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第一章 さようなら日本、こんにちは異世界

第1話 初めて死にます

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「ほらほら、どうした!」
「早く飛べよ!」
「さっさとしろよ!」
「ぐ……」

 その少年は下から自分を見上げる同級生達を見下ろしながら呟く。
「なんで……僕がこんな目に……」と。

 今、少年は自分が通う中学校の屋上のフェンスの外側に立っている。つまりは、あと半歩前に出れば、そのまま下に見える地面に直撃するのは間違いないことだろう。

 少年……『池内いけうち 直樹なおき』はフェンスを掴んだままの状態で下を見下ろす。

「高い……当たり前か。どうして、こんなことになったんだろうな」
「池内、まだかよ!」
「さっさとしろよ!」
「まだなの?」

 少年が屋上の縁に立ち、なぜこうなったのかと思い悩み躊躇していると、また下の方から少年に対し急かすように茶々を入れてくる同級生達。

「そうだよな……このままじゃ、結局は弟達が……よし! いいさ、飛んでやるよ」

 少年は意を決した顔付きになるとフェンスを掴んでいた手を離すと屋上の縁に立ち、下の同級生達に向かい叫ぶ。

「今から、お前達のお望み通りに飛んでやるからな! よく見とけよ!」
「チッ、アイツ。そのまま黙って飛べばいいものを……おい! ちゃんと撮っているんだろうな」
「撮っているわよ。まあ、いいじゃないの。やっと飛ぶみたいだし」
「だな……」

 少年は二、三度大きく深呼吸をすると、一度目を瞑り、下を見た時に「あ、そう言えば」と何かを思いだし後ろを振り返ろうとしたところで、右足がスベりバランスが崩れるとそのまま、地上目掛けて落下する少年。

「え、ウソでしょ。こんな死に方……だなんて……」
「「「キャ~!!!」」」

 少年が飛び降りた瞬間に、囃し立てていた同級生達ではなく成り行きをジッと静観していた他の生徒達の叫び声が聞こえたところで、少年の耳には何も届かなくなった。

 少年は地面へと落下している間に自分の眼前に表示される走馬灯をゆっくりと眺めていた。

「これが走馬灯か。けど、随分と少ないな。ま、そりゃそうか。せいぜい十五年の人生だったものな~でも、さすがに地面が遠くないか? ものの数秒で地面に激突するものだと思っていたけど?」
『こんにちは、今ちょっといいですか?』
「え? 誰? っていうか、僕は落ちている途中だったと思うんだけど?」
『もしもし、聞こえてますよね? 聞こえているのなら、こちらを見て欲しいんですけど……』

 少年は激突する瞬間を見たくなかったので、飛び降りた瞬間に目を瞑ったままだったが、耳に入ってくる声は「目を開けろ」と言ってきた。

 少年はそんなことよりも「地面はまだなのか」と考えていると、『大丈夫ですよ。地面に激突するまでの時間はたっぷりとありますから』と言われ、「たっぷりある」との言葉にそんなことはないだろと思いながらも怖いもの見たさからなのか、ゆっくりと目を開けると少年の眼前には地面が迫っており、その地面には革サンダルを履いた白くほっそりとした両足が見えた。

「え? あれ? 地面があそこで……僕は……止まっている? でも、この足は?」
『やっと、目を開けてくれましたね。初めまして、私は……あっと、このままじゃ分からないですよね。じゃ』

 どうやら目の前にある足の持ち主が先程から少年に話しかけている人物らしいということはなんとか理解したが、分からないことが幾つかある。

 何故、自分は地面まで数センチのところで止まっているのか?

 この足の人物は一体何者なのか?

 学校関係者ではないようだが、それならそれで、何故同級生達の声が聞こえないのか?

 と、頭の中にはさっきから幾つもの『疑問符』が浮かんでは消えている。

『さて、これで私の顔が見えますよね?』
「え?」

 さっき、足首が見えていた場所には銀髪碧眼で白い衣装を着ている女性がいた。少年に合わせる様に地面に向かって逆さまになっているが、髪も着ている衣装も重力に逆らっているのか地面に垂れ下がることはない。

 そこで少年はやっと気付く、今自分の目の前にいるのは単なる人ではないことを。

『あ~やっと気付きました? そうなんですよ。私は君が考えているように人ではありません。まあ、こんな風に二人で地面に向かって宙に浮いている時点でおかしいですもんね』
「……」
『じゃあ、このままの状態でもなんなんで、先ずは予定通りに死んでもらって、詳しい話はその後でということにしましょうか?』
「え、ちょっと待って!」
『はい、なんでしょう?』
「ここは僕を助けるパターンじゃないんですか?」
『違いますよ』
「え?」
『理由を聞きたいですか?』
「聞かせてください!」

 てっきり、自分を助けに来てくれた人外の女性に「先ずは死んでから」と言われた少年は驚いてしまう。地面まで数センチのところで態々止めて話しかけて来たのだから、助けてくれるものだと思っていた少年が驚くのも当たり前のことだろう。

『まあ、しょうがないですね。初めて死ぬのだから』
「当たり前です!」
『もう、そんなに怒らないでくださいよ。怒るのなら、私はこのまま帰りますから』
「あぁ、待ってください。頼みますから、理由を聞かせてください!」
『ふぅ、分かりました。では、お話しますね』
「はい」
『えっとですね、簡単に言うと君が死なないとその体から魂を取り出せないから。はい、説明終わり。これでいい?』
「雑……」
『え~これでも丁寧に説明したつもりなのに!』
「そもそも、僕を助けてくれない理由を教えてもらってません!」
『あ~それ。それは死んだ後じゃダメなの?』
「出来れば、今知りたいです。このまま、犬死にしたくないので……」
『ん~』
「ダメですか?」
『ダメじゃないよ。それに助けることも出来るけど、それじゃホントの意味で助けることにはならないんだよね』
「え? どういうことですか?」

 女性は少年に対し、助けることは出来るが、それは本当の意味で助けることにはならないと言う。その言葉の意味を少年は理解することが出来ずにどういうことなのかと聞き返す。

『あのね、君はあの同級生っていうか、この学校全体の人達に色んなことをされてきたでしょ』
「そうですね。思い出したくないことばかりだけど……」
『もし、君がこのまま助かったとして、その後はどうなるか想像出来る?』
「……まさか」
『うん、そうだね。君は相変わらず虐められ続け、後からこの学校に入ってくる弟妹達も同じ様な学校生活を送ることになるでしょうね』
「そんな……じゃあ、僕はなんの為に……」
『だから、それは君が死ぬことで変わるの』
「それは……僕が死ななければ……助かった場合は余計に酷くなるけど、僕が死ぬことで弟妹達は助かる……と、そういうことですか?」
『うん、そうね。それは間違いないわよ。だって、私が保証するから!』
「……」

 少年は目の前で「保証する」と胸を叩いていう女性に胡散臭さを感じながらも、信じるしか弟妹を救う手はないことだけは理解出来た。

『じゃ、後は死んでからということでいいかな?』
「はい、お願いします」
『じゃあさ、最後に……』
「え?」

 女性はそういうと少年の顔の向きを同級生達に見える様に変えると『ちゃんと死んでね』と言ってから姿を消す。

 少年は地面に激突する瞬間に同級生……その中でも自分がこうなった直接的な原因を作った女子『田村たむら 政美まさみ』を凝視しながらゆっくりと地面へ激突していった。
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