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【4】介抱したあとの後悔
飲み会から一夜が開けた。
菜乃はソファで目を覚ました。
一瞬、どうして自分がソファで寝ていたのかを考えた。
そして、昨夜の出来事を思い出すと、菜乃は恐る恐る自分のベッドへと視線を向けた。
「あ……」
ベッドにはいまだに気持ちよさそうに寝息を立てて眠る五十嵐の姿があった。
「夢じゃなかったか……」
夢であって欲しかったと願ったが、菜乃は渋々現実を受け入れた。
時刻は朝の8時を回っていた。
菜乃は軽くその場で伸びをすると、そのままキッチンへと足を進めた。
* * *
トントントン。コトコトコト。ジュウゥゥ――。
聞き慣れない小気味の良い物音で、五十嵐はようやく重い目蓋を開けた。
(――久しぶりに良く寝たな)
目が覚めると同時にご飯の美味しそうな匂いが五十嵐の鼻腔をくすぐる。
ベッドで横たわりながら、五十嵐はごろりと匂いの元を探るように寝返りを打った。
視線の少し先に小さな間取りのキッチンで女が楽しそうにご飯を作っている姿が見えた。
(……誰だっけ? )
五十嵐はまだ少し寝ぼけた頭で記憶を辿った。
昨夜の飲み会で早々に酒を飲み過ぎ、デザイン部の陰キャぽっちゃり女が帰るタイミングに合わせ、自分も一緒にタクシーに乗って帰ってきたことを思い出した。
(それから、確かタクシーの中で気持ち悪くなって……。あの女に引き摺られるようにタクシーから降りて、道路で吐いて、それから――)
ぼんやりとした記憶の中に、ゲロで汚れた自分の服を脱がす女の姿が頭を過った。
その瞬間、五十嵐は一気に目が覚めると、焦った様子でバッと布団をめくり自分の格好を確認した。
ゲロの付いた上着は脱がされていたが、下着のシャツとズボンは身に着けたままだった。
していないことを確認すると、五十嵐は安心したように大きく息を吐いた。
それから、不思議なものを見るように、ご飯を作る女に視線を戻した。
◇
朝食を作り終えた菜乃は鼻歌を口ずさみながら、リビングへと食事を運んだ。
「――おい、小デブ」
「うわっ!? 」
リビングに足を踏み入れたと同時に寝ていると思っていた五十嵐から唐突に声が掛けられ、菜乃は思わず手にしたお皿を落としそうになって、慌てて態勢を整えた。
「お、起きられたんですね……。おはようございます。因みに小デブではなく、小森です……」
菜乃が朝食をテーブルに置きながら、引きつった笑顔で五十嵐に朝の挨拶と正しい名前を告げた。
「お前って凄いのな」
菜乃の挨拶を無視して、感心したように五十嵐が菜乃を見つめていた。
「何がですか……? 」
朝から褒められることなど何一つしていない菜乃は五十嵐の言葉に首をかしげた。
「俺、酒飲んで女と二人きりの部屋で何もなかったの初めてかも」
「ふぁっ!? 」
とんでもないことを言い出す五十嵐に菜乃は素っ頓狂な声を上げた。
「俺さ、身体にアルコール入ると性欲が増してさ、ついその時飲んでた女とヤっちゃうんだよな」
「………っ!? 」
「だけどさ、ゲロ吐くほど飲んだのに、手を出さないで朝までぐっすりって自分でも驚きだわ。やっぱり俺、生理的にタイプじゃないやつとは流石にヤらないんだな。これは良い発見だわ」
そう言って五十嵐はうんうんと一人で何度も頷いた。
(もう帰ってくれないかな……)
菜乃は引きつる顔でコトリと朝食の味噌汁をローテーブルへと置いた。
「朝から、しっかりしたの作るんだな」
テーブルに自分用の朝食の小松菜と油揚げの味噌汁と、ワンプレートに厚焼き玉子、ソーセージ、きゅうりの浅漬けを乗せたおかず、茶碗いっぱいに盛った雑穀米が並んでいる光景を見て、再び五十嵐は感心した様子で菜乃に視線を向けた。
