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PART 4
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「君はやっぱり俺を、おいていくんだ」
荒い息のミケーレはそう、空っぽになった部屋で呟いた。体調が悪いと言っていたはずのテオの荷物はすっかり片づけられて、まるで今朝まで彼がそこにいたのは夢だったかのように、彼の痕跡はなくなっていた。
「ねえ、テオ。テオは俺の隣じゃだめだったんだね」
ぼんやりとそう呟いて、朝方まで抱きあっていたベッドに腰かける。
ミケーレはもぬけの殻になった宿を見て、船着場まで走った。そうして今日の本土への便はもう出港したのだと知ったあとだった。
テオは、ミケーレには秘密にしてこっそり旅立ったのだ。たぶん最初からずっとそのつもりで。
でも、本島で再会する前とは違って、その理由もなんとなくわかるような気がして、それが悲しかった。テオは、自分の家族にもよく懐いていた。彼は、ミケーレの家族を悲しませるようなことはしたがらないはずだ。
それくらい、もっと前にわかっているべきだったのに。
「俺はまた、君のことをちゃんと見ることができていなかったんだ」
ミケーレは夕日に照らされた部屋の中に、失われてしまった恋人の面影を探す。
『おまえじゃだめだってことじゃないんだ。僕じゃだめだってことなんだ』
テオは、そんなことを言っていた。
『僕のことを忘れて、奥様を大切にして、たくさん素晴らしいガラスを作って、ちょっとは贅沢もして、おじさんもおばさんも大切にして、みんなの望みどおり国家に貢献するのが一番いいんだ』
数日前に投げかけられたその言葉が思い起こされて、ミケーレの胸を刺した。確かに、それは間違いなく自分の望みだ。自分はテオと違って、外国に行きたいと思ったことは一度もない。さっき死刑を見て怖くなったのも、家族のことが不安になったのも本当だ。
ミケーレの頰を、ぽろぽろと涙が滑り落ちていく。テオが見透かしたとおり、自分にとってはこの方がいいのかもしれなかった。けれど、テオがいなかったら生きていけないのに、彼は、そのことだけは信じてくれなかった。
「なんで、信じてくれなかったの。俺は君がいなくちゃだめなのに!」
そう叫んだ、ミケーレの言葉に答える声はもうない。
『……ああ、おまえの愛は乱暴だなあ』
そう囁かれたことを思い出す。だけど、それは嫌ではないとも言ったのに。
おいていかれて、自分はこれからどうなるのだろうとミケーレは思った。
もうここにいる必要もなくて、きっと、今日か明日の便で故郷に帰るしかない。家族の元へ。テオがいない以外は、死ぬまで変わりばえのしない小さな、閉ざされた牢獄へ。
今朝まで、永遠に失うと信じていたその故郷は美しく見えていたけれど、今後一生暮らしていく世界なのだと思うとミケーレは絶望した。
あのふるさとが美しかったのは、君がそこにいたからなのに。
「愛してるよ、テオドシウス」
ミケーレは首元から紐を引きずり出して、その先のガラスに口づけた。彼の手に唯一残った、愛しい人の作ったフィリグラーナのペンダント。
「……ねえテオ、俺は誰とも結婚しないよ。君が言うように、お見合いはきちんと断る。父さんの立場もあるから、ちゃんと気をつける。
それでいつか、父さんも母さんも死んで、工房は誰かに任せられるようになって、心配ごとは何もなくなった未来に、俺は絶対君を探しにいく。だから、君は、国中の誰もが知っている仕事をして。俺は、あれを作った会社の人はどこですかって聞いて歩くから」
ミケーレは泣きながらなおも続けた。
「本当に、本当に、探しにいくよ。だから、ね、俺を待ってて……」
荒い息のミケーレはそう、空っぽになった部屋で呟いた。体調が悪いと言っていたはずのテオの荷物はすっかり片づけられて、まるで今朝まで彼がそこにいたのは夢だったかのように、彼の痕跡はなくなっていた。
「ねえ、テオ。テオは俺の隣じゃだめだったんだね」
ぼんやりとそう呟いて、朝方まで抱きあっていたベッドに腰かける。
ミケーレはもぬけの殻になった宿を見て、船着場まで走った。そうして今日の本土への便はもう出港したのだと知ったあとだった。
テオは、ミケーレには秘密にしてこっそり旅立ったのだ。たぶん最初からずっとそのつもりで。
でも、本島で再会する前とは違って、その理由もなんとなくわかるような気がして、それが悲しかった。テオは、自分の家族にもよく懐いていた。彼は、ミケーレの家族を悲しませるようなことはしたがらないはずだ。
それくらい、もっと前にわかっているべきだったのに。
「俺はまた、君のことをちゃんと見ることができていなかったんだ」
ミケーレは夕日に照らされた部屋の中に、失われてしまった恋人の面影を探す。
『おまえじゃだめだってことじゃないんだ。僕じゃだめだってことなんだ』
テオは、そんなことを言っていた。
『僕のことを忘れて、奥様を大切にして、たくさん素晴らしいガラスを作って、ちょっとは贅沢もして、おじさんもおばさんも大切にして、みんなの望みどおり国家に貢献するのが一番いいんだ』
数日前に投げかけられたその言葉が思い起こされて、ミケーレの胸を刺した。確かに、それは間違いなく自分の望みだ。自分はテオと違って、外国に行きたいと思ったことは一度もない。さっき死刑を見て怖くなったのも、家族のことが不安になったのも本当だ。
ミケーレの頰を、ぽろぽろと涙が滑り落ちていく。テオが見透かしたとおり、自分にとってはこの方がいいのかもしれなかった。けれど、テオがいなかったら生きていけないのに、彼は、そのことだけは信じてくれなかった。
「なんで、信じてくれなかったの。俺は君がいなくちゃだめなのに!」
そう叫んだ、ミケーレの言葉に答える声はもうない。
『……ああ、おまえの愛は乱暴だなあ』
そう囁かれたことを思い出す。だけど、それは嫌ではないとも言ったのに。
おいていかれて、自分はこれからどうなるのだろうとミケーレは思った。
もうここにいる必要もなくて、きっと、今日か明日の便で故郷に帰るしかない。家族の元へ。テオがいない以外は、死ぬまで変わりばえのしない小さな、閉ざされた牢獄へ。
今朝まで、永遠に失うと信じていたその故郷は美しく見えていたけれど、今後一生暮らしていく世界なのだと思うとミケーレは絶望した。
あのふるさとが美しかったのは、君がそこにいたからなのに。
「愛してるよ、テオドシウス」
ミケーレは首元から紐を引きずり出して、その先のガラスに口づけた。彼の手に唯一残った、愛しい人の作ったフィリグラーナのペンダント。
「……ねえテオ、俺は誰とも結婚しないよ。君が言うように、お見合いはきちんと断る。父さんの立場もあるから、ちゃんと気をつける。
それでいつか、父さんも母さんも死んで、工房は誰かに任せられるようになって、心配ごとは何もなくなった未来に、俺は絶対君を探しにいく。だから、君は、国中の誰もが知っている仕事をして。俺は、あれを作った会社の人はどこですかって聞いて歩くから」
ミケーレは泣きながらなおも続けた。
「本当に、本当に、探しにいくよ。だから、ね、俺を待ってて……」
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