愛しい、けもの。

遊虎りん

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プロローグ  

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リズがおかあさんすごい、えらいとわたしの頭を小さな手で撫でる。

「いいこ、いいこ、おかあさん、いいこね」

舌ったらずな幼い声に褒められてわたしはくすぐったくなった。
母親になってから褒めて貰えるとは思っていなかった。しかも自分の子供に。

「……失敗しても諦めず頑張るとね上手になるの」

わたしはリズの額に柔らかく唇を軽く触れさせ愛おしいという思いを込めてキスをした。
そして母親としての願いをゆっくりとした口調で語る。自然と声も優しくなった。

「途中で諦めるのは簡単なことよ。でもね、どうして上手くいかないのかなって考えて頑張ったら時間はかかるかもしれないけどいつかは出来るようになる。『お母さん』はリズには諦めないで頑張って欲しいの」

「はい!やれることがたくさんあったほうがたのしいから、リズがんばるよ」

「ありがとう。リズが1人で出来るようになるまで手伝う。……私が見えなくて離れているところに居てもいつもリズを応援しているからね」

わたしはリズの柔らかい子供らしい丸み帯びた顔に愛情を込めて頬を擦り寄せた。
それがリズにとっては嬉しくて擽ったくて無邪気に喜んだ。
2人の楽しそうな笑い声が日当たりが悪く薄暗い部屋を明るくする。

「もうすぐ6歳になるわね。そろそろリズもお友達という宝物を見つけにいってもいいかな」

「おかあさん、おともだちってなあに?」

「……一緒に笑ったり、怒ったり、泣いたり。遊んだりして時を色濃くしてくれる。名前を呼んでくれて認めてくれるひと」

母と子の2人の小さな世界は愛しい気持ちで包まれてわたしは幸せだ。
リズが側に居てくれるだけでいい。
けれど、リズはこの先、たくさんの人たちに囲まれて充実した毎日を過ごして欲しい。

このままの生活ではいけない。
悩むことは多いけれどわたしは神に感謝していた。
何事もなく娘と平穏無事に過ごせている事を。

しかし、永遠につづくものはこの世には存在しない。
突然、壊れる。自分の手によってかえる時もあるが予期せぬものに形を歪められる時もある。
わたしの場合は後者で無情にも存在する未来の時を奪われた。
一瞬だった。鋭い爪で胸を裂かれる。
黒い影がこちらを赤い二つの光をぎらつかせ睨んでいた。
血が滴る爪が再びわたしに襲い掛かるが、白い何が前に飛び出してそれを阻んだ。
意識が途切れそうになるが幼い声で呼び戻された。

「……っ、……おかあさん!」

夕暮れの時間には眠っているはずのリズがわたしの胸の傷口を必死で舐めて溢れる血を止めようとしてた。リズの口の周りの真っ白の毛がわたしの真っ赤な血で染められていく。
明るい月のような瞳が怯え色をなくしている。

「なんで、……なんで、なんで……」

リズの声が遠退いていく。
大丈夫よ、と声をかけてリズを慰めたい。だが、確実に命が終わる。

(……リズ、…………泣かないで)

顔を歪めリズの瞳から涙が溢れる。
ポタポタと微かな音とぬくもりを少し残した涙のしずくがわたしの頬を濡らしていく。

わたしは泣いている愛しいわが子を抱き締めたい、と薄れゆく意識のなか思った。
そして、もう一人の愛おしい人に魂が寄り添う。
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