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予章
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しおりを挟む男は狙った獲物が逃げるのを許さない性格で、獲物が躊躇った瞬間を見逃してくれるような寛容な大人ではなかった。
白く細い少女の手首を男が無遠慮に強く掴んだ。
ぐいっとそのまま上へと持ち上げられ小さな身体が浮かんで宙ぶらりんの状態になる。
足をバタバタと動かし何とか地面へと降りようと抵抗する。
しかし、靴が片方の足先からころん、と音を立てて落ちただけだった。
「……っ、離して!」
必死な形相で少女はもがく。
この手から早く逃れたい。男の手は冷たく身も心も凍えてしまいそうになる。
この男は普通の人間ではない。
身の危険を感じた。
少女の顔が青ざめて血の気を失う。
男が現れる前は幸福感に包まれ幸せに感謝する毎日だったのに。
一瞬にしてその時が灰色に塗り潰された。現実感がない。悪夢を見ているようだ。いや、これは夢で現実ではない。夢なら早く覚めて欲しい。母親の元へ帰りたい。
初めての恐怖心で息が詰まりそうになる。
ガタガタと少女は身を震わせた。
「何を怖がっているんです?私はただ貴女に挨拶しただけですよ。可愛いらしいお嬢さん」
相変わらず男の口調は丁寧で優しげである。
だが、瞳は笑っていない。そして何かを内に秘めた燻っている熱さを感じる。
その熱を感じてちくん、と少女の胸が小さく痛んだ。
なにか、このひとにいわないと。
そのなにか、は霧の中で宝物を見つけるくらいに難しいと少女は直感した。
「お前、どこから来た?ここはお母さんしか入ってこれないはず。蟻一匹も踏み込めない」
恐怖心を持って人へ言葉を放つのが生まれて初めて、という以前に少女は母親以外の人間と言葉を交わすのが初めてだった。
緊張で声が震える。
風が少女の白く美しい首筋を晒した。
その瞬間、男はぎりと奥歯を噛み締めて低く唸った。
「そうですねえ。ここは普通の人間や下等な魔物だったら存在すら気が付かないでしょうね。上手く隠している」
ふ、と男は優しい仮面を脱ぎ捨て意地悪く口元を歪ませた。丁寧な口調はそのままだが、声のトーンが一段低くなった。
男は少女の手首を掴む力を強めた。
男の太く長い指が少女の白い手首に食い込んで赤く鬱血する。
痛みに顔を歪める少女を眺めて獲物をいたぶり楽しんでいる獣のように男は双眸を細めた。
この男は危険だ、逃げないと!
少女は気を集中させる。人間の姿だとこのまま担がれ見知らぬ遠い場所へと拐われてしまうかもしれない。
この男の目的は知らないが、何故か執拗に少女を狙っているというのが分かった。
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