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中学編。
きっかけ 1
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*
朝の冷たく澄んだ空気。
湊斗が起きる頃には父親の姿はない。テーブルに置かれた一万円を財布に入れると学生服の第一ボタンまでしっかり嵌め一切気崩さない、真面目な中学生の顔で家を出た。
「見川君、おはよう」
「………」
陰気な奴はクラスに一人だとは限らない。
湊斗はいつも黒板側ではなく生徒用のロッカー等が置かれた後ろ側から教室に入る。
だいたい、朝、教室に入るのは湊斗は2番目だ。1番目は後ろの、出入り口の近くの席の男子生徒。見川勇治だ。
彼は小学校まではサッカークラブに所属していた。生徒会に属していた勇治は集会の時や行事の時、司会進行を任せられ忙しくしている姿を見掛けるだけの『同じ小学校の生徒』というちらりと顔知り程度だった。湊斗は勇治に対して明るく活発な印象を持っていたが、今はその面影はない。暗い表情で俯いてばかりいる。
あいつの兄貴、少年院に入ったらしいぜ、と影で囁かれている。
勇治の後ろで囁かれる声はひそひそと小声なのに、耳を塞いでも、ひそひそ声は耳につく。噂話をする悪意ある表情を見てると嫌な気分になった。
勇治に挨拶をしても微かに濡れた瞳をあげて視線をこちらに向けるだけで挨拶を返してくれない。
視線だけ合わせる、石化した銅像のようになり無言を決め込まれるが、彼の様子はいつもの事で湊斗は特に気にしない。
(別に挨拶を返して欲しいとは思っていない)
朝、人と会ったら挨拶をする。
人付き合いが得意だった母親、みな子の教えをただ守っているだけだ。
天国に召された母親。幼稚な考えだけど、天国から見守ってくれている、と心の中で信じている。だから、母親の教えを律儀に守っているのだ。
いいこ、でいれば母親がきっと助けてくれる。
今は母親はまだ新参者で霊力が大して備わっていないから、酷いことをする父親を罰する事が出来ないだけ。最初の頃は寂しさを自分の中から逃がす為の空想、だったが、それは今になっては大きく膨らんで母親は『神様』のような信仰対象になっていた。
母の教えを守り、沢山勉強して周囲の大人に誉められて、正しいことをしないと。誰よりもいいこでいないと。母親は手の掛からない成績優秀ないいこな息子を自慢していた。
だから、母親が死んでも、優等生であるべきでそれが救われる条件なのだ。と。
亡き母にすがるしか心の拠り所がなかった。
教壇の後ろには花瓶に花が生けられている。担任の山口謙吾は花屋の息子で、幼い頃から花に囲まれ育ってきた。周囲に花の甘い香りと目を楽しませてくれる色、がないと落ち着かない。不器用で花は好きだが枯らしてしまう、その為、1年C組だけ『生き物係』があった。
勇治の横を通り過ぎて湊斗は自分の席へと向かう。
窓側の3番目の席。その机の上に鞄を置くと湊斗は花が生けられた花瓶を抱えて水を替えに行く。頻繁にやり過ぎると根腐りするので、花の機嫌を窺いながらだ。
『生き物係』は、湊斗が請け負っている。
みんな面倒な事はやらないし、世話をしないと枯れてしまう生き物が何だか憐れで手を掛けたくなる。
花瓶を戻すと、湊斗は漸く席に座った。
比較的物静かな生徒が周辺を取り囲んでいるので、自分の席の位置が大層気に入っている。
周囲のお喋りの声が煩わしくて授業に集中出来ない、という事がないからだ。
義務教育。勉強するのは子供の仕事。
将来役に立つか分からないが、大人になる通過点なら優秀な成績で通りすぎようと、湊斗は机に向かっている。
しかし、今はまだ授業開始まで時間が30分以上ある。だいたい3番目あたりから賑やかになるが、彼らはまだ家で何かとやっているのであろう。
