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第二部
第29話 魔叫、洞窟を駆ける黒装束
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――一行は洞窟の中を歩いていた。
クエスト『火山の洞窟に眠る秘宝』というものを受けていたのだ。
クナ火山の中腹より洞窟に入り、小型の鬼を退治しつつ、奥へと進む。
広い空間があり、そこの鬼達を一掃した後、休憩を取ることにした。
「この洞窟、雑魚が多いな」
「そうだね、でも普通こんなもんかもよ?」
「それにしても暑いわね、火口が近いのかしら」
「そうかもしれないですね、休憩をはさみながら、ゆっくり進みましょう」
「雑魚相手に足元を掬われないようにせねばな」
そうして話していると、何者かが足音を立てずに走り抜けて行った。
その男は黒装束で身を纏い、両目のあたりを黒い包帯で隠した、奇妙な男だった。
「何だ? 今のは?」
「クエのライバルかな?」
「目隠ししてたみたいだけど、何かしら?」
「足音を立てずに走るなんて、訓練されているのでしょうか?」
「恐らく忍者だろうな。しかも高位の」
「昨日の赤忍者は?」
「あれは多分、修行中の下っ端だろう。修行が嫌になって抜け出し、泥棒に身をやつしたとか」
「へ~、そうなんだ」
「赤い衣装は修行中だからなのね」
「じゃあ、黒い衣装は……」
「熟練の忍者かもな。某は詳しくないので、これ以上は分からん」
「そうなのか、じゃあ俺達も遅れないように行こうか」
「だね」
こうして五人は、休憩を早めに切り上げ、洞窟の奥へ向かった。
そして洞窟を進んで行く一行。
道中の鬼達は全て倒されていた。
先ほどの忍者は熟練の者なのだろうか、そう思いつつも後を追う。
さらに奥へと進むと、道は三つに分かれていた。
「クロ、どっちがいい?」
「さっきの忍者は左へ進んだみたいね」
「真ん中行こうか」
「こういう時はクロさんの直感が便利ですよね」
「決断が早いのだな……」
「でもな、失敗しても恨まないでくれよ」
五人は真ん中の道を選び、奥へと進んだ。
洞窟を進んでいくと、そこは部屋のような広間になっていた。
奥には先へ進む洞穴が見えるが、部屋の中央に何かいるようだ。
その何かは布を被っているので姿は分からない。
「中ボスかな?」
「こういうパターン多いね」
「何もないところを延々と歩くよりはいいかもね」
「あれは、何でしょうか?」
「なんだ?」
リノが指差した方、部屋の左側は壁になっていて、その上の方に隙間がある。
一方、右側は崖になっていて、その下が見えるようだ。
「これは、上とか下に行けるとか?」
「そうかもしれないけど、昇り降り大変だよ?」
「部屋の中央のアレ、どうしよ?」
「多分敵でしょうけど……」
「敵ならば斬る、行こう」
そうして五人は警戒しつつも部屋に入った。
部屋の中央の布が徐々に盛り上がってくる。やはり何者かいるようだ。
一行は武器を構え、警戒しつつ近づく。
中央の布がそれを払い落すと、そこにいたのは『二本足で立つネコ』だった。
そのネコは頭に手ぬぐいを被り、両手を上げてゆらゆらと踊りだした。
「なんだ? ネコかよ」
「かわい~ね、モフモフしたい」
「むぅ、触りたい……」
「えっと……」
突然リノが手を上に挙げて踊りだした。
「どうした? っ!?」
ヒナも踊りだした。
「何やってる……、ん?」
クロウ、エリー、フェイ、も踊りだしてしまった。
「なにこれ~?」
「ネコのせいなの?」
「かもしれません……」
「どうしたことだ……」
ヒナは悔しそうな顔をしているが、両手を振り上げ踊っている。
二本足で立つネコは踊りながら部屋を回り始めた。
それに釣られ、踊りながら後を追う五人。
「これは……、まずいような……」
クロウも踊りながら困る。
「そうね……、奥の穴に近づいたら、一斉にそこに飛び込もう」
エリーが踊りながらそう提案した。
「このまま踊り続けたくはないわね……」
「はい」
「分かった」
五人は踊りながら部屋を回り、奥の穴に近づくと、一斉にそこに飛び込んだ。
幸いにも、そこで踊りは解け、体が自由になった。
