27 / 44
第二部
第26話 潮風、大海の真の男
しおりを挟む
――翌日。
リベルタスの港付近に人だかりができて、喧騒につつまれていた。
何か面白いことがあったのかと調べにきたエリー。
どうやら海に大型の魔物が出て、『イトの国』との定期船が休止するらしい。
冒険者ギルドでこれに関するクエストが発注されたとか、そんな話だった。
エリーはこの話を聞きつけると、ギルド拠点へ戻って行った。
「へぇ~、海に大型の魔物か~」
「そうみたいだね」
「でも、海の魔物は戦いにくいわね」
「そうですね、海に潜って戦えるわけでは無いですしね」
「ふむ、あの定期船がそんな事になっていたのか」
「ヒナはそれに乗ってここに来たんだっけ?」
「そうだ、何回か乗ったことがある」
「船旅も悪くないけどね~」
「そうね、バカンスならいいのだけど……」
「私、まだ『イトの国』へ行ったことが無いですね」
「そうか? 悪くないところだぞ」
「俺も行ったこと無いな。どんな所なんだろ?」
「和風の魔物が多いな。ただ、やたら強いネズミがいて、それを倒し続けるだけでSランクまで上がるとか」
「Sランクになるまでずっとネズミを狩るのか……」
「某はそういうのは好きでは無いのでな、やったことは無い。だが、所詮ネズミだから、レべルが高くても安全に戦うことができるとかで人気らしいな」
「へぇ~……」
「じゃあ、準備も整ったし、冒険者ギルド行こうか」
エリーはそう言って、真っ先に出かけて行った。
冒険者ギルドに行ったエリーが戻ってきた。
「クエ受けて来たよ~、さっき言ってた海の魔物を倒すやつ」
「大丈夫なのか?」
「報酬がね、『水中呼吸の指輪』なんだって」
「なるほどね~」
「かなりいいアイテムですね」
「便利そうな指輪だな」
「ということでやってみよう!」
「待ってくれ、この前拾った槍を持ってくる」
クロウはそう言って、『バイデント』という二股の槍を持ってきた。
こうして五人は定期船に乗り込み、『イトの国』へ向かうのであった。
――定期船の船上。
定期船は一行だけでなく、他にも十人ほどの冒険者も乗っていた。
彼らはクエスト目当てだろうか?
そんな彼らをよそに、一行は船の上で日光を浴びながら、くつろいでいた。
「おい! そんなに気を抜いて大丈夫なのか?」
ヒナは皆に言った。
「大丈夫、なんとかなるって」
海パン姿のクロウがそう言った。
「そ~そ~、休める時に休んでおかないとね」
エリーも水着姿だった。
「泳げる恰好じゃないと大変だよ~」
フェイも水着姿で、パラソルの下の日陰で休んでいる。
「海に落ちて沈んだら大変ですからね」
リノも水着姿だ。だが銃を手入れは欠かさない。
「くっ、某が間違っているのか……」
ヒナは水着に着替えに、船室へ行った。
こうして太陽の恵みを受けつつ、定期船は進んで行った。
定期船は南へ進路を取り、風に乗って進んで行く。
太陽が一番高いところから下がり始めた頃、異変は起こった。
船の周りを魚の群れが海上を飛び跳ねながら、逃げているのだ。
異変を知らせる船の警鐘が鳴る。船上の他の冒険者たちもざわめき始める。
五人は武器を取り、戦う構えを見せた。水着姿で。
突如、海面から水しぶきがあがり、何者かが船に乗り込んで来た。
その彼らの姿は、上半身はウロコの生えた人、下半身は魚、という半魚人である。
これが海の魔物、『マーマン』だ。
一行と船の上の冒険者達は戦闘を始めた。
だが今の五人にとって、この程度の敵は造作もない。
数分と経たずに半数を船から斬り落とすと、マーマン達は逃げてしまった。
「マーマンか、マーメイドのほうが良かったな……」
「マーメイドは海底にいるんじゃない?」
「体に石を縛って、飛び込んでみるといいわ」
「『水中呼吸の指輪』を貰ったらそうしようかな……」
「でも、伝説では人魚と仲良くなっても、ハッピーエンドにならないですよね」
「世の中そう上手くはいかない。相手が美人だとしても幸せになれる訳では無い」
「はぁ~ぁ……」
クロウは、そのように寂しそうな顔で海を見つめていた。
そのような会話をしつつも、船は進んで行く……。
定期船はさらに風に乗って、進んで行った。
再び異変を知らせる警鐘が鳴り始めた。一行は再び武器を取り周囲を警戒する。
