α上司の最善ではない恋

空気綺麗

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恐れ

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――やってしまったかもしれない。
 打ち合わせの帰り、俺は司馬さんのデスク前に立ち、恐る恐る報告していた。

「それは、話が変わってくるね。」
「はい、すみません。俺がもう少しうまく対応できていれば……。」

 司馬さんは険しい顔をしていたが、縮こまっている俺を安心させるように明るい声で続ける。

「いいや、君が気にすることじゃない。先方の要望が大きくなったのはむしろいいことだ。予算も増額されているんだろう?つまり、それだけ大きな営業利益が見込めるということだ。」

 
 ――それは、俺がアード工業の担当を任されてから数度の打ち合わせを重ねた後のことだった。

 アード工業とのやりとりは、最初こそ順調だった。
 むしろ順調すぎたのかもしれない。
 話を重ねるうちに先方の要望がどんどん膨らみ、気がつけば、新人に任せられるような規模をはるかに超えていたのだ。

 当然、当初の予算では収まらない。
 担当者が上に掛け合い、増額の稟議はなんとか通ったものの、ここまでの案件をコンペなしで任せてよいのか、と監査部から指摘が出てしまったらしい。

 そして今日の打ち合わせで
「ここまで何度も足を運んでいただいて心苦しいのですが、この案件はコンペでどこに担当してもらうか決めたくて。
 なのでコンペにご参加いただき、改めて提案していただきたいのです。」

 そう告げられたのだ。

「君が丁寧に打ち合わせを進めてきてくれたおかげで、現状では他社より有利な立場に立っている。この状況を生かして進めていこう。」

「……はい。」

 堂々と微笑む司馬さんを見て、胸を締めつけていた不安が少しずつ和らいでいった。
 やっぱり、こういうときの司馬さんは頼りになる。

 正直、司馬さんに報告するのは少し怖かった。
 怒られるのが怖いんじゃない。失望されるのが怖かったのだ。

 担当を任されたとき、俺は浮かれていた。
 自分が成長して、任せてもらえる存在になったと勘違いしていたのだ。
 打ち合わせの中で要望が膨らんでいくのを感じていたのに、止められなかった。
「大きな案件を取れた方がかっこいい」
そんな見栄が頭をよぎった。

 もちろん、相手の期待に応えたい気持ちもあった。
 だが、振り返れば俺の判断は自分の都合ばかりで、司馬さんの姿勢とは比べものにならなかった。

「とりあえず、こうなってしまったら君一人で担当させるわけにはいかない。今度のコンペの説明会は私も参加する。内容次第で部内の人員も調整しよう。開発部にも根回しをしておくとして――」

 冷静に、着実に次の手を打っていく司馬さんの姿に、胸が締めつけられた。
 ――俺は、なんて情けないんだろう。
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