「なんだ? あのネコ……」
部屋のネコはまだ踊っている。
「踊ってるだけみたい……」
「迷惑よね……」
「高度な罠でしたね……」
「邪魔するためにいるのか……」
五人は、ネコの踊りの誘惑を振り切り、先へ進んだ。
先へ進むと、やはり部屋があった。
その部屋は前のものと同じで、左に壁、右に崖がある。
もちろん、部屋の中央には何者かが布をかぶり、座っている。
「これ、洞窟の三本の道と繋がってるのかな?」
「壁の上と崖の下のこと?」
「うん」
「そうかもしれないけど、まず部屋にいるアレね」
「そうですね、危険なものかもしれないですしね」
「敵ならば斬るが……、ネコは勘弁して欲しいな……」
そう話していると、布をかぶった者が立ち上がり、ゆっくりとこちらを向いた。
その姿は和服を着た女性であったが、その顔には何も無く、のっぺりしていた。
「顔が……、無いね」
「うん……」
「顔が無いだけじゃね……」
「ヒナさん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ、顔が無いだけでは……」
リノがヒナを心配して振り向くと、リノの顔には何も無く、のっぺりしていた。
「ひぃっ!」
そのリノの顔に驚いて、ヒナは尻もちをついてしまう。
ヒナの声で、クロウ、エリー、フェイもヒナに振り向いた。
……三人の顔にも何も無く、のっぺりしていたのである。
「ひぃぃっ!」
さらにヒナは驚いて後ずさりする。
「「「「あっ!」」」」
五人がそれぞれの顔を見ると、五人の顔が無くなっていて、のっぺりしていた。
もちろん、ヒナの顔もである。
「顔が無い!」
クロウが皆の顔を見て言った。
「あんたもだよ!」
そうは言ってもエリーの顔も無いのだ。
「エリっちもだよ」
もちろん、フェイの顔もない。
「皆さん、顔が……」
リノもそうである。
「某も……、なのか……?」
ヒナは自分の顔を触ってみるも、何もないように感じた。
「でも見えるぞ?」
「声も出るし」
「呼吸もしてるわね」
「どうしましょう……?」
「奴だ! 部屋にいた奴!」
ヒナはそう言って部屋の中央を見るも、そこにはすでに誰もいなかった。
「消えた……?」
「前に頭が入れ替わったことはあったけど、無くなったのは初めてだな」
「そうだね~。顔、書いてやろうか」
「遠慮しとく」
「この洞窟をクリアするまでこのままかな?」
「でしょうね……、服装で分かるだけまだいいですが……」
「冗談ではない! さっさとこの洞窟を終わらせるぞ!」
そう話していると、上の方から金属がぶつかる音や、激しい足音が聞こえてきた。
上を見上げると、壁の先は見えないが、誰かが戦っているようだ。
「さっきの黒忍者かな?」
「そうかもしれないね、でもあたしらが先に進んじゃおう」
「そうですね、先を急ぎましょうか」
「そうだな……」
五人はひとまず顔の事は置いといて、先に進むことにした。
さて、次の部屋である。今までの部屋と間取りは同じである。
しかし違うのは、人魂を周囲に浮かばせた落ち武者のような者がいたのだった。
「今度は落ち武者か……」
「あたしらの顔も落ちてるよ……、フェイのメイクも」
「ウチはすっぴんでも変わらないからね!」
「…………」
「敵ならば斬る、それだけだ」
そう言ってヒナは落ち武者に斬りかかる。
四人もヒナに続き、落ち武者との戦いが始まった。
ヒナが落ち武者と斬り結び、フェイが魔法で彼の脚を凍らせる。
クロウは人魂を剣で払い落し、リノは補助魔法を全員にかける。
そして敵の隙を見て、エリーが背後から急所を狙う。
この五人の攻撃で、程なくして落ち武者は地面に倒れ、動かなくなった。
「大したことのない敵だったな……、あっ!?」
クロウが振り返ると、今度は全員の髪が無くなっていたのだ。
「髪が! 無い!」
「こんな……、ひどい……」
「クロさんは少し残っていますが……」
「薄く残っているな……」
「なんで俺だけハゲ散らかしてるんだよ!?」
「知らないよ……」
「でも、このまま進んだら、次は何が無くなるのかしら?」
「想像すると嫌ですね……」
「同感だ……」
「服が無くなったらどうしようか……?」
「クロの命をもらう」
「ここに置いて行くわ」
「無事に帰れないでしょうね」
