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転生勇者と魔剣編
第三十一話 王都ティマイオ(6)
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「ちょっ、ちょっと待ってください!」
ラヴォワが椅子を跳ね飛ばして立ち上がり、声を荒げる。ここまで困惑する彼女も貴重かもしれない。
「無理です、私たちだけでベヒモスと戦うなんて、勝てるわけが……!」
「誰があなた方だけと言いました?」
動揺するラヴォワを嗤うかの如く、枢機卿長はニヤリと微笑みかけた。ラヴォワもその笑みに一旦黙りこくる。
「当然、ベヒモス討伐は勇者様方だけでなく、アトール王国の武力も参加する予定です。我々ラルヴァ教の神官たちもね。……具体的には、王国近衛騎士団の兵力と、ラルヴァ教教団対魔物専門の浄化部隊。で、宜しかったでしょうか、陛下?」
そう、今まで黙っていた国王に問いかけると、国王は首を縦に振って肯定した。
しかし、その発言にレッドたちは眉をひそめる。
「え……それだけ、ですか?」
「ちょっと、ねえ少なくない? 相手伝説の化け物でしょ?」
「少なすぎます……正規軍が出るべき事態なのに……!」
皆がそう言うのも当然だった。
近衛騎士団はあくまで王都と国王を守る為に存在する騎士団。その総戦力は少ない。
王都とその周辺を管轄とする兵力は他にもあり、第一方面軍がこれに当たる。普通に考えれば、こちらが担当するべき作戦だ。
「そうしたくても、出来ない事情があるのだよ。勇者諸君」
などと言い出したのは、枢機卿長ではない。先ほどロイを諫めた近衛騎士団団長だった。
「ご挨拶が遅れてすまない。私は近衛騎士団で団長を勤めているガーズ・オルデンという者だ。そちらにいるスケイプと……そう、お前たちのメンバーのロイ・バルバの上官をしている」
「そ、そうだ団長、どうして俺を副団長から外したんですか!? 俺は……!」
「後にしろと言ったはずだロイ。今はそれどころではないとな」
再び鋭い眼光で睨まれてロイは黙ってしまう。ロイのような筋肉馬鹿とも、スケイプのような坊ちゃんとも違う、本当に実力を持った将軍クラスの人間なんだと分かる。
「さて、話を戻すが、確かに正規軍を派遣すべき案件、というのはこちらも分かっている。だが、それは出来ない事情がある」
「……ベヒモスの情報を隠蔽するため、ですか?」
レッドはそう問いかけた。今までの話を聞けば、それが一番に思い付いた。
王国と教団が誇る超大規模結界魔術が実はデタラメで、本当は伝説の魔物を使っていたという事実。しかも、その魔物を王都の目の前に置いていた。確かにどれか一つが漏れただけでも大事になりかねない。強力ではあるが人の数も多い正規軍だと、その真実が漏れてしまう危険性がある。そう考えたのではないかと思うのは当然であろう。
だが、そんなレッドの疑問をガーズは鼻で笑って応じた。
「まあ、そう邪推して当たり前だろうな。実際に、その理由がないとは言えんが、一番はもっと単純な理由だ。戦力が無いのだよ」
「戦力が……無い?」
唖然として口をあんぐりと開けてしまったレッドだったが、ガーズはそれに構わず続ける。
「そうだ。第一方面軍は健在ではあるが、ここ最近、王都周辺で魔物が狂暴化する事例が続発している。他の地区に比べて数倍規模にな」
聞いたことも無い話に、レッドたち五人とも顔を合わせる。まさか、そこまで被害が出ていたとは知らなかった。
「それって、まさかベヒモスのせいですか?」
「確証は無いが、恐らくな……魔王の邪気に染まった魔物は、その魔物自体が邪気の源泉になることがあるという。ですよね、枢機卿長様?」
そう問われた枢機卿長は、交替と言わんばかりに話の主導権をまた握り直した。
「――魔王が確認されていない現状、我々はベヒモスこそが最大の脅威と認識しています。しかし、その討伐に割ける戦力は心許ないと言わざるを得ません。ですので」
と、そこで区切ると、布に隠れているはずの瞳で、レッドたち五人を捉えながらさらに語り出した。
