The Dark eater ~逆追放された勇者は、魔剣の力で闇を喰らいつくす~

紫静馬

文字の大きさ
25 / 123
転生勇者と魔剣編

第二十三話 帰郷(1)

しおりを挟む
「――アトール王国に、だと?」

 レムリー帝国の宿屋に泊まっていたレッドは、使者から手渡された書状に面食らってしまう。

「ちょっと待て、確かに休暇をくれとは言ったが、何故アトールに来いというんだ? レムリーからどれくらい離れていると思ってる?」

 レッドの言葉に、四人も同意した。

 アトール王国とレムリー帝国。この二つの国自体は隣同士であるが、レッドたちがいるのはマガラニ同盟国とレムリー帝国との国境沿い。つまりは端である。この要請は、ほとんど大陸を横断しろと言っているようなものだ。休暇目当てだというのに、移動するだけでかなり日数を使ってしまう。

 ところが書状を渡しに来たアトール王国の使者は、そんな疑問ににこやかに笑って答えた。

「その点はご心配ございません。移動用のワイバーンをご用意してございます」
「ワイバーンだって?」

 レッドは眉をひそめた。

 ワイバーンとは、ドラゴン種の近似種と呼ばれる小型の魔物で、全長は三、四メートルくらいしかない。
 しかし、その二つの羽で空を自由に舞い、炎のブレスをも吐くその能力があることから、昔から軍や冒険者ギルドが飼って使役することで戦争や移動用に使われていた。そのワイバーンの乗り手は竜騎士ドラグナーと呼ばれている。

 レッドたちも今回の旅において、何度も利用させてもらっていた。何しろ大陸中をあちこち移動する旅なのだ。悠長に歩きや馬車では移動だけで何年もかかる。勿論勇者パーティにワイバーンの操縦技術を持っている人間などいないので、竜騎士に相乗りする形ではあったが。

 が、今回レッドたちは魔物が出没した地域に急行するのではなく、単に休暇が欲しいと要望しただけである。そんなことに、ワイバーンと竜騎士を派遣するとは思えなかった。飛行する戦力とは何処の国でも貴重であるから、容易に使いたがらない。

 ところが、使者を寄越してまで王国は自分たちを招こうとしている。その意味が理解できないほどレッドは馬鹿ではなかった。

 ――休暇の名目で、王都へ俺たちを連れてきたいだけじゃないか……

 恐らくそんなところだろうと思った。また何かの式典にでも参加させるつもりだろうか? しかし、勇者パーティとして旅して四か月ほどだが、まだ魔王の指先すら見つけられていない。こんな時に何を祝うのか。レッドは予想が付かなかった。

「ご安心ください。陛下は各地でご活躍の皆様を労いたいとおっしゃっているだけです。当然のことながら、お望みの最高の保養施設も用意できております」
「――そうかい」

 レッドは使者の言葉に惹かれるものを抱いていた。あのブルードラゴンとの戦いからまだ少ししか経っていない。肉体的にも精神的にも疲れ切っていたこともあり、早く渡るように冒険者ギルドを介した書状には、確かに静養したいと書いた。だがまさか、王都に戻れと言われるとは想像して無かった。

「しかしな――ここで王都に戻るとなるとその後の行動に支障が出るかも――」
「いいんじゃないの? ちょっと休む程度ならさ」

 悩んでいたレッドに対し、マータが口をはさんできた。

「歓待してくれるってんなら受けてもいいと思うけど? あたしもパレードとか連れ回されるのは御免だけど、そんときゃ逃げりゃいいじゃん」
「おいマータ、王国の式典から逃げるとは何事だ! 丁重に受けるべきだろうが!」
「あんたは自慢の筋肉とアックスを自慢したいだけでしょ! 出立の時のパレードだって突然脱ぎだして怒られたじゃないの!」
「い、いや、あれはつい気分が上がってしまって……」

 マータとロイが揉めだした。いつもの事なので無視することにして、次はラヴォワとアレンに聞いてみることにした。

「ラヴォワ、お前はどう思う?」
「……一度、王都に戻りたいのはある。あそこには魔術連盟の支部があるから……」

 そう言えば、冒険者ギルドと同じく世界各地に拠点がある魔術連盟だが、王都ティマイオにもその施設があるはずだった。きっと、また資料でも読み漁りたいのだろう。

「そうか……お前はどうだ、アレン?」
「…………」
「アレン?」
「え、あ、はい! なんでしょう勇者様っ!」

 どうも上の空だったらしく、こちらに呼ばれていることにようやく気付いたようだ。

 実のところ、あのブルードラゴン討伐の時からこんなことが増えていた。どこか様子がおかしいというか、何か考え込んでいるのだ。

 あのブルードラゴンや亜人族の村全滅にだいぶ心が痛んだというなら分かるが、レッドはどうもそれだけではない気がしていた。何か、自分に対してよそよそしく感じてならないのだ。