「皆、酷いな。目を抉る位にしないと」
「…………冗談はそれくらいにして進もう。俺はまだ死にたくない」
五人は顔を無くし、髪も無くして先へと進んだ。
そして次の部屋。やはり間取りは同じである。
部屋の中央にいたのは、『茶釜に入ったタヌキ』だった。
「これってぶんぶく茶釜か? 懐かしいな」
「子供の時、絵本で見たことあるよね」
「どんなお話しだったかしら?」
「拾った人がお金持ちになる話、でしたような?」
「よく思い出せないが、相手に戦う気があれば斬る」
五人は再び戦闘に入った。
タヌキの茶釜はあまり強くなく、少し戦うと茶釜に全身を隠し、カメのように動かなくなってしまった。
「たおしたたのか?」
「かんたでるたぞ」
「エたリっち、なにたいってたるかわたからんたたない」
「どうたたしたのでたたすか?」
「なにたをいたってたる……あたたっ!?」
「ほくたとしたたんけんたかたよ!」
「たわけたがたわかたらん」
「あたたれでたす!」
リノが指差した。その先には茶釜がある。
「ちゃたがまたたがなたにかしたた?」
「たわかたった! たタヌたたキだ!」
「そたれか!」
「たがたふえたたたのでたすね」
「たわけたがわかたたらんなた……」
「クたソッ! たさきたへたすすたもうた!」
全員の言葉に『た』が増えてしまったようだ……。
五人は喋ると舌を噛みそうになるので、無言で洞窟を進んで行った。
次の部屋は大広間になっていた。
どうやら洞窟はここで終わりらしく、この先に進む道は無いようだ。
部屋の中央に禍々しい魔獣がいて、こちらを睨んでいる。
その獣は、猿の顔、狸の胴体、虎の手足を持ち、尾は蛇といった魔物だった。
〝ヒョーヒョー〟と不気味な声で鳴いて、こちらを威嚇している。
――この魔物が『鵺』である。
(こいつがここのボスだな……)
五人はそう思ったが、声を出すと混乱してしまうので、目で合図をした。
その時、後ろの方から何かが飛んできて、魔物の足元に刺さる。……苦無だ。
振り返ると、そこには前に見た、黒装束の忍者がいた。
三つに分かれていた道は、ここで合流していたようだ。
「おい、そいつは俺の獲物だ」
彼はそう言うと、その手に『鬼哭』を持ち、魔物に向かい走り出した。
「たそれたはたこっちたたのセリたフだ!」
クロウはそう言うも、喋れていない。
他の四人も一斉にその魔物に攻撃しだした。
「何言ってるか分からん、タコが」
黒忍者はそう言いつつ、術を使いだした。
「『空蝉の術・甲』!」
「『空蝉の術・乙』!」
続けて二つの分身の術を使い、三人になった黒忍者は魔獣を攻撃しだした。
黒忍者は魔獣の正面に立ち、その攻撃を分身で躱しつつ、斬りつける。
クロウ達が攻撃を仕掛けるも、その魔獣はひたすら黒忍者の分身を攻撃し続けた。
だが、リノも銃で攻撃に加わりだすと、戦いは数分で終わりを告げたのだった。
五人と黒忍者に倒された『鵺』。その背後には、宝箱があった。
一行の頭と顔も、この時に戻った。お互いの顔を見て安堵する五人。
「何だお前ら、変な顔に戻ったじゃねぇか」
黒忍者は言った。
「あんだって~!」
エリーが怒るも、彼は全く気にせず、
「宝は半分貰ってくぞ。残りはお前らにやる。感謝しな」
黒忍者はそう言うと、宝箱を開け、この部屋を後にする。
「何なのよ! あいつは!」
エリーは怒りつつも、宝箱を覗き込むと、中はほぼ空になっていた。
「あっ! あいつ、ほとんど持っていきやがった!」
「汚いなさすが忍者きたない」
クロウはそう言うも、彼はまだちゃんと喋れていないようだ。
「汚いは……誉め言葉だ。俺の名は『ダーティ』。じゃあな」
黒忍者はそう言い残し、この場所を去って行った。
「あ~もう、これじゃクエスト達成しかできないよ」
エリーは悲嘆にくれた。
「俺はこれで忍者きらいになったなあもりにもひきょう過ぎるでしょう」
クロウの喋りがまだおかしかったが、そこには触れずに五人は街に帰ることにした。
街へ戻りクエストを報告した一行。
今回のクエストは、黒忍者のおかげで儲からなかったが、仕方なく旅館に戻った。
「そろそろリベルタスに戻ろうかな?」
「ホームシック?」
「いや、ギルド拠点を放置するのも何だし」