「そのために、今最大の戦力である聖剣の勇者様とそのパーティに来ていただいたのです。お分かりになりましたか?」
またにこやかに告げられる。国、あるいは世界を左右する非常事態の話をしているはずなのに、枢機卿長の様子はどこまでも軽かった。
「――よく分かりました。我々が来させられた理由も、戦うべき相手の事も」
そうレッドは枢機卿長、そして国王以下国の重鎮たちに答える。
「しかしながら、一つだけ申し上げねばならないことがあるのですが、宜しいでしょうか?」
「構わん。なんだ?」
そう国王に問われると、笑顔を作るのが苦手なレッドにしては珍しくにこやかな顔で、
「はっきり言いますと、我々が参加した程度じゃ何の足しにもならないと思いますよ?」
なんて言い切った。
ぶほっ、と誰かが噴き出すのと咳き込む声がした。紅茶でも噴いたのだろう。
あまりの言い様に、パーティの四人もスケイプも、そして国王以下国の重鎮たちも開いた口が塞がらないといった様子で固まっている。
枢機卿長も少しの間キョトンとしていたが、やがて肩を震わせはじめ、
「はは、ははははは、あはははははははははははっ!!」
大爆笑する。
「はは、ははは、はぁー……いやいや、正直だね君は」
しばし笑い続けた後、枢機卿長はそうレッドに対し笑いながら返答する。
「事実を述べたまでですよ。報告書にあった通り、ブルードラゴンで危うく死ぬところでしたからね。それよりはるかに強いという相手に勝てるとは到底思えない、そう言いたいだけです。おかしいですかね」
レッドの意見が気に入ったらしく、まだ肩を震わせたまま枢機卿長は口を開く。
「あーははは……いや、その通りだろうね。僕らだって君たちが参加したところで勝てる保証なんか無いのは分かっているさ。だから、準備は怠らない。きちんと揃えるべき物を揃えてから事に当たるつもりだ」
「準備――ですか?」
「ああ、ベヒモス討伐とはいえ、今日明日に始めるって話じゃない。恐らくは――そう、多分一か月後くらい先になるかな?」
一か月後、という解答にレッドは眉をひそめた。
「一か月? そんなに待って大丈夫なのですか?」
「ええ。ベヒモスの復活が近いのは事実。だけど、観測からすると完全覚醒には時間がかかるようです。推測にはなりますが――まあ、二、三か月程度かと」
「二、三か月? 随分かかるな」
「……いや、短すぎる」
ロイの言葉をラヴォワが否定する。魔術連盟の関係者故かベヒモスの事を知っていた彼女は、その危険性を理解しているのだろう。立ち上がって問い質した。
「どうして王都の人間を避難させないんです? ベヒモスの復活が近いのが分かってるなら、そんな場所に民を残したまま置くのは、無謀以外の何物でもないでしょうに……」
そう枢機卿長を睨みつけつつ言うが、この台詞はむしろ、ベヒモス復活の危機を知りつつ隠蔽したままのアトール王国の高官たちに放っているのかもしれない。
だが、ラヴォワの問いに彼らが答えることは無く、返事をしたのはまたしても枢機卿長だった。
「……お気持ちは、我々とて同じです。が、それが出来ない事情がありましてね」
「事情、というと?」
「いやぁ、単純ですよ。逃がすって、どこに逃がすんです?」
そう言うとラヴォワも黙ってしまった。
枢機卿長の言葉通りだろう。王都ティマイオともあれば、人口もかなりのものに達する。その人口全てを逃がすとして、避難場所を探すのだって一苦労だろう。
また、王都はただの都(みやこ)ではなく、国の経済や政治などの中心でもある。そこを空っぽにするということは、事実上国の機能を停止させることだ。そんなこと、恐ろしくて出来るはずもない。
「――まあ、勿論非常事態には避難させる用意がありますが、あくまで最終手段です。パニックになるのは目に見えてますしね。だからこそ、皆さんに来ていただきました。ああ、ご安心を。既に四か国には通達済みです。ベヒモスの脅威は世界規模となりますからね。勇者様たちをこちらに留めておく間、教会と冒険者ギルドが他地区での魔物退治を担当してくれていますよ」
当然、莫大な資金援助を対価にして、だろうとはレッドも悟れた。
