あの頃の思い出は、いつまでも呪いのように。

gresil

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エピローグ

~君と共に~

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 実家に帰省するのは去年の正月以来だろうか。たまたま休み重なり、家に一人でいても特にやることがなかった、というのが理由だったと思う。
 ただでさえ、病院勤務に盆暮れ正月はあまり関係ない。わざわざ帰ろうと思わなければ、そのまま仕事をしているだけだ。

 でも今回は、有給休暇をとってまで帰ってきた。親に元気な顔を見せたいわけではない。

 その理由は、なずな先輩の墓参りをするためだった。

 お墓の周りや墓石を掃除し、花を添えて線香をあげる。静かに手を合わせて目を閉じた。
 随分と待たせてしまってごめんなさい。
 今までの想いをこの一言にのせる。

 そして俺は目を開けた。

「今日は連れてきてくれてありがとう」

 同じように横で手を合わせていたすずなちゃんに声を掛ける。

「誘ったのは私の方ですから、お礼を言うのはこちらの方ですよ」

 すずなちゃんは屈託ない笑顔でそう言った。
 今の彼女はなずな先輩のことをちゃんと受け入れ、以前と同じ元気な姿に戻っている。

 もう一度お墓を見つめ、振り返った。

 また、来ますね。

 心の中でそう呟き、俺とすずなちゃんはその場を後にした。


 お寺の出口に差し掛かかったとき、すずなちゃんから蒼い封筒を差し出された。

「……これは?」
「お姉ちゃんからの手紙です。実家の机の引き出しに仕舞ってあるのを持ってきました」

 封筒を受け取ると、そこには見覚えのある筆致で『昴太へ』と書かれていた。

「封は開けていません。もう渡すことはないと思っていたんですが、ちゃんと渡せて良かったです」

 しばらくその封筒を見つめ、そのままそっとジャケットの内ポケットに仕舞った。

「開けないんですか?」
「あ……うん。後でゆっくり見るよ」

 こんなものまで、大切に保管してくれていたのかと感慨深く思う。
 だから今日、俺はずすなちゃんに伝えなければいけない想いがあった。

「長い間、すずなちゃんにはとても多くの物を抱えさせてしまった。申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、ここではきっと謝るべきことじゃない。だから今はお礼を言わせてもらうよ。
 今まで、本当にありがとう」
「うーん。なんかそれも違うような気がしますけどね。でも、嬉しいです。こちらこそ、ありがとうございました」

 すずなちゃんは優しく微笑む。

「あー……それで、今後のこと、なんだけど――――」

 ここにきて臆病風が俺を襲う。しっかりしろ、と自らを鼓舞し再びすずなちゃんに向き合った。

「良ければ、俺と付き合って欲しい」
「…………それは……恋人として、ですか?」
「ああ、そうだ」

 俺は真っすぐ向き合うも、すずなちゃんは暗い表情で視線を逸らした。

「そう言っていただけるのは有り難いです。でも、私はお姉ちゃんの代わりにはなれません。それに実は、昴太くんと会うのはこれで最後にしようと思ってたんです。だから昴太くんは、これ以上お姉ちゃんに縛られないでください」

 すずなちゃんは精一杯の笑顔を見せる。

「違う。俺はすずなちゃんのこと、なずな先輩の代わりだなんて思っていない」
「じゃあ、私に対する同情ですか? 私はもう一人でも大丈夫です。昴太くんはこの先の私のことまで気をかける必要はありません」
「だからそうじゃないんだ!!」

 思わず声を荒げる。

「だって……それ以外にないじゃないですか。別に好きでもない相手と付き合おうとする理由なんて……」

 すずなちゃんは笑顔のまま、今にも零れ落ちそうなほどの涙を瞳に貯める。

「理由は説明する。だからちゃんと聞いて欲しい」
「……納得できなかったらぶん殴りますからね」

 持ち前の小悪魔スマイルを向ける。

 思い返すと、割と情けない理由だったりするので、俺はぶん殴られる覚悟を決めた。

「中学のころ俺はずっと、すずなちゃんの気持ちには気付いていんた。夏花や碧生はあまりそういう雰囲気を出してこなかったし、ただの幼馴染だと思っていたから純粋にすずなちゃんの気持ちは嬉しかった」

