も、炊飯器もない。
彼の家には「家電」がない。
それは、私の友人が「宇宙人」で「魔法が使える」からだ。
「家電」なんて必要ないのだ。室内の温度は魔法で調整するし、テレビは脳内に魔法で電波を受信し、頭の中で観ることができる……らしい。
電話はその辺の鳥を魔法で操り、伝書鳩として使い、洗濯は「浄化の魔法」と「風の魔法」により完了する。食事は魔法で取り寄せるので、ガスコンロも冷蔵庫も炊飯器もいらない。
彼に「自分は宇宙人だ」と打ち明けられたときには心底驚いた。
以来こうやってちょくちょく様子を見に来ている。
「いやあ、まさか君に僕が宇宙人で魔法を使えるということがばれてしまうなんてね」
彼は折り畳みテーブルに手をかざし、何かの呪文を唱えた。
そしてペットボトルのお茶を魔法で二本出し、私に一本勧めた。
「少し寒いかな? 今魔法で温かくするよ」
そう言って彼は指をパチンと鳴らす。
私はため息をついた。
殺風景な六畳の洋間。
二段カラーボックスにはくたびれた衣類と、数冊の本。
それがこのアパートのすべて。
私は目の前の友人を見る。あきらかにやつれていて、目が虚ろだ。現実を見ていない。
今日……私はこの友人の魔法を解きに来た。
「どうしたんだい、今日は? やけに大きな荷物を持っているね」
彼が聞くので、
「電気ホットプレート持ってきた」
そう私は言い、鞄から一人用電気ホットプレートを取り出した。
途端、彼は部屋の隅まで後ずさった。
「か、家電!」
「そう、家電だよ。これがなくちゃ、ちゃんとしたもの食べられないでしょ」
そう言いながら私は、ホットプレートと一緒に持ってきた食材を投げ込んだ。
「焼きそば作ってあげるよ。これでちょっとは部屋が暖かくなる。この部屋寒すぎ」
「そんな馬鹿な……! 魔法で部屋は暖かくなっているはずだ!」
「いや寒いって。ちょっと焼きそば見てて。あったかいお茶淹れるから」
私は電気ケトル(茶こしがついているタイプ)と茶葉を取り出した。
「うわああああ! また家電! やめてくれ、僕は魔法でなんでもできるんだ」
「いい加減目を覚ましなさいよ、辛かったのは分かるけど」
電気ケトルでお茶を淹れながら、私は部屋の隅で丸くなる友人に語りかけた。
「あなた、ずっとろくなもの食べていないし、うすら寒い部屋でよれよれの洋服着て過ごして……もう見ていられないよ。魔法が使える宇宙人のフリなんて、やめなさい」
「フリじゃない! 僕は宇宙人で、魔法が使えるんだ。家電なんか必要ないんだ」
……くそう。荒療治は効果なしか?
私は心の中で舌打ちする。
「僕は魔法が使えるんだ。だから君がこのアパートに来たことだって、察知できたんだ」
私が履いているブーツのヒールの音で気がついただけでしょう? このアパート、階段がよく響くから。
彼は運悪くブラック企業に勤めて、飛び込みの家電販売をやらされていた。
様々な家電を売ったが、全く売れず、ノイローゼになった彼は、家電をすべて拒絶した。自分は宇宙人で魔法が使えるから、家電なんか必要ないと。
魔法で部屋を暖かくしたフリをし、洗濯したフリをし、テレビを観ているフリをし、ちゃんとした食事をとっているフリをする。
実際のところ部屋は暖かくなっていないし、洗濯は手洗い生乾きだし、テレビは無いし、食事はコンビニ弁当だ。さっきのペットボトルのお茶も魔法で出したのではなく、普通に呪文を唱えながらコンビニのお茶を出しただけだ。
部屋に焼きそばの匂いが広がる。
彼のお腹がぐうう、と間延びした音をさせた。
彼が立ち上がり、二人分の割り箸とお皿を持って戻ってきた。
「家電アレルギー、治りそう?」
私はおずおずと聞いた。
「焼きそばを食べてからだ」
彼は割り箸をぱきりと割った。
「とりあえず、ホットプレートは……よし」
そう言って、ひとつ頷く彼に、私は尋ねる。
「宇宙人じゃなくて地球人だってことも思い出した?」
魔法なんて使えないってことも。そして、私のことも。
ブラック企業で働いて、家電アレルギーになってアパートに引きこもってると聞いたときはいてもたってもいられなかった。
私はあなたの友人じゃなくて、昔からの幼馴染。放っておけない。
何度もアパートに足を運んで、ついに今日はホットプレートと電気ケトル持参で勝負に出たのだ。
「焼きそば、おいしい?」
「ああ。うまい」
「ケトルのお茶も?」
「お茶もだ。おいしいよ。……ごめん、心配かけて」
彼の目が、しっかりと私を見た。見ながらこう言った。
「にしても、いくら幼馴染だからって、一人暮らしの男のアパートに女一人でやって来るなんて、気をつけたほうがいいぞ。僕だから大丈夫だけど」
鈍いな、こいつ。私、ホットプレートと焼きそばと、電気ケトル担いでここまで来たんだけど? あんたのために!
「とりあえずエアコン買って。寒い」
私はため息を焼きそばと共に飲み込む。
「買うよ。買うからまたここに……」
来てくれ、という彼の言葉は、彼が赤くなって俯いたため、焼きそばを焼く音にかき消されそうになったけど、私には、しっかりと届いた。
終わり。
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