家事力底辺の私を捨てた元カレが復縁を迫ってきましたが、年下スパダリ彼氏に溺愛されてるのでもう手遅れです

久留茶

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【7】待ち伏せ

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 晴れて叶多と恋人同士となった灯里は、残業後、叶多が待つ自分のアパートへと急いで帰宅するべく、職員駐車場へと早足で向かっていた。

 暗闇に自分の車を見つけると、灯里は鞄から車のキーを取り出そうと、鞄の中に手を入れた。

 その時――

「灯里」

 不意に背後から、声が掛けられる。
 その声に、灯里は一瞬ギクリと身体を強張らせた。

 自分の名を気安く呼ぶ男は一人しか知らない。
 まさか、職場で待ち伏せされるとは思っていなかった。

 内心、動揺しつつも、灯里は宏哉の呼び掛けに無視を決め込んだ。
 後ろを振り返らず、鞄から素早く車のキーを取り出すと、ロックを解除した。

「おい、待てよ! 」
「やっ……! 」

 灯里が車に乗り込もうとした瞬間、慌てたように、後ろから宏哉が、羽交い締めの格好で灯里を抱き締めた。

 不幸なことに、夜の駐車場には灯里と宏哉以外、人はいない。

「ハハ。初めからここでこうすれば良かったのか」

 宏哉は腕の中の灯里を見て、満足そうに笑った。
 そんな宏哉に対し、灯里が鋭い視線を彼へと向ける。

「この間の件と言い、一体今更何の用? 私達もう何の関係もないでしょう? 」
「おいおい、冷たいこと言うなよ。お前と俺の仲じゃないか」
「私達、とっくに別れているじゃない!?  しかも、あなたにはひまりさんって言う素敵な奥さんがいるでしょ? 」
「ああ……、それなんだけどな……」

 “ひまりさん”という名前を出した途端、宏哉の顔が暗く沈んだ。

「……なぁ、何もしないから近くのレストラン行かね? 奢るからさ、少しで良いんだ。俺の話を聞いてくれよ」

 嫌だと言えば、この場で宏哉が何をしでかすか分からなかった。
 今の宏哉にはそんな危うさがあった。

(大勢の人がいるなら、宏哉だって下手なことは出来ないはず……)

 そう考えて、灯里は小さく頷いた。

「……分かった。話は聞く。その代わり、これを最後に金輪際私の前に現れないで」
「……ああ、分かった」

 そう答えた宏哉から視線を逸らすと、灯里は鞄からスマホを取り出し、相手に気づかれないように素早く指を動かした。

 《元カレに駐車場で捕まった。これからレストランで話だけ聞いてくる。人もいるし大丈夫だと思うから、心配しないで》

 打ち込んだメッセージを叶多に送信すると、灯里は震える手でスマホをしまい込んだ。


 そんな灯里の様子には気付かず、宏哉は灯里へ促されるまま灯里の車へと乗り込んだ。

(なんだかんだ言っても、灯里はまだ俺に気があるはずだ。話さえ出来れば、きっとまた灯里は俺を許すに違いないさ)

 宏哉は勝手に自分の都合の良い方向に考えると、その顔にうっすらと笑みを浮かべた。


 ◇


 灯里の車に乗って、二人は病院から一番近いレストランへとやって来た。
 レストランに入ると、二人は向かい合う形で席に着いた。

「夕飯まだだろ? 奢るから好きなの頼めよ」
「いい。彼氏がご飯作って待っててくれてるから。早く話だけ聞かせて」

 灯里が先制攻撃と言うように、彼氏の存在を宏哉にアピールする。

「彼氏って、この前アパートにいたあの頼りなさそうな男かよ。ご飯作ってくれてるって、そりゃまた、随分お前にとって都合のいい相手見つけたんだな。どこで知り合ったんだ? まさかマチアプか? 」
「同じ職場の介護の子よ。私よりも年下だけど、全然頼りになる子よ。何より私だけを好きでいてくれるし、一途で真っ直ぐで誰かさんとは大違い」

 灯里は宏哉への皮肉も込めて、叶多をべた褒めする。
 宏哉は灯里の言葉に、ひくりと顔を引きつらせながら、負け惜しみのような言葉を返した。

「ハッ。介護かよ。そりゃ、稼ぎのいいお前にいくらでも奉仕するだろうさ」
「ちょっと! 叶多君を馬鹿にしないでよ。そんなことしか言わないなら、これ以上宏哉と話すことなんてないわ 」