しかし驚きなのは、王国が他国に通達していたことだった。勇者パーティは五か国が支援して魔王討伐の旅に向かわせている以上、一国が限定的とはいえ独占するのは許されないのは分かるが、本来仲の悪い四か国に、わざわざ金を与えてまで了承させるとは信じ難かった。
――ま、どこまで事情話したかは分からないけどね。
ベヒモスのことは話したかも知れないが、結界魔術に関しては隠しているかも、とレッドは推測し、内心鼻で笑う。何が五か国同盟だと言いたくなった。
だいたいの疑問は解けたので、レッドは最後の質問をすることにした。
「……なるほど。お話はよく分かりました。私としてもベヒモス討伐作戦に参加することに異論はありません。ですが、一つだけお聞きしても?」
「おや、なんでしょうか?」
「何故、討伐作戦は一か月後と決まっているのに、我々をこちらに呼び戻したのですか? 他四か国との兼ね合いも考えれば、もう少し待ってから呼んでも良かったのでは?」
そう聞くと、枢機卿長は少し考え込むような仕草をしてから、
「その理由は、二つあります。一つは、ベヒモス復活が二、三か月後というのは、あくまで推測でしかない、ということです」
と回答した。
「推測でしかない、というと――もっと早くなる可能性もあると?」
「ええ、一か月後か半月後か……あるいは、明日。もしかしたら今日かもしれない。正確な日時なんて誰にも分かりませんよ。なにせ、こんな事態は経験が無いですから」
あまりに心許ない言葉に、皆も息を呑んだ。今この瞬間にも世界を喰らう怪物が目覚めるかもと聞いていい気分の人間はおるまい。
「それともう一つは、先ほども申し上げた通り、この王都周辺の魔物にも狂暴化の傾向があることです。実を言うと目下の脅威はこちらでして、この魔物の始末にも人員を割かれて面倒なことになっているのです」
「なるほど、つまりそちらの退治も頼みたい、ということですね?」
「ええ。約束したバカンスとは程遠いですが、この国とこの世界の危機を救う役目、引き受けていただきますね?」
そう質問の形で尋ねてきたが、実質強要だということはレッドでも理解できた。
そもそもが五か国、冒険者ギルド、そしてラルヴァ教教団の支援があってこそ存在している勇者パーティ。その国からの指名を断るなど許されない。ましてや今回は国王直々の勅命も含まれている。拒否する権利など持てるはずも無い。
「…………」
だというのにレッドが黙ってしまったのは、ベヒモスの脅威に怯えているからではなく、ブルードラゴンの時と同じ疑問からだった。
――こんな依頼無かったぞ。絶対に……
そう、実は前回の際、ベヒモス討伐など経験したことが無かった。
前回の時最大の敵など、せいぜいがオーガかジャイアントスパイダーくらいで、それらを一年間チマチマと狩っていた。例外はアレンが抜けた後の弱体化の際、ヤケになって倒そうとしたミノタウロスくらいで、そいつには返り討ちに遭って殺されかけた。
ドラゴン種も狩っていたがせいぜい中型のサラマンダーの類くらい。あんな大型のブルードラゴンなど一匹も倒したことが無い。そもそも臆病だった昔の自分では狩れなかったろう。
ましてや、ベヒモスのような世界を滅ぼす伝説の魔物なんか見たことすら無かった。
――なんで、ここまで前回と食い違ってるんだ……?
まだ旅から半年も経っていないのに、内容があまりに違い過ぎる。理由は見当もつかなかった。
前回の時も、ベヒモス討伐作戦はあったのだろうか? とは思う。当時の無能だった自分は役に立たないとして、参加させられなかったという可能性は充分ある。
あるいは、前回はベヒモス復活自体が存在しなかったのかもしれない。
であるなら、前回と今回の違いは何なのだろうか?
――たった一つ、考えられるとすれば……
ふと、目だけを動かして、腰にかけた聖剣を見やる。鞘に収まっている今の状態では、単なる剣にしか思えない。
しかし、その力は絶大である。前回の時よりはるかに。
聖剣の力が明らかに以前より増していると分かってはいたものの、やっぱり原因は見当もつかなかった。レッドはずっと戸惑いつつも旅を続けていたのだ。
聖剣とはいったい何なのか?
何故自分を選び、そして自分を捨てたのか?
前回の聖剣と今の聖剣、違いは一体何なのか?
