あの頃の思い出は、いつまでも呪いのように。

gresil

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思い出の乖離

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「先週、碧生に会ったよ」

 でもそれは、そう思っただけで。俺の口からは無情な言葉が飛び出した。

「え……? アオイって……アオイだよね?」

 碧生はあからさまに困惑した表情で言う。

「うん、宮藤碧生」
「へえ……そうなんだ……」

 夏花は控えめに相槌を打つ。

 どうして俺はまだ、二人の関係にこだわっているのだろうか?
 夏花の心中を察して、ここは控えるべきではないのだろうか?
 今更掘り返していい話じゃない。そう遊崎にも言われたじゃないか。

 それでも、俺は止まることが出来なくなっていた。

「碧生は製薬会社の営業の新人だった。ウチの担当に付いて挨拶回りをしているところで偶然会ったんだ」
「すごい偶然もあったもんだね。アオイ、元気してた?」
「健康面では元気と言って差し支えないと思うけど、前よりも少し暗くなっている印象はあったかな。本人も以前よりも人付き合いが苦手だと言っていたし」
「……それで営業やってるなんてすごいね」
「苦手を克服するためとか言ってたけどな。あの様子でやっていけるかは正直心配なところだけど」
「そんな……感じなんだね」

 やはり夏花の反応は芳しくない。表情も次第に重苦しく、暗いものに変わっていくのが分かる。碧生ほどではないにしろ、夏花にとってもあまり思い出したくない相手なのかもしれない。

「なあ、夏花。碧生と一体何があったんだ?」

 それでも俺は――――核心に迫る一言を放った。

「何かあったって……なんでそんなことを聞くの……?」

 本来なら三人の昔話で盛り上るべき場面でそうはならなかった。俺がそこに疑問を抱いているのではなく、その他に明確な理由があるというのは夏花も察しているところだろう。そしてそれが、触れられたくない過去であるということも。

「碧生に夏花の話をしたんだ。そうしたら急に気分が悪くなったみたいで、早々に帰宅することになってしまった。そして――――帰り際に、もう夏花の話はするな、と言われた」

 こんな直接殴りつける様な言い回しではなく、もっと遠回しな聞き方はいくらでもあったのではないだろうか。そう思ってはいても、俺は最短距離しか選べない。

 俺は一体――――何に焦っている。

 夏花は俺の言葉に目を伏せ、しばらく押し黙っていた。
 そしてやがて、深いため息とともに声を漏らす。

「はあ……そっか……そうだよね……」

 俺はそんな夏花を見つめ、続く言葉を静かに待った。

「何があったか、だったね。でもごめん。詳しくは私の口からは言えない」

 それは、私から話していいことではないから――と付け足す。

「コータが引っ越してからそんなに時間は経ってなかったと思う。中学三年の時、ある事件が起こった。それがきっかけで、私のせいで、アオイを深く傷つけた。それ以来――私とアオイは絶縁当然の仲になってしまったの」

 夏花は淡々と言葉を吐き出していた。

「中学ってもう10年以上前の事だろ? そんな前の事は水に流して、また昔みたいに三人で仲良くすることは……無理なのか……?」

 夏花は静かに首を横に振る。

「無理だよ。アオイがその様子なら、未だに私に対する恨みは消えていない」
「夏花は、それでいいのか?」
「一度切れた縁だし、今更どうこうしようってのはないかな。もう私たちはいい大人になってそれぞれの道を進んでいる。切れて分かれたものを再び元に戻そうってのは、とっても難しいことなんじゃないかな」

 そんなことを、夏花は控えめに笑って言った。
 確かに夏花の言う通り、それは難しいことなのだろう。それでも俺は、素直にその言葉を飲み込めないでいた。

「……そろそろ、帰ろっか」

 追加で頼んだアルコールやつまみには手を付けずに夏花は席を立つ。

 俺たちは会計を済ませて店の外に出た。少し冷たい風が頬を撫で、頭が冷えっていくのを感じる。

「なんか、悪かったな。夏花が別れたって聞いた時、こんな話をするべきじゃないと思っていたんだけど、どうしても聞かずにはいられなかった」

 自分でも先ほどの様子は普通じゃなかったと思う。どこか冷静に夏花の様子を観察しているにも関わらず、出てくる言葉はそれとはまったく別の物だった。

 俺の言葉に、夏花は驚いたように目を丸くする。

「へえ、一応そういうとこは気遣ってくれてたんだ?」
「だから謝ってるじゃないか」
「まあ、私としてもアオイのことは気になっていたから、今どうしているのか分かっただけでも良かったかな。だから気にしないで」

 笑ってそういう夏花の表情は、相変わらず無理をしているようにも見えた。

「本当に、ごめん」

 改めて、先ほどの自分の言動を反省する。

「だーかーらー、気にしないでって言ってるでしょ! それに、私もこれでフリーになったんだから、コータには今後とも酒飲み相手として付き合ってもらうからね!」

 言葉尻だけを拾って少しだけ勘違いしそうになるが、別に深い意味はないんだろう。

「俺で良ければいくらでも付き合うよ」

 俺の返事に、夏花はとても満足そうな笑みを浮かべた。とりあえず今の俺たちは、たまに酒を飲み明かすような間柄が丁度いいのかもしれない。

 俺たちは駅に向かって歩き出す。

「それと、ひとつお願いがあるんだけどさ」

 歩きながら夏花が言う。

「もし今度、アオイと会うことがあったら、私との間に何があったかは聞かないで欲しいんだ。きっと――アオイはあの時の事、思い出したくないだろうから」
「分かった。約束するよ」

 そもそも碧生の前で夏花の話はするなと言われている。だからこそこの話を夏花に聞くしかないと思ったのだが、やはり不完全燃焼感は否めない。

 先ほどの俺の様子からすると――その約束は果たされるか自分でも不安なところだった。


 夏花と碧生の思い出を壊してはいけない。
 あの頃のまま、綺麗なままに。


 これはまるで強迫観念のように俺の精神を蝕んでいる。
 俺はそれに、何故か抗うことが出来ない。


 俺が望むことは――――それとは真逆のことだと、本当は知っているのに。
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