二人っきりの居心地の悪さ、は不思議と感じてはいない。特に無理して会話をするような間柄ではないから、本の世界へと入り込めば時間などあっという間に時は湊斗の前から過ぎ去ってくれる。
鞄から一冊の本を取り出した。何度もページを捲っているので少し紙が指の摩擦で擦れて薄くなっている。
厚みがある豪華な装飾品が施されたカバー。文字は英語。その内容は有名な童話を美化されて書かれたものだった。
人間の醜い内面を事細かに文字で表現されたものや残酷な最後にする、童話集もあるらしいが湊斗はそういった類いのものを苦手としている。物語くらい夢を見ていたい。と、願う。
湊斗は健気な主人公が苦労して、最後は幸せになるハッピーエンドの話が好きだ。
新しい本に興味を持つが、途中で現実に引き戻される言葉や台詞があると興醒めしてしまう。それが嫌なので、湊斗が持っている本はこの一冊だった。
不思議と日本語より外国語の方が馴染みがある、気がする。初めて見る文字でも自然と頭のなかで分かる言葉に翻訳されつらつらと物語の中へと誘われるのだ。
「おはよっす、湊ちゃん!」
明るく好意的な声が現実世界へと湊斗を連れ戻す、白雪姫が毒リンゴを食べる緊迫した空気が一瞬にして平和な空気に霧散して日常へと溶け込んだ。
「おはよう、七原君」
諦めのため息を洩らして本を閉じた。図書館ではない限り学校での読書は途中で邪魔されるものだ。湊斗は、スポットライトのような明るい声の主、七原ハリスに視線を向けた。彼はハーフで癖がある天然の金髪と蒼い瞳。睫毛が長く性別を超えた美しい顔立ちをしている彼は某有名な映画監督を虜にしている子役である。
湊斗は人の面の皮の美醜には興味がない。ただの何故か話しかけてくる変わっているクラスメイトという認識でしかない。
「宿題って、やって来た?」
「もちろん、やって来てるよ。当たり前でしょ」
「お願い!どーしても分からないところがあるの、教えて」
両手を合わせて拝むポーズをする。いいよ、と答えながらハリスが最初に話し掛けてきた時の事を思い出した。
朝の冷たく澄んだ空気。
湊斗が起きる頃には父親の姿はない。テーブルに置かれた一万円を財布に入れると学生服の第一ボタンまでしっかり嵌め一切気崩さない、真面目な中学生の顔で家を出た。
「見川君、おはよう」
「………」
陰気な奴はクラスに一人だとは限らない。
湊斗はいつも黒板側ではなく生徒用のロッカー等が置かれた後ろ側から教室に入る。
だいたい、朝、教室に入るのは湊斗は2番目だ。1番目は後ろの、出入り口の近くの席の男子生徒。見川勇治だ。
彼は小学校まではサッカークラブに所属していた。生徒会に属していた勇治は集会の時や行事の時、司会進行を任せられ忙しくしている姿を見掛けるだけの『同じ小学校の生徒』というちらりと顔知り程度だった。湊斗は勇治に対して明るく活発な印象を持っていたが、今はその面影はない。暗い表情で俯いてばかりいる。
あいつの兄貴、少年院に入ったらしいぜ、と影で囁かれている。
勇治の後ろで囁かれる声はひそひそと小声なのに、耳を塞いでも、ひそひそ声は耳につく。噂話をする悪意ある表情を見てると嫌な気分になった。
勇治に挨拶をしても微かに濡れた瞳をあげて視線をこちらに向けるだけで挨拶を返してくれない。
視線だけ合わせる、石化した銅像のようになり無言を決め込まれるが、彼の様子はいつもの事で湊斗は特に気にしない。
(別に挨拶を返して欲しいとは思っていない)
朝、人と会ったら挨拶をする。
人付き合いが得意だった母親、みな子の教えをただ守っているだけだ。
天国に召された母親。幼稚な考えだけど、天国から見守ってくれている、と心の中で信じている。だから、母親の教えを律儀に守っているのだ。
いいこ、でいれば母親がきっと助けてくれる。