いくら考えても分からないその疑問を明らかにすることも、今自分が旅をしている理由でもあった。
ならば、その真実に迫れるかもしれない戦いを拒絶するわけにはいかなかった。
「――分かりました。聖剣の勇者として、その使命、謹んでお受けいたします」
そうレッドは、国王と枢機卿長に対して答えた。
ラヴォワが椅子を跳ね飛ばして立ち上がり、声を荒げる。ここまで困惑する彼女も貴重かもしれない。
「無理です、私たちだけでベヒモスと戦うなんて、勝てるわけが……!」
「誰があなた方だけと言いました?」
動揺するラヴォワを嗤うかの如く、枢機卿長はニヤリと微笑みかけた。ラヴォワもその笑みに一旦黙りこくる。
「当然、ベヒモス討伐は勇者様方だけでなく、アトール王国の武力も参加する予定です。我々ラルヴァ教の神官たちもね。……具体的には、王国近衛騎士団の兵力と、ラルヴァ教教団対魔物専門の浄化部隊。で、宜しかったでしょうか、陛下?」
そう、今まで黙っていた国王に問いかけると、国王は首を縦に振って肯定した。
しかし、その発言にレッドたちは眉をひそめる。
「え……それだけ、ですか?」
「ちょっと、ねえ少なくない? 相手伝説の化け物でしょ?」
「少なすぎます……正規軍が出るべき事態なのに……!」
皆がそう言うのも当然だった。
近衛騎士団はあくまで王都と国王を守る為に存在する騎士団。その総戦力は少ない。
王都とその周辺を管轄とする兵力は他にもあり、第一方面軍がこれに当たる。普通に考えれば、こちらが担当するべき作戦だ。
「そうしたくても、出来ない事情があるのだよ。勇者諸君」
などと言い出したのは、枢機卿長ではない。先ほどロイを諫めた近衛騎士団団長だった。
「ご挨拶が遅れてすまない。私は近衛騎士団で団長を勤めているガーズ・オルデンという者だ。そちらにいるスケイプと……そう、お前たちのメンバーのロイ・バルバの上官をしている」
「そ、そうだ団長、どうして俺を副団長から外したんですか!? 俺は……!」
「後にしろと言ったはずだロイ。今はそれどころではないとな」
再び鋭い眼光で睨まれてロイは黙ってしまう。ロイのような筋肉馬鹿とも、スケイプのような坊ちゃんとも違う、本当に実力を持った将軍クラスの人間なんだと分かる。
「さて、話を戻すが、確かに正規軍を派遣すべき案件、というのはこちらも分かっている。だが、それは出来ない事情がある」
「……ベヒモスの情報を隠蔽するため、ですか?」
レッドはそう問いかけた。今までの話を聞けば、それが一番に思い付いた。
王国と教団が誇る超大規模結界魔術が実はデタラメで、本当は伝説の魔物を使っていたという事実。しかも、その魔物を王都の目の前に置いていた。確かにどれか一つが漏れただけでも大事になりかねない。強力ではあるが人の数も多い正規軍だと、その真実が漏れてしまう危険性がある。そう考えたのではないかと思うのは当然であろう。
だが、そんなレッドの疑問をガーズは鼻で笑って応じた。
「まあ、そう邪推して当たり前だろうな。実際に、その理由がないとは言えんが、一番はもっと単純な理由だ。戦力が無いのだよ」
「戦力が……無い?」
唖然として口をあんぐりと開けてしまったレッドだったが、ガーズはそれに構わず続ける。
「そうだ。第一方面軍は健在ではあるが、ここ最近、王都周辺で魔物が狂暴化する事例が続発している。他の地区に比べて数倍規模にな」
聞いたことも無い話に、レッドたち五人とも顔を合わせる。まさか、そこまで被害が出ていたとは知らなかった。
「それって、まさかベヒモスのせいですか?」
「確証は無いが、恐らくな……魔王の邪気に染まった魔物は、その魔物自体が邪気の源泉になることがあるという。ですよね、枢機卿長様?」
そう問われた枢機卿長は、交替と言わんばかりに話の主導権をまた握り直した。
「――魔王が確認されていない現状、我々はベヒモスこそが最大の脅威と認識しています。しかし、その討伐に割ける戦力は心許ないと言わざるを得ません。ですので」
と、そこで区切ると、布に隠れているはずの瞳で、レッドたち五人を捉えながらさらに語り出した。
「そのために、今最大の戦力である聖剣の勇者様とそのパーティに来ていただいたのです。お分かりになりましたか?」
またにこやかに告げられる。国、あるいは世界を左右する非常事態の話をしているはずなのに、枢機卿長の様子はどこまでも軽かった。
