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PART 4
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火曜日。カーニヴァルの最終日に、テオが熱を出した。
「ごめん、俺が無理させすぎたかな」
ベッドサイドに跪いたミケーレは頭痛を訴えるテオの額に手を当てて、それから自分の額に手を当てた。左腕の傷も、巻いていた布を外して、アルコールに浸した新しい布に取り替えた。傷もだいぶ浅くはなってきたようだが、まだ完全に治っているとは言いがたい。それなのに暇があれば意識がなくなるまで抱いて、体によくないことをした自覚がありすぎる。
テオは明日の朝、聖灰の水曜日に出発すると言っていた。これから明日をも知れない旅に出るというのに、体調不良はまずい。
「何か、効きそうなものがあったら買ってくるよ」
ミケーレが言うと、テオは微笑んで言った。
「せっかくだから、色々見てきたら。今日は最終日だから、色々やってるだろう。花火とか、藁人形を燃やす儀式とか」
「でも、テオがひとりになっちゃうだろ」
テオはそっと手を伸ばして、ミケーレの前髪に触れた。
「おまえにとっては、ヴェネチアで過ごす最後の一日だろ。ちゃんと、最後まで見てきたらいい」
そう言われると、寂しい思いがミケーレの心にも湧き上がる。
するりと、テオの指がミケーレの頰を通り、首筋に触れ、服の内側に紐で吊り下げているフィリグラーナのネックレスを引き出した。
テオはその自分で作ったペンダントを持ち上げると、そっとそれにキスを落とした。
「この人に、安全と祝福を。ミケーレを守って」
紐が引っぱられて顔が近づくのに、ミケーレは少し気恥ずかしい心地がした。近づいた眼差しがからみあう。
ミケーレは一瞬だけ、目を閉じてキスを落として囁いた。
「俺もやりたい」
テオは微笑んで襟元からネックレスを引き出して、ミケーレに押しつける。
「どうぞ」
今は光を通していない、茶色いカルチェドーニオが掌に戻ってくる。ミケーレはそれに唇を近づけると、小さくキスをする。
「テオに、すべての祝福を」
テオの腕が伸ばされて、ミケーレの首元に回った。舌をからめる口づけをしてくる。
(風邪だったらうつるかな……、まあいいか)
体を重ねている最中でもないのに、テオからそういうことを求めてくることは珍しい。せっかくなのでミケーレは、その感触を飽きるまで楽しんだ。
ミケーレは外に出て、がやがやと賑やかなのに気がついた。もちろんカーニヴァルの最終日なのだから、賑やかなのは当たり前だ。しかし気になったのは、喧嘩のような興奮した大声が聞こえてきたからだった。
「あの、何かあるんですか?」
ミケーレは、通りすがりの人に声をかける。首都に来て三日目になって、少し、返事をしてくれそうな雰囲気の人の目星もつくようになってきた。
「ああ、あれは死刑だね」
「死刑?」
「処刑場に行くまでの、死刑囚の市中の引き回しだよ」
言われて目をやると、確かに人々は先頭の方に石や物を投げている。きっと、先頭にいるのがその死刑囚なのだろう。遠くでよく分からないが、先頭の方に制服を着ている人が何人か見えた。
「何をした人なんですか?」
「さあねえ。外国に国家機密を売って、国家を転覆させようとしたって聞いたけど」
それを聞いて、ミケーレはドキリとした。テオのことが思い浮かんだからだ。
「お父さん!」
その行列を、少女と中年の女性が泣きながら追いかけている。その死刑囚の家族だろうか。
見ていられずにミケーレが視線を逸らすと、ミケーレのすぐそばを石が飛んでいった。
石はそのまま、少女にぶつかってミケーレはびっくりする。
「犯罪者は黙ってろ!」
その怒声は、あきらかに少女に投げかけられたものだった。
「まだ子供で、あの子が悪いんじゃないのに……」
ミケーレが呟くと、彼と話していたその人は肩をすくめた。重い鉛が、胸の奥に投げ込まれたように気持ちが落ち込んだ。
『実の息子が、犯罪者になる家族の気持ちを考えてみたことがある?』
ミケーレは、聞き流していたテオの言葉を思い出した。テオは、自分がこれからすることの結果をちゃんと理解していたのだ。だが、自分は。
テオの言うように自分は、あまり考えていなかった。何よりもテオがいればそれでいいと、テオではなくてはだめなのだと思う気持ちは間違いではないのだけれど。それでも本当に自分は、明日テオと外国に旅立って、それでいいのか。
そんなことを考えていると、ふと、さっき部屋を出るときのテオの表情を思い出した。なぜあんな、出かける前の口づけなどをしたのだろう。今まで、そんなことをしたことはなかったのに。
(……まさか)
あの外国人は出発はいつだと言った?