「下だ! 船の下に何かいる!」
誰かがそう叫んだ。船の下の海面を見ると、黒い影が見える。
程なくして、その黒い影が海面に上昇してきた。
船の前方で道を塞ぐように、巨大なイカのような魔物が現れた。
――『大王イカ』である。
その大王イカがこちらの船を見ると、触手を伸ばし船に襲いかかってきた。
五人はそれぞれ触手を攻撃し始める。
クロウは名剣『フルティン』を振るい斬りかかるも、水属性のため効果は薄い。
そうして戦っているうちに、敵の触手に剣を弾き飛ばされてしまう。
剣は床を滑りつつ遠ざかっていき、フルティンはエリーの足に踏まれ、止まった。
エリーがフルティンを拾い、クロウに投げ返す。
「剣落とすなよな! それに槍のほうがいいんじゃないか?」
「すまん、槍持ってくる!」
クロウは持って来た槍、『バイデント』を取りに船室へ戻って行った。
四人はそれぞれ大王イカと戦い続ける。他の冒険者も戦闘に加わってきたようだ。
そして、クロウが槍を持って帰ってきた頃には、戦闘は終わっていた。
「あれ? もう終わった?」
「大王イカは海の中に逃げていったよ」
「あれが今回のクエストの対象なのかしら?」
「今見てみますね。……違うようですね。クエストは達成されていません」
「違うのか? その敵はどこだ……?」
辺りを見廻して警戒する五人。だがその耳に何かが聞こえてくる。
……誰だろう……、……女性の……歌声だ。
「セイレーンよ!」
フェイが注意を促す。五人は耳を塞ぎ、セイレーンの声を聞かないようにした。
リノは船室へ戻り、荷物の中から耳栓を持ってきて、皆に配った。
一行はセイレーンの歌声を聞かずに済んだが、船の船員はそうでは無い。
徐々に航路を外れ、セイレーンの声のする方へ向かってしまう。
次第に船は、セイレーンのいる岩礁目指して進んで行く。
(マズイな……)
五人はそう思った。このままではこの船が岩礁にぶつかってしまうだろう……。
そうして彼らが戸惑っていると、フェイが確信を持った顔で、一歩前へ進み出た。
「ウチに任せて! 召喚! 出でよ! 風の精霊!」
現れたのは、口ヒゲを生やし、全身タイツで胸毛をアピールするおっさんだった。
「これは……」
「誰だよ……?」
「『風の精霊・不レディ』よ! さあ! 歌いなさい!」
風の精霊・不レディは歌いだした。
〝オーーレハオウージャーダ、トモダチヨ~♪〟
〝タタカーーイツヅケ~ル~、オワリマデ~♪〟
彼の魂の熱唱にセイレーンは怯んだが、彼女も負けじと声量を上げる。
不レディも負けずに声を張り上げ歌った。
〝オーーレハオーウジャ♪ オーーレハオーウジャ♪〟
「魂の歌声だな……」
「女王みたいな名前の人だね……」
「でもレディじゃ無いのですね……」
「王者の風格だな……」
程なくして、不レディとセイレーンの歌勝負の決着はついた。
〝マケーターラオワーリ♪ オーーレハオーウジャ♪〟
〝セカイノ~ーーーー♪〟
ついにセイレーンは不レディの歌声に負け、岩礁から飛び降り、命を絶ったようだ。
「さすがレジェンドね……」
フェイは感動していたが、彼のファンはフェイだけのようだった……。
セイレーンの歌声が止むと、定期船は通常の航路へ戻り始めた。
快適な船旅に戻るのかと思いきや、三度海面に異変が生じた。
再び船の下に巨大な黒い影が現れ、定期船の警鐘が激しく鳴り出す。
一行と他の冒険者達も戦闘準備に入る。
巨大な黒い影がさらに大きくなり、海面下より触手が伸びてきた。
その触手は先ほどの大王イカより、長く、太い。
それより大きな生き物だというのがすぐに分かった。
船上の者達は皆、触手相手に戦い始めた。
「こいつ、『クラーケン』だ!」
冒険者の誰かがそう叫んだ。
……そしてクラーケンの触手と戦い続ける一行。
彼の触手は一度切り落としても、時間が経つとまた生えてくるらしく、その数が一向に減らない。
ヒナが触手を切り落とし、その場所をフェイの魔法で凍らせても、海に沈んだ触手が再び出てくる頃には、その触手が復活しているのだ。
「触手が減らない!」
「斬ってもすぐ生えてくる!」
「むぅ……、触手の切り口を焼ければ……」
「誰か炎の魔法を使える人がいないでしょうか?」
「某の刀では斬るだけで精一杯だ!」