「そうだね~、来客あるかもしれないしね」
「ウチはここで衣装買ったからもういいかな」
「拠点に戻って料理でも作りたくなってきましたね」
「某は皆と行くつもりだ」
「じゃあ、明日戻ろうか」
「今晩は温泉でのんびりしよう」
皆で相談して、明日にはリベルタスに戻ることにした。
クロウは温泉に入った後、火照った体を冷やす為、旅館の周りを散歩していた。
そこへ、見たことがある女が横から話しかけて来た。
「あなた、国に戻った方がよろしくてよ?」
……昨日会った巫女だった。
「おい、お前、それって……」
その巫女はそう言い残して、歩いて遠ざかって行った。
(……なんだよ、あの女、ナンパじゃないのかよ……)
(しかし変な女だな、……まあいい、明日には帰るしな)
こうして五人は、旅館でのんびりと休息を取った。
明日には船に乗ってリベルタスへ帰るのだ。
そう思いつつもイトの国の夜は更け、今晩は眠る事にしたのであった。
クエスト『火山の洞窟に眠る秘宝』というものを受けていたのだ。
クナ火山の中腹より洞窟に入り、小型の鬼を退治しつつ、奥へと進む。
広い空間があり、そこの鬼達を一掃した後、休憩を取ることにした。
「この洞窟、雑魚が多いな」
「そうだね、でも普通こんなもんかもよ?」
「それにしても暑いわね、火口が近いのかしら」
「そうかもしれないですね、休憩をはさみながら、ゆっくり進みましょう」
「雑魚相手に足元を掬われないようにせねばな」
そうして話していると、何者かが足音を立てずに走り抜けて行った。
その男は黒装束で身を纏い、両目のあたりを黒い包帯で隠した、奇妙な男だった。
「何だ? 今のは?」
「クエのライバルかな?」
「目隠ししてたみたいだけど、何かしら?」
「足音を立てずに走るなんて、訓練されているのでしょうか?」
「恐らく忍者だろうな。しかも高位の」
「昨日の赤忍者は?」
「あれは多分、修行中の下っ端だろう。修行が嫌になって抜け出し、泥棒に身をやつしたとか」
「へ~、そうなんだ」
「赤い衣装は修行中だからなのね」
「じゃあ、黒い衣装は……」
「熟練の忍者かもな。某は詳しくないので、これ以上は分からん」
「そうなのか、じゃあ俺達も遅れないように行こうか」
「だね」
こうして五人は、休憩を早めに切り上げ、洞窟の奥へ向かった。
そして洞窟を進んで行く一行。
道中の鬼達は全て倒されていた。
先ほどの忍者は熟練の者なのだろうか、そう思いつつも後を追う。
さらに奥へと進むと、道は三つに分かれていた。
「クロ、どっちがいい?」
「さっきの忍者は左へ進んだみたいね」
「真ん中行こうか」
「こういう時はクロさんの直感が便利ですよね」
「決断が早いのだな……」
「でもな、失敗しても恨まないでくれよ」
五人は真ん中の道を選び、奥へと進んだ。
洞窟を進んでいくと、そこは部屋のような広間になっていた。
奥には先へ進む洞穴が見えるが、部屋の中央に何かいるようだ。
その何かは布を被っているので姿は分からない。
「中ボスかな?」
「こういうパターン多いね」
「何もないところを延々と歩くよりはいいかもね」
「あれは、何でしょうか?」
「なんだ?」
リノが指差した方、部屋の左側は壁になっていて、その上の方に隙間がある。
一方、右側は崖になっていて、その下が見えるようだ。
「これは、上とか下に行けるとか?」
「そうかもしれないけど、昇り降り大変だよ?」
「部屋の中央のアレ、どうしよ?」
「多分敵でしょうけど……」
「敵ならば斬る、行こう」
そうして五人は警戒しつつも部屋に入った。
部屋の中央の布が徐々に盛り上がってくる。やはり何者かいるようだ。
一行は武器を構え、警戒しつつ近づく。
中央の布がそれを払い落すと、そこにいたのは『二本足で立つネコ』だった。
そのネコは頭に手ぬぐいを被り、両手を上げてゆらゆらと踊りだした。
「なんだ? ネコかよ」
「かわい~ね、モフモフしたい」
「むぅ、触りたい……」
「えっと……」
突然リノが手を上に挙げて踊りだした。
「どうした? っ!?」
ヒナも踊りだした。
「何やってる……、ん?」
クロウ、エリー、フェイ、も踊りだしてしまった。
「なにこれ~?」
「ネコのせいなの?」
「かもしれません……」
「どうしたことだ……」
