The Dark eater ~逆追放された勇者は、魔剣の力で闇を喰らいつくす~

紫静馬

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転生勇者と魔剣編

第二十四話 帰郷(2)

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 ワイバーンでの旅とはいえ、いきなりひとっ飛びで王都に行けるわけではない。
 何故なら、ワイバーンの航続距離とは意外に短いもので、何時間も飛べるものではないからだ。休憩をはさみつつ飛んでも、いずれ限界は来る。

 だから、移動に使う場合は休ませながら進むか、定期的に存在するワイバーンの停泊地に降りてそこで待機している別のワイバーンに乗り換える必要がある。今回の勇者たちによる王都への帰還も、その方法が使われた。

 そのままレムリー帝国を突っ切る形でアトール王国へ飛び、あとは王都ティマイオに行くだけ、というところだったが、ふとレッドは直前で寄り道を指示した。

 向かった先は、レッドの家であるカーティス家が治める領地であり、レッドが生まれ育った場所、カーティス家の本家屋敷。パーティの仲間を連れて、実に五か月ぶりの帰郷であった。

 ワイバーンを停泊地に待機させ、屋敷に向かう。道中領地をキョロキョロしながら、アレンが見回していた。

「ここが、勇者様の領地ですか……」
「いや、領主は俺の父親だよ。農地しかない、寂しい場所さ」

 そう皮肉めいて笑う。

 事実、公爵家の領地だというのに、カーティス領は辺り一面畑が広がるだけでほとんど何も無いような場所だった。あるとすれば本家屋敷か、今回使われたワイバーンの停泊地がせいぜいである。

 これはカーティス家が建国当初から続く由緒ある家だということで、代々国政の要職に就いていたということが理由としてある。王都での仕事に時間を割かれ、自らの領地経営がおざなりになったわけだ。

 しかもアトール王国では、王都住まいであることが一種のステータスであるため、そもそも王都の別邸に住みロクに自領に戻らない。領地などせいぜい自分たちが遊ぶ金を搾り取る場所としか考えないのが、カーティス家の代々続く伝統だった。

 というわけで閑散とした畑か森くらいしかない場所だったが、レッドはむしろそれが気に入っていた。雑多で人も物も多すぎる王都より、よほど気が休まる場所だと思い幼少より過ごしてきたのだ。

「アトール王国の大貴族が治める領地なんて大概こんなもんだと思うけどね。ロイのところはどうなんだ?」
「い、いや、俺は大貴族じゃないし、領地なんか無いぞ」

 何の気なしに聞いたつもりだったのだが、ロイがやたらしどろもどろになったためレッドは驚いてしまう。

「え? ロイて貴族じゃないのか?」

 意外なことに声が上ずってしまった。
 てっきり近衛騎士団の副団長を勤めているというから、よほど大きい貴族の出身だと思い込んでしまっていたのだ。そういえば、社交界でもバルバという名の貴族は聞いた事が無かった。

「いやいや、一応は貴族なんだが、すごい貧乏暮らしでな……ほとんど名ばかりだ」
「そうなのか……それで近衛騎士団の副団長て凄い出世だな」

 レッドは思わず感嘆した。
 亜人差別に負けず劣らず、身分差別も激しいアトール王国において、貧乏貴族が出世するなんてことは並大抵のことではない。きっと、ものすごい苦労をしたはずだ。

「そうだろう!? そんな境遇にもめげず、俺はこの筋肉とアックスだけでのし上がってきたんだ! この大胸筋が唸りを上げて……!!」

 などと、褒められて気分が上がったのか上着を脱いで筋肉自慢をし始めたので、慌ててマータとレッドが二人がかりで止める。この男の筋肉を褒めるのはタブーだというのを忘れてしまっていた。

 そんなことをして歩いていると、本家屋敷に辿り着いた。何も無い閑散とした領地にふさわしい、質素な佇まいの屋敷である。

「……地味……」

 ラヴォワが身も蓋も無いことを言ってしまうくらいに。

「これでも中に入れば貴族の家らしく豪華さ。ただ地味というよりは古いんだよね。補修はいくらかしてるけど、随分前に建てられた屋敷だからな」

 建てたのが何代前のご先祖様かは、レッドも知らなかった。とにかく歴代の領主たちがこの領地を顧みなかったように、この屋敷も主が居住した時などごくわずかなのは間違いない。唯一例外がいるとすればレッドくらいだろう。

 そんなことを思いつつ、屋敷に入っていく。事前に連絡は頼んでおいたので、門の前には昔からこの屋敷に仕える執事が待っていた。

「お帰りなさいませ、レッド様。お変わりないようで何よりでございます」
「どうも。用意は出来てるな?」
「勿論でございます」
「ならすぐ入れてくれ。長旅で疲れちまった」
「畏まりました」