今は母親はまだ新参者で霊力が大して備わっていないから、酷いことをする父親を罰する事が出来ないだけ。最初の頃は寂しさを自分の中から逃がす為の空想、だったが、それは今になっては大きく膨らんで母親は『神様』のような信仰対象になっていた。
母の教えを守り、沢山勉強して周囲の大人に誉められて、正しいことをしないと。誰よりもいいこでいないと。母親は手の掛からない成績優秀ないいこな息子を自慢していた。
だから、母親が死んでも、優等生であるべきでそれが救われる条件なのだ。と。
亡き母にすがるしか心の拠り所がなかった。
教壇の後ろには花瓶に花が生けられている。担任の山口謙吾は花屋の息子で、幼い頃から花に囲まれ育ってきた。周囲に花の甘い香りと目を楽しませてくれる色、がないと落ち着かない。不器用で花は好きだが枯らしてしまう、その為、1年C組だけ『生き物係』があった。
勇治の横を通り過ぎて湊斗は自分の席へと向かう。
窓側の3番目の席。その机の上に鞄を置くと湊斗は花が生けられた花瓶を抱えて水を替えに行く。頻繁にやり過ぎると根腐りするので、花の機嫌を窺いながらだ。
『生き物係』は、湊斗が請け負っている。
みんな面倒な事はやらないし、世話をしないと枯れてしまう生き物が何だか憐れで手を掛けたくなる。
花瓶を戻すと、湊斗は漸く席に座った。
比較的物静かな生徒が周辺を取り囲んでいるので、自分の席の位置が大層気に入っている。
周囲のお喋りの声が煩わしくて授業に集中出来ない、という事がないからだ。
義務教育。勉強するのは子供の仕事。
将来役に立つか分からないが、大人になる通過点なら優秀な成績で通りすぎようと、湊斗は机に向かっている。
しかし、今はまだ授業開始まで時間が30分以上ある。だいたい3番目あたりから賑やかになるが、彼らはまだ家で何かとやっているのであろう。
二人っきりの居心地の悪さ、は不思議と感じてはいない。特に無理して会話をするような間柄ではないから、本の世界へと入り込めば時間などあっという間に時は湊斗の前から過ぎ去ってくれる。
鞄から一冊の本を取り出した。何度もページを捲っているので少し紙が指の摩擦で擦れて薄くなっている。
厚みがある豪華な装飾品が施されたカバー。文字は英語。その内容は有名な童話を美化されて書かれたものだった。
人間の醜い内面を事細かに文字で表現されたものや残酷な最後にする、童話集もあるらしいが湊斗はそういった類いのものを苦手としている。物語くらい夢を見ていたい。と、願う。
湊斗は健気な主人公が苦労して、最後は幸せになるハッピーエンドの話が好きだ。
新しい本に興味を持つが、途中で現実に引き戻される言葉や台詞があると興醒めしてしまう。それが嫌なので、湊斗が持っている本はこの一冊だった。
不思議と日本語より外国語の方が馴染みがある、気がする。初めて見る文字でも自然と頭のなかで分かる言葉に翻訳されつらつらと物語の中へと誘われるのだ。
「おはよっす、湊ちゃん!」
明るく好意的な声が現実世界へと湊斗を連れ戻す、白雪姫が毒リンゴを食べる緊迫した空気が一瞬にして平和な空気に霧散して日常へと溶け込んだ。
「おはよう、七原君」
諦めのため息を洩らして本を閉じた。図書館ではない限り学校での読書は途中で邪魔されるものだ。湊斗は、スポットライトのような明るい声の主、七原ハリスに視線を向けた。彼はハーフで癖がある天然の金髪と蒼い瞳。睫毛が長く性別を超えた美しい顔立ちをしている彼は某有名な映画監督を虜にしている子役である。
湊斗は人の面の皮の美醜には興味がない。ただの何故か話しかけてくる変わっているクラスメイトという認識でしかない。
「宿題って、やって来た?」
「もちろん、やって来てるよ。当たり前でしょ」
「お願い!どーしても分からないところがあるの、教えて」
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