会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶

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【5】嫉妬すらされない女

 マーケティング部とデザイン部の飲み会があってからの週明け。

 菜乃は何となく気まずい思いでデザイン部の扉を開けた。

「おはよう……ございますぅ……」

 語尾が少し小さくなったのは、先にオフィスにいた面々が、一斉に菜乃に視線を集中させたからだった。

 (ひっ……)

 いつもは皆、菜乃の挨拶は背中越しで「おはようございます」と返す程度であるのに、今日は皆が一様にじっと菜乃を恨めしそうに睨んでいるようだった。

 菜乃はこのまま回れ右をして帰りたくなったが、冷や汗を掻きながら、おずおずと自分のデスクまで足を進めた。
 オフィスの一番壁際の自分のデスクが遠くに感じた。

 ようやく菜乃がデスクに到着し、パソコンの電源を入れながら席に着く。

「小森さん! 」
「ひゃっ!? 」

 背後から声を掛けられ、菜乃は驚きで跳び跳ねた。

 恐る恐る背後を振り返ると、四人の女性社員に囲まれていた。

「す、すすすいませんでした! あの、五十嵐さんとは、な、何も、その……っ」

 菜乃は因縁を付けられる前に先に弁明を始めた。
 華やかな女子の集団も、菜乃にとってはイケメンと同じくらい苦手だった。

「当たり前でしょ。五十嵐さんが小森さんに手を出すなんて誰も思っちゃいないわよ」
「ほぇっ!? 」

 さらっと失礼なことを言われ、菜乃は女子の集団に視線を向けた。

「だけど、五十嵐さんが小森さんを介抱するために早く飲み会抜けちゃって、あのあと私達すっごくがっかりしたの」
「す、すみませんでした……」
 (介抱したのは私ですが)

 と言いそうになるのを菜乃はぐっと堪えた。

 その後のことを聞かれたらたまったもんじゃない。
 皆の憧れる五十嵐が菜乃のアパートに泊まって、朝ごはんを食べて帰っていったのだ。
 まんま言葉の通りだが、そんな話をしたらあらぬことまで想像されて、この女性社員達から大事な仕事道具のパソコンを破壊されかねない……。

 ごくりと菜乃は恐怖で唾を飲み込んだ。

「今期は今回の飲み会を最後に、暫くマーケティング部との飲み会はないだろうから、私達どうしてもこの間の穴埋めがしたいの」
「は、はぁ……」
「だけど、デザイン部とマーケティング部って中々接点がないし、マーケティング部ってちょっと格上で気軽に飲みに誘えない部署って感じじゃない? 」
「まぁ、そう、ですね」

 一体彼女達は自分に何の話がしたいのだろう。

 しかし、下手に何かを言って彼女達を刺激したくはない菜乃は、首を傾げながらも、彼女達の話に付き合うことを決めた。

「そこで! デザイン部で唯一、五十嵐さんと接点ができた小森さんにお願いがあるの! 」
「そうそう。私達五十嵐さんが帰ったあとで色んな策を練った結果、飲み会で介抱された小森さんが、この間のお礼とお詫びを兼ねて五十嵐さんとの飲み会を再設定しました、ってのはどうかと思って」
「もう、これしかない! 」
「えぇ!? 」

 デザイン部女子の無茶ぶりに、菜乃は椅子に座ったままのけぞった。

「私から五十嵐さんを飲みに誘えだなんて!? そんなの恋愛シュミレーションゲームの『ドキ☆ドキメモリーズ』で例えるなら、入学してから一年目で攻略キャラに告白しに行く位無理ゲーですよ! 」

 例えがオタク寄りなのは仕方ない。菜乃の例えに、女性社員達が一斉に困惑した表情となる。

「――あのね、小森さん? 私達すっごく、五十嵐さんとの飲み会楽しみにしていたの」

 女性社員なかで一際目を惹く華やかな女性、小早川こばやかわ咲希さきが、慌てふためく菜乃のふっくらした肩に、ガシッと両手を置いた。

「やだ、凄い弾力……」

 菜乃の逞しい肩の肉に、思わず小早川の口から驚きの声が漏れる。
 菜乃はそんな彼女の呟きを無視し、話を本題に戻した。

「それは、良く存じ上げていましたが……」

    (この人、飲み会前に五十嵐さんにお持ち帰りされたいって言ってたな)

