α上司の最善ではない恋

空気綺麗

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大海の朱い一滴

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 勢いのまま「運転は俺がやりますんで!」と捲し立て、司馬さんにNoという間を与えず急かす。
 少し面倒そうな顔をしながらも、司馬さんは特に反対せず、しぶしぶ着替えてくれた。

 俺は近くのカーシェアを急いで予約し、ついでに司馬さんにジャージを借りて着替える。
 肩や袖が少し余るのが気になったけど――まあ、そこは気にしないでおこう。

 二人で司馬さんの家を出て、車を取り、乗り込んだ。

「車を運転するのは久しぶりです。
 大学生のときは、サークルで出かける時なんかに交代で運転したりしてたんですけど。
 彼女とは就職前に別れたっきりなので、ドライブデートもしたことないですし。」

 営業なので、仕事で車を使うことはあると研修で説明を受けたが、俺はまだその機会はない。基本的に電車移動だ。

「……僕も、仕事以外で車に乗るのは久しぶりだ。
 なんなら、プライベートで助手席に乗るのは、初めてかもしれない。」

「えっ、そうなんですか!?」

 たしかに司馬さんなら、営業でも自分で運転しそうだ。

 ――ちょっと、からかってみようか。

「じゃあ、“助手席のルール”とか、知らない感じです?」

「……なんだ、それは。」

「助手席の人は、車で流す音楽を決めていいんですよ。」

 ……まあ、うちの家族と友人の中だけのローカルルールなんだけど。おそらく。

 話を聞いた司馬さんは、どうしたものかと少し慌てた様子だった。
 見ていて面白かったけれど、ちょっと気の毒なので「迷ったらラジオでいいですよ」と伝えると、素直にラジオを選んでくれた。
 ちょうど夏の歌特集をやっていたので、タイミングはばっちりだ。

「あっ、この曲好きなんですよね。
 海に行くときに聴くと、テンション上がるんです。」

「そうか。」

「司馬さんって、好きなアーティストとかいるんですか?」

「特にいないな。」

「えー、通勤中とか、音楽聴いたりしないんですか?」

「しない。大抵ニュースを見ている。」

「さ、流石。俺も見習いたいです。
 やろうとは思ってるんですけど、ついゲームとか動画に逃げちゃうんですよね……。」

 こんなふうに、取り止めのない話をポンポン投げかけていく。
 司馬さんを退屈させないように。
 でも、話しすぎて疲れさせないように、間には沈黙も挟みながら。

 司馬さんは根が真面目だから、ちゃんと問いかければ答えてくれた。

 土曜なので渋滞が心配だったが、思ったより道は空いていて、2時間もかからず目的地に着いた。

 助手席側の窓の外、青くひらけた海を眺めながら車を走らせる。
 ちらりとそっちを見ると、司馬さんも静かに、海を見ていた。

 ――この人、本当に、イケメンだな。

 黒髪に、透けるように白い肌。長いまつ毛に、高い鼻。
 今日は仕事モードじゃないから、服もラフで、髪もセットされていない。
 それでも、いや、だからこそかもしれない――思わず目を奪われそうになる。
 運転に集中しないといけないと、俺は慌てて前に向き直った。
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