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第一章
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いつの間にか、千紗は眠っていた。そして夢を見ていた。鈴虫が鳴いている。夜の濃い独特な空気が漂い肌寒い。父方の田舎にある祖父の家と同じような懐かしい感じがした。
若い女の声がする。
『…お母ちゃんは酷い母親なのよ。愛しいお前を『由緒ある家』に捨てて生きるの。私は貴方の幸せを願いながらこれからずっと一人で生きていく…ずっと、一人を繰り返して生きてくわ。けして私は幸せにはならないから。未来永劫、生まれ変わってもずっと一人。こんな、酷いお母ちゃんなんて早く忘れて立派におなり。そして幸せにおなり』
夢の中で千紗は粗末な着物に身を包んでいた。幼いながらも利発そうな顔立ちの男の子を腕に抱いている。まだ、その子は幼くあーうー、と言葉にならない声を発していた。
千紗は泣きながらその子に最後のお乳を飲ませている。乳房に吸い付いて夢中でお乳を飲む我が子に言い聞かせていた。腹一杯にお乳を飲んで腕の中で眠る幼児の頭を愛しそうに撫でた。
『…この子を宜しくお願い致します』
そして、我が子の額に優しく唇を押し付けて最後の別れをすると背筋を真っ直ぐに正座をした男と向き直る。男は千紗とは対照的に鮮やかな紫と白色に染められた上質な着物に身を包んでいる。
顔は霧が掛かっていてよく見えない。男は口を開いたが、よく聞き取れなかった。
ピピピ…時計のアラーム音が静寂な部屋に響く。
目が覚める。いつもと変わらず一人ぼっちの朝。
カーテンの隙間から朝の光が溢れて頬を白く照らす。眩しくて顔をしかめる。低く唸ると目元を指先で擦り窓に背を向けた。
(…夢をみていた気がする)
目を覚ました瞬間、夢の内容は忘れてしまった。もの悲しい名残だけが胸に残っている。
空腹を感じる。何かを口にしたいが、千紗は食欲という欲求は薄いというよりは、食べ物に魅力を感じなかった。食べることに罪悪感がある。自己紹介で好きな食べ物を聞かれるのが何よりも苦痛だ。
仕方なく千紗は起き上がり飴が入ったポーチに手を伸ばした。無造作に手を突っ込んで掴む。イチゴのイラストが描かれている。安い飴だが味は気に入っている。
気持ち悪い、飴をいつものように口の中に入れて舐めた途端嫌な感じがして慌ててティッシュに吐き出した。イチゴミルクを舐めたのにかびの生えた雑巾の匂いを嗅いでしまった後のような、喉に引っ掛かる不衛生な気分になったのだ。
心臓が早鐘打つ。味覚がおかしくなったのか。ドリンクゼリーや栄養剤の摂取しかしていないから、元より味覚が正常であるとは言い難い。けれど、千紗は立ち上り冷蔵庫のドアを開けた。ミネラルウォーターのペットボトルを手に取る。ふたを開けると口をつけて飲む。ごくり、と喉が鳴る。
目を見開いて千紗は台所に行くと口に含んだ水を吐き出した。
若い女の声がする。
『…お母ちゃんは酷い母親なのよ。愛しいお前を『由緒ある家』に捨てて生きるの。私は貴方の幸せを願いながらこれからずっと一人で生きていく…ずっと、一人を繰り返して生きてくわ。けして私は幸せにはならないから。未来永劫、生まれ変わってもずっと一人。こんな、酷いお母ちゃんなんて早く忘れて立派におなり。そして幸せにおなり』
夢の中で千紗は粗末な着物に身を包んでいた。幼いながらも利発そうな顔立ちの男の子を腕に抱いている。まだ、その子は幼くあーうー、と言葉にならない声を発していた。
千紗は泣きながらその子に最後のお乳を飲ませている。乳房に吸い付いて夢中でお乳を飲む我が子に言い聞かせていた。腹一杯にお乳を飲んで腕の中で眠る幼児の頭を愛しそうに撫でた。
『…この子を宜しくお願い致します』
そして、我が子の額に優しく唇を押し付けて最後の別れをすると背筋を真っ直ぐに正座をした男と向き直る。男は千紗とは対照的に鮮やかな紫と白色に染められた上質な着物に身を包んでいる。
顔は霧が掛かっていてよく見えない。男は口を開いたが、よく聞き取れなかった。
ピピピ…時計のアラーム音が静寂な部屋に響く。
目が覚める。いつもと変わらず一人ぼっちの朝。
カーテンの隙間から朝の光が溢れて頬を白く照らす。眩しくて顔をしかめる。低く唸ると目元を指先で擦り窓に背を向けた。
(…夢をみていた気がする)
目を覚ました瞬間、夢の内容は忘れてしまった。もの悲しい名残だけが胸に残っている。
空腹を感じる。何かを口にしたいが、千紗は食欲という欲求は薄いというよりは、食べ物に魅力を感じなかった。食べることに罪悪感がある。自己紹介で好きな食べ物を聞かれるのが何よりも苦痛だ。
仕方なく千紗は起き上がり飴が入ったポーチに手を伸ばした。無造作に手を突っ込んで掴む。イチゴのイラストが描かれている。安い飴だが味は気に入っている。
気持ち悪い、飴をいつものように口の中に入れて舐めた途端嫌な感じがして慌ててティッシュに吐き出した。イチゴミルクを舐めたのにかびの生えた雑巾の匂いを嗅いでしまった後のような、喉に引っ掛かる不衛生な気分になったのだ。
心臓が早鐘打つ。味覚がおかしくなったのか。ドリンクゼリーや栄養剤の摂取しかしていないから、元より味覚が正常であるとは言い難い。けれど、千紗は立ち上り冷蔵庫のドアを開けた。ミネラルウォーターのペットボトルを手に取る。ふたを開けると口をつけて飲む。ごくり、と喉が鳴る。
目を見開いて千紗は台所に行くと口に含んだ水を吐き出した。
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