ヒナは悔しそうな顔をしているが、両手を振り上げ踊っている。
二本足で立つネコは踊りながら部屋を回り始めた。
それに釣られ、踊りながら後を追う五人。
「これは……、まずいような……」
クロウも踊りながら困る。
「そうね……、奥の穴に近づいたら、一斉にそこに飛び込もう」
エリーが踊りながらそう提案した。
「このまま踊り続けたくはないわね……」
「はい」
「分かった」
五人は踊りながら部屋を回り、奥の穴に近づくと、一斉にそこに飛び込んだ。
幸いにも、そこで踊りは解け、体が自由になった。
「なんだ? あのネコ……」
部屋のネコはまだ踊っている。
「踊ってるだけみたい……」
「迷惑よね……」
「高度な罠でしたね……」
「邪魔するためにいるのか……」
五人は、ネコの踊りの誘惑を振り切り、先へ進んだ。
先へ進むと、やはり部屋があった。
その部屋は前のものと同じで、左に壁、右に崖がある。
もちろん、部屋の中央には何者かが布をかぶり、座っている。
「これ、洞窟の三本の道と繋がってるのかな?」
「壁の上と崖の下のこと?」
「うん」
「そうかもしれないけど、まず部屋にいるアレね」
「そうですね、危険なものかもしれないですしね」
「敵ならば斬るが……、ネコは勘弁して欲しいな……」
そう話していると、布をかぶった者が立ち上がり、ゆっくりとこちらを向いた。
その姿は和服を着た女性であったが、その顔には何も無く、のっぺりしていた。
「顔が……、無いね」
「うん……」
「顔が無いだけじゃね……」
「ヒナさん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ、顔が無いだけでは……」
リノがヒナを心配して振り向くと、リノの顔には何も無く、のっぺりしていた。
「ひぃっ!」
そのリノの顔に驚いて、ヒナは尻もちをついてしまう。
ヒナの声で、クロウ、エリー、フェイもヒナに振り向いた。
……三人の顔にも何も無く、のっぺりしていたのである。
「ひぃぃっ!」
さらにヒナは驚いて後ずさりする。
「「「「あっ!」」」」
五人がそれぞれの顔を見ると、五人の顔が無くなっていて、のっぺりしていた。
もちろん、ヒナの顔もである。
「顔が無い!」
クロウが皆の顔を見て言った。
「あんたもだよ!」
そうは言ってもエリーの顔も無いのだ。
「エリっちもだよ」
もちろん、フェイの顔もない。
「皆さん、顔が……」
リノもそうである。
「某も……、なのか……?」
ヒナは自分の顔を触ってみるも、何もないように感じた。
「でも見えるぞ?」
「声も出るし」
「呼吸もしてるわね」
「どうしましょう……?」
「奴だ! 部屋にいた奴!」
ヒナはそう言って部屋の中央を見るも、そこにはすでに誰もいなかった。
「消えた……?」
「前に頭が入れ替わったことはあったけど、無くなったのは初めてだな」
「そうだね~。顔、書いてやろうか」
「遠慮しとく」
「この洞窟をクリアするまでこのままかな?」
「でしょうね……、服装で分かるだけまだいいですが……」
「冗談ではない! さっさとこの洞窟を終わらせるぞ!」
そう話していると、上の方から金属がぶつかる音や、激しい足音が聞こえてきた。
上を見上げると、壁の先は見えないが、誰かが戦っているようだ。
「さっきの黒忍者かな?」
「そうかもしれないね、でもあたしらが先に進んじゃおう」
「そうですね、先を急ぎましょうか」
「そうだな……」
五人はひとまず顔の事は置いといて、先に進むことにした。
さて、次の部屋である。今までの部屋と間取りは同じである。
しかし違うのは、人魂を周囲に浮かばせた落ち武者のような者がいたのだった。
「今度は落ち武者か……」
「あたしらの顔も落ちてるよ……、フェイのメイクも」
「ウチはすっぴんでも変わらないからね!」
「…………」
「敵ならば斬る、それだけだ」
そう言ってヒナは落ち武者に斬りかかる。
四人もヒナに続き、落ち武者との戦いが始まった。
ヒナが落ち武者と斬り結び、フェイが魔法で彼の脚を凍らせる。
クロウは人魂を剣で払い落し、リノは補助魔法を全員にかける。
そして敵の隙を見て、エリーが背後から急所を狙う。
この五人の攻撃で、程なくして落ち武者は地面に倒れ、動かなくなった。