そうして戦っているうちに、船上の冒険者は一人二人と数を減らしていく。
ついに残ったのは五人だけとなってしまった。
触手はさらにうごめき、船を掴もうと船体に絡みつく。
五人の触手を斬る速度が徐々に鈍くなり、押され始めてきた。
「こいつの頭は無いのか!?」
「海の下でしょ!」
「炎の精霊じゃ、力負けしちゃうわね……」
「きゃあっ」
リノが触手に捕まってしまうが、即座にヒナが触手を斬り、助ける。
「ありがとう」
「礼は後だ!」
戦いつつも何かいいアイディアは無いかと考えを巡らせる……。
その時、クロウが何か閃いたようで、皆に向けて叫んだ。
「そうだ! 触手を縛ろう!」
「どうやってだよ!」
「追いかけられたらうまく逃げるんだよ!」
「……そうね、やってみる価値はあるわね」
「はい!」
「分かった!」
五人はそう言って、船に絡む触手を斬りつつ、触手から逃げ回ることにした。
一行はクラーケンの触手から逃げつつ、それが絡まるように誘導する。
二本以上の触手が絡んだところで、船にあった銛を突き刺し、動けないようにする。
それを何回かやり続けると、次第に動いている触手が減ってきた。
突如、海面から水しぶきがあがり、クラーケンがその頭を出してきた。
彼は絡まった触手を動かし、引っ張ったりねじったりしている。
その触手の動きが、自分の触手の絡まりをほどく方向に変わったようだ。
五人は動いている触手をさらに絡まるように誘導し、銛で刺して押さえつける。
そうするうちに、彼の触手は全て絡まってしまい、身動きできなくなってしまった。
触手を縛られ万策尽きたクラーケンは、大きな口を開け、船を飲み込もうとする。
だがフェイの魔法が彼の目に刺さり、動きが止まってしまった。
そこを狙って、クロウが『バイデント』をクラーケンめがけて投げつける。
その二又の槍が彼の眉間に突き刺さると、彼は悲痛な表情で顔を歪ませた。
クラーケンは触手の絡まりをほどくことも出来ず、眉間に槍を刺され、
〝自分、不器用ですから……〟
そう言い残して海面下へ沈んで行った。
クラーケンが海に沈んでいくの見守る五人……。
「カッコいい魔物だったな……」
「シブいね……」
「高クラーケンだったわね……」
「雪国の駅長をやって欲しかったですね……」
「次は是非、任侠物が見たいところだ……」
五人はクラーケンが海に沈んでいくと、他の冒険者の救助を始めた。
海に落とされた他の冒険者達も無事なようで、一人二人と船に上がってきた。
……その後、平穏を取り戻した定期船の上。
「お? クエ達成したな」
クロウはスクリーンを開き、そう言った。
「あれがボスだったんだね。指輪もらえるよ!」
エリーはクエスト報酬のアイテムを思い出し、喜んだ。
「ぜひ仲間に欲しかったわ……」
フェイは残念そうだ。
「あっ! 槍刺さったままだった!」
クロウは船から海面を覗くも、彼はもう沈んでしまったようだ。
「でも、うまくいってよかったですよね」
リノはクロウを慰めて言った。
「これでこの船も航路に戻るだろう」
ヒナはそう言って、故郷の『イトの国』の方角を見つめた。
かくして、彼らはその船旅を終え、『イトの国』の港へと入って行く。
侍、忍者、巫女などの職業のある、神秘の国だ。
五人は期待に胸を躍らせつつ、イトの国の港に上陸したのであった。
リベルタスの港付近に人だかりができて、喧騒につつまれていた。
何か面白いことがあったのかと調べにきたエリー。
どうやら海に大型の魔物が出て、『イトの国』との定期船が休止するらしい。
冒険者ギルドでこれに関するクエストが発注されたとか、そんな話だった。
エリーはこの話を聞きつけると、ギルド拠点へ戻って行った。
「へぇ~、海に大型の魔物か~」
「そうみたいだね」
「でも、海の魔物は戦いにくいわね」
「そうですね、海に潜って戦えるわけでは無いですしね」
「ふむ、あの定期船がそんな事になっていたのか」
「ヒナはそれに乗ってここに来たんだっけ?」
「そうだ、何回か乗ったことがある」
「船旅も悪くないけどね~」
「そうね、バカンスならいいのだけど……」
「私、まだ『イトの国』へ行ったことが無いですね」
「そうか? 悪くないところだぞ」