「朝食は一日の元気の素なので……」
大好きなご飯を褒められて、そこは少しだけ嬉しく感じた菜乃は、照れ隠しに寝起きで少し跳ねている髪の毛に指を滑らせた。
「健康的なんだけどさ、問題は量なんだよな。俺、茶碗山盛りにご飯を盛る女も初めて見たわ」
いちいち一言多い。
本当に帰って欲しい。
ご飯を楽しく食べたい菜乃は、早足でその場を離れると、ユニットバス内の物干し竿から、昨日汚れた五十嵐の上着を取ってくると、五十嵐の目の前でそれをテキパキと丁寧に畳み、袋に入れてズイと五十嵐へと突き出した。
「汚れた上着洗濯しておきましたので、どうぞこれを持ってお帰り下さい」
(ご飯が冷める前に早く帰って)
菜乃は心の中で付け加えた。
「えー、折角朝ごはん用意してくれてるなら俺、食べていくよ。何か腹減ったし」
「ふぁっ!? 」
そんな菜乃の心中など察することなく、しれっと五十嵐がご飯の前に座り込んだ。
菜乃は紙袋を渡そうと伸ばした手を見事にスルーされ、図々しく居座ろうとする五十嵐の態度に、伸ばした腕が怒りでプルプルと震えた。
(お前の為に用意した訳ではないわ! )
心の中で激しく突っ込みを入れる菜乃。
「いただきます」
そんな菜乃の心の声など知るよしもない五十嵐は、目の前の箸に手を伸ばすと、さっさとご飯に手を付け始めた。
「あ、ああ! 」
(私の朝ごはん……っ! )
菜乃はがっくりとその場に崩れ落ちた。
(きっとこの人は、どの女性ともこんな風に朝をむかえて、別れてきたのだろう……)
他人からの施しは自分への好意によるものだと疑うこともなく、受け入れる。
(やっぱり、この人嫌いだ)
朝食を食べられた怨みの目で、菜乃は目の前のイケメンをギロリと睨んだ。
だが、悲劇はここで終わりではなかった。
この日を境に、五十嵐が菜乃のアパートを度々訪れるようになるとは、この時の菜乃には想像もつかなかった――――
菜乃はソファで目を覚ました。
一瞬、どうして自分がソファで寝ていたのかを考えた。
そして、昨夜の出来事を思い出すと、菜乃は恐る恐る自分のベッドへと視線を向けた。
「あ……」
ベッドにはいまだに気持ちよさそうに寝息を立てて眠る五十嵐の姿があった。
「夢じゃなかったか……」
夢であって欲しかったと願ったが、菜乃は渋々現実を受け入れた。
時刻は朝の8時を回っていた。
菜乃は軽くその場で伸びをすると、そのままキッチンへと足を進めた。
* * *
トントントン。コトコトコト。ジュウゥゥ――。
聞き慣れない小気味の良い物音で、五十嵐はようやく重い目蓋を開けた。
(――久しぶりに良く寝たな)
目が覚めると同時にご飯の美味しそうな匂いが五十嵐の鼻腔をくすぐる。
ベッドで横たわりながら、五十嵐はごろりと匂いの元を探るように寝返りを打った。
視線の少し先に小さな間取りのキッチンで女が楽しそうにご飯を作っている姿が見えた。
(……誰だっけ? )
五十嵐はまだ少し寝ぼけた頭で記憶を辿った。
昨夜の飲み会で早々に酒を飲み過ぎ、デザイン部の陰キャぽっちゃり女が帰るタイミングに合わせ、自分も一緒にタクシーに乗って帰ってきたことを思い出した。
(それから、確かタクシーの中で気持ち悪くなって……。あの女に引き摺られるようにタクシーから降りて、道路で吐いて、それから――)
ぼんやりとした記憶の中に、ゲロで汚れた自分の服を脱がす女の姿が頭を過った。
その瞬間、五十嵐は一気に目が覚めると、焦った様子でバッと布団をめくり自分の格好を確認した。
ゲロの付いた上着は脱がされていたが、下着のシャツとズボンは身に着けたままだった。
していないことを確認すると、五十嵐は安心したように大きく息を吐いた。
それから、不思議なものを見るように、ご飯を作る女に視線を戻した。
◇