「大したことのない敵だったな……、あっ!?」
クロウが振り返ると、今度は全員の髪が無くなっていたのだ。
「髪が! 無い!」
「こんな……、ひどい……」
「クロさんは少し残っていますが……」
「薄く残っているな……」
「なんで俺だけハゲ散らかしてるんだよ!?」
「知らないよ……」
「でも、このまま進んだら、次は何が無くなるのかしら?」
「想像すると嫌ですね……」
「同感だ……」
「服が無くなったらどうしようか……?」
「クロの命をもらう」
「ここに置いて行くわ」
「無事に帰れないでしょうね」
「皆、酷いな。目を抉る位にしないと」
「…………冗談はそれくらいにして進もう。俺はまだ死にたくない」
五人は顔を無くし、髪も無くして先へと進んだ。
そして次の部屋。やはり間取りは同じである。
部屋の中央にいたのは、『茶釜に入ったタヌキ』だった。
「これってぶんぶく茶釜か? 懐かしいな」
「子供の時、絵本で見たことあるよね」
「どんなお話しだったかしら?」
「拾った人がお金持ちになる話、でしたような?」
「よく思い出せないが、相手に戦う気があれば斬る」
五人は再び戦闘に入った。
タヌキの茶釜はあまり強くなく、少し戦うと茶釜に全身を隠し、カメのように動かなくなってしまった。
「たおしたたのか?」
「かんたでるたぞ」
「エたリっち、なにたいってたるかわたからんたたない」
「どうたたしたのでたたすか?」
「なにたをいたってたる……あたたっ!?」
「ほくたとしたたんけんたかたよ!」
「たわけたがたわかたらん」
「あたたれでたす!」
リノが指差した。その先には茶釜がある。
「ちゃたがまたたがなたにかしたた?」
「たわかたった! たタヌたたキだ!」
「そたれか!」
「たがたふえたたたのでたすね」
「たわけたがわかたたらんなた……」
「クたソッ! たさきたへたすすたもうた!」
全員の言葉に『た』が増えてしまったようだ……。
五人は喋ると舌を噛みそうになるので、無言で洞窟を進んで行った。
次の部屋は大広間になっていた。
どうやら洞窟はここで終わりらしく、この先に進む道は無いようだ。
部屋の中央に禍々しい魔獣がいて、こちらを睨んでいる。
その獣は、猿の顔、狸の胴体、虎の手足を持ち、尾は蛇といった魔物だった。
〝ヒョーヒョー〟と不気味な声で鳴いて、こちらを威嚇している。
――この魔物が『鵺』である。
(こいつがここのボスだな……)
五人はそう思ったが、声を出すと混乱してしまうので、目で合図をした。
その時、後ろの方から何かが飛んできて、魔物の足元に刺さる。……苦無だ。
振り返ると、そこには前に見た、黒装束の忍者がいた。
三つに分かれていた道は、ここで合流していたようだ。
「おい、そいつは俺の獲物だ」
彼はそう言うと、その手に『鬼哭』を持ち、魔物に向かい走り出した。
「たそれたはたこっちたたのセリたフだ!」
クロウはそう言うも、喋れていない。
他の四人も一斉にその魔物に攻撃しだした。
「何言ってるか分からん、タコが」
黒忍者はそう言いつつ、術を使いだした。
「『空蝉の術・甲』!」
「『空蝉の術・乙』!」
続けて二つの分身の術を使い、三人になった黒忍者は魔獣を攻撃しだした。
黒忍者は魔獣の正面に立ち、その攻撃を分身で躱しつつ、斬りつける。
クロウ達が攻撃を仕掛けるも、その魔獣はひたすら黒忍者の分身を攻撃し続けた。
だが、リノも銃で攻撃に加わりだすと、戦いは数分で終わりを告げたのだった。
五人と黒忍者に倒された『鵺』。その背後には、宝箱があった。
一行の頭と顔も、この時に戻った。お互いの顔を見て安堵する五人。
「何だお前ら、変な顔に戻ったじゃねぇか」
黒忍者は言った。
「あんだって~!」
エリーが怒るも、彼は全く気にせず、
「宝は半分貰ってくぞ。残りはお前らにやる。感謝しな」
黒忍者はそう言うと、宝箱を開け、この部屋を後にする。
「何なのよ! あいつは!」
エリーは怒りつつも、宝箱を覗き込むと、中はほぼ空になっていた。
「あっ! あいつ、ほとんど持っていきやがった!」
「汚いなさすが忍者きたない」
クロウはそう言うも、彼はまだちゃんと喋れていないようだ。
「汚いは……誉め言葉だ。俺の名は『ダーティ』。じゃあな」