「俺も行ったこと無いな。どんな所なんだろ?」
「和風の魔物が多いな。ただ、やたら強いネズミがいて、それを倒し続けるだけでSランクまで上がるとか」
「Sランクになるまでずっとネズミを狩るのか……」
「某はそういうのは好きでは無いのでな、やったことは無い。だが、所詮ネズミだから、レべルが高くても安全に戦うことができるとかで人気らしいな」
「へぇ~……」
「じゃあ、準備も整ったし、冒険者ギルド行こうか」
エリーはそう言って、真っ先に出かけて行った。
冒険者ギルドに行ったエリーが戻ってきた。
「クエ受けて来たよ~、さっき言ってた海の魔物を倒すやつ」
「大丈夫なのか?」
「報酬がね、『水中呼吸の指輪』なんだって」
「なるほどね~」
「かなりいいアイテムですね」
「便利そうな指輪だな」
「ということでやってみよう!」
「待ってくれ、この前拾った槍を持ってくる」
クロウはそう言って、『バイデント』という二股の槍を持ってきた。
こうして五人は定期船に乗り込み、『イトの国』へ向かうのであった。
――定期船の船上。
定期船は一行だけでなく、他にも十人ほどの冒険者も乗っていた。
彼らはクエスト目当てだろうか?
そんな彼らをよそに、一行は船の上で日光を浴びながら、くつろいでいた。
「おい! そんなに気を抜いて大丈夫なのか?」
ヒナは皆に言った。
「大丈夫、なんとかなるって」
海パン姿のクロウがそう言った。
「そ~そ~、休める時に休んでおかないとね」
エリーも水着姿だった。
「泳げる恰好じゃないと大変だよ~」
フェイも水着姿で、パラソルの下の日陰で休んでいる。
「海に落ちて沈んだら大変ですからね」
リノも水着姿だ。だが銃を手入れは欠かさない。
「くっ、某が間違っているのか……」
ヒナは水着に着替えに、船室へ行った。
こうして太陽の恵みを受けつつ、定期船は進んで行った。
定期船は南へ進路を取り、風に乗って進んで行く。
太陽が一番高いところから下がり始めた頃、異変は起こった。
船の周りを魚の群れが海上を飛び跳ねながら、逃げているのだ。
異変を知らせる船の警鐘が鳴る。船上の他の冒険者たちもざわめき始める。
五人は武器を取り、戦う構えを見せた。水着姿で。
突如、海面から水しぶきがあがり、何者かが船に乗り込んで来た。
その彼らの姿は、上半身はウロコの生えた人、下半身は魚、という半魚人である。
これが海の魔物、『マーマン』だ。
一行と船の上の冒険者達は戦闘を始めた。
だが今の五人にとって、この程度の敵は造作もない。
数分と経たずに半数を船から斬り落とすと、マーマン達は逃げてしまった。
「マーマンか、マーメイドのほうが良かったな……」
「マーメイドは海底にいるんじゃない?」
「体に石を縛って、飛び込んでみるといいわ」
「『水中呼吸の指輪』を貰ったらそうしようかな……」
「でも、伝説では人魚と仲良くなっても、ハッピーエンドにならないですよね」
「世の中そう上手くはいかない。相手が美人だとしても幸せになれる訳では無い」
「はぁ~ぁ……」
クロウは、そのように寂しそうな顔で海を見つめていた。
そのような会話をしつつも、船は進んで行く……。
定期船はさらに風に乗って、進んで行った。
再び異変を知らせる警鐘が鳴り始めた。一行は再び武器を取り周囲を警戒する。
「下だ! 船の下に何かいる!」
誰かがそう叫んだ。船の下の海面を見ると、黒い影が見える。
程なくして、その黒い影が海面に上昇してきた。
船の前方で道を塞ぐように、巨大なイカのような魔物が現れた。
――『大王イカ』である。
その大王イカがこちらの船を見ると、触手を伸ばし船に襲いかかってきた。
五人はそれぞれ触手を攻撃し始める。
クロウは名剣『フルティン』を振るい斬りかかるも、水属性のため効果は薄い。
そうして戦っているうちに、敵の触手に剣を弾き飛ばされてしまう。
剣は床を滑りつつ遠ざかっていき、フルティンはエリーの足に踏まれ、止まった。
エリーがフルティンを拾い、クロウに投げ返す。
「剣落とすなよな! それに槍のほうがいいんじゃないか?」
「すまん、槍持ってくる!」
クロウは持って来た槍、『バイデント』を取りに船室へ戻って行った。
四人はそれぞれ大王イカと戦い続ける。他の冒険者も戦闘に加わってきたようだ。