ミケーレは、記憶のページをめくる。ある日付を探り当てると、慌てて宿への道を駆け戻った。
「ごめん、俺が無理させすぎたかな」
ベッドサイドに跪いたミケーレは頭痛を訴えるテオの額に手を当てて、それから自分の額に手を当てた。左腕の傷も、巻いていた布を外して、アルコールに浸した新しい布に取り替えた。傷もだいぶ浅くはなってきたようだが、まだ完全に治っているとは言いがたい。それなのに暇があれば意識がなくなるまで抱いて、体によくないことをした自覚がありすぎる。
テオは明日の朝、聖灰の水曜日に出発すると言っていた。これから明日をも知れない旅に出るというのに、体調不良はまずい。
「何か、効きそうなものがあったら買ってくるよ」
ミケーレが言うと、テオは微笑んで言った。
「せっかくだから、色々見てきたら。今日は最終日だから、色々やってるだろう。花火とか、藁人形を燃やす儀式とか」
「でも、テオがひとりになっちゃうだろ」
テオはそっと手を伸ばして、ミケーレの前髪に触れた。
「おまえにとっては、ヴェネチアで過ごす最後の一日だろ。ちゃんと、最後まで見てきたらいい」
そう言われると、寂しい思いがミケーレの心にも湧き上がる。
するりと、テオの指がミケーレの頰を通り、首筋に触れ、服の内側に紐で吊り下げているフィリグラーナのネックレスを引き出した。
テオはその自分で作ったペンダントを持ち上げると、そっとそれにキスを落とした。
「この人に、安全と祝福を。ミケーレを守って」
紐が引っぱられて顔が近づくのに、ミケーレは少し気恥ずかしい心地がした。近づいた眼差しがからみあう。
ミケーレは一瞬だけ、目を閉じてキスを落として囁いた。
「俺もやりたい」
テオは微笑んで襟元からネックレスを引き出して、ミケーレに押しつける。
「どうぞ」
今は光を通していない、茶色いカルチェドーニオが掌に戻ってくる。ミケーレはそれに唇を近づけると、小さくキスをする。
「テオに、すべての祝福を」
テオの腕が伸ばされて、ミケーレの首元に回った。舌をからめる口づけをしてくる。
(風邪だったらうつるかな……、まあいいか)
体を重ねている最中でもないのに、テオからそういうことを求めてくることは珍しい。せっかくなのでミケーレは、その感触を飽きるまで楽しんだ。
ミケーレは外に出て、がやがやと賑やかなのに気がついた。もちろんカーニヴァルの最終日なのだから、賑やかなのは当たり前だ。しかし気になったのは、喧嘩のような興奮した大声が聞こえてきたからだった。
「あの、何かあるんですか?」
ミケーレは、通りすがりの人に声をかける。首都に来て三日目になって、少し、返事をしてくれそうな雰囲気の人の目星もつくようになってきた。
「ああ、あれは死刑だね」
「死刑?」
「処刑場に行くまでの、死刑囚の市中の引き回しだよ」
言われて目をやると、確かに人々は先頭の方に石や物を投げている。きっと、先頭にいるのがその死刑囚なのだろう。遠くでよく分からないが、先頭の方に制服を着ている人が何人か見えた。
「何をした人なんですか?」
「さあねえ。外国に国家機密を売って、国家を転覆させようとしたって聞いたけど」
それを聞いて、ミケーレはドキリとした。テオのことが思い浮かんだからだ。
「お父さん!」
その行列を、少女と中年の女性が泣きながら追いかけている。その死刑囚の家族だろうか。
見ていられずにミケーレが視線を逸らすと、ミケーレのすぐそばを石が飛んでいった。
石はそのまま、少女にぶつかってミケーレはびっくりする。
「犯罪者は黙ってろ!」
その怒声は、あきらかに少女に投げかけられたものだった。
「まだ子供で、あの子が悪いんじゃないのに……」
ミケーレが呟くと、彼と話していたその人は肩をすくめた。重い鉛が、胸の奥に投げ込まれたように気持ちが落ち込んだ。
『実の息子が、犯罪者になる家族の気持ちを考えてみたことがある?』
ミケーレは、聞き流していたテオの言葉を思い出した。テオは、自分がこれからすることの結果をちゃんと理解していたのだ。だが、自分は。
テオの言うように自分は、あまり考えていなかった。何よりもテオがいればそれでいいと、テオではなくてはだめなのだと思う気持ちは間違いではないのだけれど。それでも本当に自分は、明日テオと外国に旅立って、それでいいのか。
そんなことを考えていると、ふと、さっき部屋を出るときのテオの表情を思い出した。なぜあんな、出かける前の口づけなどをしたのだろう。今まで、そんなことをしたことはなかったのに。
(……まさか)
あの外国人は出発はいつだと言った?
ミケーレは、記憶のページをめくる。ある日付を探り当てると、慌てて宿への道を駆け戻った。
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