 すずなちゃんは黙って俺を見つめる。

「いや……でも中学生男子って今思うといろいろ勝手に拗らせやすいっていうか、周りに囃し立てられると素直になれないっていうか……」

 すずなちゃんは少しだけ首を傾げる。

「なんていうかな。例えば、自分のことを好きな子がいて、周りに「おい、アイツお前のこと好きなんじゃね?」って言われて本当は自分もその子が気になってるんだけど、「はあ? アイツなんて全然興味ないし。むしろ迷惑だわ」とか言って反発しちゃうような生き物なんだよ。中学生男子は」

 女性にはあまり理解できないのかもしれないが、分かってくれる男性がいると俺は信じたい。

「あの頃の俺はまさにそれだった。すずなちゃんの気持ちを受け入れられなくて、自分自身の気持ちにも素直になれなくて、反発するように俺はなずな先輩を好きになった。もちろんなずな先輩を好きになった気持ちに嘘はない。でもあの時の俺は、自分の本当の気持ちに目を逸らして気付かなかったんだ。大人になって、全部思い出した今ならわかる。俺が本当に好きになったのは、間違いなくすずなちゃんだった」

 すずなちゃんは驚いて口を両手で覆う。

「もちろん、あの時素直になれなかった後悔がないとは言えない。それでも、それ以上に俺は今、目の前にいるすずなちゃんのことが好きなんだ!! なずな先輩の代わりじゃない! 同情でもない! 俺自身が、これからを君と共に先に歩みたいと思っている!! だから――――」

 ぶん殴られたかと思うような衝撃が胸元に走った。

「……思ったよりも、しょーもない理由で私はフラれてたんですね」

 勢いよく抱き付いてきたすずなちゃんの額が胸部に刺さる。

「ああ……本当にそう思うよ。あの時、自分の気持ちに素直になっていればあんなことには――――」
「言わないでください。もう全部、過ぎてしまった話です。大事なのはこれからですよ」

 そう言いながらずすなちゃんは俺の胸元に額をぐりぐり押し付ける。

「これから……一緒にいてくれるのか……?」
「そうですね……。そのためにはお姉ちゃんの遺した言葉に縛られることになるんですけど、それでもいいですか?」
「遺した言葉っていうと?」
「私に宛てた手紙の最期の一文です」

 言われて俺は思い返す。

 あの手紙の最期の一文――――それは、


『私の大好きなすずなには、幸せな未来がありますように』


「必ず、約束するよ」

 すずなちゃんは力一杯俺の身体を抱きしめる。本当に苦しくて息が止まるほどだった。

「ちょっと……苦しいんだけど……」

 訴えるもすずなちゃんは力を緩めてくれない。

「一つ、お願いがあるんですけどいいですか?」
「なに? 何でも聞くよ」
「私がこの腕の力を緩めたら、一目散に走り去ります。だから追いかけてこないでくださいね」
「なんで!!??」

 ちょっと何を言ってるのか分からない。

「今の私、嬉しすぎて舞い上がり過ぎちゃってるので、これ以上昴太くんの前にいるのがツライです。嬉しすぎてツライとかあるんですね。だから今日は一日実家で悶えてますので、落ち着いたらまた連絡します」

 そしてすずなちゃんは腕を離し、すぐに背を向ける。

「これから――よろしくお願いしますね」

 そう言うと、すずなちゃんは目を見張る速さで走り去り、あっという間に見えなくなった。
 なんていうか、悶える姿を見れないのは非常に残念でもある。
 

 一息ついて、俺は内ポケットから手紙を取り出した。
 本当はすぐにでも開けたかったが、すずなちゃんに想いを伝える前に読む勇気はなかった。
 封のシールを丁寧に取り、中から一枚の便箋を取り出す。そしてゆっくり開いた。

「これを見るのが、今で本当に良かった……」

 微笑みながら、そんなことをしみじみ思う。

 当時の俺は、この期に及んでまだそんなことを言い続けるのか、と受け入れることはできなかっただろう。
 でも今になって思う。やっぱりこれは、なずな先輩の全てだった。
 そして、この最期の言葉が無駄にならなくて良かったと、俺は心の底から強く思う。


 便箋の真ん中には、たった一文だけこう書かれていた。


『すずなのことをよろしくね。』


 ああ、大丈夫だ。俺はもう――思い出を振り返らない。

 これからは――――彼女と共に、前だけを向いて生きていく。


 了
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