    と菜乃は思い出した。

「小森さんが具合が悪くさえならなければ、五十嵐さん、途中で帰ることなかったんだよね~」
「そ、それはっ……」

 痛い所を突かれて菜乃は言葉に詰まった。
 実際は、菜乃に便乗して帰ろうとしたのは五十嵐の方なのだが。
    事実を上手く伝えられる気がしない菜乃は押し黙った。
 そんな菜乃を見て、今が攻め時だと小早川は鼻息荒く、畳みかけるように菜乃に詰め寄った。

「私達に申し訳ないと思うなら、今の計画で五十嵐さんを飲みに誘って! お願い! 」

 これはもう『うん』と言わない限り、彼女らは菜乃の前から去らないだろう。
 もう既に、彼女達とのやり取りにげんなりしていた菜乃は、この場だけを乗り切るために、小さくこくりと頷いた。

「やった! 」
「あ、で、でも」

 喜ぶ女性社員達を前にして、五十嵐の彼女の存在が菜乃の脳裏を過った。

「なに? 」

 躊躇する菜乃に対して、肩を抑えていた小早川が怪訝な表情になる。

「五十嵐さんって、確か今、彼女いませんでしたっけ? 会社の飲みなら仕方ないですけど、彼女持ちな人を個人の飲みに誘っても良いものでしょうか……」

 菜乃の真っ当な意見に、先程まで嬉々としていた面々が一瞬でしんと静まり返る。

「やっぱり、駄目ですよね。彼女いる人目当てでの飲み会なんて」
「――大丈夫! 」

    ガシッと。

「ひっ! 」

 再び小早川が菜乃の肩を強く抑えた。

「な、何が大丈夫なんでしょうか……? 」

 目の前の小早川に菜乃が恐る恐る尋ねた。

「それは、ほらあれよ? 彼女持ちだって、私達の魅力にかかれば関係ないわよ。ねー、皆? 」

 小早川は歯切れが悪そうにそう言うと、周りの女子達に同意を求めた。

「う、うん。そうね」
「そうよ! 私達には魅力があるもの! 例え彼女がいたとしても、あっちから飲み会に来たいって言ってくるはずよ! 」
「ええ、きっとね⭐️」

 最早訳が分からない道理の応酬に、菜乃はがっくりと肩を落とした。
 目の前の小早川を始め、彼女達は五十嵐の彼女に申し訳ないなんて思いは、これぽっちも持ち合わせていないようだった。
 それは、五十嵐が彼女を作ったとしても、遊びとして付き合っているということを証明しているように菜乃は思えた。
    菜乃の彼への評価が一段と下がる。

 だがしかし。
    デザイン部の女性社員達も、既に五十嵐のなかでどんな評価を受けているかを知っている菜乃は、複雑な思いで、目の前ではしゃぐ彼女達を眺めていた。

『デザイン部って、あんまりパッとした子いなくてちょっとガッカリしたわ』
『あー、マジで助かった。デザイン部との飲み全然楽しくないし、次から次に女性社員が酒継ぎにやってくるしで、かったるくて早く帰りたかったんだよな』

 (皆さん残念ですが、多分、いや絶対に五十嵐さんはこの飲み会には参加しません……)

 そもそも、自分がどうやって五十嵐を誘えというのか。
 菜乃がマーケティング部に出向く理由など、ましてや五十嵐に直々に話をするチャンスなど巡って来るはずがない。
 加えて、出来れば菜乃はもう二度と五十嵐とは関わりたくないと思っていた。

 菜乃は途方に暮れた。
    やがて、一通り言いたいことを菜乃へ伝えた女性社員達は、各々のデスクへと戻って行った。
     けたたましかった彼女達がいなくなると、ようやく菜乃はパソコンに向かった。
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