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闇の王国と光の魔物編
第二十五話 雷鳴轟く時(3)
しおりを挟む「んな……っ!?」
レッドは愕然となった。
先ほどまでサーシャの使役をサポートしていたはずの周囲の魔石たちが、一斉に光の槍と化してサイクロプスに突き刺さったのだ。
無数の槍に串刺しとなったサイクロプスは、ハリネズミの如く全身針まみれとなりその場で固まってしまった。
「な、なんですのこれ……!?」
サーシャの方も目を疑ってしまっている。やはり、彼女が望んだことではないらしい。サーシャとしてはサイクロプスでこちらを殺したいのに、そのサイクロプスを串刺しにして得は無いから当然だが。
その場にいた二人とも、何が起きたのかまるで理解できなかった。
唯一の例外は、左手に取り憑いた怪物だけである。
『あー……こりゃ驚いた。想像してなかったわこれは』
なんて、ジンメが一人呟いた。
「おい、お前これが何か分かるのか?」
『うーんまあ、分かるって言うかねえ……おーい君、ちょっといいかな?』
「は、はぁ?」
正気を失いかけていたろうサーシャだったが、急に呼ばれて変な声を出してしまう。
『あのさー、この魔石誰から貰ったのかは知らないけど、君騙されてたんだよ』
「え、え?」
騙された、など突然言われても、内容を察する人間など皆無だろう。しかしジンメは、戸惑う彼女は無視して話を続ける。
『これ、魔石に仕込まれてた時限式の魔術式だよ。対象がある程度移動するか邪気を発生させたら、魔石に隠していた攻撃用の術式を作動させるよう書き入れてたんだね』
「時限式……なんでそんなもの、魔石に入れるなんて……」
傍で聞いていたレッドも、理解不能であった。いったい誰かどうして、そんな魔石をサーシャに渡したのか。
『誰かは知らないけど、そいつ相当な腕利きの魔術師だね。僕でも今まで気付かなかったくらいだもん。多分彼女に加担する振りをして、サイクロプスを復活させたら殺せるようにしてたんだろうね。なんでこんな遠回りな手段使ったかは知らないけどさ』
ジンメの指摘に、最初サーシャは顔面蒼白させていたが、すぐに打って変わって怒りで真っ赤にする。
「あ、あいつ……! 私を嵌めるだなんて……!」
サーシャには、自分を陥れたのが誰か分かったらしい。魔石を調達する人間と言えば、今回の計画に参加していたというベティだろうか。
詳細も気になるが、今は他にすべきことがある。
「ジンメ。死んだかな、あいつ」
『いいや、まだ無事だね。あれじゃそのうちくたばるだろうけど、とっとと殺した方がいいよ』
ジンメの言うとおり、全身串刺しの痛々しい姿となったサイクロプスに対し、魔剣を構える。今のうちにトドメを刺した方がいいだろう。
「くっ……!」
さっきまで怒り狂っていたサーシャだったが、こちらが魔物を仕留めようとしているのに気づき、なんとか止めようとしてくる。
「止めとけ、そいつはもう終わりだ。守ったところで、価値は無いよ。それとも――この黒き鎧に勝てるとでも?」
レッドが、魔剣を突きつけ威圧すると、「ひっ」と悲鳴を上げて後ずさってしまう。
そんな彼女を脇目に、レッドはサイクロプスの前に立ち切り裂こうとした。が、
「……ん?」
ふと、サイクロプスの様子がおかしいことに気付いた。
いくつあるかも不明な無数の槍に刺され、動けなくなったであろう体が、ピクピクと脈動し始めた。
「え……?」
レッドが眉をひそめていると、紫色の槍がサイクロプスの肉体からポロポロと落ちていく。
そして、槍が抜けた穴から、巨大な瞳が盛り上がってきた。
「な、なんだぁ!?」
レッドが驚いていると、異変はより大きくなっていく。