そして、クロウが槍を持って帰ってきた頃には、戦闘は終わっていた。
「あれ? もう終わった?」
「大王イカは海の中に逃げていったよ」
「あれが今回のクエストの対象なのかしら?」
「今見てみますね。……違うようですね。クエストは達成されていません」
「違うのか? その敵はどこだ……?」
辺りを見廻して警戒する五人。だがその耳に何かが聞こえてくる。
……誰だろう……、……女性の……歌声だ。
「セイレーンよ!」
フェイが注意を促す。五人は耳を塞ぎ、セイレーンの声を聞かないようにした。
リノは船室へ戻り、荷物の中から耳栓を持ってきて、皆に配った。
一行はセイレーンの歌声を聞かずに済んだが、船の船員はそうでは無い。
徐々に航路を外れ、セイレーンの声のする方へ向かってしまう。
次第に船は、セイレーンのいる岩礁目指して進んで行く。
(マズイな……)
五人はそう思った。このままではこの船が岩礁にぶつかってしまうだろう……。
そうして彼らが戸惑っていると、フェイが確信を持った顔で、一歩前へ進み出た。
「ウチに任せて! 召喚! 出でよ! 風の精霊!」
現れたのは、口ヒゲを生やし、全身タイツで胸毛をアピールするおっさんだった。
「これは……」
「誰だよ……?」
「『風の精霊・不レディ』よ! さあ! 歌いなさい!」
風の精霊・不レディは歌いだした。
〝オーーレハオウージャーダ、トモダチヨ~♪〟
〝タタカーーイツヅケ~ル~、オワリマデ~♪〟
彼の魂の熱唱にセイレーンは怯んだが、彼女も負けじと声量を上げる。
不レディも負けずに声を張り上げ歌った。
〝オーーレハオーウジャ♪ オーーレハオーウジャ♪〟
「魂の歌声だな……」
「女王みたいな名前の人だね……」
「でもレディじゃ無いのですね……」
「王者の風格だな……」
程なくして、不レディとセイレーンの歌勝負の決着はついた。
〝マケーターラオワーリ♪ オーーレハオーウジャ♪〟
〝セカイノ~ーーーー♪〟
ついにセイレーンは不レディの歌声に負け、岩礁から飛び降り、命を絶ったようだ。
「さすがレジェンドね……」
フェイは感動していたが、彼のファンはフェイだけのようだった……。
セイレーンの歌声が止むと、定期船は通常の航路へ戻り始めた。
快適な船旅に戻るのかと思いきや、三度海面に異変が生じた。
再び船の下に巨大な黒い影が現れ、定期船の警鐘が激しく鳴り出す。
一行と他の冒険者達も戦闘準備に入る。
巨大な黒い影がさらに大きくなり、海面下より触手が伸びてきた。
その触手は先ほどの大王イカより、長く、太い。
それより大きな生き物だというのがすぐに分かった。
船上の者達は皆、触手相手に戦い始めた。
「こいつ、『クラーケン』だ!」
冒険者の誰かがそう叫んだ。
……そしてクラーケンの触手と戦い続ける一行。
彼の触手は一度切り落としても、時間が経つとまた生えてくるらしく、その数が一向に減らない。
ヒナが触手を切り落とし、その場所をフェイの魔法で凍らせても、海に沈んだ触手が再び出てくる頃には、その触手が復活しているのだ。
「触手が減らない!」
「斬ってもすぐ生えてくる!」
「むぅ……、触手の切り口を焼ければ……」
「誰か炎の魔法を使える人がいないでしょうか?」
「某の刀では斬るだけで精一杯だ!」
そうして戦っているうちに、船上の冒険者は一人二人と数を減らしていく。
ついに残ったのは五人だけとなってしまった。
触手はさらにうごめき、船を掴もうと船体に絡みつく。
五人の触手を斬る速度が徐々に鈍くなり、押され始めてきた。
「こいつの頭は無いのか!?」
「海の下でしょ!」
「炎の精霊じゃ、力負けしちゃうわね……」
「きゃあっ」
リノが触手に捕まってしまうが、即座にヒナが触手を斬り、助ける。
「ありがとう」
「礼は後だ!」
戦いつつも何かいいアイディアは無いかと考えを巡らせる……。
その時、クロウが何か閃いたようで、皆に向けて叫んだ。
「そうだ! 触手を縛ろう!」
「どうやってだよ!」
「追いかけられたらうまく逃げるんだよ!」
「……そうね、やってみる価値はあるわね」
「はい!」
「分かった!」
五人はそう言って、船に絡む触手を斬りつつ、触手から逃げ回ることにした。
一行はクラーケンの触手から逃げつつ、それが絡まるように誘導する。