朝食を作り終えた菜乃は鼻歌を口ずさみながら、リビングへと食事を運んだ。
「――おい、小デブ」
「うわっ!? 」
リビングに足を踏み入れたと同時に寝ていると思っていた五十嵐から唐突に声が掛けられ、菜乃は思わず手にしたお皿を落としそうになって、慌てて態勢を整えた。
「お、起きられたんですね……。おはようございます。因みに小デブではなく、小森です……」
菜乃が朝食をテーブルに置きながら、引きつった笑顔で五十嵐に朝の挨拶と正しい名前を告げた。
「お前って凄いのな」
菜乃の挨拶を無視して、感心したように五十嵐が菜乃を見つめていた。
「何がですか……? 」
朝から褒められることなど何一つしていない菜乃は五十嵐の言葉に首をかしげた。
「俺、酒飲んで女と二人きりの部屋で何もなかったの初めてかも」
「ふぁっ!? 」
とんでもないことを言い出す五十嵐に菜乃は素っ頓狂な声を上げた。
「俺さ、身体にアルコール入ると性欲が増してさ、ついその時飲んでた女とヤっちゃうんだよな」
「………っ!? 」
「だけどさ、ゲロ吐くほど飲んだのに、手を出さないで朝までぐっすりって自分でも驚きだわ。やっぱり俺、生理的にタイプじゃないやつとは流石にヤらないんだな。これは良い発見だわ」
そう言って五十嵐はうんうんと一人で何度も頷いた。
(もう帰ってくれないかな……)
菜乃は引きつる顔でコトリと朝食の味噌汁をローテーブルへと置いた。
「朝から、しっかりしたの作るんだな」
テーブルに自分用の朝食の小松菜と油揚げの味噌汁と、ワンプレートに厚焼き玉子、ソーセージ、きゅうりの浅漬けを乗せたおかず、茶碗いっぱいに盛った雑穀米が並んでいる光景を見て、再び五十嵐は感心した様子で菜乃に視線を向けた。
「朝食は一日の元気の素なので……」
大好きなご飯を褒められて、そこは少しだけ嬉しく感じた菜乃は、照れ隠しに寝起きで少し跳ねている髪の毛に指を滑らせた。
「健康的なんだけどさ、問題は量なんだよな。俺、茶碗山盛りにご飯を盛る女も初めて見たわ」
いちいち一言多い。
本当に帰って欲しい。
ご飯を楽しく食べたい菜乃は、早足でその場を離れると、ユニットバス内の物干し竿から、昨日汚れた五十嵐の上着を取ってくると、五十嵐の目の前でそれをテキパキと丁寧に畳み、袋に入れてズイと五十嵐へと突き出した。
「汚れた上着洗濯しておきましたので、どうぞこれを持ってお帰り下さい」
(ご飯が冷める前に早く帰って)
菜乃は心の中で付け加えた。
「えー、折角朝ごはん用意してくれてるなら俺、食べていくよ。何か腹減ったし」
「ふぁっ!? 」
そんな菜乃の心中など察することなく、しれっと五十嵐がご飯の前に座り込んだ。
菜乃は紙袋を渡そうと伸ばした手を見事にスルーされ、図々しく居座ろうとする五十嵐の態度に、伸ばした腕が怒りでプルプルと震えた。
(お前の為に用意した訳ではないわ! )
心の中で激しく突っ込みを入れる菜乃。
「いただきます」
そんな菜乃の心の声など知るよしもない五十嵐は、目の前の箸に手を伸ばすと、さっさとご飯に手を付け始めた。
「あ、ああ! 」
(私の朝ごはん……っ! )
菜乃はがっくりとその場に崩れ落ちた。
(きっとこの人は、どの女性ともこんな風に朝をむかえて、別れてきたのだろう……)
他人からの施しは自分への好意によるものだと疑うこともなく、受け入れる。
(やっぱり、この人嫌いだ)
朝食を食べられた怨みの目で、菜乃は目の前のイケメンをギロリと睨んだ。
だが、悲劇はここで終わりではなかった。
この日を境に、五十嵐が菜乃のアパートを度々訪れるようになるとは、この時の菜乃には想像もつかなかった――――
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