「――よく分かりました。我々が来させられた理由も、戦うべき相手の事も」
そうレッドは枢機卿長、そして国王以下国の重鎮たちに答える。
「しかしながら、一つだけ申し上げねばならないことがあるのですが、宜しいでしょうか?」
「構わん。なんだ?」
そう国王に問われると、笑顔を作るのが苦手なレッドにしては珍しくにこやかな顔で、
「はっきり言いますと、我々が参加した程度じゃ何の足しにもならないと思いますよ?」
なんて言い切った。
ぶほっ、と誰かが噴き出すのと咳き込む声がした。紅茶でも噴いたのだろう。
あまりの言い様に、パーティの四人もスケイプも、そして国王以下国の重鎮たちも開いた口が塞がらないといった様子で固まっている。
枢機卿長も少しの間キョトンとしていたが、やがて肩を震わせはじめ、
「はは、ははははは、あはははははははははははっ!!」
大爆笑する。
「はは、ははは、はぁー……いやいや、正直だね君は」
しばし笑い続けた後、枢機卿長はそうレッドに対し笑いながら返答する。
「事実を述べたまでですよ。報告書にあった通り、ブルードラゴンで危うく死ぬところでしたからね。それよりはるかに強いという相手に勝てるとは到底思えない、そう言いたいだけです。おかしいですかね」
レッドの意見が気に入ったらしく、まだ肩を震わせたまま枢機卿長は口を開く。
「あーははは……いや、その通りだろうね。僕らだって君たちが参加したところで勝てる保証なんか無いのは分かっているさ。だから、準備は怠らない。きちんと揃えるべき物を揃えてから事に当たるつもりだ」
「準備――ですか?」
「ああ、ベヒモス討伐とはいえ、今日明日に始めるって話じゃない。恐らくは――そう、多分一か月後くらい先になるかな?」
一か月後、という解答にレッドは眉をひそめた。
「一か月? そんなに待って大丈夫なのですか?」
「ええ。ベヒモスの復活が近いのは事実。だけど、観測からすると完全覚醒には時間がかかるようです。推測にはなりますが――まあ、二、三か月程度かと」
「二、三か月? 随分かかるな」
「……いや、短すぎる」
ロイの言葉をラヴォワが否定する。魔術連盟の関係者故かベヒモスの事を知っていた彼女は、その危険性を理解しているのだろう。立ち上がって問い質した。
「どうして王都の人間を避難させないんです? ベヒモスの復活が近いのが分かってるなら、そんな場所に民を残したまま置くのは、無謀以外の何物でもないでしょうに……」
そう枢機卿長を睨みつけつつ言うが、この台詞はむしろ、ベヒモス復活の危機を知りつつ隠蔽したままのアトール王国の高官たちに放っているのかもしれない。
だが、ラヴォワの問いに彼らが答えることは無く、返事をしたのはまたしても枢機卿長だった。
「……お気持ちは、我々とて同じです。が、それが出来ない事情がありましてね」
「事情、というと?」
「いやぁ、単純ですよ。逃がすって、どこに逃がすんです?」
そう言うとラヴォワも黙ってしまった。
枢機卿長の言葉通りだろう。王都ティマイオともあれば、人口もかなりのものに達する。その人口全てを逃がすとして、避難場所を探すのだって一苦労だろう。
また、王都はただの都(みやこ)ではなく、国の経済や政治などの中心でもある。そこを空っぽにするということは、事実上国の機能を停止させることだ。そんなこと、恐ろしくて出来るはずもない。
「――まあ、勿論非常事態には避難させる用意がありますが、あくまで最終手段です。パニックになるのは目に見えてますしね。だからこそ、皆さんに来ていただきました。ああ、ご安心を。既に四か国には通達済みです。ベヒモスの脅威は世界規模となりますからね。勇者様たちをこちらに留めておく間、教会と冒険者ギルドが他地区での魔物退治を担当してくれていますよ」
当然、莫大な資金援助を対価にして、だろうとはレッドも悟れた。
しかし驚きなのは、王国が他国に通達していたことだった。勇者パーティは五か国が支援して魔王討伐の旅に向かわせている以上、一国が限定的とはいえ独占するのは許されないのは分かるが、本来仲の悪い四か国に、わざわざ金を与えてまで了承させるとは信じ難かった。
――ま、どこまで事情話したかは分からないけどね。
ベヒモスのことは話したかも知れないが、結界魔術に関しては隠しているかも、とレッドは推測し、内心鼻で笑う。何が五か国同盟だと言いたくなった。
だいたいの疑問は解けたので、レッドは最後の質問をすることにした。