二本以上の触手が絡んだところで、船にあった銛を突き刺し、動けないようにする。
それを何回かやり続けると、次第に動いている触手が減ってきた。
突如、海面から水しぶきがあがり、クラーケンがその頭を出してきた。
彼は絡まった触手を動かし、引っ張ったりねじったりしている。
その触手の動きが、自分の触手の絡まりをほどく方向に変わったようだ。
五人は動いている触手をさらに絡まるように誘導し、銛で刺して押さえつける。
そうするうちに、彼の触手は全て絡まってしまい、身動きできなくなってしまった。
触手を縛られ万策尽きたクラーケンは、大きな口を開け、船を飲み込もうとする。
だがフェイの魔法が彼の目に刺さり、動きが止まってしまった。
そこを狙って、クロウが『バイデント』をクラーケンめがけて投げつける。
その二又の槍が彼の眉間に突き刺さると、彼は悲痛な表情で顔を歪ませた。
クラーケンは触手の絡まりをほどくことも出来ず、眉間に槍を刺され、
〝自分、不器用ですから……〟
そう言い残して海面下へ沈んで行った。
クラーケンが海に沈んでいくの見守る五人……。
「カッコいい魔物だったな……」
「シブいね……」
「高クラーケンだったわね……」
「雪国の駅長をやって欲しかったですね……」
「次は是非、任侠物が見たいところだ……」
五人はクラーケンが海に沈んでいくと、他の冒険者の救助を始めた。
海に落とされた他の冒険者達も無事なようで、一人二人と船に上がってきた。
……その後、平穏を取り戻した定期船の上。
「お? クエ達成したな」
クロウはスクリーンを開き、そう言った。
「あれがボスだったんだね。指輪もらえるよ!」
エリーはクエスト報酬のアイテムを思い出し、喜んだ。
「ぜひ仲間に欲しかったわ……」
フェイは残念そうだ。
「あっ! 槍刺さったままだった!」
クロウは船から海面を覗くも、彼はもう沈んでしまったようだ。
「でも、うまくいってよかったですよね」
リノはクロウを慰めて言った。
「これでこの船も航路に戻るだろう」
ヒナはそう言って、故郷の『イトの国』の方角を見つめた。
かくして、彼らはその船旅を終え、『イトの国』の港へと入って行く。
侍、忍者、巫女などの職業のある、神秘の国だ。
五人は期待に胸を躍らせつつ、イトの国の港に上陸したのであった。
0
あなたにおすすめの小説
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
【完結】VRMMOでチュートリアルを2回やった生産職のボクは最強になりました
鳥山正人
ファンタジー
フルダイブ型VRMMOゲームの『スペードのクイーン』のオープンベータ版が終わり、正式リリースされる事になったので早速やってみたら、いきなりのサーバーダウン。
だけどボクだけ知らずにそのままチュートリアルをやっていた。
チュートリアルが終わってさぁ冒険の始まり。と思ったらもう一度チュートリアルから開始。
2度目のチュートリアルでも同じようにクリアしたら隠し要素を発見。
そこから怒涛の快進撃で最強になりました。
鍛冶、錬金で主人公がまったり最強になるお話です。
※この作品は「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過した【第1章完結】デスペナのないVRMMOで〜をブラッシュアップして、続きの物語を描いた作品です。
その事を理解していただきお読みいただければ幸いです。
───────
自筆です。
アルファポリス、第18回ファンタジー小説大賞、奨励賞受賞
現実世界にダンジョンが出現したのでフライングして最強に!
おとうふ
ファンタジー
2026年、突如として世界中にダンジョンが出現した。
ダンジョン内は無尽蔵にモンスターが湧き出し、それを倒すことでレベルが上がり、ステータスが上昇するという不思議空間だった。
過去の些細な事件のトラウマを克服できないまま、不登校の引きこもりになっていた中学2年生の橘冬夜は、好奇心から自宅近くに出現したダンジョンに真っ先に足を踏み入れた。
ダンジョンとは何なのか。なぜ出現したのか。その先に何があるのか。