 ガタリと灯里が座っていた席から立ち上がる。

「や、わりぃ。ついつい口が滑っちまった。俺が言いたいのはそんなことじゃなくて……」

 宏哉が慌てて灯里を引き留める。

「じゃなくて、何? 」

 じろりと灯里が宏哉を睨んだ。

「とにかく座ってくれ、な? 」

 灯里の機嫌を伺いながら、ソワソワとした様子の宏哉を訝しく思いながら、灯里は渋々その場に腰を下ろした。

 少し前の灯里だったら、こんな形でも自分を訪ねて来る宏哉のことを喜んだかもしれない。
 それ程以前の灯里は宏哉しか見えていなかった。
 そんな自分を想像し、灯里は嫌悪感を覚えた。

(こんな風に思うことが出来るようになったのは、叶多君のお陰だ)

 灯里は、良い方向で立ち直るきっかけをくれた叶多に感謝した。

「俺達、やり直さないか? 」
「は? 」

 叶多を想い、温かい気持ちになっていた灯里の心が、唐突に告げられた宏哉の愚かな一言で、急速に冷めていく。

「……ふざけて言っているの? 」
「そんなわけないだろ。大真面目だよ」
「ひまりさんはどうしたの? あなたの理想そのまんまの人だったでしょ? 」

 灯里の冷たい声に宏哉は一瞬怯むものの、言葉を続けた。

「最初はそう思ったんだ。だけどさ、あの動画みたいな丁寧な暮らしがさ、俺には段々と窮屈に感じ始めてきたんだよ」

 宏哉のあまりにも勝手な物言いに、灯里のこめかみにビシリと青筋が浮かぶ。
 この男は別れる時に何と言っていただろうか。

『俺さ、やっぱり一緒になる女は完璧に家事がこなせる女がいいんだわ。まぁ、お前も最近は頑張ってたみたいだけどさ。俺的には彼氏の前ではいつでも綺麗にしてて欲しいっていうか……」

「“完璧な女”がいいって、言ってたよね? それなのに、完璧な暮らしが窮屈に感じた? 」
「そうなんだよ。ほら、いくら豪華で美味しいご飯を食べたいって言ったって、ホテルの飯とか食べ続けてたら、胃もたれしてげんなりするじゃん。あんな感じだよ。たまには味噌汁ぶっかけたご飯が食べたくなるっていうか。……何より、あいつ、動画作るのに夢中で全然俺のことなんて見えてないっつーか。俺もあいつの動画としての一部みたいな感じに思えてきて、そしたら何だかお前のことが恋しくなっちゃってさ」

 そう言って、宏哉がテーブルの上に置いていた灯里の手に自分の手をそっと重ねた。

 瞬間、灯里の全身にゾッと鳥肌が立った。
 灯里は慌てて宏哉から手を離した。

「冗談じゃないわ。あんなに私を馬鹿にして振ったくせに、よくもそんな勝手なことが言えたわね。あなたが誰かを選べるなんて、勘違いも甚だしい。あなたにひまりさんは勿体ないわ! 」

 これ以上は不快すぎてとても宏哉と一緒にいる気にはなれなかった。
 灯里は宏哉から逃げるように、レストランから飛び出した。

「あ、おい待てよ! 」

 灯里の後を慌てて宏哉が追いかける。
 レストランの駐車場に来ると、宏哉が灯里の腕を掴んで自分へと引き寄せた。

「やだ、離してってば!」
「あんな社会人なりたてのぺーぺーより、まだ俺の方がお前を幸せに出来るだろ? 介護士の男の給料なんてたかが知れてるし、そいつじゃお前を養うことなんて到底出来ないだろ。 お前いつも看護師辞めたいって言ってたよな。いいよ、辞めても。俺がお前のこと養ってやるよ」

 どこまでも上から目線の物言いと、人をお金の価値で判断する宏哉に、灯里はとうとう我慢の限界を迎えた。
 灯里が宏哉に向かって手を振り上げた、その時だった。

 バキッ!!
 鈍い音と共に宏哉の身体が道路に倒れる。

「え……?」

 灯里の脳裏が一瞬真っ白になる。
 恐る恐る顔を上げると――

 街灯に浮かび上がったのは、肩で息をしながら立ち尽くす叶多の姿だった。
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