「……なるほど。お話はよく分かりました。私としてもベヒモス討伐作戦に参加することに異論はありません。ですが、一つだけお聞きしても?」
「おや、なんでしょうか?」
「何故、討伐作戦は一か月後と決まっているのに、我々をこちらに呼び戻したのですか? 他四か国との兼ね合いも考えれば、もう少し待ってから呼んでも良かったのでは?」
そう聞くと、枢機卿長は少し考え込むような仕草をしてから、
「その理由は、二つあります。一つは、ベヒモス復活が二、三か月後というのは、あくまで推測でしかない、ということです」
と回答した。
「推測でしかない、というと――もっと早くなる可能性もあると?」
「ええ、一か月後か半月後か……あるいは、明日。もしかしたら今日かもしれない。正確な日時なんて誰にも分かりませんよ。なにせ、こんな事態は経験が無いですから」
あまりに心許ない言葉に、皆も息を呑んだ。今この瞬間にも世界を喰らう怪物が目覚めるかもと聞いていい気分の人間はおるまい。
「それともう一つは、先ほども申し上げた通り、この王都周辺の魔物にも狂暴化の傾向があることです。実を言うと目下の脅威はこちらでして、この魔物の始末にも人員を割かれて面倒なことになっているのです」
「なるほど、つまりそちらの退治も頼みたい、ということですね?」
「ええ。約束したバカンスとは程遠いですが、この国とこの世界の危機を救う役目、引き受けていただきますね?」
そう質問の形で尋ねてきたが、実質強要だということはレッドでも理解できた。
そもそもが五か国、冒険者ギルド、そしてラルヴァ教教団の支援があってこそ存在している勇者パーティ。その国からの指名を断るなど許されない。ましてや今回は国王直々の勅命も含まれている。拒否する権利など持てるはずも無い。
「…………」
だというのにレッドが黙ってしまったのは、ベヒモスの脅威に怯えているからではなく、ブルードラゴンの時と同じ疑問からだった。
――こんな依頼無かったぞ。絶対に……
そう、実は前回の際、ベヒモス討伐など経験したことが無かった。
前回の時最大の敵など、せいぜいがオーガかジャイアントスパイダーくらいで、それらを一年間チマチマと狩っていた。例外はアレンが抜けた後の弱体化の際、ヤケになって倒そうとしたミノタウロスくらいで、そいつには返り討ちに遭って殺されかけた。
ドラゴン種も狩っていたがせいぜい中型のサラマンダーの類くらい。あんな大型のブルードラゴンなど一匹も倒したことが無い。そもそも臆病だった昔の自分では狩れなかったろう。
ましてや、ベヒモスのような世界を滅ぼす伝説の魔物なんか見たことすら無かった。
――なんで、ここまで前回と食い違ってるんだ……?
まだ旅から半年も経っていないのに、内容があまりに違い過ぎる。理由は見当もつかなかった。
前回の時も、ベヒモス討伐作戦はあったのだろうか? とは思う。当時の無能だった自分は役に立たないとして、参加させられなかったという可能性は充分ある。
あるいは、前回はベヒモス復活自体が存在しなかったのかもしれない。
であるなら、前回と今回の違いは何なのだろうか?
――たった一つ、考えられるとすれば……
ふと、目だけを動かして、腰にかけた聖剣を見やる。鞘に収まっている今の状態では、単なる剣にしか思えない。
しかし、その力は絶大である。前回の時よりはるかに。
聖剣の力が明らかに以前より増していると分かってはいたものの、やっぱり原因は見当もつかなかった。レッドはずっと戸惑いつつも旅を続けていたのだ。
聖剣とはいったい何なのか?
何故自分を選び、そして自分を捨てたのか?
前回の聖剣と今の聖剣、違いは一体何なのか?
いくら考えても分からないその疑問を明らかにすることも、今自分が旅をしている理由でもあった。
ならば、その真実に迫れるかもしれない戦いを拒絶するわけにはいかなかった。
「――分かりました。聖剣の勇者として、その使命、謹んでお受けいたします」
そうレッドは、国王と枢機卿長に対して答えた。
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曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
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