世界が大混乱に陥る中、何もわからないままに、冬夜はこっそりとダンジョン探索にのめり込んでいく。
やがて来る厄災の日、そんな冬夜の好奇心が多くの人の命を救うことになるのだが、それはまだ誰も知らぬことだった。
至らぬところも多いと思いますが、よろしくお願いします!
【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜
KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。
~あらすじ~
世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。
そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。
しかし、その恩恵は平等ではなかった。
富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。
そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。
彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。
あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。
妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。
希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。
英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。
これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。
彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。
テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。
SF味が増してくるのは結構先の予定です。
スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。
良かったら読んでください!
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました
まりあんぬさま
ファンタジー
かつて、世界を救う希望と称えられた“勇者パーティー”。
その中で地味に、黙々と補助・回復・結界を張り続けていたおっさん――バニッシュ=クラウゼン(38歳)は、ある日、突然追放を言い渡された。
理由は「お荷物」「地味すぎる」「若返くないから」。
……笑えない。
人付き合いに疲れ果てたバニッシュは、「もう人とは関わらん」と北西の“魔の森”に引きこもり、誰も入って来られない結界を張って一人スローライフを開始……したはずだった。
だがその結界、なぜか“迷える者”だけは入れてしまう仕様だった!?
気づけば――
記憶喪失の魔王の娘
迫害された獣人一家
古代魔法を使うエルフの美少女
天然ドジな女神
理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ
などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕!
ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに……
魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。
「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」
これは、追放された“地味なおっさん”が、
異種族たちとスローライフしながら、
世界を救ってしまう(予定)のお話である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる