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第三章 悪役令嬢は学院生活を送る

148.悪役令嬢の専属メイド達は敵に苛立つ

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 私達はお嬢様救出を目指して、現在『アンダンテール大洞窟』中層16階層を進んでいます。が、問題があって私達は苛立ちを覚えざるを得ない状況であります。

 見えない敵――と、言えば良いのでしょうか、ずっと付かず離れずといった状態で警戒を解くことが出来ぬまま、魔物との戦闘を熟し、罠を解除しを繰り返している為に思った以上に肉体的、精神的に……そして魔力的にも消耗する一方の状態を続けている所為でジワジワと苛立ちが広がっております。

 常に冷静を心がけているロディ様も舌打ちをする回数が増え、あまり喋らないティラ様はもっと喋らない状態に、ウィラ様も支援を切らしたり、メイスで敵を殴りつける状況も増えてきており、私もいけないとは思いつつ小さく溜息を吐いてはダメだと心の中で呟いて――

「はぁ……やはり、このままではダメですね」

 思わず声に出してしまいました。全員の視線が私に向きます。当然、皆も苛立った雰囲気が見て取れるので、似たような事を考えていたのでしょう。

「……ですね。ここで冷静さを失えば敵の思う壺なのは確かです。しかし、どうにかなりませんかね。微妙なタイミングでチラリと探知に掛かったり、魔物をこちらに追いやってきたりと――」

 ロディ様がそう言うと、ウィラ様がそれに乗っかって口を開きます。

「ですよね、性格最悪だと思います。もしあんなのが婚約者だったらゾッとします」
「ウィラ様、分かります。そのお気持ち――ああいう捻じ曲がった事が出来る人だけは絶対に嫌ですね」

 と、私とウィラ様がそう言うと、ティラ様もコクコクと頷いた。女性陣の思いは一つでございます。まぁ、そんな事はさておき、見えざる敵をこちらからも幾度か追いかけたのですが、行く先には誰もおらず。可能な限り相手せずに先に進もうと皆で決めたのは良かったのですが、このありさまです。

「どんな奴かは別として、こちらを消耗させようという意図は確実だと思う。私個人としては不毛な戦いは避けたいのだが、どうにか相手を出し抜く手はないだろうか?」
「現状は残念ながら。ただ、敵が魔法か魔術を使うタイミングで目視出来れば、確実に反撃出来るのですが……」

 視認できれば確実に術式破壊スペルブレイクで術式発動を消す自信はあります。が、敵の動きからすると、早々には出来ないでしょう。こちらから仕掛ける? どうやって? こういう時にお嬢様が居れば良いアイデアを頂けるのでしょうが、残念ながら私には無理そうですね。

「徹底して追い掛ける……と、いう手はダメなのでしょうか?」

 ウィラ様がメイス片手にボソリと呟きます。確かにそれも一つではありそうなんですけど、逆に罠を張られる可能性を考慮すると危険な賭けと言えるでしょうね。

「さすがに、危険を冒してまで対峙する必要は無い……と、言いたいところだけど、ここまで精神的に追い詰められてくると、それが最も良いのかもしれないと思ってしまう」
「――もうしばらくは冷静に対処していきましょう。向こうはもしかするとこちらが安直な動きをするのを狙っている可能性もあります。出来るだけ下の階層に行く事を前提にして、相手の隙を探しましょう」

 私は会話をしている間に少し冷静さを取り戻すことが出来たので、そう提案する。皆は少し考えるような仕草をした後で「確かに」と、納得頂きました。上層のような狭い通路でこの状況であれば、冷静さを欠いていた可能性もあります。中層が基本的に通路が広めで空間的には広く感じる部分で助かったと言えるでしょう。

「それにしても、敵は何が目的なんだろうね……」
「それに関しては幾つか思い当たる事があります。まぁ、『黒狼』様含め皆様がこちらに来ていた事で助かったのは本当に感謝としか言えませんね」

 本当のところを言うと、クーベルト辺境伯とお嬢様の組み合わせを考えると魔物などにはやられるような方々では無く、最も私が恐れているのはお嬢様が暴走しないかどうか。と、いうところです。理知的で様々な発想に富むお嬢様ですが、すこーしばかりズレてらっしゃるし、異常にクーベルト辺境伯に対して甘いのです。時間が経てば経つほど、お嬢様は閣下に対して多くの機密を喋っていそうなんですよね。それに閣下もお嬢様に対して妙な視線を送っている時があるので、出来れば二人きりにするのは問題だと思っています。

 ともかくです。この状況を変えるとすれば、もう一つ……何かがなければ難しそうなんですよね。
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