 そう言うと執事は、こちらに先導し門を抜けて、屋敷の扉を開けていく。

 ロビーには、左右並んでメイドたちが迎えてくれていた。この旅に出る直前にも見た光景だ。

「お帰りなさいませ、レッド様」

 一糸乱れることなく声を揃えるメイドたち。平民暮らしのアレンには初めての経験であるのだろう、少しビビっていた。

「ご苦労様。留守の間に何かあったかい?」
「いいえ。特に何も」

 あっそとだけ返した。確かに何も無かったらしい。

 左右対称に並んだメイドたちが、前回と変わらず見事に人族と亜人族に分かれていることからも、それが容易に判断できた。

「わかった。部屋は用意してあるな? 皆を通してやってくれ」
「承知いたしました」

 相変わらずの無表情で対応する。こちらもいつも通り自室に戻ることにした。その前に、皆を客室に案内する必要がある。
 客室に通される間、アレンは屋敷をまたキョロキョロと見回していた。先ほどまでの何も無い外と違って、派手で煌びやかな内部が相当珍しいようだ。

「凄いですね……廊下も壁も天井もキラキラで、こんなの王城以来ですよ」
「あの王城とこんなちんけな屋敷と一緒にするなよ。王様に怒られるぜ? それに、王都にある別邸の方がもっとキンキラキンだよ」
「え、これより奇麗なんですか?」
「ああ。もっとずっと派手だよ」

 悪い意味でも、とは付け加えないでおいた。
 実際、別邸の方がはるかに豪華で煌びやかだが、とにかく金銀ピカピカ輝かせて目がチカチカするレベルで、威厳とか品の良さなど一切感じられない。レッド的には悪趣味にしか見えないのだが、このアトール王国において貴族の家などあれが平均であった。

「ま、一晩だけだがゆっくりしてってくれ。荷物を置いたら食事も用意させるからさ」

 皆にそう言い、メイドたちに用意させた客室へ案内させる。レッドは勝手知ったる我が家として、自分の部屋には自分で入った。

「ふう……」

 寝慣れたベッドにそのまま倒れ込む。何故か疲れがドッと出た気がして、寝転んで思い切り脱力してしまう。
 だが、不思議と気分は軽やかであった。やはり実家に帰ってきたことが、心に安寧を与えてくれるかもしれない。

「――変な気分だな。ここを実家だなんて、あの家族を家族だなんて思った事なんて無いはずなのに」

 幼い頃から別邸住まいで、本家で過ごしたレッドは両親や兄弟の記憶がほとんどない。
 職務が忙しかったというのもあるが、そもそも四人兄弟の末っ子でしかないレッドに関心が無かったというのも大きい。だから本家屋敷の乳母や教育係に世話を押し付けて、自分たちは顔を合わせることすら稀だった。

 レッド自身も、悪夢にうなされる日々を過ごし、対処法として剣の修行か勉強かで疲労困憊になってようやく寝るという生活を過ごしていたため、家族や友人たちの時間と仲良く遊ぶなんてものもほとんど経験がなかった。対人関係が希薄だったと言っていい。

 思い返してみれば、前回の自分も同様だった。家族関係は勿論の事、周りにいる人間は自分の金と権力のお零れをあずかろうとする取り巻き位で、ついぞ友人と呼べる輩は出来なかった。もっとも、そんなことすら当時の自分は理解して無かったのだが。

 そういうわけで、ある意味では三十四年近くの人生を過ごしているのだが、友人と遊んだり家に招いたりなど一度も無かった気がする。あるとすれば、今日この日くらいなものだろうか。

「――アホか。あいつらを友人だなんて」

 頭をかきむしる。疲れているのかそれとも気が緩んだからか、変なことを考えてしまっていた。

「――友人、か」

 ふと、体を起こして考えてしまう。
 いや、前々からどうするか悩んでいたことであった。

 すなわち、あの四人をどうするか、ということだ。

 かつての自分は、彼らを恨んでいた。パーティ崩壊のきっかけを作り、聖剣も勇者の名も奪ったアレンも、協調性というものにまるで欠け、散々揉めた挙げ句に崩壊させた他の仲間たちも。

 しかし、それら全ては全部他ならぬレッドのせいである。アレンを追放したのもレッドであるし、パーティで一番協調性に欠け一番我が儘放題振る舞っていたのもレッド。何もかも自業自得の所業だった。

 目的がゲイリーを含め自らを嵌めた者たちへの復讐であることは変わりないし、真実を知りたいという気持ちも変わりはなかった。

 だが、あの四人はどうすべきだろうか? その結論は、未だに出せなかった。

 前回の彼らと、今回の彼らとは違う。それは理解しているつもりだが、胸の内につっかえた想いは、どうしても消せそうになかった。

「……はぁ」

 またため息をついてしまった。いったい何度ついたことだろうか。

 とにかく今は、せっかくの帰省と休暇を楽しむことにしよう。所詮は無理を言って寄り道したのだ、明日には王都に向かわねばならない。せいぜい夕食を楽しむくらいしか出来ないが、気を休ませることに専念しようと決めた。

 そうしていると、メイドがこちらを呼ぶ声がした。夕食の準備が出来たらしい。レッドも向かうことにした。
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