黒忍者はそう言い残し、この場所を去って行った。
「あ~もう、これじゃクエスト達成しかできないよ」
エリーは悲嘆にくれた。
「俺はこれで忍者きらいになったなあもりにもひきょう過ぎるでしょう」
クロウの喋りがまだおかしかったが、そこには触れずに五人は街に帰ることにした。
街へ戻りクエストを報告した一行。
今回のクエストは、黒忍者のおかげで儲からなかったが、仕方なく旅館に戻った。
「そろそろリベルタスに戻ろうかな?」
「ホームシック?」
「いや、ギルド拠点を放置するのも何だし」
「そうだね~、来客あるかもしれないしね」
「ウチはここで衣装買ったからもういいかな」
「拠点に戻って料理でも作りたくなってきましたね」
「某は皆と行くつもりだ」
「じゃあ、明日戻ろうか」
「今晩は温泉でのんびりしよう」
皆で相談して、明日にはリベルタスに戻ることにした。
クロウは温泉に入った後、火照った体を冷やす為、旅館の周りを散歩していた。
そこへ、見たことがある女が横から話しかけて来た。
「あなた、国に戻った方がよろしくてよ?」
……昨日会った巫女だった。
「おい、お前、それって……」
その巫女はそう言い残して、歩いて遠ざかって行った。
(……なんだよ、あの女、ナンパじゃないのかよ……)
(しかし変な女だな、……まあいい、明日には帰るしな)
こうして五人は、旅館でのんびりと休息を取った。
明日には船に乗ってリベルタスへ帰るのだ。
そう思いつつもイトの国の夜は更け、今晩は眠る事にしたのであった。
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過去の些細な事件のトラウマを克服できないまま、不登校の引きこもりになっていた中学2年生の橘冬夜は、好奇心から自宅近くに出現したダンジョンに真っ先に足を踏み入れた。
ダンジョンとは何なのか。なぜ出現したのか。その先に何があるのか。
世界が大混乱に陥る中、何もわからないままに、冬夜はこっそりとダンジョン探索にのめり込んでいく。
やがて来る厄災の日、そんな冬夜の好奇心が多くの人の命を救うことになるのだが、それはまだ誰も知らぬことだった。
至らぬところも多いと思いますが、よろしくお願いします!
【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜
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~あらすじ~
世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。
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彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。
あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。
妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。
希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。
英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。
これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。
彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。
テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。
SF味が増してくるのは結構先の予定です。
スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。
良かったら読んでください!
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