「いや……アトール王国へ向かうかって話なんだけど」
「あ、そうでしたね。僕は構わないと思いますよ。皆さんにも静養が必要だと思いますし」

 一番静養が必要なのはアレンだろう、と言いたいが黙っておいた。

 実のところ、レッドがアトール行きを渋っている理由こそが、このアレンだった。

 確かに王都ティマイオ近辺ならば最高の保養施設などいくらでもあるだろう。道中の足も用意してくれているなら、断る理由など無かった。

 しかし問題は、アトール王国における亜人差別だ。

 一年前、マガラニ同盟国との休戦条約のずっと前から、国内における亜人に対する非道な扱いを、禁止する法律が立てられていた。
 しかし、禁止されてはいてもアトール王国の人族が持つ亜人への差別意識が消えるはずもなく、貴族がこっそり亜人狩りを楽しんだり、裏で奴隷として売買しているなど珍しい事ではなかった。

 法律で禁止しても、大貴族であれば力で揉み消せてしまう。かつてのレッド含めたカーティス家の人間のように。

 そんな場所に、アレンを連れて行くのは危険ではないかという気持ちがあった。あの出立式の日、城に入れたこと自体が異常なのだ。迂闊に行って大丈夫だろうかと、危惧するのは当然だった。

 停戦条約と、今回の魔王討伐に関する各国との同盟自体反対する勢力があるとも聞いていた。下手に行けば、面倒事に巻き込まれる可能性もあった。

 どうしたものかとしばし悩んだレッドだが、やがてため息を吐いた後、

「――わかった。行こう。準備が出来次第出発する」

 そう応じた。

 どの道、選択肢など無い。これは国王陛下からの要望なのだ。なんとか辞退する言い訳を考えたものの、納得させられる理由は思いつかなかった。

「承知しました。すぐにでも王都にも知らせましょう」

 そう使者は恭しく答え、部屋を出ていった。

「いいわねえ、酒に食い物に男、せいぜい楽しもうじゃないの」
「そうだな、この筋肉を見せる機会はないかもしれんが、王都の連中に俺の活躍を聞かせてやろうか!」
「……新しい研究のための資料、沢山手に入れないと……」
「はは……皆さん体が休まるといいですね」

 なんてバラバラなことを言いながらもテンションが上がっている様子なのを尻目に、レッドはソファに深々と座りため息をついた。

 ただ休暇が欲しいと言っただけだったのに、予想よりはるかに大事になってしまった。不安もあるが、皆も楽しみにしているからには断れない。何事もなく終わることを祈るしかないと開き直ることにした。

 ならば自分も休暇を満喫しようと考えたが、具体的に何をするかまるきり思いつかなかった。マータではないが酒に食い物に男――じゃなかった、女というのも食指が動かない。酒は強くないし食い物にも拘りが無い。女も最近抱きたいと思えなくなってしまった。
 ロイのように友人に会うというのも無理だった。そもそもレッドに友人などいない。社交界でも学園にいる時もほとんど一人で過ごしていたくらいだ。ラヴォワのような趣味も無いため、何をすればいいか分からない。
 かといって、何もしないというのも勿体ない気がした。どうしたものかと困っていたところ、

「……ん?」

 ふと、先ほどの使者が持ってきた書状が目に留まった。
 それは単に国王からの要請ではなく、地図に具体的なワイバーンによる移動ルートが記されていた。
 その細い道筋の中に、見慣れた場所が描かれていたのだ。

「――なるほどねえ」

 少しニヤリとしつつ、もう一度深々とソファに体を沈めさせた。

「帰省ってのも、悪くないかもしれないね」

 その地図のルートには、カーティス家領地、そして本家屋敷が描かれていたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】 【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】 ~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

二度目の勇者は救わない

銀猫
ファンタジー
 異世界に呼び出された勇者星谷瞬は死闘の果てに世界を救い、召喚した王国に裏切られ殺された。  しかし、殺されたはずの殺されたはずの星谷瞬は、何故か元の世界の自室で目が覚める。  それから一年。人を信じられなくなり、クラスから浮いていた瞬はクラスメイトごと異世界に飛ばされる。飛ばされた先は、かつて瞬が救った200年後の世界だった。  復讐相手もいない世界で思わぬ二度目を得た瞬は、この世界で何を見て何を成すのか?  昔なろうで投稿していたものになります。

S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました

白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。 そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。 王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。 しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。 突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。 スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。 王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。 そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。 Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。 スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが―― なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。 スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。 スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。 この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります

俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜

早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。 食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した! しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……? 「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」 そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。 無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

処理中です...