さっきまで槍が刺さっていた穴という穴から、次々と黄色い瞳が生えてくる。もはやサイクロプスの全身を覆うというくらいまで、ありとあらゆる場所が目だらけになってしまう。
もはや単眼で知られるサイクロプスの姿など、何処にも無かった。
「こいつ、いったい……!?」
あまりの異変に動揺していると、ジンメも普段の落ち着きを失った声を放つ。
『そんな、馬鹿な……!』
ジンメ自身、自分の目が信じられないらしい。思わずレッドはジンメに問いかける。
「ジンメ、これも魔物化か?」
『いや、サイクロプスは元々魔物だよっ! 魔物に成り立てならともかく、とっくの昔に魔物化した奴がこんな極端に変質なんてするものか!』
「じゃあ、あれはいったいどうなってんだよ!」
訳が分からず叫ぶレッドに対して、ジンメは自分自身確信が持てないながらも答えた。
『とても信じられない、られないけど……こんな現象を起こすのは一つしか無い。
これは――『アルゴスの瞳』だ!』
アルゴスの瞳、という初めて聞く単語を耳にして、レッドはますます混乱してしまう。
「なんだよ、アルゴスの瞳って!」
『アルゴスは、サイクロプスと同じ巨人型の魔物だよ! 百の瞳を持つ伝説のねっ! まあサイクロプスと違って、封印されずに肉体を消滅させられたけど、多分そいつの瞳を回収して、サイクロプスに仕込んでた奴がいるんだ!』
あまりに、突拍子のない話だった。
サイクロプス以外に別の魔物がいて、とうに倒されたそいつの肉体の一部を誰かがサイクロプスに移植していたなど、いくらなんでも話が飛びすぎていた。
「それって……この魔石を仕込んだ奴か?」
『いいや、あれは確かに殺す気の術式だ。多分ここに転移させる時既に入れられていて、サイクロプスが死にかけた際に発動するようにされてたんじゃないかな』
その言葉に、脇で聞いていたサーシャが目を見開く。
魔石を贈った当人だけでなく、計画を一緒に遂行していた人間にも裏切られていたと知れば、この反応も当然であろう。
しかし、だとするとおかしなことがある。
「おい、それ変じゃないか? このクーデター計画はあくまで新貴族派に適当に暴れさせるだけが目当てだろ? なんでそんなヤバい物仕込むんだよ?」
そう、それが一番の疑問だった。
あくまで王国の狙いは、彼らに王都襲撃を実行させテロリストということに仕立て上げることのはず。そんな作戦に使う、大したことない魔物に、そんな危険な代物を使うなんてあり得ないことだった。
だが、ジンメの回答は単純明快だった。
『――そんなもん、仕込んだ奴からすればどうでも良かったんでしょ』
どうでも良い、という返答に、サーシャが青ざめてしまう。
『多分、これは魔物の肉体を利用してより強力な魔物を作る実験なんだ。多分やった奴は、新貴族派のクーデターとかソロンへの還都とか、王都すらどうでも良かったんだよ。ただ手近なところに使える実験材料と機会があったから、使ったってだけだろうね』
ジンメが話し終えたとき、サーシャは膝から崩れ落ちてしまう。
王国か、あるいは誰かは不明だが、そんな恐ろしい物を使っておいて実行犯に何一つ説明しないなど、普通はあり得ないだろう。
ならば、多分――いや確実に、彼女は捨て石とされたのだ。
この作戦の成否も、彼女の生死も、どうでもいい。見たいのは実験の結果だけ。そんな輩に、上手いこと利用されたという現実に、打ちのめされてしまっていた。
しかし、今は彼女の絶望に構っている余裕は無かった。
何故なら、百近く増えたであろうサイクロプスの瞳が、全て黄色く発光し出したからだ。
「……っ! やっば……!」
レッドは咄嗟にサーシャを抱え、黒き鎧の翼で出口に向かって飛翔する。
それに間髪入れる暇も無く、サイクロプスの全ての瞳から雷鳴が発射された。
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